第122話 砂浜での遭遇
金城家へと戻る途中、廃ホテル前にて、海水浴場周辺の風景には似つかわしくないスーツを着こなした数名の人間が眼に映った。
ゴールデンウィークでこの地を訪れた観光客には見えず、かといって地元のサラリーマンといった雰囲気でもない。
その一団の中で俺、もとい俺達だけには、周りと全く違う気配を持つ人間が一人だけいるを察知した。
「コウ、あの人」
ねーさんが視線を向けているのは、一団と同じスーツ姿でオールバックのサングラスをかけた人物ではあるのだが、普通の人間には視えない肉食獣の様な使い魔が数体控えていた。
「どう見ても術者だよなあ……。俺らとは別件でここにいるか、または――」
あちらも俺達の視線に気が付いたらしい。その男が手招きをしている。
敵意は感じないが……。警戒するに越したことはないか。
そんな考えで少しばかり気を張りつつ、彼らの元へ足を運んだ。
「はじめまして……かな? 対策室の方々だよね?」
サングラスを外すと糸の様な細い目でこちらを見ている。俺達を興味深そうに観察している男性であった。
俺が彼の問いに頷いて肯定を示しながら、自己紹介をしようと口を開く。
「魔霊対策室所属――」
「坂城功くん……だろ? 今日は神屋さんや月村さんは一緒じゃないのかな?」
自己紹介するまでもない、といった感じであちらが俺の名前を出していた。柔和な表情のはずなのに、気を抜いてはいけない何かを感じてしまう。
「そう警戒しないでくれるかい? 対策室の面々。君自身もこの業界では有名なんだ。名前を知られているくらいで不快にならないでほしい」
「こちらとしても、芦埜柳玄さんに、こんな所でお会いできるとは思っていませんでしたよ」
芦埜柳玄――この業界では祓い屋として有名な人物だ。彼の傍らに控えている使い魔は強力無比であり、その辺の怪異では相手にならない程の力を有している。
優秀ではあるのだが、悪い噂も聞こえてくる人物でもある。
曰く、裏社会とも繋がっているとも。
「あなたがここにいるってことは、今度の雇い主はこの廃ホテルのオーナーですか?」
「そうだね。本来なら、私が処理する案件ではあるのだけれど、困ったことに霊達が湧いて出る。このままだとウチの使い魔達も|お腹を壊しそうだからねえ《・・・・・・・・・・・・》。政治家の先生の言う通りにして、泣く泣くそちらにお願いすることにしたわけだ」
その一言で、俺ら全員の顔が強張る。その言葉の意味を一番年下のローラでさえ察していた。
最初に廃ホテルを訪れた時に、霊達は何かに対して警戒していたが、これで合点がいった。
俺やねーさんはともかく、他の面々を遠ざけたいと考えてしまい、話しを切り上げて退散しようとする。だが、あちらとしては俺らの仕事が気になっていたようだった。
「あれだけいた霊が一夜でいなくなっているのは驚いた。どんな手を使ったんだい?」
「普通に送ってあげただけですよ。こう見えて神職も兼ねていますので」
「そうかいそうかい。その後は? ここはそれだけじゃあ済まない。分かっているよね?」
「それはこれから手を打ちますよ。ご心配なく。それではこれで失礼しますね」
それだけ言って、この場を立ち去ろうとした時に、俺らに対して激怒している叫び声を上げている人物が後ろから顔を出していた。
「優秀な人材を寄越すと言うから任せてみれば! 子供ばかりじゃないか! おい! さっさとやれ! このまま放置していたらどれだけの赤字を出すと思ってる!」
「まあまあ。社長、少し落ち着いてください。彼等……、いえ彼の腕は本物ですよ。ここは任せるのが吉ですから」
こちらを睨む五十代くらいの小太りの男性であった。こちらが、ぱっと見で未成年ばかりなので、かなりお怒りとなっている様子だ。
