第128話 修道女きたる
銀髪の少女らしき人物に手を引かれ、金髪でツインテールの女の子が空港へと向かうために歩いていた。
二人の表情、特に銀髪の少女はまるで自分を責めているかのような悲痛なもので、その傍らにいる金髪の女の子は引かれている手を離そうと抵抗を繰り返していた。
「離してよ! 何で!? コウが起きたんでしょ! だったら、あたしも日本にいて一緒に修業すれば良いでしょ!!」
「ダメじゃ。お主らは、一度離れて各々を鍛えねばならん」
「あたしは! 絶対に! コウの近くに! いーるーんーだーかーらー!!」
絶対に日本を離れたくないとばかりに、足を踏ん張って抵抗する金髪の少女に対して、更なる力を入れて引きずられる……。少なくとも抵抗していた少女はそう考えていた。
しかし、その予想は外れ、彼女は抱きしめられていた。
「すまぬ……。今回の功の負傷はワシの読みが甘かったせいでもある……。お主らが揃った場合の能力の底上げは凄まじいものであった。じゃが……」
自分が至らなかったせいだと主張する銀髪の少女の雰囲気に、もう一人は何も言えずにその言葉に耳を傾けるしかなかった。
「どちらか一方しかいない場合は、その実力が半減どころではない。そこをうまくフォローできなんだワシの責任じゃ。好きに責めてくれい」
「ルー……」
「お主らを二人揃えたままでは、その相性の良さ故、能力が偏りかねん。だからこそ、離れ離れにして鍛え直すのじゃよ。もしも……、お主らが一人前になった、その時には――」
そうして彼女は目を覚ます。ここは自分の母国ではなく日本で世話になっている弟分の自宅で割り振られた部屋の天井。少しばかりボーっとしてしまったが、夢の内容はしっかりと覚えていた。
「あの時の夢……か……」
弟の様に可愛がっていた彼との別離を思い出してしまい、暗い気持ちになる。その気分ではいけないと思い自分で頬を軽くぱあんと叩き、気を取り直して朝食を取るためにリビングへ向かって行った。
本日、今のところは仕事も無し。学校の授業を終えて商店街で夕飯の材料調達しようかな……考えていたところ、同じく授業を終えたローラやその友達と校門前でばったりと会ってしまった。
「あ、お兄さんだー」
「おや、千佳ちゃん。今帰りかい?」
クラスメイトの妹であるこの娘は親し気に話しかけてくれる。その他の女の子達は、俺を見てヒソヒソと話している。
「えっとね。この人はローラちゃんの再従兄弟のお兄さんだよ~」
「はーい。再従兄弟のお兄さんですよ~」
千佳ちゃんに合わせて、そう自己紹介すると、またしてもヒソヒソ話をされてしまった。
「あの人がイエティを泣かせたっていう……?」
「違うよー。イエティにアッパーをして天高く舞い上がらせたんだよ!」
「ちょっと待って! 話が明後日の方に行ってない!?」
女子生徒達に対して思わずツッコみを入れてしまう。
「誰がそんな……? 生物研究部の部長さんか……!」
頭を抱えながら予想を口にすると、彼女らはうんうんと頷いている。おそらく、部員勧誘のために4月の事件に関して、少しばかりではなく、かなり脚色して触れ周っていたらしい。
「あの人には、あとで注意しに行こうか……」
ちょっとだけ疲れてしまったが、ローラが顔を近づけてきていた。
「コウは、これからお買い物?」
「だな。夕飯は牡蠣フライにしようかな。加熱用が特売で出てた」
「やった!」
ローラさん、実は牡蠣大好きっ娘だったりする。日本にくる前は基本的に牡蠣は生牡蠣として食べていたらしい。それを聞いて牡蠣フライを作ってみたところ大好評であり、牡蠣フライが食卓に並ぶ日は上機嫌となる。
「今日はどうしようかな~。普通のソース、タルタルソース、それともおろしポン酢も良いなあ~」
「全部用意する。心配するな」
夕飯時の光景を想像しながら、よだれを垂らしそうになっているローラさんに俺もお友達も苦笑している。
立ち話して時間が経ち過ぎてもいけないので、商店街に向けて足を動かすことにした。
「今日はおいしい牡蠣フライ~♬」
商店街で材料を一通り購入し、ローラさんは上機嫌で歌を口ずさみながら横を歩いている。
