第154話 イリナのお迎え
夕食の洗い物をしている最中、居間ではまだおしゃべりで盛り上がっているようだった。
女三人寄ればかしましいなんて諺もあるが、いつも家にいる女子三人にイリナさんも加わっているのだ。
ついでにやかましい駄蛇までいるのだから、うるさくならないわけがない。
「この蛇さんも面白いわね~」
「何でこんなのができたのか……自分でも不思議なくらいです」
「こんなの言うなヘビ。小僧が蛇を刀に宿して神気を打ち込んだせいヘビ」
だって出来上がってすぐに酒は飲むわ、おかしな歌は歌うわ、大柄だわで駄蛇以外の何物でもないだろう。
「でも……初めて会った時から、蛇さんは悪い感じはしないよ? 骨の時は真っ黒だったけど。コウが綺麗にしたんだよね?」
「そうヘビ。小僧の神気の影響ヘビ。使用者の神気が珍妙だからこうなったヘビ!」
めっちゃカチンとくる言われようだ。
「誰が珍妙だよ、誰が」
「小僧以外、誰がいるヘビ? 小僧は神気で色々と塗り潰されてるヘビ。歪んでいるから小僧の性格も捻くれてるヘビ」
「この駄蛇……! てめえ――」
ヤツの言い分を聞いているうちに腹が立ってしまい、喧嘩腰になってしまいそうにまったのだが、後ろから肩をぽんと叩かれてしまう。
「まあまあ、そんなに怒らない。蛇君も思ったことを全部口に出すと、敵を増やしちゃうわよ。ね?」
「……駄蛇を見ても動じませんね?」
「まあねえ。ローラが例の力を発現させた後、怪異達の嫌がらせが凄かったのよ。それに比べたら可愛いものでしょう?」
イリナさんは自身の経験から駄蛇には危険はないとの判断をしたらしい。
「直接的な危害は無かったんですね? まあ、あったらローラがこっちに来る前に偽ロリか現地の術者達に殲滅されてたでしょうから」
とはいえ解せない部分もあるのだが。
そんな考えを巡らせながら、偽ロリの方にチラッと視線をやると、あちらは目を逸らしていた。
「なあ? ルーシーさんや? お前の血縁、少なくともフランスの術者連中には知られてたんじゃないのか?」
これはただの当てずっぽうだが、どうやら予想は的中していたようだ。
「まあの……。なのでギリギリまで手を出さんといった考えだったのじゃろう」
「随分とのんびりしてるな、その連中は。ギリギリってふざけてんのか?」
「その辺も含めて、来日しとる奴と話しておるよ。とりあえずはその剣呑な気配を沈めんか。客人の前じゃぞ?」
俺のイラつきを窘めるように彼女は注意をしてくれていた。
「……ごめん。色々思い出したのもあって、怒りっぽくなってたみたいだ。頭を冷やして来る」
そうして、そのまま外へと足を進めてしまった。
「……良い子ね、本当に。怒っている理由が人のためだもの」
「あやつは子供の頃から変わっておらぬよ。いつも誰かのために戦っておった。最初からの」
その言葉になにやら思い出したように悲し気な表情を浮かべていたレイであった。
「んー。じゃあ、あたしが迎えに行こうかな。あたしが適任でしょ?」
「レイチェルちゃん、今回は私に行かせて。お願い」
イリナさんに、にこやかな顔を向けられたレイであった。
「多分ね、私の方が色々と話しやすいかもしれないわよ?」
「じゃあ、わたしも行く――」
「だーめ。ローラは待ってなさい。色々と込み入った話になりそうだからね?」
ウインクしながら、右手の人差し指をローラのおでこにトンッと当てて、彼女を制していた。
「でもね、功君がいそうな場所は教えてね? 私、この辺はよく分からないから」
お家の面々は顔を見合せた後で、イリナさんの提案を受け入れていたようだった。
やっぱ駄目だなあ……。未練だ。前に来た時に公園があるのは知ってたけどさ。結局のところ、ここから戻る事も進むこともできないんだから、中途半端もいいところだ。
現在の俺は夜の公園のベンチで一人座っていた。もう一時間くらいそのままだ。
「こんな顔して師匠達のとこ行ったら、何言われるやらだし……どうすっかな」
そんな独り言に明確に返答する声が聞こえてきていた。
「どうする……じゃないでしょ。色々と探し回ったのよ。小学校とか対策室とか、羽衣ちゃんの部屋まで!」
「何でイリナさんがここにいるんですか?」
「私が連れ帰るって言ったからよ。まったくもう! 心配させて」
「いや……その。そのうち帰ろうかあ……と」
まさかこの人が俺を探し回っているとか考えもしなかったので、呆気に取られてしまう。
