第147話 vs芦埜柳玄
俺と芦埜さんは互いに相手から視線を逸らさずに対峙している。それぞれが対峙している者からの攻撃を察知、または先手をどう打つべきかを脳内で思案している。
それは常人には1秒にも満たない時間。その刹那――
あの人は沖縄で式神を連れていた。そして、弟子らしき人物は五行を使用。陰陽道を主軸とする術者。
また、あの体術。格闘技能も一線級と考えてよい。
(彼の戦闘スタイル。あの神屋氏と同様なら神道系。刀は人間相手と考えたからか所持してはいない。いや、あの四人に鍛えられたとすれば、それだけではないはず。手の内をほとんど見れなかったのはハンデだな)
二人共、その思考を加速させていく。
後ろにいたレイ以外のローラと羽衣は、自分達がどうすべきかを相談しているようだった。
「わたしも加勢した方が……」
「『糸』ならいつでもいけるよ?」
なんか勇ましい女子二人であったが、それをレイが止めにかかっていた。
「駄目だよ、二人共。下手に隙を見せたら何してくるか分かんないからね。あの人、沖縄で美里のお祖父さんの家にも来てたから」
レイも芦埜さんに関しては、油断ならない人物だという印象らしく、見習いと修業中に何か無いようにと二人を背にして、こちらの様子を伺ってた。
(まずはこれで様子見といったところか)
芦埜さんが札を取り出すと、沖縄でも連れていた肉食獣の様な使い魔3体を俺に向けて疾走させる。
……三方向からの波状攻撃。物理干渉も込みだろう。俺を防御に集中させて撤退か?
その予想は完全に裏切られてしまう。使い魔を視界に捉えていた俺の死角に一瞬にして周り込み、拳を叩き込もうとしている。
「甘いよ。君は危険だ。動けなくしないと何をさせるか分から……。なっ!?」
彼が拳を引き、同時に一歩下がる。その理由とは――
(私の式神を捕縛するための術!? いつの間に?)
彼の生み出した使い魔は俺に襲いかかる前に、トラばさみの様な獣を捕縛するための術によって、その歩みを阻止されてしまっていた。
「ごめんなさい。貴方の姿が見えた時に、歩きながらあちこちに仕掛けされてもらいました。式神を使うのは知ってましたからね」
「君、油断も隙も無いね!? 酷くないかい?」
そんな批判されたって困る。こちらだって雑談しに来たわけじゃないのだ。
(それにしたって、あの数分でここまで仕掛けられるものか? 伊織とのやりとりを見る限り、収斂の練度が異様に高いのは理解したが。そこからの術発動と設置まで淀みが無さすぎる。あの会話で少しは気を取られていたとはいえ、察知ができなかったとは)
俺達二人のやりとりを見守っていたウチのメンバー。そして芦埜さんが連れていた人物はごくりと固唾を飲み込んでしまっていた。
(あんなふざけた会話の裏で色々仕込んでいたって!? 嘘だろ……。ボクにはそこまでするまでもないってことか!?)
