第126話 お仕事終了の打ち上げ
廃ホテルを覆う結界を破壊してから数日間。昼は龍脈の矯正、夜は廃ホテル内に集まった霊の神葬祭と慌ただしいスケジュールをこなしていた。
「……これで、全部……終わりだー!」
「やったー!」
「ようやくか……。長かったな……」
これで霊達は別の場所に集まるようになったものの、その場所にお社を建てるまでは、地元の術者に霊達を送るのもお願いをしている。
「滞在期間……、残りは明日のみ……、けど……」
「一日だけでも遊べますね、兄様」
「だな。明日はバカンスだー!」
俺がそう宣言し、腕を空の方へを掲げる。
「「「おー!」」」
全員が俺に合わせて腕を上げて、大声で今回のお仕事終了を喜んでいた。
次の日、メンバー全員で海水浴へと繰り出した。幸い、お空は快晴。大海原は澄み渡り、海の底まではっきりと確認できる。
当然のことながら、全員が海水浴場で水着姿となっている。
「とりあえず……、パラソルはこの辺でっと」
「あれ? コウはシャツ着たままなの?」
「うむ。流石にあの傷痕を大っぴらにすると、その辺の人達がドン引きする」
その説明でローラも納得したらしい。今の彼女は白を基調としたビキニにフリルが付いた可愛いらしい水着姿となっている。
「へびさんも来れたら良かったのに……」
「やめてあげろ。潮風で刀身が錆びる。んでもって研いだりしたら、刀身が削られるへび~……って、泣き出すぞ」
「あはは。言いそう」
そんな感じで和気あいあいとローラと話していると、今度は羽衣がいきなり俺の右腕を取り、腕を組んできていた。
ワンピースタイプの水色基調の水着の羽衣が、俺の腕へと密着している状態だ。
「兄様、一緒に泳ぎましょう!」
「う、羽衣さん? ええと……ですね? 思いっきり胸が当たってますが……」
「大丈夫です。わざとですから」
そのまま羽衣はローラの方にチラッと視線を向ける。まるで、こないだまで小学生だった娘には、こんなの無理だろうと言わんばかりの勝ち誇った眼差しだ。
「むむむ……。えい!」
ローラさんも少しばかり悔しそうな顔をした後で、今度は俺の左側で腕を組む。
……はて? ローラと腕を組むのは初めてじゃないが……?
ローラさんの場合、夜の小学校で幻の四階に入るのを躊躇っていた時、腕を組んで密着してどうにか教室に足を踏み入れた事がある。
……もしかしなくても、少しばかり成長してるのかなあ?
水着姿で薄着だとはいえ、前回とは違う慎ましいながらも柔らかな感触が腕に押し当てられているのだ。
「ええとな? 二人共……、俺が動けない……」
「それはローラさんが引っ張っているからですよ。離してくださいね?」
「ウイさんこそ、自分の方に引き寄せてるよ? コウの肩が外れたらどうするの?」
俺、現在、大岡裁きの実演中みたいになってしまっている。二人共、ローラさんでさえ武術を嗜んでいる関係上、意外と引っ張る力が強い。
両腕の筋繊維と骨と関節がぎりぎりと悲鳴を上げている。
「……あいつ、そのうち……血を見るんじゃないか?」
「愛、怖いわねー……」
そんな俺達を遠目で見ながら、微妙な表情を浮かべていた忍と美里さんであった。
「そういえば、レイチェルさんは?」
「海辺でバカンスといえば、バーベキュー! バーベキューならアメリカ人のあたしの出番! とか言って、道具と食材一式用意しに行ったわよ」
「……まあいいか。これであの人までいたら、功の身がもたなそうだし……」
こういった時に参戦できないのが、姉扱いから脱却できない原因なのだろうなあ……。と二人は察してしまったようだった。
そうして、朝から海で遊んで数時間後のお昼。どこから調達してきたかは分からないが、見事な串焼きバーベキューセットがジュージューと音を立てて、俺達の目の前に姿を現していた。