それを宥める芦埜さんだったが、それでも納得はいかないようだ。
「そもそも貴様が役に立たんからこうなっているんだろうが!」
「そう言われては返す言葉がございませんね。ですので、役立たずではなく彼を信じてみましょう。もし駄目なら、無理矢理にでも霊が出没できなくしますので。ここはお手並み拝見ということで」
そこまで説得されて、ようやく引き下がった社長と呼ばれていた人物だった。
「じゃあ頑張ってね。どうやって解決するか見守らせてもらうよ」
笑顔ではあるが、どこかこちらを軽く見ている態度に、少しばかりイラっとしてしまう。ちょっとくらいは言い返してやるとする。
「昨日、あれだけの霊を一気に送れたのは、こっちの娘のおかげです。それと……」
詳細は省いて昨日の羽衣の功績を口にしたあとで、忍と美里さんの方を向く。
「こっちは見習いですが、兇魔と遭遇しても心が折れなかったくらいの二人です。俺ばかり気にしてたら、そのうち痛い目を見ますよ」
「そうかい。その若さで対策室に所属できるのは、それなりに素質があるという事だからね。覚えておこう」
背を向け、こちらに手を振り去って行く姿を見ながら、俺達も金城家へ戻るべく歩き出していると、今度は若い男がこちらを呼ぶ声が聞こえてきていた。
「そこのかーのじょ! 俺らと遊ばない? 沖縄で楽しい思い出を……。げっ!? 昨日のグリズリー男!?」
それは昨日、浜辺で廃ホテルを観察していた際、ねーさんにナンパをしていた男達だった。
俺を見るなり数歩ばかり後退ってしまっている。
「誰がグリズリー男だ。誰が」
少しばかり機嫌が悪いのも相まって、言い返してしまったのだが、彼らはこちらの女子を嘗め回すように観察している。
(おい、あの黒髪の娘……、結構良いな)
(あっちの小さい子も……、流石にマズいか? でもな……、白人美少女と……)
(日焼けしてる娘もなかなか健康的で好みだ)
こちらをチラチラ見ながらヒソヒソと何やら話している。どうせ碌でもない事だろうというのは予想ができる。
俺の顔色を窺っているようだが、全員が意を決してウチの女性達にアタックを仕掛けると、帰って来た答えは辛辣なものであった。
「わたしは遊びに来ているわけではありませんで遠慮しますね。そこまで暇ではありませんので」
「わたし……、そんな変な眼で見る人とは遊べないから。ごめんなさい」
「鍛えてない人とは付き合うなって家訓があるの。少なくとも腹筋が割れるくらいにはしてきて」
それぞれ羽衣、ローラ、美里さんからのお断り宣言である。美里さん以外は割と丁寧な言葉の様に思えるが、二人も先日の玃の件もあってか、どこか冷たい視線を送っている。
「……最近、あの二人……、怖いんすけど……」
「そりゃあね~。お猿さんの怪異にプロポーズされたんだっけ? 誰でも良いみたいな言われ方だったらしいけど。怒るでしょ、それ。同じことされたらこうもなるって」
ねーさん、昨日の件で見向きもされなくなってせいせいしてるって感じだ。それで余裕なのか二人の心境を解説してくれていた。
「美里も……意外と辛辣だな……」
「腹筋割れてて良かったな」
「いや、ツッコむとこ、そこじゃないだろ!?」
俺と忍の雑談はさておき、見事に拒否された面々は……ただ立ち尽くしていた。
それに背を向け、女子三人は俺達の横に並んで一緒に歩き出す。
「と、言うわけで兄様。早く仕事を終わらせてゴールデンウィークの思い出を作りましょうね」
「そうだよ。水着だって買いに行ったんだから泳いでみたい!」
「せっかくの里帰りだしね~。頑張ろっか!」
なんだか凄くやる気が出てきている面々に対して、男二人は全力で頑張らないと後が怖いといった予感を感じてしまい、金城家に辿り着くまでに暑さから来る汗ではなく、緊張からくる脂汗を垂らしてしまっていたのでした。




