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第131話 ローラのお勉強

 先日の教会の片づけから一週間後の土曜日、再び俺達はその場所を訪れていた。中に入るとすぐにシスター・アンジェリカが顔を出してくれていた。

 ちなみに今日は駄蛇も一緒である。


「ようこそいらっしゃいました。どうぞ」


「こいつが前に言ってたやつヘビ? 異国の巫女ヘビね?」


「あら? 今日は変なのがいますね?」


「変なのとは何ヘビ! 蛇は由緒正しい蛇だヘビ!」


 駄蛇がアンジェリカさんに文句を言っているが、現状では実体化をさせていないので、何も聞こえていない状態だ。


 とりあえず教会の中に入るように促され、奥の応接室へと通された。そして、駄蛇の希望に従って奴をローラが実体化させる。


「うーむ……。これがそうですか……。なるほどなるほど……。これがあったからこそ、ルーさんと同じ魔力糸を使わせていた……と」


「ですね。最初の頃は一本の糸だけでしたけど、最近じゃあ糸も複数、強度も強くなってますし、この『実体化』と組み合わせれば、霊的、物理的問わずに相手に干渉可能です」


「まったく……、弟君は慎み深すぎます。ここまでの才能を原石のままにしておくだなんて」


 ジト目で俺を批判していたシスターさんであったのだが、すぐさまにっこりと笑いかけてくれた。


「ですが、そういった弟君だからこそ、ルーさんはこの娘を日本に連れて来たのでしょうね」


「あ、偽ロリはローラをアメリカで生活させると、不規則で不健康な生活させそうだからって言ってましたよ」


「ついでにレイチェルは……、家が無くなりましたしねえ……」


 俺ら二人は目を見合わせて、深い溜息をついてしまった。


「さて、レイチェルの事はともかくとして、少しやってみましょうか」


 そうしてシスター・アンジェリカは水の入った小瓶をテーブルの上に置いていた。


「この水に収斂(しゅうれん)で、魔力を入れてみて」


「は、はい!」


 ローラは目を閉じて集中しながら、小瓶に両手で覆い、収斂(しゅうれん)を開始する。すると――


「弟君? 分かる?」


「……いきなり聖水作りとかやらせんでください。というか……、ご自分で鑑定してください」


「いえね? 弟君の感覚って便利だから……。つい」


 少しだけバツの悪そうな顔をしているシスター・アンジェリカ、そして俺は小瓶をまじまじと見つめる。


「分かってはいましたが……、聖気がちょっとは混じってるけど……、出身から考えたら、まあ……あるかってくらいかなあ……」


「ですね~。やっぱり便利ですね。弟君」


「いや。俺の事は良いですから、指導を」


 はいはい、といった感じで、シスター・アンジェリカは分厚い本をローラの前に差し出していた。


「まずはこれを全部暗記しましょうか。ちゃんとフランス語版を用意しましたからね」


 うわっ!? この人、やっぱスパルタだ!?


 少しばかり引いていると、ローラも助けを求めるような瞳で俺を見ている。


「……とりあえず、覚えとけば聖句、つまりは霊とか怪異とかに有効な言葉としても使えるから……ガンバレ!」


「~~!?」


 おそらく助けて欲しかったのだろう。とはいえ、そこを手助けしてあげては修業にはならない。

 ローラから目を逸らすと、観念したようで本を黙って読み進めていた。


「……しっかし……、神道の祝詞のりともですが……、言葉って大事ですよねぇ……」


「そりゃそうですよ。霊であれ、怪異であれ、特にその土地に根付いている者は、どうしても、その場の影響を受けます。霊だって元は人間、怪異だって、その地に関連しているモノが多いのですから、その地域で培われた方法を学んでいくことは有意義です」


