第156話 お仕事同行
「どういうことですか!? 師匠! いえ、室長!」
ミシェルさんが坂城家を訪れた際に彼から聞かされた話。こちらの仕事に同行するという件について、自身の師であり上司でもある神屋師匠に詰め寄っていた。
室長専用デスクに掌を叩きつけてしまい、あちらも少し困っているようだ。
「少し落ち着いてくれ。気持ちは分かるが……、まあ振ったのは私なのだが」
「何であの人を仕事に同行させなきゃならないんですか!」
「それな。彼は……お前に興味があるらしくてなあ……。あのお前が追い詰めてた人狼、あちらでも手を焼いていたようだ。それをお前が生け捕り一歩手前までやったものだから……」
俺の力を直に見たいとか言い出したってわけか。
「嫌です。どうしてもなら、師匠達の四人で相手してください。俺は師匠達の劣化でしかありませんので」
「すぐそういうことを言う。お前の極式はお前だけの物だろうに」
「俺のは外式です。あれで極式を名乗るつもりはありません。ついでに、あとの風薙斎祓はまともに使えませんので」
「持続時間が短いだけだろ~。1秒だけでも展開できるなら十分だろー。基礎の練度は高いしなー」
どことなく棒読みのような発声で俺の自己評価を覆そうとしている師匠であった。
「ともかくだ。あちらとしても友好な関係を築きたいというのは本音のようでな。大丈夫だろ、お前なら!」
「ちょっとヤケクソ気味でぶん投げてきましたね!?」
「というわけで、丁度良い案件があるから行ってくれ!」
「というわけで……。じゃないですよ!? 明らかに準備万端でしたよね!?」
俺の言い分なんぞどこ吹く風。お仕事決定通知として、資料を渡されて室長室を後にするしかなかったのであった。
数日後の深夜。師匠から渡された資料に従い、その場所へと赴く。
そこは市街地の外れにある静かな外人墓地である。
「この墓地で死霊の目撃が多くなっているとか……」
「でも……、あんまりいないよね? 幽霊さん」
「ご両親も日本に来てるのに、今回は同行しなくて良かったんだぞ?」
「だけど……、ああだし……」
苦笑いしながら後ろにチラッと視線をやるとその先には――
「ローラ、頑張ってね~」
自分の娘に声援を送るイリナさんと同行してくれたもう御一方に挨拶をするジャンさんの姿があった。
「娘がお世話になっています。ローラを日本に匿う際にも手を尽くして頂いたと」
「それをやったのはオレじゃあないですよ。神屋にでも言ってください。それよりも……だ」
その方がジト目で批判する様にこちらを向いている。
「何でオレに声が掛かったんだ? 功よお……」
「暇そうだったんで。昼間っから飲んでいても不健康ですから、偶には外に連れ出した方が良いと思って」
そう、今回同行していただいたのは対策室の前室長の彌永さんである。さっき言っていたように暇そうだからというのもあるのだが、違う事情もあったりする。
「おお! 貴方が前室長殿でござるか! その剣腕は比肩する者がいないそうで」
「その人こそ、現代の真の侍なんで色々と根掘り葉掘り聞いてください~」
「功!? おめえ……、何かぶん投げてねえか!? これでも元上司だぞ!」
無表情でミシェルさんのお相手を彌永さんに振ると、呆れたような雰囲気になってしまっていた。
「ったく……。この師にしてこの弟子ありだぜ。師弟揃ってオレを何だと思ってるんだか」
「すいません。お父様と兄様が至らず……」
「ああー。うん、まあ気にすんな。こいつらは大体こうだからな、羽衣」
今回、最後のメンバーである羽衣が申し訳なさそうに彌永さんに頭を下げている。
その羽衣が俺の隣へと足を運ぶ。
「何と言いますか……。授業参観みたいになってますね……」
ローラの親御さん同伴のお仕事という事で、そんな感想を持ってしまったようだ。
「……そっか。そういや今までそういったのは気にしたことなかったからなあ……。授業参観に親がいた事なかったし」
「あっ……」
マズい事を口にしてしまった様な表情を見せる羽衣だったが、それに待ったをかけるように注意を促す。
「それよりも気をつけろ。何かいる」
その一言で緊張が走るローラと羽衣。そして、感心したように口笛を鳴らすミシェルさんの姿があった。
