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第135話 コウになった日

 あれからねーさんは、一言も発することなく俺の部屋の資料本を読み漁っている。


「……」


「ねーさん……」


 俺の呼びかけにも無言。その様子に気圧されてしまい、部屋を立ち去るしかなかった。


 多分、ねーさんも偽ロリがどうにもならないって時点で、その意味は分かっているはず。だからこそ、師匠(せんせい)達にも相談せずに籠っているのだ。


 後で差し入れ持って来るとするか……。今夜は居間のソファで寝よう。でもって、俺は俺で色々と調べよう。








 11年前――


「ルー? これからドコイクの?」


「ん? 彌永(いよなが)から、変わった子がいるとの話があっての。その子に会いに行くのじゃ」


「フーン。どんナこだロ?」


 たどたどしい日本語を話す10歳に満たない金髪の少女は、自家用車から異国の風景を興味深そうに観察している。


「さあて……、ルーシーちゃんよ。着いたぜ」


「すまんの。わざわざ、お偉いさんに案内させてもうて」


「気にすんな。デスクワークばっかじゃあ、気が滅入る。んじゃあ行こうか、神屋よ」


 などと壮年の男性と、一般人には老婆にしか見えない銀髪の少女が車から降りる。

 それに続いて、神屋と呼ばれた男性と金髪の少女も降車し、彼らの横に並ぶ。そこにあったのは、都心郊外にある児童福祉施設であった。

 

 そして、そこで目のあたりにした幼い男の子の姿に全員が絶句してしまう。


「何があったのですか?」


 彌永(いよなが)と呼ばれていた壮年の男性は、努めて冷静に事の経緯を確認しようとしていた。

 それもそのはず。目の前の男の子は肌の見える場所だけでなく、全身に包帯が巻かれ、右目には眼帯。傷の無い場所を探す方が難しい状態だったのだ。

 しかも部屋から出られないように、厳重に監視されていた。


「この子……、誰もいない場所に人がいると言って、高い場所から落ちたり……、誰かに引かれるように深い川に入って行ったりで……。私達もこうするしかなく……」


 その説明だけで事の深刻さを理解した、銀髪の少女は彌永(いよなが)へと真剣な眼差しで語り掛けていた。

 人払いをしてもらった後、訪れた人間だけで、彼と対面する。


「すまぬ。この子は引き取りたい。そして――」


「ああ、すぐ月村に連絡する。血縁を調べて欲しんだよな?」


 お互いの考えを見透かしていたかのように、二言三言で意思疎通が完璧にできていた二人であった。

 そうして銀髪の少女は男の子へと歩みより、膝をついて目線を合わせる。


「おねえちゃん、だあれ? ……? へんな……?」


(この子……、ワシの幻覚が効いておらん。しかも……、それだけではない……。ワシがどの様な存在か表現できずとも視えて(・・・)おる。ほぼ間違いはないかの……。まあ、違っておっても良いか)


 一瞬だけ真剣な表情になっていた銀髪の少女は、にっこりとした笑顔を見せて緊張を解そうと試みている。


「ワシはの、お主の先祖じゃよ。……多分」


 最後の『多分』は、かなりの小声であったのだが、それよりも男の子には何を言っているかが理解できていないようだった。


「せんぞ?」


「ええとの……。お母さんのお母さん……、お父さんのお母さんかもしれぬが……。つまりはお祖母ちゃんの……。ええい! めんどい! すっごい偉いお祖母ちゃんじゃ!!」


 幼児相手の説明に苦慮してしまったらしく、苦し紛れにそう言い放ってしまっていた。


((相変わらず、ざっくりだよなあ……))