帽子の人物は顔色は伺えないが、悔しそうな雰囲気だ。
「ねえ……? コウってどこまで狙ってやってるの?」
「あたしもねー。引き離されてから6年で、ここまで捻くれると思ってなかったなー。せんせー達もどんな指導してたんだか。ああいうトラップ的なのは絶対に真司の仕込みだ。純真だったコウを返せー!」
「だからって、誰彼構わずに布教活動はどうかと思います!」
ウチの三人娘からも、疑問やら呆れやら批判が飛び交っているらしい。ついでに同時刻、対策室で呪いの逆探知をしていた月村さんはくしゃみをしてしまったようだ。
「あっちの娘達、賑やかだね。破壊者の彼女には加勢してもらわなくて良いのかい?」
「それ、本人が聞いたら怒る呼び方なんで、やめた方が良いですよ。っと、貴方は自分と変わらない式神を遠隔で数体操れる人ですから。伏兵の一人や二人、警戒して当然です」
体術で相手をしつつ、そんな軽口を叩き合ってはいたのだが、お互い決め手に欠けるのは認識していた。
(体術もここまでできるか……。攻撃の捌きが絶妙だな。さっきのトラップといい、弱者が強者と渡り合うための戦い方だ。積み重ねて来たものを感じるよ。こういった子は嫌いじゃないんだけどねえ……)
攻め手と受け手の双方、このままでは埒が明かないと示し合わせたかの如く、同時に距離を取る。
「やれやれ……。沖縄で感じていた通りだ。真正面から崩すのは至難の業だよ」
「俺の推しについて語り合いながら対策室に来ていただけるなら歓迎しますよ?」
「君ね。過度な勧誘は嫌われるよ? さて。済まないが、これ以上時間をかけても良くない。決めさせてもらおうか」
そうして芦埜さんは特別性らしい複数枚の札を取り出し、印を組む。
だが周囲に何の変化も起きていない……はずだった。
「がっ!?」
警戒していたにも関わらず、真正面から衝撃を受けて吹っ飛ばされてしまう。
小学校の忍者霊のように隠形を使う式神? いや違う、隠形なら察知ができる。まるで空間そのものが襲いかかって来たような感覚。
なら……これは……。
「空間そのものを式神化って……、反則もいいとこじゃないですか」
「降参してくれるなら、我々はお暇させてもらうよ。教え子もいい勉強をさせてもらったし、これ見せたのはそのお礼と受け取って欲しい」
空間の式神に俺の相手をさせている間、姿を眩まそうとしている両名だったが、その歩みを止めざるを得なかった。
「……風薙斎祓・外式。『無空界鎖』」
「でた……」
「あれが兄様の!?」
術者、怪異にとってその力を無に帰する領域を発動させる。芦埜さんの式神もその領域に入っている状態のはず。
その証拠に、立ち去ろうとしていたはずの彼は目を見開き、驚愕と関心が混じり合った雰囲気で口を開く。
「魔力封じの結界……。どこまで出鱈目なんだい? これだと私の『空真業鬼』も意味をなさない」
「これまで使わされるとは思ってませんでした……。というか、即興での対策がこれしかありませんでした」
「いやいや、初見で攻略されるとか、私も初めてだよ」
お互いの視線が交差する。
(ふむ……。収斂も不可。この位置も彼の結界の内か。なら、できることは一つだな)
……ま、そうだよな。これをやってしまったら、できるのは一つだけだ。
双方、両足に体重をかけて、相手に向かって疾走する。無空界鎖の中でできるのは単純な物理攻撃だけ。重火器を持っていない俺達の取りえる方法は一つ。
即ち、体術での戦闘のみ。
芦埜さんの突き出して来た拳に合わせて、それを受け流し、地面に叩きつける狙いで、技を繰り出そうとした瞬間――
「双方、そこまで!」
接触しようとしていた俺達の僅かな間に、気配なく入り込んでいた人物の声が耳に入る。
そのまま俺の両足はまるで重さなど無いかのように地面から放され、体が宙を舞う。
それを行った人物に対して、思わず声を上げてしまった。
「美弥さん!?」
「熱くなり過ぎよ。少し頭を冷やしなさい」
「いえ、そうじゃなくて、どうしてここに……」
そんな俺の疑問に答えることなく、美弥さんが芦埜さんへと視線を向けている。
「凛堂 美弥……。君が出張ってくるとは思わなかったよ」
「今は月村です。覚えておいてくださいね」
「そちらのお弟子さんと、今いいところなんだ。邪魔しないでもらえるかい?」
その言葉とともに、芦埜さんは、こちらに目線を向けていた。
「それは認められないわね。悪いようにはしませんから、同行しなさい。それとも、この場で私と功君を同時に相手をする?」
二人の視線がぶつかり合う。その数秒後、降参したとばかりに、手を上げたのは芦埜さんだった。
「分かったよ。ボコボコにされて引きずられながら連行されるよりは、幾分マシだ。どこにでも連れて行ってくれ」
「ご協力、感謝します。では行きましょうか」
にっこりとした笑顔をした美弥さんに続き、この場の全員が対策室本部へと向かって行った。




