第133話 相方候補達の牽制
ローラが聖気の体験修業をしてから二週間とちょっと。現在は6月中旬。シスター・アンジェリカが左遷ではなく、赴任してきた教会は急ピッチで補修と修繕が完了し、なんということでしょう! と叫びたくなるような見事なリフォームとなっていた。
「この短期間でよくここまでやれましたね……」
「そりゃあもう。頑張ってもらいましたから。それなりに良い金額を支払いましたし」
あの廃墟みたいのがここまで綺麗になるとは、どれだけ金額を使ったのか気になるところだ。
しかし気になるのはそんなことじゃない。
「今日呼び出した理由は? しかも俺ら全員を」
そう。神屋師匠から事前に説明があったのだが、本日は若手全員で教会へ行くようにとの指示があったのだ。
「ええ。少し頼みたいことがありまして」
もしかして、シスター・アンジェリカとの共同任務になるのか。そんな想像が頭に過る。だが、俺の予想とは全く違う用件だったのだ。
「教会も修繕しましたし、これから表のお仕事もこなして行かなくてはなりません。ミサや懺悔のご相談等もですね」
「それと俺達とどんな関係が? 暇な時に手伝いを……とかですか?」
「いえ、そこまでではありません……が!」
なんか言い方に力が籠っている。
「こちらを見てください。SNSで宣伝する案です」
シスター・アンジェリカのスマホを覗きながら、その謳い文句を口に出してみる。
「ええと……。当教会では結婚式も承っております? 費用は要相談?」
「丁度6月ですし、この教会を地域の方に知ってもらうのには良い手段かと思いまして。ついでに表の仕事の収入にも繋がります」
このシスターの実力ならば、裏の仕事、つまりは対魔関連でも十分に稼げるはずだ。
「修道女として、この町の皆さんとの交流は必須です。そして! ちゃんと表でも仕事をしなければ怪しまれます!」
「その割には……、色々とプランがありますね?」
「それはもう! 様々なニーズに応えるのはコンサルタントの責務です!」
めっちゃ力説しとる。
「そこまで商売っ気を出す必要あります?」
「聖職者だって食わなければ飢えます。より良い生活のためには相応の収入が必須なのですよ」
「それで? この宣伝のために俺らに何をしろと?」
その質問にシスター・アンジェリカは、得意げな表情を見せる。一方の俺は凄まじく嫌な予感に駆られていた。
「弟君、新郎になってください」
「……は?」
目の前のシスターの発言の意図が理解できずに、思わず聞き返してしまう。
「ですから、タキシードを着て、新郎のモデルになってください」
「意味が分かりません」
「正確には誰かとペアを組んで、新郎新婦のモデルになってSNSにその写真をアップさせてください」
若手全員集めて怪異関連の仕事と思いきや、そんなのを提案されるなんて想定外もいいところだ。
「……忍、美里さん、後は頼んだ!」
「おい! ちょっと待て!」
「何でいきなりこっち!?」
いきなり話を振られて困惑する忍と美里さんに背を向け走り出そうとした瞬間、まるで万力で掴まれたかのように、両肩に激痛が走る。
どう考えてもシスター・アンジェリカが立ち去ろうとしていた俺を力で押さえつけている。
「彼等だけではなく、弟君にもやってもらいます。モデルは多い方が良いでしょう?」
「何すか!? その常識のない握力は!? アレですか!? パンチ力には握力が必須だからですか!?」
「あら。弟君、よく分かっていますね。流石はミスター神屋の愛弟子です」
「シスターが持っていていいパンチ力じゃないですよね!? っていうか何でシスターがパンチ!?」
「えっ? だって……、悪霊や悪魔を祓った後で、ぶん殴って反省を促すな……とは書いていませんから」
にこやかなのに、とんでもねー解釈しやがるシスターに、俺以外の面々もドン引きしているようだった。
「流石はレイチェルの師匠ですね……。そっくりです」
