二百年ぶりの再会
偽ロリの知り合いらしい死霊使いさんをローラの魔力で構築されたロープで引っ張ったまま坂城家へと向かう事になった。
あのロリ婆さんは色んなとこに知り合いがいる。パリの首がない霊友とか、ローラが最初に来日した辺りでウチに来た狼達とか。
なので死霊使いさんが知り合いなのは別段不思議というわけではない。
「……ところで、これでは罪人の様な扱いではないか! 拘束を解いてもらえんか?」
「だーめ。一応、悪い事した人は抵抗できないようにするのがルールです」
死霊使いさん、現在はローブのフード部分を頭から外して、その顔が露になっている。ぱっと見では、髭を蓄えた老紳士といったところだ。
「……とりあえず、この霊を連れてく前に、操られていた霊達をどうにかするか」
先の戦闘で死霊使いさんに操られていた霊達。少しだけはあの世に送ることが出来ていたのだが、流石に操られて迷ったままだと忍びない。
「シスター・アンジェリカでもいれば楽だったんだけどな。あっちの様式の方が、外人墓地の霊達には合うはずだけど……」
俺がやる神葬祭でも良いのだが、できれば彼らに合わせるとスムーズに送れるはずなのだ。
とはいえ、ないもの強請りはできない。
俺のお悩み顔を見たローラが首を傾げながら問いかけてきていた。
「コウ、どうしたの?」
「ん、この……そこらにいる霊達を送ってあげたいけど、日本式だとなあ……と」
「だったら、わたしがやってみる?」
まだ早いとは思うが、実地での練習も必要なのは確か。本当はシスター同伴でやるべきなのだが、ローラもそちらの勉強を頑張っていることだし、やらせてみるのもありかもしれない。
「じゃあ、やってみるか。無理なら俺がどうにかする」
ローラはこくりと頷き、祈りの所作をしながら言葉を紡いでいく。
「Je vous rappelle, frères, l’Évangile que je vous ai annonc(兄弟たち、わたしがあなたがたに告げ知らせた福音を思い起こさせたい)」
その言葉に合わせて、周囲に神聖な気が満ちていく。
ちょっと前までここまでじゃなかったはず……。コツを掴んだ? それにしたってこの上達速度!?
俺の見立て以上の効果に思わず目を見開いてしまう。
「彌永殿……、お嬢さんが修業を始めたのは丁度一年前と聞いておりましたが……、これは!?」
「ああ……、オレも驚いてるぜ。ああいったお祓いについては、つい最近修業を始めたばっかりだったんだけどな」
ミシェルさんと彌永さんも、ローラの上達速度は予想の外であったらしく、その光景に固唾を飲み込んでしまっている。
「ローラ……、何かあったのか? ここまでって……」
「えっ? ええと……。本気で相手に言葉を聞かせようするって……、よく分からなかったんだけど、勉強会の時にマキハさんが……」
「真紀葉が?」
――相手に想いを伝える? わたしだと歌を届けたい人を思い浮かべてるかなあ? 色々な人が聞いているなら……、どうかみんな幸せな気持ちになれますようにって。わたしが歌を届けたい人? 大切な人だよ、とっても。
「だから……精一杯、どうか安らかに眠ってくださいって、そうしたら……」
素直な娘ではあるけど……、ちょっとした切っ掛けが生来の才能と合わさって、どんでもない成長速度になってるな。
これは……すぐに追いつかれるかもしれない。
ローラがその祈りを終えると、操られていた死霊達は穏やかな顔で消えて行ってしまった。どうやら成功したらしい。
「レイが見たら悔しがるな、絶対」
「そうですね。レイチェル……、こういったのはうまくできませんから」
俺の感想に羽衣も同意する。ふと後ろを振り向くと、ミシェルさんが難しい顔をしていた。
それとは別にイリナさん達も先ほどの戦闘とローラの霊送りを見ていたので、俺達へと色々と質問を投げかけていた。