 彌永(いよなが)と神屋の二人の思考が一致していた一方で、金髪の女の子も彼に笑顔で近づいていた。


「ネエ、オなまえ、なんてイウの?」


「―――」


「キコエなイよ?」


 あまりにも小さい声だったのだが、次に彼から返って来た言葉で、その場の大人達の空気が凍り付いてしまう。


「なまえ……。きらい。おかあさんが……、ぼくのなまえをおこりながらいう」


 まだ舌足らずな話し方にも関わらず、施設での振る舞いの原因と、ここに来るまでの経緯がどの様な物だったかを容易く想像できてしまうものだった。


「つってもなあ……。名前を呼ばないわけにもいかねえしなあ……」


「ネエ? コレッテ、なんテよムの?」


 そこには部屋の番号と共に、彼の名前が書かれたネームプレートが掲示されている。それを教えると、発音が難しいらしく、少女は四苦八苦しているようだ。


「ひい……じゃナい……」


「この字はコウとも読むぞ」


「コウ? いいヤすい! じゃア、コウってよぶ! ね?」


 満面の笑みで、もう決定とばかりにそう言い放った、金髪の少女に対して、うんうんと頷く男の子であった。







 それから少しして、男の子は自分についての説明を魔女から受けていた。


「お主という人間は、生者と死者、生と死の相違すら曖昧なまま、この世に生を受けてしもうた。お主にとっては生者も死者も同等にしか認識できん」


「……だって、みんないるよ?」


「その通りじゃ。だからの。お主はそれを学ばねばならん。それができねば……、お主はこの世界でまともに生きていくことすらできぬ」


 銀髪の魔女は少しばかり悲し気に、彼の頭を撫でながらそう言葉を紡ぐ。その後ろでは、他の大人達が神妙な面持ちで話し込んでいた。


「なら……妹の方は……。だから、こんな結果に?」


「おそらくはそうです。ここまで不運が重なっていたとは、僕も驚きました。まったく……神も仏も無いとは、このことですね」


「済まねえな、月村。面倒事を頼んじまって」


 まだ月村と呼ばれていた年若い職員が、皮肉交じりに状況を批判している。そうして、その『結果』というのを魔女にも伝えていた。


「……なるほどの。……説明はワシがする。もし泣き出すようなら、後は頼むぞい、彌永(いよなが)


「いいのか? オレから説明しても構わねえぜ?」


「これはワシの責任でもあるからの。心配無用じゃ」


 その『説明』を男の子に対して、できるだけ分かりやすく伝えていると、彼が悲し気な表情を浮かべながら、口を開いていた。


「ぼくのせい?」


「いんや……。お主のせいではない……。運が悪かっただけじゃ。しかしの、もう兄として関わるのは止めるべきじゃ。それとの、お主のその感覚。大きくなるにつれ、辛いものとなるじゃろう。そのためにやらねばならぬ事がある」


「どうすればいいの?」


「それはの――」


「うん。ならそうする。そうすれば、元気になるよね?」


 ――そこまでしなくたっていいじゃない! コウは何も悪くない! 悪くないんだから!!


 彼の静かな決意を受け取り、対策室の人間はその準備へと取り掛かる。

 その一方で金髪の少女は人懐っこい笑顔を向けながら抱き着き、安心させるかのように語り掛けていた。


「じゃア、きょうから、アタシがおねえチャンだ!」


「おねーちゃん?」


「そう、おねーチャン!」


 その様子を見ていた大人達は、これで少しは男の子も安心するだろうと、穏やかな表情を浮かべていた。







 7年前――


「コウ! 駄目えーーー!!」


 金髪の少女の制止を振り切り、彼は神屋明澄の元へと向かう。その背後には既に攻撃態勢に入っていた兇魔が、その爪を突き立てようとしていた。


 少年は神屋明澄を突き飛ばし、その巨大な爪が体へと突き立てられる。逆流した鮮血が口から外へと漏れ、少年はまるで糸が切れた人形にも見紛う様に力なく倒れ込んでいる。


 ――あたしが守らなきゃならなかったのに! コウはあたしが……。










 部屋からねーさんがうなされているような声が漏れている。何かあったのかと慌てて部屋の扉を開けると、俺の部屋の机に突っ伏したまま、苦悶の表情のまま眠っているレイチェルねーさんの姿があった。


「ねーさん! ねーさん!!」


「……コ……ウ?」


 ねーさん、目覚めた途端に俺の体をべたべたと触り続けている。


「……よがったー! 夢だったああああ!!」


「どうした? ウィンチェスターな屋敷で迷子になった夢でも見たか?」


「違うから! そんなのよりよっぽど……」


 安堵の表情と共に、力一杯抱きしめて来たお姉ちゃんを引き離して、こう告げる。


「とりあえず……、俺も悪あがきしてみるさ。一緒に来るか?」


 ねーさんは少しばかり驚いていたようだったが、すぐに力強く頷き、俺と一緒に対策室へと向かったのだった。


普段は後書き等を書かないのですが、ここではあえて書きます。


レイチェルが今まで日本人の名前を呼ぶとき、功は『コウ』。他の日本人キャラはちゃんと漢字表記で名前で呼んでいます。

これ気付きました? 『コウ』呼びはレイチェルにとっては、あだ名を呼んでいます。

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