第157話 死霊使いとの戦い
警告を発しつつ収斂を行い、祝詞を紡ぐ。後ろには彌永さんが控えているとはいえ、隠れている相手に一般人であるローラのご両親を狙わせるわけにはいかない。
「ほう……、拙者らが戦いに巻き込まれぬよう、即座に結界を構築しましたな。神聖系の使い手。死霊には効果が大きそうで候」
「アンタ……、功のやつに興味があるんだって? 随分と冷静に分析してるじゃあないか」
「あの人狼でござるが、拙者らの仲間も数人やられておりました故。それを単騎で制した人物が……、しかもまだ十代の少年がどれほどのものか気になるのは当然でござる」
彌永さん、ミシェルさんと軽口を叩き合っている様にも感じるが、ミシェルさんの俺を観察するような視線を見逃してはいなかった。
(とはいえ……、純粋なる戦闘タイプではないでござるな。本来は補助や防御専門。だが、それをあのふざけた練度の収斂による魔力出力で無理矢理に直接戦闘へと転化させている)
そんなミシェルさんの戸惑いの感情をイリナさんが視てしまったようだ。
「どうしたの? 相当戸惑っているみたいだけど?」
「かなりの予想外……、ではなく完全なる予想外だっただけでござる。リュシーの子孫の一人で術者として活動しているからには、戦闘向きの能力を受け継いでいると考えていたのでござる」
「そういうものなの? 私達はその辺は詳しくないけど」
「彼の知覚は確かに特殊。しかし、戦闘向きとは言えませぬ。それこそ、彼の自宅にいた破壊者の娘の様なのを想像しておりました」
「レイチェルちゃんって……、そんな風に言われてるのね……」
ミシェルさんがそんな説明をしながら、今度は彌永さんへと質問を投げかけていた。
「彼にはどんな修行を課したでござる? 噂には聞いておりましたが、この国トップクラスの術者達……、つまりは貴方達に鍛えられたとは聞いておりまする。だが、あれは……」
「本人の適性以外にも色々と仕込みすぎだってんだろ? んなもんは百も承知だったさ。だがよお……オレらはオレらに出来る全てをアイツ一人に叩き込んだだけだ。二度とあいつを死の淵に追い込まねえためにな」
まるで常識知らずの行為を目の当たりにしたようなミシェルさんであった。その反面、興味を持ってしまったらしく、目を見開いて観察を続けていた。
一方の俺はというと、相手方の出方に対して、数種の想定を行いその準備を行う。
……こちらの呼びかけに対して、死霊を使役しての敵対行動。対話の意思なし。運の悪い事に死霊使いなら墓地という場所柄、まだ霊を操れるはず。
まずはそのアドバンテージを消させてもらう。
「ひ、ふ、み――」
祝詞を唱えて、周囲を神気で満たす。死霊、しかも死霊使いに操られるような霊は何らかの未練を抱えている場合が多い。
つまりは、あの世に行けないのなら簡易的にでも、彼らを送るきっかけを作ってやる。
「ふむ……。死霊に対して、基本的な対処でござる。迷っている者には効果は絶大で候。だが――」
ミシェルさん、俺のしていることを冷静に分析している。彼が何を言いたいのかは、嫌というほど理解しているつもりだ。
「羽衣、前方に四式を展開。攻撃が来るぞ」
「は……はい! 風薙斎祓・四式、飃垣陣壁!」
指示に合わせて羽衣が風で作った壁を展開する。この風の壁は神気を帯びているので、相手から放たれた術をその場で受け止める。
「あの少女……、風使いでござるか? 四大元素に通じていると」
「そっちの系統とは違うこの国独自のものだがな。功の奴もその基礎は使えるんで、あいつの下で学んでんだ。正確には同じことをしようとしても持続時間が短すぎて使い物にならねえだが」
「ふうむ……。禄に使えないものを教え込んでいたでござるか?」
「そう心配そうな顔すんなよ。その基礎だって馬鹿に出来ねえんだぜ」
そんな彌永さんの解説に合わせるかのように、自身の足裏に風を敷き移動の準備を整える。颯迅足――風薙斎祓の基礎の一つであり、極めれば人の目に捉えられない速度での移動が可能となる。
「ローラ、ロープの準備。行くぞ」
「えっ!? ええ!?」
その一言でローラを抱きかかえ、追加でもう一言。
「口は閉じておけよ。舌噛んだら洒落にならない」
(こくこく)
俺の注意に従い、口をぴったり閉じながら密着しているローラと共に、颯迅足による移動を行う。
(!!?)
