第139話 お勉強会開催
七月に入り、夏休みの足音が近づいて来ている最中、学校生活において重要なイベントの発表がなされていた。
「坂城ぃ……、ノート見せてくれー!!」
「ほい。これか?」
「坂城君! ここはどうするの?」
「これはな……。こっちに代入してから、式を変形して――」
クラス全体がピリピリしている。そう、夏休み前の学生にとっての最終関門、期末テストの時期となり、夏休み中の補習なんぞ絶対にやりたくない面々が、何故か俺に試験対策を求めてきているのだ。
「坂城君って……、勉強してるみたいには見えないのに……」
「藤田さん、バイトできなくなるとマジで困るんだ、俺は。だから絶対に夏休みと冬休みは補習にならないように、普段から予習と復習をしてるだけだ」
だって、補習とかになったら対策室のお仕事ができなくなるんだ。お金が入ってこないのだよ。
今はレイチェルねーさん、もといレイがいくらか家にお金を入れてくれているが、彼女ばかりを当てにするわけにもいかない。
そんなのヒモみたいじゃないですか。
そうして、お家に帰ってからも期末試験対策を所望する女の子が二人ほど。
「コウ……。たーすーけーてー」
「兄様……、数学とか化学とか苦手なんです。教えてください……」
お前達もか。
自宅に戻るなりローラと羽衣が、げっそりとした表情で勉強を教えて欲しいと懇願してきた。
どうやらかなり切羽詰まっているご様子だ。
「二人共、予習復習はしっかりとな?」
「お仕事で夜遅くなると、手につかない時がありまして……」
「たまによく分からない文章がでるの~」
おそらくローラは日本語の問題文で理解できないのがあるのかもしれない。これは仕方ないので、少しずつ覚えて貰おう。
羽衣の方は、仕事のスケジュールを後で師匠に相談してみよう。
さて、二人の試験対策をするかと、気合を入れているとインターホンの音がリビングに響いてきた。
玄関のドアを開けると、そこにはまたしても見知った顔が揃っていたのだ。
「功……、助けてくれ~」
「わたしは、まあ大丈夫だけど、みんなで勉強した方がいいかなって」
もう何も言うまい。
「忍も美里さんも入ってくれ。こうなったらまとめて面倒みてやらぁ!」
そんなこんなで坂城家でのお勉強会の幕が上がったのであった。
「大体! 対策室は未成年の戦闘要員が多すぎるんだ!」
「まあねえ……。でもさ、ちょっとしたのなら、他の人達も派遣されたりしてるよね?」
「そこはな? 適性で割り振っている部分もあるから。戦闘だけが仕事じゃないし」
対魔組織は特殊な技能が必要になる関係上、基本的に人手不足が常なのだ。美里さんの言う通り、全ての案件が俺達に来るわけではないとはいえだ。
「それを考えたらお前って……」
「忍さんや、言うな。ほんとに言わないで」
霊や怪異との戦闘、交渉、お祓いなんでもござれの便利屋とか、嫌になるだけ自覚してるから。
二時間ほど時間が経ち、そろそろ夕飯の支度でもと立ち上がり、台所へ向かう。忍達も夕飯を食べるらしいので、二人分追加となった。
「うし! こんなとこか」
食卓に全員分の夕飯を用意して、みんなと偽ロリを呼ぼうかと思ったその時、先んじてその偽ロリがリビングに姿を現していた。
「う~む……。功、これなんじゃが……」
いつもの破天荒ロリに似つかわしくない、お悩み顔に何事かと思いつつヤツのスマホを覗いてみる。
「お主はともかく、皆の面倒も見なければならぬからの。様子から見るに、これ以上は生徒が増えても困るじゃろ?」
スマホの画面を見てしまい、あんな所からも声がかかるとは……と、俺自身も少しばかり困ってしまった。。
「あやつらもお主がローラや羽衣の受験のため、家庭教師をしていたのを知っておったのもあるのじゃろうが……」
「そういや羽衣と同い年だったかー……。あっちはあっちで大変そうだよなあ……」
「お主も、いつもなら飛びつきそうなもんじゃが……。断っておくぞい?」
偽ロリのその発言に待ったをかけて、とりあえず俺の部屋でお勉強している面々にも相談をすることとなった。
次の日、我が家でやっていた対策室メンバーお勉強会は別の場所で行う事となったのだが、その場所とは――
