第140話 事務所での一幕
夏休みの前の最後の関門である期末テストに向け、何故か同じ学校でもなく、対策室のメンバーでもないはずのアイドル、『キラ☆撫娘』の通称まききちゃん。本名、南木 真紀葉さんの試験対策まで請け負ってしまったのであった。
本日も放課後にみんなで、その芸能事務所にてお勉強会となっている。
「お兄さん、こないだの問題集、ありがとうございました。とっても分かりやすかったです~」
「化学はともかく、古典はそこまで得意ってわけじゃないけど、それなら良かった」
「どっちも見ていて理解しやすかったです」
どうやら、あちらもかなり試験対策が進んだらしい。講師役を引き受けたのは正解だったようである。
「お兄さんも大変だね。うちのまきの面倒まで見ちゃって。っていうか、ほんとに勉強もできるんだね」
まききちゃんと同じグループのあゆさんも話に加わってきている。今日は事務所に顔を出しているらしい。
「俺には、まともな後ろ盾がありませんから。勉強できるって強みくらいないと、他とは同じスタートラインには立てないぞ……、って言われましたので」
その答えに、その場の空気、特に事務所のメンバーの表情が一瞬だけ強張ってしまっていた。マズい発言をしてしまったと、話題を変えることにした。
「まあ、特にローラは今回、追試はともかく、絶対に補習は駄目ですから。頑張ってもらわないと」
「何かあるの?」
どうやら話題に食いついてくれたらしい。まききちゃんもローラに関係しているだけあって、興味津々といった感じだ。
「夏休みに合わせて、パパとママが日本に来てくれるんだ」
「ああ~。なるほど~」
というわけで、ローラさんには赤点を取らせるわけにはいかないのだ。
「かくゆう俺も顔を合わせたことないんだよなあ……。ビデオチャットでも挨拶させてくれないし」
そう。正月の事件以来、ローラさんは自室でご両親や友達と連絡を取り合っているようなのだが、何故か俺を紹介したがらないのだ。
「だって……、ちゃんと顔を合わせて紹介したいから……」
少しばかり頬を赤くしているローラを見て、アイドルの娘達もどうしたのかと感じてしまったらしい。
そんな折、レイから着信があった。メールでも良さそうなものだと思いつつ、電話に出てみる。
「どった? レイ」
(((レイ? お姉さんの事!?)))
「休日は英語の講義してくれる? マジか!」
レイもみんなで集まっての勉強会をしているのは当然知っているので、自分も参加したいと落ち着かない様子だった。
それとは別に、まききちゃん達の芸能事務所メンバーは、美里さん達の方でヒソヒソ話をしていた。
(ねえ? お兄さん達、なんかあったの? 前に会った時と雰囲気が……)
(うんうん。あの神社で会った娘は相変わらずだけど、ローラちゃんとかお姉さんとも踏み込んできた感じ?)
興味津々といった感じのアイドル達だったが、美里さんがそれを裏の仕事の事情が分からない程度に誤魔化して説明しているようだ。
「お正月に、お兄さんがバイトしていて雷に打たれた!? それでローラちゃんが心配になって一度は帰ったのに戻って来た!?」
「お姉さんの方は、こないだブライダルモデルで一緒に写真を撮った!?」
アイドルの彼女達と直接顔を合わせるのはクリスマス以来となり、約七ヵ月ぶりとなる。その間の近況を解説すると、興味津々といった感じで聞き入ってしまっていた。
「……お兄さん、よく生きてたね……?」
「奇跡の生還特集番組にでも出演させてくれます?」
「う~ん。そういったのってオファー無いんだよね」
冗談で提案してみたのだが、真剣に悩んでくれている。実際、正月には俺と駄蛇が呼び寄せた落雷があったので、信憑性は高いらしい。
「大体、その不発弾撤去? そんなバイトしてどうするの? しかもお正月から」
「えっ? 推し活資金調達ですよ?」
その一言に、アイドル達は少しだけ引いたような表情を見せていた。
(これっていいのかなあ……。わたし達としては、事務所の売り上げ的にも悪いわけじゃないんだけど……。う~ん……)
(お兄さん、覚悟決まりすぎ……)
その顔を見るだけで、どんな想像をしているかが何となく予想できてしまう。どう考えても良い印象ではないようだ。