俺や羽衣はもう慣れたが、通常のスピードではないのでローラは固まってしまったようだ。
移動先は死霊使いがいる近く木だ。次はその木の幹に足を一瞬だけつけて反動で別方向へと転回しながら、ローラへと指示を出す。
「ロープを作ってあの枝に絡ませる。できるな?」
(こくこく)
高速移動しながらではあるが、指示はちゃんと聞こえていたらしく、即座に魔力糸を紡ぎ実体化込みでロープを作り出していた。
俺の補助なしで、もうここまでできるか。颯迅足のスピードに晒されながらでも、ちゃんと指示通りに動けている。
……普段、道場でぽんぽんぽんぽん投げられてるからなあ……。目を閉じたりしたら危ないのは身に染みてるんだろうなあ……。
俺もそうだったので、その経験からローラさんの研鑽もよくわかるのだ。
太い枝に絡ませたロープが篭手のモーターの引上げ機能で俺達を木の上へと導く。そのまま地上を見渡すと、死霊使いと思われる存在も丸見えとなっていた。
「……自分も死霊の死霊使いとか、生前は術者だったのか?」
あちらも俺達の動きを逐一把握していたようで、視線はこちらを向いている。が――
「風薙斎祓・一式。渓辰颪!」
羽衣もその隙を逃さずに追撃を行う。その神気を帯びる旋風でヤツは防御を余儀なくされる。
「ローラ……、もっかいロープを作ってくれ」
「う、うん!」
その言葉に従い、構築されたロープを俺が掴んでそれに神気を流し込みながら、相手へと放つ。
それも見えているとばかりに、元術者の死霊使いも魔法陣の様な物を展開していた。
「遅い!」
空中で颯迅足を使い、相手に向かって加速。その魔法陣に突っ込みながら、右足で蹴りを繰り出す。
その技はローラにも見覚えがあったようだ。
「ウイさんのと同じ……?」
「三式・鎌鼬乱舞。……の単発バージョンだ」
とはいっても、加速をしながらの蹴りじゃないとできないけどね。しかも連続で使えないうえに、刀と同じくらいの間合いまでしか飛ばない。
その鋭い刃と同義となった右足で魔法陣を真っ二つに斬り裂き、そのままローラが構築したロープでヤツを拘束させてもらった。
「とりあえず……、捕縛完了かな?」
ローラを抱えたまま地上へと着地して、ロープで雁字搦めになってしまっている相手に語り掛ける。
「さて……、死霊使いの人。その拘束から抜けるのは難儀だろ? とりあえず、周辺の人達も迷惑しているし、霊を操るとかやめてくれない?」
その死霊使いの霊、昔の魔法使いを思わせるローブの様な物を身にまとっている。ローブのせいで表情は伺い知れないが、俺へと向けているのは戸惑いであった。
「貴様……は、何故ここで生きている……。クライヴ……!」
「誰だそれ? 俺は生まれも育ちも……育ちはちょっと違うかもだが、日本だが?」
「あの魔女の……力か……! あの悠久を持つ女の……!」
――ガツン!!
死霊使いさん、錯乱していらっしゃるようなので、気付けとして頭に一発だけ拳をくれてやった後で、ローブの首元を掴む。
「現在は西暦202×年の夏。ここは日本の墓地。オーケー? ついでに俺は坂城功っていう日本人。アンダスタン?」
その様子を見ていた羽衣、ローラさん。そして後ろの面々は何かドン引きしているような雰囲気だ。
「彌永殿……、あれは……説得で良いでござるか?」
「まあ……、功は基本的に霊だのは怖がらんからなあ……」
呆れたような様子のお二方を尻目に、信じられないといった表情となっている死霊使いさんであった。
ヤツから見ると、俺は魔力を腕にまとわせているわけでもなく、素の状態でローブを掴み、あまつさえ自分をぶん殴ってきたのだから。
「クライヴってのはともかく、魔女ってのはルーシーの事か? あの偽ロリの知り合いなのか?」
「!? 魔女を知っているだと!? 貴様は……、よく見たらクライヴではないが……。髪も瞳の色も違う……」
だから誰だよ、そいつは。
「でだ。この際、俺を誰と間違ったかはいい。この辺で幽霊の目撃情報が多発してんだ。迷惑行為は止めてもらおうか!」
ギリギリと拳を握り込み、次は顔面にぶち込むぞといった構えを取る。
「ま、待て! その強引さはクライヴというよりルーシーに似ておるが、縁者か!?」
「一応、ルーシーは先祖だが? まあ、あいつは育ての親ってとこだ。ってか、同じ立場の人間ならそっちとあっちにもいるぞ」
そうしてローラとイリナさんを指差す。すると、死霊使いさんは視線を俺達三人に向けて、何かを察してくれたようだった。
「済まなかったな。生きていた頃より遠い未来にて、恥をさらしたようだ」
そこまで言うと、抵抗する気はないとばかりに力を抜いてくれていた。
「久々にルーシーに会いたいのだが……、案内してもらえんか?」
どうやら偽ロリに話があるらしい。
あちらも戦う気は無い様だということで、捕縛したままではあるが、自宅へと連れて帰ることになった。