その姿は本当に可愛らしく、腕によりをかけて全身全霊を込めて作らねばという気にさせてくれる。
自宅に戻り、夕飯の支度をする前に宿題などを終わらせようと部屋に向かって十分後、玄関の呼び鈴の音が聞こえてきていた。
「はーい!」
今日は来客の予定は無いはずだ。念のため、ドアスコープから外の人物の姿を確認する。
「確か……、あの人は……?」
一応、知っている顔だったのでドアを開けて中へと招き入れる。
「アポイントメントも無しで突然訪ねてしまって、ゴメンナサイ。日本語は問題ないかしら?」
「話し難いようでしたら、英語にしましょうか? シスター・アンジェリカ」
「画面越しではなく、直接顔を合わせるのは初めてだけど、弟君も元気そうね。それに紳士的になったわ。ちゃんと言葉も通じているようですし、大丈夫よ」
そこに佇んでいたのは落ち着いた雰囲気で、栗毛色の髪をボブカットにして、修道服をまとっている30歳前後の女性であった。
「立ち話もなんですから、どうぞ入ってください。偽ロ……、ルーシーも今はこの家に住んでいますので連れて来ます」
彼女をリビングに案内し、コーヒーを淹れて差し出してから、偽ロリとローラを連れて来る。
ローラは初見なので首を傾げていたが、偽ロリの方はというと、いきなりビール缶を差し出して――
「やめい! 挨拶も無しに酒を渡そうとするな!」
「ええじゃろ~! 久々に会ったんじゃ。一杯やるくらい……、しかも今日は牡蠣フライと聞いたぞい。ビールのつまみにはぴったりじゃ!」
俺らのやりとりに、クスクスと笑っていたアンジェリカさんであった。
「ルーさんも相変わらずの様ですね。日本に倣って、駆けつけ三杯と行きたいところですが、一応は勤務中ですので」
「そうかの。じゃあ、またの機会じゃな」
そんな顔見知りの会話に一人ついていけていないローラさんが困った顔をしていたので、目の前のシスターさんについての説明を行う。
「この人は、アメリカでレイチェルねーさんがお世話になっていた人でな……」
「アンジェリカ・ブラウンと申します。以後、お見知りおきを」
シスターらしい丁寧な挨拶だ。ローラもそれに合わせて自己紹介を行っていた。
「ところで……、今日はどういったご用件で? というか、何で日本にいるんですか?」
俺の記憶では、この方はアメリカで活動していたはずだ。そういった事情もあって、アメリカでレイチェルねーさんの師匠として彼女を預かってもらっていたはずなのだ。
「この度、こちらの近所に赴任となりまして、そのご挨拶と――」
そこまで言いかけたところで玄関の方から、ねーさんの声が響き渡ってきていた。
「たっだいまー! 知らない靴があるけど、お客さん?」
ガチャっとリビングのドアを開けた瞬間、ねーさんが1秒ほどフリーズ。そして0.1秒後には、振り向いて玄関へと全力ダッシュを始めていた。
「はあ……」
呆れたように深い溜息をつくシスター・アンジェリカは、あちらを向くこともなく、どこから出したかも不明な投げ縄を手に持っていた。
その投げ縄はまるで意思でも宿っているかのように、ねーさんへと真っ直ぐに猛スピードで迫り、その足に絡みつき転倒をさせる。
ついにはそのロープにズルズルと引っ張られ、ねーさんはリビングへ強制入室となってしまった。
「ちょ!? タンマタンマ! コウ助けてー!」
「困ったものですね、この家出弟子は。人を化物でも見たかのような態度で接するなんて」
「化物の方が可愛げがあるよ! あっちは消そうと思えば消せるんだから」
その一連のやりとりを目撃していたローラは、俺へと小声で質問してきた。
「あのシスターって……」
「ねーさんの師匠できるくらいの方だぞ? あの柔らかい物腰とは裏腹に、アメリカじゃあ有数の術者として知られてるんだ」
「ふええ……」
ドン引きしてしまっているローラを尻目に、シスター・アンジェリカはスッと上品な所作で立ち上がり、ロープで動けなくなっているレイチェルねーさんの前まで移動する。
「レイチェル。とりあえず、途中で終わっていたお話合いの続きをしましょうか……」
静かながらも威圧感のある言葉に、その場の誰も逆らう事は出来なくなっていた。




