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第137話 死神の足止め

 もうすぐ月村さんが、あの子の手術を開始する時刻。まだ昼間で日が高いというのに、その場に待機していた俺達は背筋が凍る気配を感じ取っていた。


「小僧……、マジのマジでアレの相手する気ヘビ!? 根の国を人型にしたみたいヘビ!?」


 駄蛇が歩く黒い影の様な死神を一目した途端、そんな弱音を吐いていた。尊大なこいつにしては珍しい反応だ。

 月村さんからの情報で、死神は近くにはいないというのは分かっていたので、外で見張っていたら運よく現れてくれた。

 人払いの結界を構築し、一般人を遠ざけるようにはしている。


「相手にはしないぞ? 足止めするだけだからな」


「ふざけんなヘビ! あんなの相手するだけ無駄ヘビ! 蛇はやりたくないヘビ!」


「八岐大蛇様ほどの蛇さんでも逃げ腰……と。ローラが聞いたらどう思うやら。やっぱり自分をサクサク斬った神様が治めるとこの関係者と似たのは怖んだーって思われるな」


 そのセリフを口にした瞬間、駄蛇はかなーり頭に来たらしく、相手を見据えてながら、俺にこう言い放った。


「小僧! 蛇に怖いものなんてないヘビ! 大体、あの時は酒で眠っていなければ、負けることは無かったヘビ!」


(あたしには声は聞こえないけど、仕草だけで言ってる事が分かるから、この蛇……結構単純だなあ……)


 ねーさんも駄蛇を呆れたように眺めていた。

 そして俺も一応、説得を試みてみる。


「そこの人、ちょっとお話しませんか?」


「……」


 死神さん、ガン無視どころか、俺らなんて存在しないかのように病院へとゆっくりと歩いている。


 偽ロリは、奴をシステムと評していた。つまりは与えられた役目を遂行するだけのロボットの様な存在ということだ。


 ならば、もうやることは一つ!


「ねーさん、打ち合わせ通りに!」


 その言葉に力強く頷くねーさんと共に奴を見据え、ぱあんと柏手を打つ。それを合図にして、捕縛用の結界を即座に構築する。


「はああああ!!」


 ねーさん、自分の生来の能力、『霧散』を使わずに闘気のみで戦っている。前回、奴を見かけた際、ねーさんは霧散の力を使っていた。その結果、奴は一度は消えた……かのように見えたが、すぐさま再生している。

 つまり消したところで無駄。俺の捕縛とねーさんの近接戦。どちらも決定打にならない以上、それを組み合わせるしかないのだ。


「やっぱ、あんま効果はないのか……」


 奴は俺らの力でその歩みが、心持ちゆっくりとなっている程度だ。このままでは手術室まで行ってしまうだろう。


「よし! 駄蛇! 行け! 包気晶まで食わせたんだからキリキリ働け!」


「あの玉よりも帰ったら酒を寄越すヘビ! まあ、あの玉のおかげで力は(みなぎ)っているヘビ!」


 対死神足止め追加策、包気晶を飲ませて神気を乗せた駄蛇による拘束。一応、神代出身の存在なので、ある程度は効果があるはず。


 駄蛇がその体を目一杯に伸ばし、死神へと絡みつく。


「小僧! こいつ気持ち悪いヘビ! どのくらいやればいいヘビ!?」


「手術が終わるまで! あと何時間か!」


「出来るわけねーヘビ! こいつ、このままでも進もうとしてるヘビ!」


 なんていう無機質さ。ねーさんの打撃ですら意に介さない存在なんて初めて見たぞ、おい!


「ねーさん、補助もしてるけど効果は!?」


「あんま意味ない! スポンジでも叩いてるみたいで気持ち悪い!!」


「ええい! 捕縛用の術を追加!」


 駄蛇をヤツに巻き付かせながら、駄蛇刀を地面に突き刺して鎖状の魔力を構築。それをヤツに向かって放つ。


「小僧! 蛇まで絞まってるヘビ! 苦しいヘビ!」


「少しは静かにしろ!」


「嫌ヘビ! こんなのに巻き付いたままとか、背筋と鱗がゾッとするヘビ!」


 そんな言い合いをしながらだが、なんとかヤツの歩みを止めることに成功はした。


「コウ? 大丈夫!?」


「かなり全開でやってる……。これ……を手術が終わる……まで……」


 俺が相手を全力で拘束している最中、ねーさんも打撃により、少しずつ奴を病院から遠ざけている。

 自分の目的が果たされない懸念を抱いたらしい奴は、表情も視えないはずなのに、俺の方に視線を向けているような気配を示す。


「なっ……!?」


 奴が指先を伸ばした瞬間、背筋に悪寒が走る。その刹那、俺の頬には何かが掠めた傷が刻まれていた。

 幸い、その感じた悪寒に従い首を曲げていたため、直撃を免れたのだ。


「コウ!?」


「こっちは問題ない!」


 問題は……、直接攻撃しているはずのレイチェルねーさんではなく、俺を狙ってきたということだ。

 ヤツからすれば攻撃なんてのは蚊に刺された程度でしかないという事でもある。


(どうする!? コウは下手に動けない。 相手の攻撃を捌くのにも限界がある……。けど、コウは拘束をしているだけ。コイツを下げるのは、あたしがやらないと……)


