第142話 南木家訪問
あの記事が世間に出回ってから数日後。放課後の職員室前の廊下に二人の女子が、落ちつかない様子でウロウロしていた。
「コウ……、大丈夫かな?」
「だと思いますけど……、おかしな話にならなければ良いのですが……」
ローラと羽衣、その両者が職員室の中にいる俺が出てくるのを、今か今かと待ちわびている。
「成程……。その写真の男子の方は目元が隠れてはいるが、坂城で間違いないと?」
「ですね。そこにいる婆さんの配信で縁がありまして、あの娘の試験対策で勉強を見てたんですよ。他の友人も一緒に」
「その勉強会の帰り道を偶然撮られてしまった……か」
去年にあったウチの偽ロリ配信とのコラボから、先日の勉強会までの説明を担任と教頭にしていた。
俺だけではなく、ルーシーと芸能事務所の関口社長も同席となっており、ルーシーについては、この場では俺以外には老婆に見えるように幻覚を使っている。
「まさか、こんな結果になるとは思わなんだ。曾孫は何か処分が下りそうかの?」
「お祖母さん、そこはご心配なさらずに。坂城君がこうして名乗り出て説明をしてくれたおかげで、学校側としてもスタンスをはっきりと示せますからね」
俺に付き添ってくれた大人の両名は、先生の言葉を聞いて、ほっと胸を撫でおろしているようだった。
「しっかし……、あの写真ですけど、作為的な感じですね。あの場にはローラ……、中等部のロベールさんも一緒にいたんですけど、彼女が写り込まないのを使ったみたいです」
「そこは、あの写真を載せた出版社へ私から抗議をさせてもらいます。こちらとしても、彼やこの学校のご迷惑になるわけにはいきませんので」
関口社長も今回の件では憤りを感じているらしく、顔には出していないがその雰囲気は怒りを感じさせるのに十分だった。
「申し訳ありませんが、そちらはお願いします。我々はそういった事例は慣れていませんから」
社長さんと教頭が色々と今後の事について話し合っている。そして担任は俺と偽ロリの方を向き、安心させるように優しい口調で口を開いていた。
「坂城、それとお祖母さんは、これで終わりです。特にお祖母さんは学校までご足労いただき、感謝いたします」
「いやいや、良い学校に通わせてもろうて、ワシも安心しておる。こやつが粗相したら、遠慮なくぶん殴ってくれていいからの。親がいないからと甘やかしてきたつもりはないのでな」
俺、そんな不良生徒じゃねーよ!
心の中でそうツッコミを入れながら席を立って職員室を後にすると、俺を待っていたらしいローラ、羽衣と鉢合わせてしまう。
「どうでした!?」
「とりあえずは、お咎めなし。むしろ関口社長の仕事を増やしちまった」
それを聞くと二人共、安堵したような顔を見せる。
「むしろ下手に隠したままで、何かの拍子で身バレした時の方が厄介じゃからの。よって、こうして先手を打ったというわけじゃ」
何も知らない、知らされていないという事実は憶測と不信を生み、それは真実をいとも簡単に覆い隠してしまう。
俺はともかく、まききちゃんがこれ以上の厄介なことにならないための処置でもある。
「ローラが一緒なら大丈夫だと思ったんだけどなあ……」
「だからあの時、わたしを誘ったの!?」
「うむ。実はそういった算段もあった。もちろん、あの娘がローラと仲良いからってのもあったけど」
ローラさんの背丈がちょっとだけ低かったので、俺とまききちゃんのツーショットみたいになってしまったのは伏せておくとする。
「でも……、これからどうするの? もし変な事になったら……」
「とりあえず大丈夫。それよりも二人共……、特に羽衣には本来そんな義理も無いだろうけど、頼みたいことがある」
俺があまりにも真剣な眼差しだったので、二人とも顔を見合わせて目をぱちくりしていた。
「さて、ワシは帰るとするかの。功、お主もしばらくは家で大人しくしておれ」
「へーい。ま、その前にやることがあるから、そんくらいは良いだろ?」
その一言で、何やら察してくれたらしい偽ロリは、静かに頷き俺を見送っていた。
ところ変わって、俺のお願いを聞いてくれたローラと羽衣は、とある住宅を訪ねていた。
ローラが先日、近くまで来たことがある場所なのだが少しばかり困っていたようだった。
