第152話 町内案内
俺がロベールさん一家に町を案内していた。ご両親は普段ローラがどんな生活をしているのかが気になっていたらしい。
俗に言う観光地ではなく、俺の自宅周辺を散策する形になっていた。
「ここがよくお買い物をする商店街! 色んなお店があるよ」
自慢げにそう説明するローラに、商店街の人達が声を掛けてくれていた。
「あら、ローラちゃんに功君。いらっしゃい」
にこやかに挨拶してくれた肉屋のおばちゃんが普段見ないローラの両親に目を向けている。
「娘がお世話になっているようで。お会いできて光栄です」
ジャンさん、紳士的にご挨拶を返していた。肉屋のおばちゃんは目をぱちくりさせて、リアクションに困っているようだった。
「あー。こちらは、ローラのご両親でして、夏休みに合わせて来日されたんです」
「そうだったの。じゃあ、はい。うちのコロッケ、食べていって」
そう言いながら、おばちゃんは肉屋自慢のコロッケを手渡してくれた。
流石にただで貰うのも悪いので、うちの面子分にお肉を購入して次に行こうとすると、次々と声を掛けられてしまう。
どうやら、俺らの他に見ない人間がいるので、興味を持たれてしまったらしい。
それを終えて、次へと行く。
商店街の次に訪れたのは、俺らが通っている学校だった。
夏休みという事もあり、部活動のために登校している生徒の姿があった。その中の一人が俺らを見つけて声を掛けてきていた。
「あ、ロベールさんだ。どうしたの?」
「サイトウ先輩、こんにちは。わたしのパパとママを色んな所に案内してるの。夏休みに来てくれて」
「そっかあ。先生のとこには行くの?」
確かに挨拶くらいはした方が良いかもだが……。
「いきなり行って大丈夫かなあ?」
夏休み中とはいえ、先生は業務中なのでそこは後日にするとしよう。
「ところで、外にいるのは珍しいな? どっか行くのか?」
「あ、はい。これから近くの河川に行って、そこの生物観察ですね。先輩のおかげで部員も増えましたから」
「部長さんには言いたい事があったんだった。俺をダシにしてある事ない事言いふらしてるだろ!?」
「イエティのは……、ちょっとだけ、ごめんなさい。かなり脚色をしてましたね」
全くだ。誰がイエティにアッパーカットで天高く舞い上がらせんだんだか。
「……何があったんだい?」
「ええと……、ちょっとだけ色々と……」
ジャンさんが俺の様子に疑問を持ったようで、ローラにその経緯を聞いていたが、彼女は困ったような顔を見せている。
「あらあら。面白い人がいる学校ね~。楽しそう」
対してイリナさんは、ほんわかとした雰囲気となっていた。あの部長さんに関しては、おそらく月村さんの同類なので割とおっかない部類ではあるのだが。
「さてと。学校に長居も良くないし、次はどうするかな?」
「じゃあ、次は……あそこで」
ローラも案内したい場所があるらしく、ご両親の手を引っ張って先導をしていた。
そのローラが足を運んだ次なる案内スポットは、俺にとっても馴染みのある場所である。
「お休みの日はここで稽古をしてるんだよ」
そう、次なる案内場所。俺も最近はローラと共に顔を出している柔術を学ぶ凛堂流道場だった。
インターホンを鳴らすと道場内に入っていい旨の返事があったので、そのまま道場へと向かう。
ジャンさんも道場の雰囲気については覚えがあるらしい。
「柔道? フランスでも競技にはなっているが……」
「あ。ここ、もっと実戦形式で打撃とか、投げながらの極め技とか色んなの複合してます。まあ、怪異とかと戦ってきた人達の末裔だったりするので」
めっちゃおっかない技能とか持ってるけどね。流気とか使える人達だから。
「一度、フランスに帰ってきた時に、娘の雰囲気がガラリと変わってしまって驚いたものだよ」
「あんな大人しそうで可憐な女の子をお転婆にしてしまって、すいません……」
その一言に苦笑していたイリナさんと、『お転婆』という表現に少しばかり、頬っぺたを膨らませて抗議しているローラの姿があった。
「ただね? あの必死さは……ねえ? 功くんには、その辺を色々と確認したいわねえ」
イリナさん、にっこりとしているのに威圧感を感じてしまい、一歩後ずさってしまう。
その時、聞き覚えのある声が耳に入ってきていた。
「あー! にいにだ! ねえねもいる!」
「こぉら! まずはご挨拶よ?」
声のした方を振り向くと、そこには美弥さんと息子さんの真也の姿があった。休日といえば、月村真司さんが師範と一緒に稽古しているイメージがあったのだが、本日はそうではないらしい。