 ねーさんも視線を一瞬だけ俺に向けて、思案しているのが見て取れる。そのねーさんが、少しだけはっとしたような表情を覗かせていた。


 ――はあ……。まだ弟君を守る姉でいるつもりですか? この際ですから、はっきり言っておきますが、彼はもう貴女よりもずっと先の領域にいますよ。


(そんなの分かってる……。真正面からなら、あたしは負けない……。違う、そうじゃない。アンジェが言っていたのは……)


 ねーさんが思案している一瞬の隙。その隙をヤツも見逃さなかったらしい。影の体から鎖鎌の様な形状の影が伸びる。


(あ……。やば……)


 その鎌状の影がねーさんに襲いかかる瞬間――


「えっ?」


 レイチェルねーさんは呆気にとられたような声を零していた。その視線の先では、鎌のように鋭い武具となっている影が布の様な物に包み込まれていた。


「やっぱ、この羽織を持って来ておいて正解だった……」


 ねーさんがこちらに視線を向けると、少しだけ驚いたような表情を見せていた。その瞳には、俺の羽織の袖の部分が解けて帯のようになり、先ほどの鎌ごと拘束を行っていたのだから。


「……俺の体から直接、神気を伝えて拘束できる細工をした羽織だ……。捕縛術式よりキツいだろ?」


 俺自身も得意げに言ってはいるが、全力で結界と拘束術をしたうえで、羽織の機能も使っているので、かなり消耗してしまっている。

 ……が、弱音なんて吐いていられない。


「ねーさん、守るのは俺がやる! だから正面に集中!」


 それに静かに頷くと、ねーさんは目の前の死神にだけ視界に入れて、再度、拳を繰り出している。


(ごめんね……。あたし、いつまでも子供扱いして。コウだって男の子だもんね……)


 ねーさんの顔から迷いが消えているのが見て取れる。その拳と脚にも意思と力が籠っているのも感じられた。


「コウ! きついと思うけど、動きを止め続けて!!」


「ああ! このまま数時間、凌ぎきる!!」


 気合を新たにして、死神と対峙する事、数時間後、拘束の手応えが不意に消えてしまう。

 その数分後、俺のスマホの着信音が鳴り響いていた。


「月村さん!? 結果は?」


「いきなり騒がしいな。その様子だと戦闘状態ではないか。……っと、結果だが当然ながら成功だ。死神は?」


「最初からいなかったみたいに、消えちゃいましたよ……」


 その返答に月村さんも、ふむ……と、零した後で推測を語っていた。


「死神も死なない人間を相手にするほど暇じゃないという事だな。邪魔されたらどうなっていたかは分からんが」


「なら……終わりだ~」


 月村さんの説明を聞いた途端、体から力が抜けてしまう。


「その様子だと、相当な消耗を強いられたみたいだな。お前らお得意のコンボもできない状態だろうし当然か」


「ええ……。それでも何とかなりました……。はあ……」


「ふ……。なら今日は帰って休め。僕は病院のスタッフに引継ぎがあるのでね。もう少しかかる」


「はーい……。月村さん、ありがとうございました」


 そう言いながら通話を切ると、ねーさんが駄蛇刀を持ってこちらに近づいて来ていた。


「コウ、おつかれー」


「ほんとに疲れたよお……」


 ねーさんは愛想の良い笑顔で、あははーとしながら近くのベンチに座って休もうかと提案してきた。


「コウ……。さっきはとってもカッコ良かったぞ」


「あれでもギリギリだからな? 俺はねーさんみたいに殴る蹴るは得意じゃないから、道具だのなんだの使って、(ようや)くなんだ」


「ううん。そんなことないよ。あたしより頑張ってたでしょ!」


「とりあえず帰るか……。ベッドで横になりたい……」


「だねー。行こっか」


 そうして俺が立ち上がって数歩ほど進んだところで、うまく聞こえなかったが、ねーさんが何かを呟いているようだった。


「だったら……、あたしも約束守らなきゃね」


「どうした? 怪我でもしたのか!?」


「違う違う。早く帰ろ!」


 いつも通りの笑顔を見せたねーさんと共に、疲れ果てながら帰宅したのであった。

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