「ねーさんがアメリカ(あっち)で振るわなかったのも?」


 それを指摘すると、シスター・アンジェリカは真剣な眼差しとなっていた。


「全く効果が無いわけではないですよ。仮に弟君があちらに行ったとしても、一定の活躍はできると断言できます。ただそれは……、弟君? どんな鍛錬をしていました? ワタクシもレイチェルに体術に関しては、相当な修練を課しましたが、それよりも酷い……、もとい過酷な様に見受けられます」


 とりあえず、これまでの、七年間の経緯を説明する。


「複数人で構築する結界を一人で毎日、構築し直していた!? それだけじゃなくてミスター神屋の『風』や、その他にも剣技や素手での戦い方も!? 弟君? 貴方は補助が得意じゃなかった?」


「い、いや……。そのですね……。こーんな傷を作っちゃいましたし……、最前線でも戦いながらねーさんを補助できるようにって……師匠(せんせい)達に……」


 胸の傷を覗かせながら、それを説明するとシスター・アンジェリカはジーザス……なんて言いながら頭を抱えてしまっていた。


「日本人って勤勉というより……マゾヒスト?」


「俺だけ見て、日本人を一括(ひとくく)りにしないでください!」


「他の術者が見てもドン引きしますよ、これ!」


 俺達がわーわーと口論していると、読書に集中していたローラがジト目で睨んできていた。どう考えてもうるさいと文句を言いたい雰囲気だ。

 彼女も少しお怒りの様だったので、俺達は部屋から出ていくこととなった。


「それで……、ローラの修業については、これからどうします?」


「そこはねぇ……。今のを覚えて貰うのもそうだけど、本人の希望もちゃんと考慮したいのよ」


「けど、やっぱり……あの娘がフランスに帰った時の事を考えるなら、あちらのやり方が良くないですか?」


 そんな議論をしながら、二人共自分の腕を組み、う~んと唸っている。


 どの道、ローラの希望を聞かないと始まらないし、当の彼女はお勉強中だ。なので別の話題を振ることにした。


「ねーさんが聖気の修業に手を付けていなかったのは意外でした。本人は神気の方が良いなんて言ってましたけど……」


 その指摘をすると、遠慮はないが基本的ににこやかな表情を崩すことのないシスター・アンジェリカの目が真剣なものへと変わっていた。


「……弟君、まずは謝っておくわ。ごめんなさい」


 いきなり何のことかと怪訝な表情を浮かべてしまったが、それを察してかすぐに口を開いてくれていた。


「ワタクシがレイチェルに聖気の修業をさせていなかったのは、あの娘がそれを望んで、それをワタクシが飲んだからです。そして、弟君、レイチェルにとって貴方の存在は貴方が思っているよりも、とても大きいものなのよ」


「いやいや、ねーさんって、術者としては……、日本に来てからは鍛錬も頑張ってますし、あの霊体や術を霧散する能力は驚異的ですよ。戦えば俺は負けますし」


「……本当に……ですか?」


 真剣な表情を崩すことなく、彼女は俺の目を真っすぐに見つめていた。


「本気の本気で、レイチェルを身内だと思わなければ……、あの娘を攻略する(すべ)の一つや二つは思い浮かぶのでは?」


 その指摘に思わず目を逸らしてしまう。


「やっぱり……。レイチェルを姉として立てるのは良いですが、だからあの娘も本音を言えないでいるのですね」


「むー……。ねーさんがどうしたんですか?」


 その問いに深い溜息をつきながら、渋々といった感じで答えてくれていた。


「あの娘がルーさんの元に身を寄せた経緯は知っていますね?」


「まあ……大体は。まだ霊視もできない頃に、無意識のうちに霊だか怪異を霧散させて、それを危険と感じた奴らが色々とねーさんの近くでやってたとは」


「その通りです。そうしてまだ8歳だったレイチェルはご両親から引き離されました。というより、ご両親も腫物を触る様な感じだったと聞いています。本人は気にしていないような素振りでしたが」


 その辺は仕方ないというか、俺も似たようなものだった。


「そして、そんな折に出会ったのが弟君、貴方なのよ」


 そうして彼女は真剣な表情のまま、静かに口を開いていた。


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