第134話 子供に憑く者
本日は平日にも関わらず、朝ご飯から何故か羽衣まで台所で朝食作りを手伝ってくれている。
それだけならば大いに助かる。しかし、居間に現れたレイチェルねーさんとローラも、普通のはずなのに普通じゃない気配を感じさせている。
「あれ? 羽衣、来てたんだ」
「ええ。ドレスを着る時のイメージで、一緒に生活してる感じが必要になると思いまして」
羽衣さんの先制攻撃。だが、ねーさんはスルーっと受け流してくれていた。
「ちょっと怖いって。コウを見て? 朝から冷や汗かいてるよ?」
これが全員揃っている場でなければ嬉し泣きして、ねーさんに抱き着いていたかもしれない。
とはいえ、ローラと羽衣は、視線で牽制し合っている。仕方ないといった感じで、偽ロリ様が介入してくれていた。
「お主ら、あまり功を困らせるでない。わいわいやっておるのなら、からかいたくもなるが、ここまで剣呑な気配を出されては敵わん」
「「……うっ!?」」
二人共、るーばあの説得を聞いて少しは自重する気になってくれたようだ。そして、るーばあは更に続ける。
「あまりにも功が怖がるようなら、去年コラボをした芸能事務所に相談してみようかの。もしかしたら、あの娘達の誰かを派遣してくれるかもしれん」
「それだけはダメです!」
「ならば、もう少し落ち着くのじゃ。たかが写真を撮られるだけで、ここまで功を疲弊させるのは、流石に忍びない」
そこまでの注意で、羽衣も反省してくれたらしく、朝食を食卓に並べて、登校するまでは穏やかな時間を過ごすことができた。
下校途中、例の件の相方について、もう一度シスター・アンジェリカと話し合ってみようかと教会の方へと向かうと、ねーさん姿を見つけてしまう。
「ねーさん? どしたの?」
「ちょっとだけアンジェに文句言いにね。コウも一緒に行く?」
その提案に頷きながら、教会の中へと足を進める。一歩入ったその瞬間に目に入ったのは、初めてこの場所に来たときとは比べ物にならない綺麗で荘厳な礼拝堂であった。
「……アンジェ、いる?」
「あら? どうしました? ワタクシの訓練を受ける気になりましたか?」
「そんなわけないでしょ。ちょっといい?」
ねーさん、目が笑っていない。まるで、少しだけ体育館裏にツラ貸せや……と言わんばかりの雰囲気だ。
「楽しいお話ではありませんね、どう考えても」
「当然でしょ。あんまりコウを困らせないで!」
「困らせたのは貴女達でしょう? まあ、レイチェルは一晩経って冷静になったようですが」
ねーさんの威圧感なんぞは、どこ吹く風のシスター・アンジェリカだった。
「はあ……。まだ弟君を守る姉でいるつもりですか? この際ですから、はっきり言っておきますが、彼はもう貴女よりもずっと先の領域にいますよ」
「……ッ!?」
「彼との戦闘になったら、ワタクシだって100%勝てるとは断言できません。対して貴女はどうですか?」
あまりにも的確な指摘にではあったのだが、今はそんな事を話しに来たわけじゃないと、懸命に反論していた。
「そうじゃないでしょ! あんなモデルをさせるのは止めてあげて!」
「あら、写真の一枚や二枚で大げさな。だったら……、レイチェル。貴女が他二人を黙らせて一緒に撮影すれば良いだけですよ」
「~~~ッ!」
唇を嚙みしめているレイチェルねーさんに対して、得意げな表情を崩さないシスターであった。
「用件はそれだけですか? ならワタクシも仕事がありますので、これにて失礼しますね。弟君、相方は早めに決めてください」
それだけ言うと、シスター・アンジェリカは教会の奥へと引っ込んでいってしまった。
その背中を悔しそうに眺めているしかできなかった、ねーさんは無言で踵を返して教会の敷地から立ち去ろうとしていた。
その様子を執務室の窓から眺めているシスターが一人。
(やれやれ。少し……、意地悪をし過ぎたかもしれませんね……。ですが、このままではいけませんよ。修業はこれからでも積み重ねていけます。彼にとって必要なのは、自分を守る姉ではなく背中を合わせて戦える仲間です。姉のままでは……、いつまで経っても彼とは並べません)
教会から出ようとしていた、その時に10歳くらいの男の子とその母親らしき二人が教会へと入っていくのが見えた。それだけなら気にすることはないのだが、その後を追う様に黒い影がゆっくりと歩いているのが視えた。
どう考えても怪異と同系列の存在だ。あの親子に対して良からぬ事を企んでいるのでは……、俺もねーさんの思考が一致する。
「はあ……」
溜息をつきながら、ねーさんはその黒い影に触れる。彼女の霊体霧散の前では、一溜りもなく塵に帰す。少なくとも俺達はそう確信していた。
しかし――
「えっ?」
「……!?」
ねーさんは思わず声を出してしまい、俺は無言で目を見開いてしまう。それだけ異様な光景だったのだ。
塵にならない? いや、なってはいた……が、何事も無かったかのように元に!? まるで模擬戦でのキマイラの……? 違うな。そうじゃない。再生でもない!?
