第145話 呪い探知
本日、学校であったまききちゃんファンによる俺の取り囲みのあらましを家の面々に語っていた。
「やっぱりバレたかの」
「まあなあ……。ローラが目立っちゃうから仕方ない」
俺はともかく、どうしてもローラさんは分かりやすいのだ。
「あう!? ごめんなさい!」
「いやいや、責めてるわけじゃなくてだな。むしろヘイトが俺に向くのは都合がいい」
「でも、学校だとそこまで騒ぎになってなかったよ。少しはクラスのみんなから聞かれたりはしたけど……」
それについては、最初の記事が出た際に担任と教頭へ経緯を説明していたのが大きい。そして事務所側からの発表と合致していたので、学校としても同じ説明をしたに過ぎないといったところだろう。
「しっかし……、偽ロリ配信に相談してたって? そのカメラマン」
「奴が教会に駆け込んだ際、ワシに相談するようアンジェが耳打ちでもしたのじゃろ」
「そこまで酷いことしてたつもりは無かったんだけどなあ……」
「むしろ、お主が霊なる者に対して恐怖心が無さすぎるのじゃよ」
偽ロリのツッコミに対して、うんうんと納得したように頷くローラさんであった。どうやら自分の経験則も込みで肯定するしかないようであった。
試験も終わり、勉強会のメンバーは全員赤点回避。夏休み直前となった時期に、師匠から呼び出しが掛かったので、対策室へと赴くこととなった。
そこで今回の案件についての説明がなされる。
「来たか。功はここ最近、色々とあったようだが問題はないな?」
「できれば、夏休みは夏休みさせてほしいです!」
「……それでだ。今回の件だが」
師匠、俺の要望を受け流して本題へと入るために口を開く。
「まずはこれに目を通してくれ」
そうして師匠から渡された資料に目を通しながら、その内容を掻い摘んで一緒に来ていた羽衣とローラにも説明をする。
「色んな芸能事務所のアイドル関係者が原因不明の体調不良……? 被害者は全員が男。割と洒落になってない人数ですね、これ」
「ああ。しかし解せない点もあってだな。お前はどう思う?」
鋭い視線となった師匠が俺へと問いかける。
まだ師匠が室長になる前、この人に教わりながら仕事をこなしていた頃、こうして質問を受けることが多々あった。
自分なりの推論を立てて、それを口にしてみせろということだ。
「被害者の数から見て、これをやったのはかなりの高位な術者のはずですが……」
ここまでで一旦、言葉を濁す。羽衣達はその様子を確認すると首を傾げてしまっていた。
「それにしては被害者が体調不良程度で済んでいるのが……おかしい点です。ここまでの人数に影響が出せるというなら、もっと重篤な状態にもできるはずです」
「その通りだ。しかも、ここまで派手にやれば、普通の術者なら対策室に目をつけられるのは分かっているはずなのに……だ」
被害範囲と重篤度が一致していない。誰彼構わずやれる能力があるにも関わらず、被害を受けた人物は、そこまで深刻な状態ではない。
アンバランスというか、玄人なのか素人なのか判断が付かないというか。とにかく、おかしい案件であることには違いない。
「それでだ……。都合の良いことに――」
「そのうち、その呪いが俺にも来そうってことですね? 真紀葉の一件で」
「ああ。どうせ、お前は軽微な呪いなんて効かないだろ。効いたところで体調不良程度なら問題ないだろうしな」
わーい。撒き餌にされてしまったよう。どうせなら偽ロリに変わって欲しいもんだ。のじゃロリなら呪いを受けた瞬間に、呪い返しで相手に返却できるんだから。
「そんな顔をするな。色々と不可解な案件ではあるが、厄介な術者が関連している可能性もあるから、お前に任せるんだよ」
「なりふり構わず多方面に喧嘩を売りまくるドルヲタ術者とか、どんな奴なんだか……」
その言葉を口にした瞬間、俺の顔をチラッと見て、ローラと羽衣が苦笑してしまう。