その一方で、かなーり不機嫌になっている女の子が一人。
「兄様。おふざけは、程々にしてくださいね?」
羽衣さん、にこやかなのに額に怒りマークが浮き出ているような気配を漂わせている。
「は、はい……。すいません……」
((やっぱり尻に敷かれてるなあ……))
そんなやりとりをしつつ、お勉強の合間の休憩時間。先日のブライダルモデルの写真をみんなで眺めていた。
「お姉さん、綺麗だー。いいなあ」
「この教会って、こないだまでリフォームしてたところですよね?」
どうやらアイドルのお二人もシスター・アンジェリカが赴任してきた教会については、覚えがあるらしい。
「ねーさん……、じゃねーや。そこの教会のシスターがレイの知り合いでな。それで頼まれたんだよ」
「世間って狭いねー」
というか、俺達もシスターも裏のお仕事をしている者同士なので、そういった関係でもあるのだが。
そんな他愛のない会話をしていると、『キラ☆撫娘』メンバー、まききちゃん、あゆさん。そして最後の一人であるりりーさんも応接室に顔を出してきていた。
「おー。やってるやってる。まき、頑張りなさい。お兄さんの迷惑にならないようにね」
「分かってるよ~。もう気にしすぎ」
一番の年長であるらしい、りりーさんとは姉妹の様な雰囲気で接している。その微笑ましい様子を眺めていたのだが、不意にローラが俺へと耳打ちをしてきていた。
「ねえ、コウ? りりーさんもだけど」
「ん。こういった人達は職業柄、人の念が付きやすいからな。大抵はそこまで害は無いんだけど……。練習ついでにやってみるか?」
ローラさん、こくこくと可愛らしく頷いている。せっかくなので、あの身体能力が半端ないシスターから出された課題の成果を試してみる。
ローラが眼を閉じて、集中しながら小さく息を吸い込んで、その言を呟く。
「|Au commence《初めに》|ment était la Parole《言があった。》, |et la Parole《言は神》 |était avec Dieu《と共にあった。》, |et la Parole《言は神》 était Dieu」
(フランス語かな?)
(なんて言ってるんだろ?)
俺とローラはともかく、それ以外の人間、特に対策室と関係ないアイドル達には英語でもない言葉は聞きなれていないらしい。頭には、はてなマークが浮かんでいる様に見受けられる。
それとは別に俺や忍達といったメンバーには、アイドル達に付いていた人の念が少しずつ小さくなっていくのが目に映る。
(聖句を覚えさせてのお祓いは……、まだ先かな。とはいえ、勤勉な娘だからこちらでもやっていけそうだ)
そんな所感を思い浮かべていると、まききちゃんがローラの目の前に自分の顔を近づけている。
「ローラちゃん? 今の何?」
「ええと……、聖書の一文です。さっき言ってたシスターから本を借りて、コウに読み聞かせとかもしてもらってて……」
などなど、経緯を説明していたローラさんであった。
「どっちかっていうと、本を押し付けられたな、アレは。こーんな分厚いの」
「うええ……」
俺が両手を使って、シスターから借りた本の厚さを表現すると、勉強をしていたのもあってか、ほとんどの人間は顔が引きつってしまっていた。
そんな中、まききちゃんが俺へと質問を飛ばす。
「お兄さん、どうしたら外国語ができるようになりますか?」
「そこに住めば嫌でも出来るようになるぞお! だって出来ないと、どうにもならないから」
「お父さんからも一度、イギリスに来てみなさいって言われてるんですけど、やっぱり怖いです。言葉が通じないの」
「まあ……、そこは勇気を出して……かな? 意外とどうにかなるもんだから」
そういった意見を出してはみたものの、やっぱり不安はあるようだ。
「大丈夫。ローラだってちゃんと日本語を話せてるし、俺だってあっちにいた時はそうだった。やればできる、割と」
「お兄さんみたいな人と一緒にしないでください!」
「そうかなあ? 試験勉強中は英語だけでの受け答えとかやってみるかい?」
「絶対に嫌です! そんな意地悪すると、泣いちゃいます!」
俺とまききちゃんの言い合いを眺めていた面々は、苦笑しながら見守っていましたとさ。