「すまないね、わざわざここまで来てもらって」
「いえいえ、こちらこそ大人数でおしかけて、すいません」
俺と関口社長が双方ペコペコと頭を下げている。ここは去年、羽衣の実家の神社で縁があり、その後もウチの偽ロリがやっている動画配信とコラボした芸能事務所である。
「さ、入ってくれ。我々は仕事があるので碌にお相手できないけどね。あの娘も応接室で待ってるから」
その言葉に従い、学生メンバー全員で事務所内の応接室へと向かう。
「あー! ローラちゃんだー! 久しぶりー!!」
「まききさん!? ぐるじ……」
はい。今回の期末テスト期間、最後の生徒はスマイルプロダクション所属。アイドルグループ『キラ☆撫娘』のメンバー、まききちゃんである。
その彼女は久々に顔を合わせたローラへ力いっぱい抱き着いていた。
「来てくれて、ありがとうございます……。夏休みに補習になるとお仕事のスケジュールがこなせないかもしれなんです……」
「わたしと同い年だったんですね」
羽衣は少しばかり納得がいっていないようではあった。とはいえ、その羽衣と同学年の勉強を見るのは、そこまで手間ではないので了承したというのもある。
「とりあえず始めようか。みんなの分は問題作って来たから、分からないところがあったら聞いて欲しい。ローラさんは、漢字の読みができれば大体は問題が解けそうだから、そっちをやること」
「はーい」
そうして俺は、まききちゃんの隣へと座って、この娘が苦手な教科について色々と聞くことにした。
「さてと、どの教科を教えれば?」
「古典とか化学とか苦手なんです……」
「期末テストの範囲を見せてもらっても?」
そのまま、まききちゃんの教科書を手に取る。テスト範囲に関しては、ちゃんと分かる部分だったので、古典の口語訳についてを解説しようとしていたが、羽衣から待ったが掛ってしまう。
「兄様、古典でしたら、わたしが――」
「羽衣。そういうのは自分の苦手教科の対策ができてからな? 人に教えていたから赤点でしたなんて、目も当てられないぞ?」
「うっ……!?」
羽衣へ言い放った正論にて、彼女も黙って課題をこなすしかなくなったようだ。実家が歴史ある神社だからか、古文書等を読む機会も多く古典は得意なのだろう。
(どう考えても、あの娘を功君に近づけたくないからだよねえ……)
(だけどよ? 今回は功の方の言い分が正しいぜ?)
美里さんと忍が何やら、こちらを見ながらヒソヒソ話をしている。どんな話をしているかは予想はつくが、そこは考えないでおく。
「じゃあ行こうか。この口語訳からで――」
二時間後、みんなの課題も粗方終了し、まききちゃんも今日の分は終了となった。
「じゃあ、明日……は、できるかは分からないですけど、問題集を作って送りますから、メールアドレス教えてください」
「はーい。これです~……」
まききちゃんも相当、お疲れらしい。見るからに頭から蒸気でも発しているかのような雰囲気となっている。
「お父さんは頭いいのに……。わたしって似なかったのかなあ……」
「へぇ~。お父さんって何してるの?」
「今は日本にはいません。イギリスの大学で歴史学の研究をしてます……」
「それってかなり凄いでしょ!?」
美里さんも、まききちゃんの父親についての情報を耳にするなり、少なからず驚いているようであった。
そんな中、ローラが彼女の教科書の表紙に書いてある文字が気になったようだ。
「これって……、何て読むの?」
「これ、わたしの本名。南木真紀葉って読むんだよ」
「やっぱり日本語って難しいよ……。何で同じ文字で色んな読み方があるの?」
「何でだろうねえ?」
などなど、お二人が雑談してはいるが、一つだけ注意しておかなければならない事がある。
「ローラ、間違っても外で会った時には、本名で読んだら駄目だからな? 厄介なファンがどこに隠れているかも分からないから。名前一つで色々とバレたりするんだ」
そう口にしたところで、高校生組の羽衣、忍、美里さんが一斉に俺の方を向いている。
「どう考えたって、この場だとお前が一番の厄介ファンだからな?」
「なん……だって!?」
忍の指摘に俺とまききちゃん以外の面々はうんうんと納得して頷いていました。




