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第155話 フランスの術者

 そこにいたのは俺よりも年上っぽい、見た目では月村さん夫妻よりは年下に見える一人の男。

 短いブロンドの髪が月明かりに照らされ、その姿に神秘的な雰囲気を漂わせていた。


「この感じは……」


 間違いない。空港で感じたのと同じ気配だ。この人はローラのご両親と同じ便で来日したフランスの術者だろう。

 それが何でここにいるのか。対策室で師匠(せんせい)達と話していると聞いてはいた。しかし、それが終わったとしてもここにいるのはおかしい。


「……」


 あちらは俺とイリナさんを視界に入れて交互に視線を動かしている。

 何のつもりなのか、俺らのどちらかに用があるのか、そんな懸念が頭を過る。


「貴方は――」


 俺が言葉を発すると同時に奴はあまりにも無防備に、すたすたとこちらへ近づく。

 何をするつもりなのかと警戒していたのだが、その警戒は無意味に終わってしまう。


「拙者、ミシェルという者で候! 道に迷いましてございますれば……お助けくださいませ!!」


「道に迷った!? あ、いや。それよりそのおかしな日本語なんだ!? ってかアンタ、フランスの術者だよな!?」


 涙目で縋りつき、服をめっちゃ引っ張られてしまっている。それはまだいい。問題は、まるで日本人を小馬鹿にしているかのような訳分からない侍の様な、または時代劇の様なふざけた口調だ。


「日本語喋れるんなら、ふつーに喋れ!」


「拙者! サムラーイ劇で日本語を覚えて候。これが標準でございまする!」


「時代劇か!? 時代劇だってそんな喋り方せんわ! 騙させてんだろ、アンタ!?」


 俺の服を掴んで離さないミシェルさんをどうにか引き離したい。しかし、この男、異様に握力が強い。下手に引っ張れば俺の服が破けかねない。


「一目でピンと来たでござる。空港で感じたサムラーイの気配と同じと。お侍様、どうかご慈悲を!」


「俺は術者であって侍じゃねえ!」


「嘘でござる。その隙の無い立ち姿は見事見事。現代の侍と見受けまする」


 話が通じているようで、全く通じている気がしない。


「お侍様。拙者、歩きすぎで足が棒になりそうで候。どこかで休憩したく」


「宿泊先にご案内すれば良いですか?」


「その前にお侍様と話したく存じまする。ルー・ガルーを退けたお侍様」


 この男、ふざけた日本語のくせして最後のセリフの際は俺の見る目が鋭くなっている。

 ミシェルといったはずだが……、こちらの事は調べ上げているらしい。


「別に退けてねーよ。日本原産の厄介なのにやられただけだ」


「しかし……、ヤツを生け捕りにする寸前だったで候。アレは我らも手を出せずにいたのでござる。それを見事に無力化したようで」


 ……どこまで調べ上げた? あちらにはあの人狼は倒されたとしか伝わっていないはず。


 おかしな言動とは裏腹に、少し話しただけでも油断ならない人物なのが分かる。すぐ後ろにいるイリナさんも俺の警戒が視えたようで、緊張しているのがまざまざと伝わってくる。


「……あの人の前で、よく言えたな?」


「拙者としても心苦しい部分はあったでござる。そこも含めてのご説明が今回の来日の目的にて」


 奴を少しばかり威嚇する様に責め立てると、返ってきたのはその言葉だった。

 この男、どこまでが本当の事を言ってるのか判断に迷う。道に迷ったのは嘘で俺を探していた可能性すらあり得る。

 その場合、わざわざ俺に接触してきた目的を探る必要もあるだろう。


「なんなら家に来ますか? ローラのご両親の前で事情を説明する度胸があれば……ですが」


「承知仕ったでござる。いざいざ参らん!」


 めっちゃノリノリで俺の隣を歩きながら家を目指すミシェルさんであった。











 現在、坂城家に到着。お家の中に入るなり、二人ではなく三人で帰宅した……正確にはミシェルさんを確認した偽ロリとレイの顔が引きつっていた。


「何でこやつがここにおる……?」


「どうしたの? ほんと……」


「二人共、まあ、凄まじく疲れていた事情は分かったけどさ。あのおかしな日本語……」


 おそらくは空港でそれなりに警戒していたにも関わらず、あの訳分からない喋り方をされてしまったのだ。

 そこから対策室までずっと一緒にいたはずだ。その間、ヤツに付き合っていたとすれば、かなりの精神的負担になったのは想像に難くない。


「おお! お二方、先ほどは感謝でござる。おかげで日本の対魔組織責任者ともスムーズにお会いできたで候」


「その日本と日本人を小馬鹿にしたような話し方やめてくれませんか? 必要なら、そちらの言葉に合わせますから」


「不要にございまする。郷に入らば郷に従えというのは、この国の習わしにございます故」


 全く従ってないのだが、その辺の自覚は皆無の様だ。

 このやりとりは埒が明かない気がするので、さっさと本題に入ってしまおう。


「それで……。日本の対魔組織のトップとも話し終えて、そのうえで俺に何の用です? 俺、あの中だと若年のバイト扱いで苦学生なだけですが」


(いけしゃあしゃあと嘘にならない程度に言っとるな、こやつ)


(でもさ、あっちがどこまで把握してるんだろ? そういったのも(つつ)いてるんでしょ?)