「ナギ……、漢字でどう書くんだっけ……?」
「南に木の字ですよ。やっぱり漢字はまだ慣れませんか?」
「うん……。やっぱり難しいよ……」
まだ漢字の読み書きが完全ではないローラにとって、家の表札を読むのも一苦労らしく、そこは羽衣がうまくフォローしてくれていた。
「ええと……南木。ここですね」
『南木』の表札を見つけ、インターホンを鳴らすと、聞き覚えの無い女性の声がそこから聞こえてきていた。
「はーい。どちら様ですか?」
「あ、あの……、わたし……、マキハさんの友達で、ローラって言います。マキハさんはいますか?」
ローラが緊張しながらそう受け答えすると、玄関の扉が開いて四十代くらいの女性が姿を現した。
「あら、もしかして……、前にお兄さんの脇に抱えられていた子?」
「はい……、そうです。あの時はちゃんとご挨拶できなくて、ごめんなさい」
「いいのいいの。あのお兄さんとも会ってみたかったけど、こんな状態だものね。入って頂戴」
どうやら去年の配信の後でのケーキ屋の前で走り去って行ったことを彼女も覚えていたらしく、クスクスと笑いながら家の中へと招いてくれていた。
そのまま二階にある、まききちゃんの部屋まで案内される。
「真紀葉、お友達よ。ローラちゃんって子」
それ聞くなり、まききちゃんはバタッと勢いよく自室の扉を開けて、二人を視界に納める。
「ローラちゃん、羽衣さんもどうして……?」
「兄様が心配していましたので。様子を見に行ってほしいと頼まれました」
それを聞くと、まききちゃんは二人を部屋へと引っ張ってしまった。
「お兄さんは……、どうなってますか?」
「騒ぎが学校にまで知られる前に、全てを教えたようです。そうした方が余計な誤解を受けることもないからと」
「コウ、あんまり気にしてないみたいだったけど。まききさんは?」
羽衣とローラが学校での俺の様子を話すと、あちらも近況を語り始めた。
「わたしは……、社長と、通っている学校の先生もしばらくは家にいるようにって。これが沈静化するまでだと思う」
様子を聞くまでもなく、暗い。凄まじく暗い。困ったほどに暗い。ステージに立っている時とは比べるまでもなく暗くなってしまっている。
「兄様が心配していた通りですね。そこまで深刻に捉える必要はありませんよ」
「でも……、元はと言えばお兄さんに試験対策をお願いしたからだし……」
「どうにかなります。いざとなったら、わたしがどうにかします!」
自信満々にそう答える羽衣を見て、首を傾げるローラとまききちゃんであった。それを察してか、羽衣が立ち上がり胸を張りながら、高らかに宣言する。
「わたしが! 兄様と将来を誓い合った神屋羽衣です……と! 配信でもテレビ局の取材でもドンと来いです!」
「ウイさん? それって配信とか利用して、強制的に外堀を埋めようとしてない?」
羽衣の提案にローラも対抗せざるを得なかったらしく、立ち上がってから羽衣と顔を突き合わせる。
「だったら、わたしだって、コウの許婚だって言っちゃうからね!」
「えっ!? ええっ……!?」
まききちゃんにとって驚愕の事実に、彼女はただただ狼狽えてしまっている。どう反応すれば良いのか全く以って分からないといった感じである。
その時、部屋のドアをノックする音が聞こえ、家へと招いてくれた、まききちゃんの母親がジュースとお菓子を持って部屋に入ってきていた。
「そのお兄さん、モテるわねえ……。最初は真紀葉にも彼氏ができたと思ってたけど、ほんとに違うんだ」
「それは、ぜっっっったいにありえませんので、ご安心ください!」
どうやら先ほどの言い合い、部屋の外にまで聞こえていたらしく、ちょうどおやつを持って来たお母さんにまで筒抜けになっていたらしい。
羽衣は、まききちゃんの母親がしていた予測をバッサリと斬り捨てている。
「許婚……、ローラちゃんがお兄さんの許婚……!? それなのに羽衣さんまで。三角関係!?」
「最近はレイチェルまでアピールしてますから、四角いですよ」
「それ、もっとダメでしょ!?」
何故か俺の女性関係問題の口論へと発展してしまった南木家の真紀葉室内では、お母さんも交えてその話題で盛り上がっていたそうな。