一瞬の思考の後、相手からの反撃を想定する。俺達二人共、身構えて相手を見据えるが、ヤツはそれこそ気にもならないどころか、俺達なんぞ目にも映らないとばかりに教会の中へと入って行った。
目を見合わせた俺達は教会へと戻る。
「アンジェ! おかしなの来なかった!?」
「騒々しいですね。来客中ですからお静かに」
笑顔のシスターにやんわりと注意をされてしまったが、その近くには先ほどの親子と話をしていたようだった。
だが、先ほど視えた『影』はどこにもいない。
(コウ……、いる?)
小声でそう問いかけるねーさんに、首を横に振って答えるしかなかった。
そうこうしているうちに、先ほどの親子も教会を去ったので、シスターの方へと足を進める。
「すいません。先ほどの親子は?」
「詳細は伏せますが、息子さんが入院されるそうで。それでお祈りに……」
「そんなのは良いから! 変な影が付いてこなかった?」
「いえ、流石にそういったのが教会内に侵入すれば、感知はできますよ」
どうやらシスターには覚えがないらしい。俺達が視た影についての説明をすると、途端に険しい眼差しとなってしまう。
「……お二人共、その存在については、ルーさんの方が詳しいかもしれません。もし必要であればそちらへ」
その指示に俺達は目を合わせてから、こくりと頷く。
すぐに自宅へと戻り、事の経緯をルーシーへ説明すると、シスター・アンジェリカと同じく険しい顔を見せる。そして、いつものふざけた態度はなりを潜め、俺達へと警告をしていた。
「二人共、それに手を出すでない。いいかの?」
「……理由は?」
「そうだよ! どう考えたってヤバいのだって!」
いつも人を食ったような態度を見せるルーシーですら、真剣な眼差しを崩さずに俺達の説得を続けていた。
「それはの……、死神じゃよ。死者の魂を連れて行く、アレじゃ」
「やっぱダメじゃん! どうにかしてあげないと!!」
「落ち着け。少し落ち着くのじゃ。ワシとて意地悪で言うとるわけではない」
ねーさんの言い分も理解できるとばかりの、本当に珍しいルーシーの態度であったのだが、俺達二人共、その態度に気圧されてしまい黙ってしまう。
「それはの……。『理』の側の存在じゃよ。世界そのもののシステムと言い換えても良い。死がある限り存在し続けるのじゃ」
「死の穢れとはまた別なのか?」
「まあの……。死神とはの、『死』そのものではない。むしろ、死者が迷わぬようにするのが役目じゃ。おそらくじゃが……、その子が幼いため、そうはならぬように憑いておるのじゃろう」
その発言に俺もだが、特にねーさんが愕然としてしまっていた。
「じゃあ、あの子はもう……」
「残念じゃが……」
「ルー! ルーだったら何か方法を知ってるでしょ! ねえ!」
ねーさんがルーシーの肩をがっちりと掴んで言い寄ってしまっている。だがそのルーシーでさえ、目を背ける事しかできなかった。
「もういい! あたしが一人で何とかする! コウ、部屋の本見せて!」
「ちょ!? ねーさん!?」
絶対に納得しないとばかりにルーシーの部屋から飛び出してしまったレイチェルねーさんは、真っすぐに俺の部屋へと向かっていたようだった。
「時間が経って冷静になれば良いが……」
「本当に方法はないのか?」
「そのような存在が付いている時点で、その子は病魔に蝕まれておると見てよい。奇跡でも起きぬ限りは……」
これ以上は、ルーシーを責めるだけになってしまう。そう感じてしまい、無言で部屋から出ていくしかなかったのだった。