 偽ロリとレイが小声で何やら話している。その一方で、ミシェルさんはお客さん用に出していたコーヒーを一口すすってから口を開く。


「ご謙遜は止めてくだされ。本日、責任者と側近らしき人物ともお会いしたで候。噂では三年前に責任者が代替わりしたとか。そして、日本で指折りの術者達に鍛えられた不滅の魔女リュシーの子孫。拙者達も噂程度は聞いておりまする」


 リュシーとはルーシーのフランス語読みとなる。その呼び方自体は別に問題ない。だが、気になるセリフをあちらが言い放っていたのだ。


「不滅……か。それが伝わってるってことは、あの偽ロリに余程こっぴどくやられたらしいな」


「正確には拙者の世代ではなく、約170年前当時の本国とその周辺の対魔組織でござる」


 その話自体は俺とレイが幼少期に欧州を周っていた時に聞きかじったことがある。戦った結果、双方疲弊しすぎて相互不干渉になったとかいうのだ。


「そちらにおわす一家の処遇について、拙者達の組織内でも真っ二つに意見が割れてしまっていたで候」


 どうやら、あちらとしては俺達に対してもその説明を行う気でいるらしい。

 もしかしたら、そのためにわざわざ来日したのかとも考えてしまう。


「拙者達よりもかなり上の世代、もうご老年の方々の間ではリュシー殿は恐怖の存在と認識されておりまする。拙者達が子供の頃には、悪事を働くとリュシーが来て酷い目に遭わされると聞かされて育った次第」


「……なあ、お前はあっちだと、なまはげ扱いされてんのか?」


 フランスでの偽ロリの扱いに関して思わずツッコみを入れると、当の本人は不満げに頬っぺたを膨らませている。

 偽ロリも何やら言い分はありそうだが、おそらく話が脱線する可能性もあるので黙っているようだ。

 それを察してか、ミシェルさんが説明を続けてくれていた。


「本国のトップや引退したご老年達は、ロベール家に関わるべきではないといった意見でござった。拙者達の様な若年は……過去はどうあれ、自分達で対処すべきと考えておりました……が」


「その年寄連中に邪魔されてた?」


「恥ずかしながらその通りでござる。結果として、そちらのお嬢さんの噂を聞きつけたリュシー殿が、彼女を日本に連れてくることになったようで」


 親の因果が子に報うとは言うが、先祖の因果も馬鹿にならないよなあ……。


「拙者達がぎりぎり対処できたのは、お嬢さんがいなくなった後、本国に残ったご両親を影ながら守護することでござった。まだ厄介な能力がない者であれば、そこまでの文句も無かったで候」


「正月に連中が大挙して来日したのを防げなかったのは?」


 それを口にした途端、あちらは苦虫を噛み潰したような顔となってしまっていた。


「それについては言い訳になってしまいまするが……、お嬢さんが日本にいるという情報自体が秘匿されていたため、拙者達も対処が遅れてしまったでござる」


「……そういや、ローラがフランスの誰とも連絡取れないようにしてたんだっけか。ローラがひったくりを投げた動画が投稿された後、人狼率いる怪異連中の方が動きが速かったと」


「申し訳ありませぬ。拙者達が気付いた時には後の祭りでござった。空港に集った怪異も8割方を日本に向かわせてしまったのは、こちらの手落ちと言われても仕方ないでござる」


 言葉遣いはともかくとして、本当に申し訳なさそうに目を背けられたら、こちらとしても彼だけを責めるわけにもいかない。


「……とりあえず事情は理解しました。その様子では、お一人で来日されたのも、そちらの組織のご年配に配慮した形ですね?」


「仰る通りで候。謝罪と説明はせねばならぬが、リュシー殿が腰を下ろしている地に団長や副団長が訪れての謝罪となれば、権威ある者達からの抗議の可能性もあったでござる」


 と、いう事は……、このミシェルさんはトップとまではいかないが、謝罪と説明をするのに十分な立場と実力の持ち主ということになる。

 その場の全員が各々の感想を持ったようだが、その中で偽ロリのみ彼に語り掛ける。


「とりあえずじゃ。ワシにも配慮が足らんかった部分もあるでな。そこまで気にする必要はないのじゃ。ローラが狙われていた件については、もう解決しておるしの」


 その一言で、ミシェルさんも先ほどまでの暗い雰囲気から一変。明るい表情へと変貌し俺の手を取ってこういった。


「感謝するでござる! そしてお侍様! よろしければ拙者が滞在している間、仕事をしている姿を見せてくだされ! ムッシュー神屋からの許可は得ているでござる!」


「……マジ?」


 その問いに力強く頷くミシェルさんを見て、これは一筋縄ではいかないとの予感が頭を過ったのだった。

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