「感知力が高いでござるな? 下手すれば拙者よりも上かもしれぬ」
「というより、アレがあいつにとっては通常運転なんだよ。あいつの感覚を掻い潜れるのは相当稀だ」
「なるほどなるほど。資料で見たことがあるでござる。リュシーの感覚。それは真実を見抜き、|世界をありのままに知覚する《・・・・・・・・・・・・・》と。その二つがそれぞれ、そちらのお二方に引き継がれたようで」
かつて敵対していたとはいえ、偽ロリについての情報はあちらも持っているらしく、興味深そうに観察しているようだ。
「そちらのお二人は、こちらをどうぞ。ウチの技術屋が作った霊視補助の眼鏡です。様子が視えるようになりますよ」
そう言いながら、彌永さんはその眼鏡をイリナさんとジャンさんに手渡している。
「おーい、功。あんまり情けねえ姿は見せんなよ? 恥はかきたくないだろ」
「そう思うなら変わってください」
「オレは現場じゃあ純粋な戦闘要員だったからなあ。万が一の時はどうにかしてやるよ。そんなのになったら、ルーシーちゃんや神屋が後で黙ってねえだろうが」
その万が一になった後は、おっかないシゴキが待っているのです。そんなのにならないように気を張り詰めようか。
「そこの人……、出てきてもらえませんか?」
俺は隠れているであろう霊へと姿を現すように警告する。すると、墓地の草陰からスゥーと十数人の霊達が姿を見せる。
一見して分かる尋常ではない霊達の顔。虚ろでいるにも関わらず視線だけは俺らをはっきりと捉えている。
「……隠れてないで出て来いって言ってるだろ」
静かに、それでいて威圧感のある声色になってしまった俺を後方で見物していた面々、特にフランスから来日した三人は目を見開いて驚いているようだ。
「功くん……、怒りの色が出てる? これは……」
「多分ですが……、あの霊達の様子を視て、何があったかを予想したはず。それでああなってますね」
解説役兼、護衛もしてくれている彌永さんも状況を予測してしまったようだ。
「拙者も助太刀致そうか? どうやら一筋縄ではいかぬお相手の様で」
「いやいや。客人にそこまでやらせては、こっちの立場もねえからよ。こういった厄介な案件を請け負うのも仕事の内なんでな」
ミシェルさんも俺を含む若輩のみで対応する案件でないと判断したらしく、そのように進言していた。
とはいえ、彌永さんの言う通りで手を貸してもらっては、こちらの立場がない。
そうこうしているうちに、俺の警告を無視するかのように、隠れているであろう人物は姿を現さず、虚ろな顔の霊達だけが襲いかかってくる。
「ローラ、糸であの霊達の動きを制限できるか? 切断まではしなくていいから」
「う、うん。その辺に張り巡らせて、できるなら縛り上げればいいよね?」
「羽衣、隠れてるのがいるが、まずは霊達の無力化からだ。支援はローラに任せるから、俺と前であの霊達を制圧する」
「はい! 承知しました!」
雰囲気が戦闘モードへと切り替わってしまった俺の指示に従い二人はその通りに動いてくれている。
「風薙斎祓二式・隼戟砕!」
拳に圧縮した風を纏わせる近接戦闘用の技で羽衣は応戦している。
姿を現した霊達は、戦うこと自体には慣れていないらしく、その一撃で少しだけ蹲るが、ダメージなんぞ無視しているかの様に構わず突っ込んでくる。
……やっぱり洗脳の類を受けてる。近くに術者がいるのか?
まるでダメージを受けていないように動いてる霊達に、そんな予想を立てる。その霊達の攻撃を捌きながら、俺自身も縛魔の術で応戦しながら連中の動きを封じていく。
「あの霊達は捕縛で済ますでござるか? 彼の実力なら簡単に――」
「そういったのは好まねえ奴なんでな。なにせ産まれた時から霊なんてのは、その辺の人間と変わらないって認識だからよ。甘いって言われるかもだが、ああ見えてもやる時はやる奴さ」
ミシェルさんは、おそらく簡単に始末できるとでも言いたかったのだろうが、操られているだけの霊達にそこまでするのは忍びないのだ。
後方で支援していたローラも糸で数体の霊を捕縛したらしく、俺達の前に姿を現した相手は全て動きを封じた事になる。
「さて……、そっちの手札は封じさせてもらった。出てきてもらおうか」
先ほどよりも更に威圧感のある声で、隠れている首魁へとそう警告を発していた。




