第130話 教会来訪
都心から少しばかり離れた閑静な住宅街。そのまた外れに立つ少々と称するには、あまりにもボロ……ではなく、古めかしい歴史を感じさせる教会の前に、俺とねーさん、ローラと羽衣が訪れていた。
「……すいません。ここって廃屋じゃなかったんですね……」
「羽衣もそう思うか。すまん、俺も失礼ながら同じ感想だ」
俺ら二人の会話と目の前の教会の様子に、ねーさんもローラも中に入るのを躊躇ってしまったようだが、約束をしてしまった以上、そういうわけにもいかない。
「……忍と美里さんが来るまで待ってようか?」
「うん。それが良いよ、そうしよう!」
ねーさんは間髪入れずに、その意見に賛成する。しかし中からシスターがにっこりと笑いながら姿を現した。
「皆さん、お待ちしていました。レイチェルも逃げずによく来てくれましたね」
「げっ!?」
「げっ!? ではないですよ。皆さん、どうぞお入りください」
にこやかながら、おめーら逃がさねーぞといった雰囲気を感じさせるシスターに、黙って従うしかなかったのであった。
教会の中にある事務室に通された俺達は、お茶を差し出された後に、懸念していた疑問を恐る恐る彼女へと確認をする。
「すいません……。失礼を承知で伺いますが……、シスター・アンジェリカもアメリカで何か失敗して左遷されたのですか? こんな教会に赴任させられるとか……」
「いいえ。これでもこの辺の特に日本の対魔組織、つまりは貴方達との連絡役と、こちらでの責任者となりましたから、むしろ栄転ですよ」
「いや……、どう考えても……」
「え・い・て・ん……です」
この方も頑なに、この教会に赴任したことについて栄転と言い張っている。
「まあ、ちょーっとだけ気に入らない上司に物申して、聞き入れられなかったので公衆の面前でカツラをはぎ取ってぶん投げたりしましたが」
訂正。師弟とは似てしまうものらしい。このダイナミックな行動は、ねーさんと通じるものがある。
「どう考えても左遷じゃん」
「レイチェル、これは日本に来るための高度な立ち回りですよ。これでも貴女の事を心配していたのですから」
ねーさんでさえ、自分の師の奇行に対して呆れてしまっていた。
「それよりもレイチェル、逃げずによく来てくれました」
「……術の修業はしないからね!」
「まあいいでしょう。まずはこの教会の修繕をしたいので、手伝ってください」
とはいえ、これを俺達だけでやるのかと少しばかりげんなりしていたのだが、そうでもないらしい。
「まあ、大まかなところは業者にお願いしましたから、いらない物の仕分けなどをお願いします。あとは細かい部分の修繕等もですね」
「よし! 暇そうにしていたら、月村さんも引っ張ってこよう!」
「ミスター月村でしたら……、功をこき使ってくれ! 僕は息子と遊園地に行く約束があるからね! はっはっはっ! ……と言いながら、そそくさと立ち去って行きましたが?」
あの野郎、逃げやがった!?