軽く挨拶を交わすと、美弥さんもローラの両親へと目を向けていた。
「ローラちゃんから伺っています。ようこそ日本へいらっしゃいました。お茶をご用意しますので、どうぞこちらへ」
そのお誘いに従い、母屋の方へと足を運ぶ。その間に美弥さんと小声でやりとりをしていた。
「すいません、対策室から何か連絡はありませんでしたか? 実は――」
空港でいた海外の術者についての情報を共有する。
もしかしたら何かしらの連絡があったかも……と考えたが、美弥さんにはまだ何も知らないらしい。
少しばかり不安にはなったが、偽ロリ達からの連絡もないので、あまり気にしすぎてもしょうがない。
そう考えながら、凛堂家の居間へと通されていた。
「にいに。このひとたちは?」
「ああ、ローラのパパとママだよ。日本に来てるんだ」
俺の膝の上で、興味深そうに二人を見詰める真也にそう返す。そのまま真也は二人に、にっこりと愛想の良い笑顔を見せていた。
その光景に真也の母親である美弥さん含め、全員がほんわかとした雰囲気となっている。
「功くんもですが、娘がお世話になっています。お陰様でローラも逞しくなっちゃって」
「どちらかと言えば、ここで指導しているのは功君の方ですよ」
美弥さんとイリナさんの双方が俺の方を向く。美弥さんは言いたい事があるならどうぞといった感じだ。
「……そのですね? 自衛のための体術ってのも必要でして……」
「ふむ。聞きたいのだが、ローラのその、術者? としての才覚はどうなのかな?」
ジャンさん、その辺は本人からも偽ロリからも何も聞いていないようだ。
「天才です。少なくとも俺の知る限り、ローラ以上の才能を持った人間は見た事がありません」
その説明に真剣な眼差しとなっていた両名であった。郷里では、その異能ゆえに怪異に狙われた自分達の娘が今度は自分からその存在と関わらざるを得なくなっていた事への心配が見て取れる。
「……聞きたいのだが、そちらとしては娘をどうするつもりですか?」
ジャンさんが俺ではなく、大人の美弥さんの顔を真っ直ぐに見て、そう問いただしている。
要するに対魔組織の一員として働かせるつもりなのかと言いたいのだろう。
「私達としては、彼女が一人前になるまではお預りするつもりです。その後はローラちゃんの選択に任せます。……と言いますか、そうしないと……とっても怒りそうな人物が目の前にいますから」
美弥さんは、少しばかりからかう様な表情で俺の方を向いていた。
「まるで俺が我儘言ってるみたいに説明しないで下さい。良いじゃないですか。そのくらい好きに選ばせたって」
「それで良いのかい? てっきり――」
「別に才能があるからって、そっち系に進むかどうかはローラ次第でいいでしょう? まあ、何かしらの怪異関連のトラブルに巻き込まれた際の自衛手段はどうしても必要ですから、今はこうしています」
実際、俺やレイの様に両親に手放された訳じゃないのだ。だったら、修業が終わって一人前になったら、両親のもとで暮らすのだって選択肢の一つであるはずだ。
そんな想いを巡らせていると、今度はイリナさんから俺へと質問があったのだが、それを聞いて出されていた麦茶を噴き出してしまう。
「そうなの……。じゃあ、ローラがフランスに戻る時は、功くんも来てくれる? 許嫁なんだし」
「ぶはっ!? ええと……? いきなり何を?」
その一連の会話は俺だけではどうにもならないと、美弥さんの方にチラッと視線を向ける。
だが当の美弥さんは澄ました表情にも関わらず、絶対に笑いを堪えているとまざまざと感じる気配を出していたのだ。
(真司さんがこの場にいたら……、絶対に茶化して、からかって、ついでに関係者全員にライブ配信の通知をしてたわね。その後を考えたら……、いなくて良かったかも)
多分、美弥さんはおかしな思考を巡らせている様な気がしなくもないが、そんなのお構いなしにイリナさんが続ける。
「ルーシーさん、何だったら……、そっちの家に婿入りさせてもいいぞよ。あやつ、その辺は気にもせんはずだからの。とか言ってわね」
「……そ、そのですね? その話は……、できればルーシーも交えてですね……」
「あら。私としては構わないかなって思うわよ。この目で確かめて、思った通りの男の子だったしね」
さっき初めて会ったばかりのはず……、ああそうか、イリナさんの感覚で視て、そういった評価になったのか。
(ママ、Bien joué !)
ローラさんまで、とっても嬉しそうだぞう?
イリナさんの攻勢にたじたじになりながら、俺は早くこの時間が終わりますようにと、心の中でひたすら祈っていたのでした。




