第153話 お家案内
凛堂家からの帰り道、ローラさんは凄まじく上機嫌でイリナさんの隣で彼女と手を繋いで歩いている。
その原因を作ったイリナさんもローラと話が弾んでいるらしく、にこにこして話を合わせているようだ。
そんな中、俺はその後ろをジャンさんと並んで歩いていた。
「……あ、あの、ウチのルーシーって、どんな話を持って行ったんですか?」
「大体は君も知っている通りだよ。娘を狙っていた連中から遠ざけるために日本へ。そして奴らに対抗できる力をつけさせる。だが、もしもローラにその才能が無かった場合は……」
「俺と結婚させて、一生涯守らせる……ですよね」
その受け答えに静かに頷くジャンさんであったのだが、その先を話してくれていた。
「新年初めの騒動で……ぼくもイリナも驚いたものだよ。ローラの変化だけじゃなく、君という人間についてもだ」
何のこっちゃと考えてしまったのだが、それを察してくれたようで続けて話してくれた。
「かなりの遠縁であるとはいえ、本来なら他人とも言えるローラのためにあそこまで体を張ってくれたのもそうだが、その前のあの娘を慰めているシーンでも、特にイリナが何度も見返していたよ。まるで君を品定めでもしているかのようにね」
「もしかして、めっちゃ警戒されてました、俺?」
「イリナが言うには天然の嘘つきというのもいるらしい。自身の嘘を嘘として認識せずに息を吸う様に相手を貶めるタイプだそうだ。そんな人間は彼女の感覚でも看破するのは難しいそうだよ」
「例の動画と実際に顔を合わせて、それが杞憂で安心した?」
「そんなところだろうね。あの上機嫌は」
あの動画はあまり見ないで欲しい。とはいえ、そこまで気に入られるのも悪い気がしない。
「ローラも楽しく暮らしているようだし、ぼくらとしては胸を撫でおろしているよ」
「俺としては、ローラにはお二人と一緒にいて欲しかったんですけどね」
「それは、また後に取っておくとしようかな。可愛い子には旅をさせよ、というのはこの国の諺だろう?」
男二人で女性二人に視線を向けながらそんな会話をしていると、イリナさんがこちらを振り向き手を振っている。
「次はどこに行くの?」
「じゃあ……、お家に行こう!」
ローラさんの提案により次なる目的地が決まりました。と言っても、どこかに行くのではなく自宅に戻ることとなった。
ここは自宅である坂城家兼ウィザース家。偽ロリとレイは帰ってきているだろうかと考えながら、玄関のドアノブを回してみる。
すると普通にドアが開いたので、どうやら家には帰ってきているらしい。
「……おかえりなのじゃ。はあ……」
「あ……、おかえりー……」
玄関に入るなり、凄まじく疲れた表情の偽ロリとレイが出迎えてくれていた。
気になるのはこの二人が、ここまでの惨状となっている理由だ。
「何があった? あの術者絡みか?」
「そうと言えばそうなのじゃが……」
「そいつは?」
「今は対策室じゃよ。神屋と色々話しておる。真司も一緒にの」
師匠はともかく、月村さんが付き添いで大丈夫なのだろうか。そんな不安が頭を過ってしまう。
「まだいるかとも思ったんだけどな。そいつ一人で来てたのか」
「みたいだよ。ぞろぞろ大人数で来日して警戒させても悪いからって言ってた。はああ……」
だから何なんだよ。その尋常じゃない疲労感は。
「ほう、少しの間に随分と仲良くなったようじゃの。家に招くまでになるとはの」
俺の後ろにいたジャンさん達を確認すると、からかうように偽ロリはニヤニヤとしている。
「あのな、ここはローラの家でもあるんだよ。何だよ、その面白いものを見た顔は」
「やはり、イリナはお主とは相性が良かったのようだと、安心しておったのじゃよ。さ、入ってくれい。お茶の用意をしようかの」
そう言いながら、彼らを居間へと案内していた偽ロリであった。
居間にお二人を案内して、全員で腰掛けながら小休止といった雰囲気となっている。
各々が好きな飲み物を手に取り、和やかに談笑している。
「……もしかして、この場では……ぼくだけ仲間外れになってしまうのかな? ぼくだけルーシーさんとの血縁が無いからなあ……」