「はあ……。まあ男手が必要なのは分かります。もうすぐ忍も来るし頑張るか」
その後、合流した忍と美里さんも参加して数時間後、キリの良いところで休憩となった。
その休憩で使っていた教会の礼拝堂にて、アンジェリカさんがローラの隣に座り、興味津々といった感じで口を開いていた。
「それで? この娘に術の手解きをしてほしいと?」
「ええ。ウチの偽ロリとも相談はしていたんですが、本格的に術の修業を始めても良い頃合いだと」
「でしたら、弟君やルーさんでも良いのでは?」
「ローラが郷里に帰った時に、聖気に連なる術の方があちらで活動しやすいと思いまして。そうすれば、あちらの対魔組織とも連携しやすくなりますから」
聖気――欧米で主流な宗教に連なる系統であり、神道が魔を祓い、または身を護るのを得意としている一方で、同じ神聖な力でありながら、聖気は魔を排斥、または否定するという、より攻撃的な系統となる。
「なるほど……。レイチェルがちゃんとワタクシの指導を受け入れていれば手間も無かったでしょうに」
「自分の魔力系統くらい自分で決めて悪い事はないでしょ!」
「ま、レイチェルの文句は聞き流すとしまして、ローラさんはどの位できるのですか? まずは見せてください」
そうしてローラが魔力収斂を行い、周囲の魔力を集める。
「へえ……。数秒程度で直径30センチメートルと少しの球状の魔力が作れるなら……並の術者より少し上、程度にはなっていますね」
シスター・アンジェリカの見立ては、俺達と同様に並の術者よりも、ちょい上の収斂ができるといった認識だ。
「基礎でもここまで来るには大変だったでしょう。特に収斂は地味な修行の代表格ですから。若い子はすーぐ強力な術を教えてくれと懇願してきて、そのたびに説教していたものです」
どうやらシスター・アンジェリカのお眼鏡には適ったらしい。
「大体、二年から二年半は収斂ばかりですよね? こういった地道な努力ができる子なら――」
「あの……、わたし修業を始めて一年経ってませんけど……」
「……マジで?」
シスター・アンジェリカも驚愕の表情でローラを見詰めている。
「ローラ、数日で指先に魔力集めるのをクリアしたんだよ~。あたしやコウでも一ヵ月は掛かってたヤツを」
ねーさんが補足をすると、シスター・アンジェリカは礼拝堂の隅っこに俺を連れて行って小声で説明を求めていた。
「あの子、噂で聞いた怪異に狙われてたって子ですよね? 何ですかあの才能!? あんな有望株に自分達の術系統を教えてないんですか!?」
「いや、一応は偽ロリも使ってた魔力糸を使えるようにはですね……」
「それは系統ではなく、どちらかというと魔力そのものの運用法ですよね? 何でそれしか教えてないのですか!?」
「さっき言った通り、ローラがフランスに帰った時を考えると、そちらの系統を覚えるのもありかな……と。まあ最終的にはローラに決定権がありますけど」
そこまで言うと、目の前で頭を抱えていたシスターの姿があった。
「これ、ワタクシ達はともかく……、欧州の連中に知れたら事ですよ。何せ自分達の土地の人間でここまでの卓越した才能の持ち主がいるとか、絶対に彼女を欲しがります」
「……あちらに報告上げます? 貴女だって系統的には同じでしょう?」
「まさか。ワタクシ、連中には借りはありませんし、そこまでする義理はありません」
だったら安心だという感想を漏らすと、のほほんとしすぎだと怒られてしまった。そのままローラ達の方へと戻る。
「なんのお話してたの?」
「ん? 偽ロリが昔……、欧州の対魔組織とやり合わなきゃ、聖気系統の修業先も楽に見つけられたろうに……って」
「うぇ!? そんなのあったの!?」
「まあ……俺やねーさんが偽ロリと一緒に欧州辺り周ってた時に、ちょこっと聞いただけなんだけどな」
シスター・アンジェリカの懸念をあえて言わずに、その思い出話をすると、ねーさんが懐かしそうに当時の偽ロリのセリフを口にしていた。
「確か……。ワシがまだ……年齢二桁台のピチピチだった頃、あやつらとはガチでやり合っての。双方疲弊しすぎてしまい、相互不干渉にするといった約束で手打ちになったのじゃ……だったね」
「……二十代じゃないんだな?」
「多分、150年から180年くらい前じゃないかなあ……」
忍が至極まっとうなツッコみを入れていたのだが、そんなわけで俺もねーさんも欧州の対魔組織との繋がりは希薄なのだ。
特にルーシーの子孫で、しかも術者の俺達も彼等にとっては相互不干渉の対象になっている可能性が高い。
「まあ、ルーさんの過去は良いとして、ローラさん?」
「は、はい!」
「とりあえず、お試しでも良いから聖気の修業をやってみましょうか。先ほど弟君からもありましたが、どの系統を学ぶかの最終決定権はローラさんにありますからね。とはいえ、何も知らない状態では選択もできませんから」
シスター・アンジェリカはその言葉と共に、ローラへと人懐っこい笑顔を向けていたのだった。




