第146話 呪いの犯人は?
俺達の目の前にいるのは、芦埜さんと沖縄では見なかった一名。顔がよく見えないので、どういった人物かまでは分からないが、術者には違いないはず。
それよりも彼には問いたださなければならない事がある。
「まさか、芦埜さんが……」
「やれやれ、できれば秘密にしておきたかったのだがね。まさかここまで対応が早いとは――」
芦埜さんは、その糸のような細い目を少しばかり開き、こちらを注視しているが、その前に俺が一番気になっていることを大声で口に出してしまった。
「貴方が……、まさかドルヲタだったなんて!」
「いや、違うからね!?」
「恥ずかしがらないでください! かくゆう俺もですから!」
そこまで言うと俺は無造作に彼の懐までテクテクと歩き、推しの写真とBDを目の前に差し出す。
「どうですか! まききちゃんを一緒に推しませんか! ライブでサイリウム振り回して盛り上がりましょう!!」
「だからやらないからね!」
その申し出をきっぱりとお断りした芦埜さんが、俺の表情を直視できずに視線を逸らしながらこう言った。
「そんな……、この世の終わりみたいな顔をしないで貰えるかな? こっちが悪い事してるように見えるから」
「実際、悪いことしてるでしょ! 今回の無差別な呪いの犯人なんだから」
レイのツッコミにローラと羽衣も、うんうんと頷いている。
しかし、あちらとしても言い分があるようだ。
「そもそも私はドルヲタじゃないし、ドルヲタなのは、こっちだ」
そうして芦埜さんが指差したのは、彼らの近くで気絶している小太りの男性であった。
いかにもステレオタイプのドルヲタの服装をしている。
「その人と推しを語り合って、興奮しすぎて気絶してしまったんですね!」
「坂城君? わざとやってるだろ?」
鋭い視線でそう言い放つ芦埜さんであったのだが、それよりも怒りで震えていたのは、傍らにいた帽子を被っていた人物だったらしい。
はっきりと目で見たわけではないが、俺に対して我慢ならないといった雰囲気を感じる。
「先生……、もう限界です……! こんな、ふざけたアイドルオタクが、あの坂城功!? こんなのボクだって勝てます!」
「ふざけたアイドルオタクとは失礼な」
俺としては、ここはきっぱりと否定しなければならない。なぜなら、この人の認識を改めてもらわなければならないからだ。
「俺は極めて真剣で、大真面目にドルヲタやってるぞ」
俺の後ろにいる女の子達は、ある者は頭を抱え、またある者は殺気立ち、そのまたある者は苦笑するしかなかったようだ。
そして、その反論を間近で聞いてしまった帽子の人物は、堪忍袋の緒が切れたとばかりに戦闘態勢に入り、手で印の様な形を作っている。
「『縛魔・綱絞繊』」
自分が得意とする縄状の神気であちらの術の発動を抑えようとする……が。
「金剋木!」
俺に突っかかってきていた人物がそう叫んだ途端、俺の術が解かれ弾け飛ぶ。
「五行使い……」
俺がそう呟くと同時に、後ろの三人も臨戦態勢に入る。
その中にあって、ローラが不思議そうな表情を浮かべている。
「ゴギョウ……って何?」
「元は中国の五行思想から来ているものです。万物は火、水、木、金、土の五つで出来ているという考え方ですね」
「それでね。その五つはそれぞれを生み出したり、強弱がはっきりしていたりするの」
ローラの問いに羽衣とレイが解説する。
おそらく、俺が使った縄状の綱絞繊を木気とみなして、金気で破ったのだろう。
五つの属性を扱うという関係上、五行は修得難易度がかなり高い。この人の詳細な年齢までは分からないが、背格好から俺や羽衣とそう変わらないはず。
なのに俺の術発動に合わせて対応できる辺り、練度も相当なものだ。
「……縛魔・綱――」
「同じ事をして通じると思ったか!」
先と同じ術を行使しようとした俺に対して、迂闊とばかりにあちらも五行を発動させる。
しかし、ヤツの手首を掴んでそれを阻止する。
(何で!? 五行の気が相殺された!?)