「ねえねえ、さっきロープが出て来たのって、ローラが狙われる原因なったやつよね?」
とか、その他には霊達を送った行為についても質問攻めとなっている。
「お祈りであんなのも出来るの?」
などなど、イリナさん自身も特殊な能力を受け継いでいるため興味津々のようであった。
そんなやり取りをしている間に坂城家へと到着する。そのまま家に入って二階の自室にいる偽ロリを階段の下から呼んでみる。
「おーい。破天荒ロリさんや、仕事でお前の知り合いらしき霊を捕まえて来たぞ! 降りてこーい!」
その呼びかけに、階段を降りてきて連れて来た霊と対面させる。
「お主……レナードか!?」
やっぱり知り合いだったらしい。あちらはあちらで、久々に会えたらしい偽ロリに対して文句を口にしている。
「ルーシー! 貴様……、フラっとどっかに行ったと思ったら、何で日本にいるんだ!?」
「はあ!? そっちこそ、死んでまで迷惑かけるでない。お主こそ日本におったのじゃろ!?」
お家では俺と駄蛇以外は幽霊の言葉が聞こえないので、他は偽ロリが一人で叫んでいる様にしか見えないだろう。
「あー、すまん。みんな困ってるから、簡潔に関係を説明してくれ」
みんながうんうんと頷いていたので、偽ロリさんは、はあっと溜息をついてから説明を始めていた。
「こやつはな。昔のワシの仲間みたいなヤツじゃよ。もう200年以上前になるかの。ところで、何故こやつが?」
外人墓地での経緯を説明すると、レナードと呼ばれた霊が追加で釈明を始めていた。
「あの墓地の霊達なのだが、ここ最近、迷惑行為をする連中に悩まされていてな。こちらとしても静かにしていたかったのだが、そうもいかんかった」
その迷惑行為、夏だからか墓地での肝試しとか、それだけなら良いが酒やつまみを持ち込んで騒ぎ立てるようなガラの悪い連中で、墓地の管理者も困り果てていたらしい。
「だから、昔取った杵柄……というんだったか、この国では。要は死霊達を操らせてもらって脅かしておったのよ」
「だから、俺達も同じことしに来たと思って襲ってきたと」
そこまで言うと、偽ロリはニヤニヤしながらレナードさんとやらをからかい始めた。
「それで見事に返り討ちにあったのじゃな~。腕が鈍ったんじゃないかの?」
「うるさいわ! こっちは脅かす程度で済ませようと思っていただけだ!」
このままでは、しょうもない口喧嘩が始まりそうなので、とりあえず二人を引き離す。ちなみにレナードさんの言葉はちゃんと実体化させた駄蛇が訳してくれている。
「じゃあ、その墓地の迷惑行為とやらをどうにかすれば良いとして、俺からも一ついいか?」
そこまで言うと、居間に集まっていた全員の視線が俺の方を向く。
「クライヴって誰? 俺、その人と間違われたんだけど」
その名前を口にした途端、偽ロリがバツの悪そうな顔をしていたが、すぐに答えを返してくれた。
「……夫じゃよ」
「はい?」
「じゃから! ワシの夫じゃよ!」
何か、るーばあが頬を赤くしながら答えてる。それよりも、その答えを聞いて思わず叫んでしまったのだ。
「るーばあ!? 旦那さんいたのか!?」
「おらんかったら、お主らこの場に存在しとらんわ! 分かり切っとることじゃろ!」
今の今まで気にはしていなかったが、改めて言われるとその通りだ。それとは別に俺の表情にルーシーがツッコんでいる。
「その……、うわーマジかーって顔は何じゃ?」
「その旦那さん……、さぞかし苦労したんだろうなあ……って」
「はあ!? 当時のワシは箸より重い物持ったこともないような可憐で可愛らしいお嬢様だったんじゃぞ!」
「ぜってー嘘だろ!? ってか当時の英国に箸ってあったのかよ!?」
「あったぞい。かなーり珍しいものではあったがの!」
そんな口喧嘩を勃発してしまった俺達の様子を黙って見守るしかない状態となってしまったお家の面々だったが、この喧嘩は俺達が疲れるまで続いたのであった。