「羽衣!? ちょっと待って!? あたしはあんなに凶悪じゃないから!」
「誰が凶悪ですか! 誰が!」
羽衣の感想にすかさずレイチェルねーさんがツッコミを入れるが、それすら否定していたシスターであった。
この握力が凶悪でなくてなんなのか。
「と、いうわけで弟君? パートナーを選んでください」
「いきなりですね!?」
「弟君はモデルとはいえ、相手もいないで結婚式をするのですか? 丁度、候補が三人もいますので、さっさと選んでください。貸衣装だって、何着も用意できませんし」
シスター・アンジェリカには背を向けたままで、その常識外れな握力によって足止めを受けている俺の視線の先には、ねーさん、ローラ、羽衣の姿があった。
「なら、やっぱり年齢的にあたしでしょ。ね?」
ねーさんがいの一番に名乗り出てしまうが、それに納得するお二人ではありませんでした。
「……でしたら、わたしが適任です。年も近いですし、日本人同士ですから」
「わたしだって良いはずだよ? 抱っこしながら撮影するなら、わたしが一番楽だよ」
御三方の中央部で火花が散っているような錯覚に襲われる。
「あらあら、弟君、モテモテですね。早く決めた方が、傷は少なくて済むかもしれませんよ?」
「何で流血沙汰になる前提で話してます!?」
「だって……。どう考えてもヒロインを奪い合う肉食獣の目ですよ。彼女達」
どことなくシスター・アンジェリカの表現方法がおかしい。
「そこはヒロインの『座』を奪い合うでは?」
「あのこわ~い目の三人がヒロインですか? どう見ても弟君の方がヒロインに相応しいですよ」
俺は男の子ですぜ? とはいえ、ちょっとだけお約束をしてみるか。
「みんな! 俺のために争わないで――」
その瞬間、御三方が殺気立った目で俺を睨んでしまっていた。
「弟君……。火に油を注いでどうするのですか?」
「いやー……。ここはこう言うべきかな……と」
俺が脂汗を垂らしているその背後で、その俺を握力だけで拘束しているシスター・アンジェリカは、深く溜息をつきながら仕方ないといった感じで手を離してくれていた。
「はあ……。あの様子では、すぐ結論というわけには行かなそうですね。撮影は一週間後にしますから、それまでに決めておいてください」
た……助かった……。いや! 助かってない!?
その後、俺はというと、互いに牽制し合う三人に対して、何も言えないまま帰宅することとなったのであった。
「――と、いうわけで……。るーばあ……、どうしよう!?」
「くっ……。何という不覚! そんな面白い場面に同席できなんだとは!」
「いや! そうじゃなくて……」
三人の雰囲気が怖すぎて、彼女らに一言も発することができず、るーばあへの相談をするしかなかった。こっちはこっちで話を聞いて面白がってしまっている。
「どうするもなにも……。好きに選べばええじゃろ?」
「……誰を選んでも怖いよう……」
「羽衣辺りは、それも一つの既成事実にしそうじゃな~。とはいえ、他に頼める者もおらんじゃろ?」
もう覚悟を決めろとばかりの視線を送るウチの偽ロリであったのだが、何かを思いついたような仕草をしていた。
「ならば、いつかコラボした芸能事務所にでも相談に行くかの? もしかしたら撮影程度ならば、協力してくれるかもしれんぞ? どう考えても適任じゃろ?」
「……嫌です。俺があの人達とウェディングモデル撮影したとか、クラスに知れたらどんな目に合うか……」
「ほんとにそれだけかの?」
「ごめんなさい。ほんとにやめてください……。勘弁してください……」
これ以上いじめても仕方ないとばかりに、るーばあも飲んでいた酒を一気に飲み干す。
「まあ……。とりあえず、もっと気楽でもええじゃろ。もしも、あの三人があまりにも酷いようならば、ワシが相方を務めてやるからの。ちゃんとこの姿に見えるようにすれば問題なかろうて」
項垂れてしまった俺があまりにも哀れに感じてしまったのか、るーばあはそんな妥協案を出してくれていたのだった。