「こっちは喧嘩しに来たわけじゃないからな? とりあえず矛を収めてくれない?」
顔の全てが見えずとも、動揺しているのが手に取るように分かるが、ヤツから先生と呼ばれていた芦埜さんはその視線を俺達に向けたまま、一挙手一投足を漏らさずに観察しているようだった。
(ふむ……。五行はその性質上、属性を変える際にわずかだがタイムラグがある。その、どの属性でもない瞬間を狙って自分の神気で相殺か……)
おっかねー人である。こちらがやっていることを冷静に分析しようとしている視線だ。
(あの収斂の練度。そして、属性が変わる瞬間を見極める感覚と経験。同世代、いや他の術者と比べても基礎技能がずば抜けて高い)
「離せ! この!」
俺に手首を掴まれたままのヤツは、術の発動もできずにジタバタしている。
(だというのに彼も、あちらの金髪の女も。彼女がレイチェル・ミアーズか。私に視線を向けて、何かあった際に対処できる体制を整えている。あれだけの能力を持ちながら、それに溺れない危機管理の思考も持ち合わせる……か)
どうやら一通りの思考が終了したらしい芦埜さんは、俺に向かって降参といった雰囲気で両手を上げていた。
「伊織、止めだ。お前と彼では役者が違う」
「先生!? ボクはまだやれます!」
「止めろ。彼はお前と違って手の内をほぼ見せていない。五行を相殺され、その状態で下手なことをすれば、身動きを取れなくされるぞ?」
その説得で俺と対峙していた人物は信じられないといった顔となり、自分の手首を掴んでいる俺の手を引き離そうとしている。
しかし、その考えは甘いと思い知らされたようだった。
(嘘だ……!? 手首を掴まれているだけなのに……、まるで地面に縫い付けられているみたいに動けない!?)
俺と相対している人物も、ようやく自分の状態に気付いたらしく、驚愕の表情を浮かべている。
「あんたがかなりの使い手だってのは分かる。けどな? どういった対処法をすればいいかくらいは叩き込まれてる。これでも師匠がおっかない人達だからな」
(だからって、基礎の基礎でここまでの差を見せつけられるとか、指導者としては悔しい限りだよ。っと、このままだとマズいか)
あちらも争う気はないらしく、芦埜さんはポケットから、いかにも呪いで使います的なデザインの人形を取り出していた。
「私達がここにいるのは、コレを回収するためだよ。こちらの手違いで流出してしまった呪い用の人形を、どういう経緯か、そこで気絶している彼が手に入れたらしくてね」
「……合点がいきました。被害者が多い割に、その症状が軽微だったのは――」
形代となる人形を作ったのは芦埜さんで、使用者が一般人だったからというわけだ。
そりゃあ、本来の効果が発揮できるはずもない。
「というわけで、こちらとしてはこのまま、お暇したいのだけど……」
「ダメです。少なくとも、その人形の回収と、貴方達には対策室に出向いてもらいます」
「だよねえ……。見逃してくれない?」
あちらとしても事を大きくしたいわけじゃないのは理解できる。だが、こちらだって、はいそうですかというわけにもいかない。
「別に逃げるなら逃げても良いですよ。その場合、この人だけに同行してもらいますから」
「この……! いいから放せ! この野郎!!」
右手首を掴まれて、それだけ体の自由を奪われてしまった帽子の人物は俺に向かって残った左手で殴りかかろうとしている。
「待て――」
芦埜さんの制止を聞かず、拳を突き出してくるヤツに対して、その勢いを利用して体を崩しながら地面へと叩きつけてやる。
そして、すかさず足を乗せて地面から動けないようにする。
……はて? この感触?
一瞬だけ、他に気を取られてしまったのを芦埜さんも見逃さなかったらしい。
その一瞬で俺との間合いを詰めて、蹴り飛ばそうとしてきた。
……この体勢だとまともに喰らうな。
その蹴りの速さと威力を予想した結果、受けるとそれなりにダメージを受けてしまうと考え、その場から下がる。
「済まないが、捕まるなんて失態を犯すと……、今後の仕事にも差し支えそうだからね。坂城君、君を退けたという実績を残させてもらうよ」
どうやら、あちらは戦う気らしい。俺から解放された帽子の人物は芦埜さんの傍まで戻っていた。
「先生……! ボクも……」
「お前は見ていなさい。それも勉強のうちだからね」
そう言いながら帽子の人物を制止して、すぐに芦埜さんは、術を発動すべく右手で印を組み始めていた。




