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第129話 師弟喧嘩

 シスター・アンジェリカの静かながら、その場の雰囲気を完全に支配してしまっている威圧感に、俺達は……、もとい偽ロリ以外は一言も発することができなくなっていた。


「ぐびぐび! ぷはぁ~! 功よ。ワシ、牡蠣(かき)フライでビールを流し込みたいんじゃ。揚げたては最高だと思うのじゃが? はよ準備せい」


 そんな緊迫している中にあって、一人ビールを飲んで牡蠣かきフライを所望する偽ロリに、どうリアクションしたらいいか分からなくなってしまっていた。


「……ごめん。この状況で、ツッコみ入れる度胸ない」


「レイチェルならば、アンジェに任せておけばええ」


 偽ロリがアンジェリカさんへ目配せをすると、それを察したかのように、彼女はこちらを振り向くことなく返答をしていた。


「ワタクシ達の事は、お構いなく。お夕飯を遅くしても申し訳ありませんから」


「待って! あたしのご飯が遅くなっちゃう!」


「その前に……、ワタクシに言わなければならない事が、あ・り・ま・す・よ・ね?」


 背中越しで表情は分からないが、シスター・アンジェリカはおそらく笑顔。しかしその笑顔の裏では、はらわた煮えくり返っているとばかりの鋭い剣を喉元に突きつけているような雰囲気なのだ。


「あの……、とりあえず……、ねーさんも逃げたりしないと思いますので、もう少し落ち着いてください……」


「弟君は優しいわね。レイチェル、彼に感謝しなさい。本当なら、このまま教会まで引きずってお説教をするところですよ?」


 俺に向かって優しい笑顔を向けながら、ねーさんに絡みつかせたロープを解いてくれたアンジェリカさんであった。


「コウ! ありがとー! ついでに助けてー!」


「ごめんな? とりあえず、俺も一緒に聞くから、それで勘弁してくれ」


 そうして、ソファに座っているシスター・アンジェリカとテーブルを挟んで、俺とねーさんは床に正座しながら、彼女と対することとなった。

 

 対面しているシスター・アンジェリカから、ねーさんが日本に来た経緯についての詳細が語られた。


「本来なら、ねーさんがそこまで責められる必要はなかった!? だって、古い結界ぶっ壊して、かなりの損害が出たとかって……」


「それも間違ってはいません。しかし……、あの時は仕方なかった部分がありまして……」


 詳細を聞くと、ねーさんがその結界を壊したというより、壊さざるを得なかったらしい。本来はあちらの古い魔を封じ込めるための物だったらしいのだが、一緒に仕事をしていた人物の一人が、その魔に魅入られてしまったそうだ。


 結界の中にあっても術者に干渉できるほどの強力な相手でもあり、術者同士での戦い、しかもその人物を傷つけないようにするのは、かなりの骨が折れたとのことだ。


「あー……。だから……」


「はい。レイチェルは、もう我慢できないとばかりに結界を壊して、中の敵を消し去ってしまいました。それだけなら良かったのですが……」


「結界を壊して……、しかも古いのだったから、おかしな事になっちゃいました?」


「流石は結界術師ですね。本来ならすぐさま結界を張り直したかったのですが、ネイティブの術式はワタクシ達では難しく、他にも複数体の魔が封じられていたのも災いして、終息までに相当な時間を要してしまいました……」


 アメリカのお家取られた経緯のピースが段々と組み上がっていく。


「つまりは……、その間、術者に払う費用とかの捻出で白羽の矢が立ったのが……」


「はい。結界を壊したレイチェルということです。確かに短気だった面もありますが、責任は果たしたので、ワタクシが働いている教会に住み込ませようと思っていました……が!」


 段々と雲行きが怪しくなってきたぞう?