肉と野菜が交互に串刺しにされて炭火で焼かれている。その香ばしい匂いで我慢できずに、がっついてしまう。
「ん~! うんまあい!!」
「でしょ~。アメリカのバーベキューソースが売ってたんだよ~。やっぱりバーベキューにはこれでしょ」
ねーさん、みんなが肉を頬張っている姿にご満悦の様だ。
「ビールとの相性も抜群じゃの。レイチェル、もう一本貰うぞい」
「何でしれっと混ざってんの!? この偽ロリ」
「ええじゃろ。ただとは言わん。適当に海産物も持って来たから、じゃんじゃん焼くぞい」
焼き上がった串焼き片手に、もう一方の手には大ジョッキのビールを持って、それを凄まじい勢いで流し込んでいる酒飲みロリの姿があった。
「まあ……。仕事がうまくいったから、打ち上げも兼ねてるし、呑みすぎなければ良いか」
「しっかし、おかしな事をする奴もいたもんじゃな。あの廃ホテルをすっぽり覆えるほどの術者なら、あんなことをすればどうなるかくらいの予想は出来そうなもんじゃが」
「んー。それはそのうち、ご本人に聞くとしてだ。今頃、ちょっとは驚いてくれているかもな」
なにせ龍脈の流れを少しばかりとはいえ変えて、しかも全くその後の被害が出ないようにやれてしまったのだ。
かなり高位の術者でも難しい事を若手だけでやってのけたのだから、あちらとしては驚愕どころではないだろう。駄蛇の存在なんて気付きようも無いし。
「まあ、今回もご苦労じゃった。二十歳過ぎておれば酒を注いでやるところじゃが、これで我慢せい」
そうして、るーばあは俺の持っていた紙コップにジュースを注いでくれていた。
「ほんとに観光に来ただけだったんだな……」
「それだけ信頼しておるのじゃよ。おかげで良い休暇が過ごせたぞい」
「ってか……、一応稼いでるけど、るーばあって一年中休日みたいなもんだよな?」
「何を言うか! こうして次回配信のための英気を養っておるのじゃよ」
俺のツッコみに対して、少しばかり反論していた偽ロリではあったのだが、そんなのをいちいち気にしていられないとばかりに、バーベキューとビールでその場を楽しんでいたようだった。
その夜、自分達は明日の昼には沖縄を経つことになるのだが、沖縄の金城家に不可解な気配を持つ人物がその姿を現していた。
俺はというと、少しだけ縁側でゆっくりしようとしていた時だったので、できれば会うのは遠慮したいなあ、などと思いつつ彼へと声をかける。
「用があるのでしたら、顔を出したらどうですか?」
その一言で音もなく、すうっと姿を現したのは廃ホテルのオーナーに雇われていた術者。芦埜柳玄さんであった。
敵意は無いとの意思表示か、先日連れていた使い魔は連れていないようだった。
「怖いねえ。完全に気配を消していたと思ってたんだけどね」
「気配を消して、自分の姿すら消えたように誤認させるのとも戦ったことがありますから」
「何だいそれは……?」
「今は記者やってる戦国時代の忍者の幽霊ですよ」
冗談で言っているのか、はたまた本気なのか、あちらは判断が付かないらしく、困った顔をしている。
こちらとしては本当の事しか言ってないのです。
「ところで何の用ですか? 俺らの動向は逐一、使い魔に監視させていたでしょう?」
「気付いていたのに放置していたのかい?」
「そりゃあ……。あのいきなり怒られた社長さんだって、どうなるか気が気でないでしょうし。少しでも安心材料はあった方が良いかな……と」
そこまで言うと、糸の様に細い彼の目が僅かに開いてこちらを凝視しているように感じた。
「そうだね……。じゃあ、ちょっとだけ話そうか」
そうして彼はその場を動かずに、先日の経緯を説明していた。