ジャンさん、ルーシーの血縁が揃ってしまった居間において疎外感を感じてしまっているらしい。
「まあよかろ。仍孫の娘婿なのだから気にするでない。昆孫かもしれんが」
偽ロリの言っている仍孫は自分から数えて七代先の子孫。昆孫は六代先の子孫の事である。
ちなみに俺は雲孫となり、八代先の子孫という事になる。
偽ロリの言いっぷりから察するに血縁関係のみで何代先までかは、ちゃんと調べていないっぽい。
「すっげえ遠縁な親戚の集まりになっちまった。……せっかくだから夕飯はここの方が良いかな?」
「あら? 何処かのレストランに……って考えてたけど良いの?」
「ご飯はみんなで食べた方が美味しいですし。レストランみたいに豪華にはなりませんが」
「私は構わないわよ~。その方が楽しそうだから」
そんなわけで、みんなで夕食を取って落ち着いた後で夕涼みのために庭先に出ていると、いつの間にか偽ロリが近くに来ていた。
「ご苦労じゃの。例の術者の警戒もしとるのか」
「ローラは?」
「蛇を紹介しとるぞ。奴は奴で、人狼とやり合った時の事を大げさに自分の活躍のように説明しとる」
るーばあの言う通り、フランスから来ていたという術者がこちらに接触してくるかも……と考えてしまい、念のため周辺を見回していたのだ。
だが、るーばあにはそれだけじゃない事はお見通しだったようだ。
「あやつらを見ていると……余計な事を考えてしまうかの? 嫉妬の色が見えとるぞ」
「むー……。るーばあのその感覚は教えてもらってたけどさ。あまり言いふらすと嫌われるぞ、それ」
そう。俺らに発現した能力は裏を返せば、ルーシーには全て使えるという事になる。
「もしも……妹の方ではなく、親の方に何らかの能力が受け継がれておれば……、こうはなっていなかったかも……といったところかの?」
「そんな意味のない仮定をしてどうなる」
少しばかりイラついてしまい、喧嘩の様な口調になってしまった。
「どうもならぬのは分かっておるよ。お主の境遇については、本当に運もなく、ワシらの対応も遅かった。もう少し早く……、お主が施設に連れて行かれる前に見つけておれば、違っておったかもしれんな」
あちらもいつもの人を食った様な態度ではなく、悲し気な表情となっているので俺も何も言えなくなってしまっていた。
「……別にイリナさんも……ジャンさんも嫌いとかじゃないからな? むしろ、ローラを手放さなかったのは素直に感心してる。けどやっぱ――」
「ローラが羨ましいかの?」
「ほんのちょっとだけな! ああもう! るーばあは意地悪だ!」
「あまり悶々として、おかしな態度を取る前に吐き出させてやっただけじゃよ。仲良くなりたいじゃろ?」
この婆さんは、俺の事なんてお見通しとばかりにウインクをしていた。
「ま、その気になったら、そういった部分も含めて話してみるのもええじゃろ。イリナもああ見えて、あの共感覚のせいでそれなりに苦労はしとる。ちゃんと話は聞いてもらえると思うがの」
「るーばあだって良いじゃないか」
「ワシではいかんのじゃよ。お主の事情に深く踏み込み過ぎておるからの。何も知らない人間に聞いてもらうのも必要じゃろ」
「その気になったらな。本当にそうなったら!」
その答えにククッと悪戯っぽく笑う偽ロリだったが、あちらは満足したようであった。
その時、屋内から俺らを呼ぶ声が響いて来ていた。
「小僧! 蛇の大活躍を語るヘビ! 龍脈での小僧の不甲斐ない実力と、この蛇のぱーふぇくとな矯正で皆が平伏した時を紙芝居でもしてくれヘビ!」
「この駄蛇は酒好きな駄蛇過ぎるだけの駄蛇なので、駄蛇って呼んでください」
「何言うヘビ! 蛇は偉大なる八岐大蛇ヘビ! ヒック!」
飲んでやがるよ、この駄蛇。
「ローラもあんまり駄蛇を実体化させない。調子に乗って飲みすぎるからな?」
怪異っぽいのとも仲良くなっている自分達の娘の姿を見て、ジャンさんとイリナさんは少しばかり苦笑していたものの、楽しい時間を過ごせていたようであった。