どう考えても、その下手人も俺には言われたくないだろう……と考えている顔だ。
「でしたら、逆探知はお願いしますよ」
「ああ。月村達には指示しておく。これを持っておくように」
そうして渡されたのはネックレスの様なアクセサリーだ。月村さん謹製の呪い逆探知用の道具となる。
「了解しました。こちらも呪いを受けたら分かると思いますので連絡します」
そこまで打ち合わせると、俺ら三人は室長室を後にする。
「……どんな奴なんだろ? あんな派手にやる呪いの主」
「……碌でもないのには違いないと思いますけど、こんなこともあるんですね」
「流石に初めてだよ、こんなの」
はあ……と溜息をつきながら羽衣に答えてしまう。まさか勉強会のせいで盗撮され、あまつさえ呪いを受ける可能性まで出てくるとか、どんな繋がりだよとツッコみたくもなってしまう。
自宅に帰ってから、ローラの質問攻めにあってしまう。この案件の詳細についてだ。
「ねえねえ、呪いってどんなの? わたしもちょっとくらいは聞いたことがあるけど……」
「ん? 例えば人形を使う奴とか有名。人形に針を刺して、相手に報復するとか」
その説明に帰宅していたレイも加わってきていた。
「日本だと丑の刻参りとかだね。夜中の午前二時から二時半辺りで、木に藁人形を打ち付けるヤツね」
「どっちも人形を呪いたい相手に見立てて、何かをするってのは共通しているな」
少しだけの説明ではあったのだが、ローラさんもうんうんと頷いてくれている。
「本来なら相手の体の一部……、例えば髪だの爪だのを人形に入れたりもするんだが……、今回のは名前とか写真の一部とかかなあ? 多分だけど」
「そうなの?」
「あれだけの人数の体の一部を集めるって無理だろうしなあ……。芸能関係者なら名前や写真が手に入りやすいはず」
その予想の通りなら、顔は出ていなかったとはいえ、ばっちり写真に写ってしまっている俺なんて絶好のターゲットのはず。
それを見越して撒き餌役をやらせる師匠もどうかとは思うが。
「……俺の疑いが晴れて、ターゲットから外れていたらどうしよう?」
「それは大丈夫じゃないかな? あそこまで無差別だとアイドルの近くにいる男性の殆んどが狙われると思う」
レイがそんな予想を口にしてはあるが、その通りだとすると、とんでもなく迷惑な犯人である。
「俺が何したってんだ……。勉強教えただけなのに……」
「世の中はね。合理的な人間だけじゃないんだよ~。コウなら大丈夫だから」
苦笑いしているレイに説得させてしまったのだが、来るなら早く来て欲しい。これで夏休みに食い込んだりしたら、せっかくの長期休暇を楽しめなくなってしまうのだ。
「まっ、呪いを受けるまで無駄に力入れても仕方ないし、風呂にでも――」
風呂場に行く前に寝巻を持ってくるかと、居間のソファから立ち上がった時に体に違和感を覚えた。
軽くではあるが、まるで心臓に釘でも打たれて、その痛みが全身に行き渡るような感覚だ。
すかさずスマホを取り出して、月村さんの番号へと発信をする。
「月村さんですか? 多分、今……、呪いを受けています。俺の体については問題ありません。逆探知をお願いします」
「ああ。思っていたより早かったな。割と近くだ。誘導するから指示に従ってくれ」
あちらもすぐさま動けるように、対策室でも自宅でも対応できるようにしてくれていたらしい。
普段は人で遊んでいるような人ではあるが、こんな時は本当に頼もしいと思える。
月村さんの指示に従い、自宅から少しばかり離れた住宅街へレイ、ローラ共に向かう。
途中で羽衣とも合流し、月村さんの誘導に従いながら目的地へと到達すると、俺達にとっては意外な人物が佇んでいた。
「おや。君達は……、沖縄で会って以来か。その様子だと私の用事とも関係ありそうだね」
以前、沖縄でひと悶着あった芦埜柳玄さんと、帽子を深くかぶり、体格よりもやや大きめの服を着ている人物が、気絶している小太りな男性を囲む姿を目にした。