ふとポケットに入れたままのスマホを確認すると、羽衣から大量の着信が入っている事に気付いた。
「……兄様どこですかーから、帰りたくなかったら……こちらまでこちらまでどうぞ……。それはマズいだろ……」
「その羽衣ちゃんに聞いたのよ。どこにもいないなら、この辺かもって」
そういや前に羽衣達も来たことがあったんだっけか。
イリナさんはそのまま無言で俺の隣へと座っている。
「あの……」
「その悪い事しちゃったみたいな顔はおやめなさい。色々思い出したって言ってたけど、沢山の感情がぐちゃぐちゃになってたわよ」
イリナさんの感覚で視てもそれだ。自覚はしていたが、普通の人が見たって尋常じゃない状態なのは一目瞭然だろう。
「私もね。小さい頃は結構気味悪がられたのよ。大人になっていくうちに、周りに合わせられるようになったけどね」
相手の考えていることが初見でも察せてしまうとか、どう考えたっておかしいと思われる。
その想像をするのは難しいことじゃない。
「まあ、私の場合は……あくまで人間だけとの関りだったから、まだ良かったんだけどね。貴方達に比べたらだけど」
「……俺は……小さい頃、本当に生者と死者の区別が分かりませんでした。そりゃあ、怪我してるとか体の一部が無いとか、そんなのもいましたけど……、当たり前に話せるし触れましたけど、周りは分かってませんでした。家族も……」
幼少期の事を思い出してしまう。それだけならまだ良かった。本当にそれだけなら。
「その俺が……霊を引き寄せてしまったせいで、妹が酷い霊障に罹ってしまったんです。俺にも、もしかしたら霊達にも悪意は無かったかもしれません。けど……」
「そっかあ……。その娘は今どうしてるの?」
「……元気ですよ。俺が知っている頃よりずっと。あの時……、母親が俺を施設に入れたのは間違ってなかったんだなあ……って」
そこまで口にするとイリナさんは黙って俺の手を握ってくれていた。その手を見ていると、あの時を思い出してしまう。
「震えて……いました」
「えっ?」
「俺を施設に連れて行く時、母さんが繋いでいた手が震えていたんです。今にして思えば、気味の悪い子供をどうしたら良いか分からずに、そうするしかなかったんでしょうね」
少なくとも両親は普通の人間だった。それだけは確信している。だから俺の事も理解できるはずがなかった。
「さっきルーシーも言ってました。もしもイリナさんの様に、俺の親に何らかの力が受け継がれていれば……何かが違っていたかもとか。貴女達を見ていると、どうしても考えてしまうんです。駄目ですね、本当の家族の事なんて忘れてしまえばいいのに」
「はあ……。あのね? それは駄目でしょ!」
イリナさんが俺の脳天にぺしっとチョップを見舞っていた。もちろん痛いわけではない。ただ懐かしい感じがしたのだ。
「いい? 少なくとも功君のお母さんは、貴方を手放したかったわけじゃないと思うわよ。だから忘れるなんて言ったらいけないわ」
真っ直ぐに俺の目を見て、そう力説してくれていた。
「もしも、ちゃんと会う気になったら、きちんと話してみなさい。それで元に戻れないと思ったのなら……、うちの子になっちゃいなさい!」
「いきなりですね!?」
「別に良いでしょ。ローラのお婿さんになってからか、その前からそうなるかの違いなんだから」
「大体、何でその許婚も継続してるんですか!?」
その問いに何故かきょとんとしてしまったイリナさんであった。
「だってねえ、あんなに可愛い娘達が近くにいるんだもの。そのくらいの有利な点をローラに持たせたって問題ないでしょ。我が娘ながら、男を見る目はあったって安心してるわよ」
「イリナさん、今……めっちゃ素の性格が出てませんか? 最初よりフランクになってます」
「あら、功君はやっぱり話しやすいのね。ほんと、息子ができたみたい」
「うー……。あんな風に叱られたのって、母さん以来ですよ。ルーシーは、やっぱお婆ちゃん的な感じでしたから、久々でした」
そこまで話してお互いの顔を見合わせると、自然と笑みが零れてしまっていた。
「うん。もう落ち着いたみたいね。帰りましょうか」
「ですね。後で他のみんなにも説明しないと。心配させたみたいですし」
そうして帰り道。公園から数分ほど歩いたところで、見覚えのない人間が俺達の目の前へと姿を現していた。