「本人の希望もあり、あちらの術については、あまり修行をさせていませんでした。直接戦闘については十分すぎるほど叩きこみ……、頑張ってもらいましたけど」


 この人も大概おっかない。叩き込んだとか言いそうになってる。


「しかし、これを機に術式についても、ちゃあんと指導をしようとしたのですが! それを拒否してガン無視した挙句! いいよ! コウが結婚してくれるって言ってたから、あたしは日本に行く! と、教会を飛び出してしまったのです」


「……あのー……。何で俺が引き合いに出させるんです? それ、ねーさんが来るまで完全に忘れてた子供の頃の約束です」


「弟君がこんなの引き取るのは迷惑かもと思いましたが、ミスター神屋からも画面越しの通信とはいえ、日本の対魔組織で預からせてもらうと、丁寧なご挨拶もいただきましたから、こちらで生活させることにしたのです」


 師匠(せんせい)も色々と骨を折ってくれていたのがよく分かるご説明である。


「だったらもう解決で良いでしょ!?」


「そんなわけはないでしょう! ワタクシも日本に赴任しましたし、ちゃんと術の修業もすると約束なさい! 格闘戦が悪いとは言いませんが、それだけでは無理なパターンも出てくるでしょう!」


 アメリカ人師弟は、この家でも口論が尽きないらしい。


「あたしは日本で活動するんだから、コウと同じ系統でいいんですぅ!」


「いつまでも、そんな屁理屈が通用すると思いますか?」


「あたしとコウが揃えば……」


 ねーさんが何でか言い淀んでいる。しかも普段の明るい雰囲気はなりを潜めてしまっている。


「とにかく! あたしはコウと同じ系統の……、神道系でいいの! 今だってそれでやってるんだから!」


 そのままねーさんは立ち上がり、激昂しながら部屋へと向かい、籠ってしまった。


「はあ……。日本で生活して、少しは落ち着いたかとも思いましたが、頑なですね」


「すまんの。七年前から今まで面倒をかける」


「いえ……」


 困ったような表情を浮かべていたシスター・アンジェリカに、ルーシーも謝罪をするしかなかったらしい。


「ところでの? もう17時半。勤務は終わっておるか?」


 目の前のシスターは、こくりと頷く。偽ロリは、にやりとすると冷蔵庫からキンキンに冷えたビールを取り出し、彼女の前に置いた。


「詫びも兼ねて一杯やろうかの。功よ、卓上フライヤーで揚げたての牡蠣(かき)フライを振舞ってくれい」


 この偽ロリは単に酒を飲みたいだけじゃないのだろうか?


「ねーさんはどうすんだよ? この方が居間にいる間は絶対に降りてこないぞ?」


「引き籠った者が出てくるには宴会することだと、この国の古い話にもあるじゃろ。それにの、腹が減れば降りてくるじゃろ」


 お婆ちゃんは我関せずを貫くつもりらしい。後で夕食は持っていこうと考えていたところ、食卓に座ってしまったシスター・アンジェリカは缶ビールを一気飲みし、その勢いのまま牡蠣(かき)フライを頬張る。


「良いですね~、このフライ。外はカリッっと、中はジューシーな牡蠣(かき)の旨味が溢れ出す絶妙な揚がり具合。しかもビールにもよく合います」


「そうじゃろそうじゃろ。こやつを日本に残して一番の成果は料理上手になったことじゃよ」


「弟君、家事ができる子はモテますよ。っと、酔いが回る前にご相談がありまして」


 おや、何だろう? 日本に来たばかりで勝手が分からないので助けて欲しいとかだろうか?


「実は……、赴任した教会なのですが、かなりボロ……、もとい老朽化していまして、あちこち修理をしたいのです。それでですね……」


「人手が欲しいですか? まあ、その程度であれば。仕事が入らなければですが」


 その返答に、にっこりと満足そうな笑顔を向けるシスター・アンジェリカであった。

 そのやりとりを聞いていた偽ロリは、少しばかり真剣な表情となる。


「ふむ。では交換条件と行こうかの。アンジェ、できるかどうかは適性を見てからで構わん。ローラに術の手解きをお願いしたい」


 その一言で、先ほどまで食卓で多種多様な味付けで牡蠣(かき)フライを楽しみ、ほっぺたが膨らんでいたローラが驚きながら、アンジェリカさんの方を向いていた。

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