第119話 廃ホテルの霊送り
沖縄の金城家へと戻った俺とレイチェルねーさんであった。そのまま砂浜から遠目で確認した廃ホテルについての打ち合わせを行う。
その中にあって、羽衣とローラの俺達を見詰める視線が怖い。
「え……、えっとな? 見た感じ中には結構な数の霊がいそうだ。見張りなんてのがいる時点で、ある程度は組織的に動けると考えた方がいい」
その予想をみんなに述べながら、美里さんのお祖父さんの方を向く。
「すいません。あの廃ホテルについて、ご存じの事があったら教えていただけませんか?」
「そうさなー。古い話になるが……、あのホテルが立つ前には古びた社があったって話さー。それを取り壊してホテルにしてしばらくしてから、幽霊が出るなんてのが広まってな」
「その社を壊したのが原因っぽいですね……。地元の術者が放置だったのは?」
「最初は放置していたわけじゃないさー。祓っても数週間すれば元に戻ってしまってキリがなかったのさ。それで皆が諦めてしまってなあ……」
つまりは匙を投げてしまった。または頻繁にお祓いしなきゃならないなんて噂が立った時点で客足が遠退いて廃業に至ったのかもしれない。
「その社に祀られていた祭神は分かりますか?」
今度は羽衣からの質問だ。実家が神社なので、その辺にも関連があるかもと考えているのだろう。
「確か……。大きい神社と変わらんはずだなぁ……」
「熊野権現ですか?」
「社が消失して確認のしようはないが、おそらくは……」
だとすると……。もう一つ聞かなければならない事があるか……。
「あの辺自体が元々霊の集まりやすい場所だったとかあります?」
「自分の父親が言うには、あの辺に死者が集まってどこかに行っていたとか……」
困りましたよー……。どうすれば良いんだろ、これ。いっそ、師匠から依頼者に諦めるように進言してもらえないもんか……。
「功くん、どうしたの?」
「できればねー……。あのホテルはあのままで、地下とかでも良いからお社を作った方が良いかなー……と」
美里さんも俺の様子がおかしいことに気付いたらしく、心配そうな表情を浮かべていた。
「あそこさあ……。多分なんだけど……霊をあの世に送るための『道』があったと思うんだよ……。ただ、社がなくなったせいで……」
「その『道』がなくなっちゃった?」
「またはその入り口が塞がれちゃったか……だな」
おそらくは、その予測で合っているとは思うのだが、まずは今夜にでも廃ホテル内に行ってみることにする。
「まずは応急処置として、中の霊達を送ってあげるとするか。その後については師匠と相談ってことで――」
「ふうむ……。やはり豆腐餻は泡盛と合うの~。もう酔っぱらってきおった~。ご当地の酒とご当地のつまみ。最高じゃあ~」
「人らが真剣な話ししてる時に、一人でご満悦になってんじゃねえ!」
酒とつまみとして豆腐を発行させた沖縄の豆腐餻を俺らの目の前で食して舌鼓を打っている偽ロリに、思わず文句を言ってしまう。
「ワシ、ただの観光客だからの~。お主らが頑張れい!」
この偽ロリ、本当に遥々沖縄まで来て、酒を飲むためだけにこの場にいるらしい。
「ほんっとにすいません。うちの先祖がこんなので」
「いやー。まともな人間とは思っていなかったが、意外と気さくで面白いねぇ」
金城家が大らかな気質で助かった。他人の家でいきなり酒盛りとか、下手すれば怒られるやつなのだ。
とりあえず、夜に廃ホテルの中へとみんなで向かう事となった。
俺達が廃ホテルに向かっている最中、昼から酒を飲んでいる偽ロリと、晩酌をしていた美里さんのお祖父さんが俺達の話題で盛り上がっていたらしい。
「しっかし……、ついて行かんで良かったのかね? 子供達だけでは心配だから同行したとばかり」
「ん~? まあ、もうすぐ二十歳の娘もおるし、それにの……」
酒が入って上機嫌となっている偽ロリがドヤ顔で更に続ける。
「正月の戦闘でよう分かった。功はもう完全にワシの手を離れたとな。ならば、後は信頼して待つだけじゃ。ワシも楽だしの」
「忍君に関しては自分が話してみるさ。息子からも頼まれたからなぁ」
「若いうちには、ようある劣等感じゃなあ……。同年代、しかも近くに功がおったのが気の迷いとなっておる」
「彼のことも噂程度には聞いていたさー。実際に目の当たりにすると、かなり特殊な鍛えられ方をしているねえ」
「……ワシもあそこまでやられるとは思うとらんかった……。神屋達に対して……、割と引いてしまったぞい。普通、補助役は後方支援が相場と決まっておるが……、前線でも戦える補助役にするために、ある程度の魔力を仲間に渡しても問題ないくらい出力を大幅に底上げさせるとか……。あやつらは鍛錬の鬼か何かかとな……」
そんな話をしながら、偽ロリは更に飲み続けていたらしい。
「すんませーん! お邪魔していいっすかー?」
廃ホテルの敷地に足を踏み入れて開口一番。警戒されないよう、すっごく明るい雰囲気で見張りをしている幽霊さんに、屋内への入域許可を求めてみる。
「……分かってはいたけど、功って……怖いもの知らずだよなあ……」
「まあまあ、せっかく霊と話せる人がいるんだから、まずは交渉。無理ならそれなりに……ね?」
忍も呆れかえってはいたものの、そこはいつもの事と納得してくれたらしい。
「お前……、もしかして我々の声が分かるのか? というか……倒しに来たとかでは……」
「はーい。成仏……は、ちょっと違うかもだけど、貴方達をあの世に送る案内サービスでーす! あの世への『道』がなくて困ってますよね?」
「みんなを集めてくるから、少し待っていてくれないか? 君の言う通りで困り果てていたんだよ。ヤバいのも来ていたから見張りもしていてね……」
どうやら俺の予想は当たっていたらしい。慌てた様子の見張り役の幽霊さんは、奥へと引っ込んでしまった。
というか……、ヤバいのってなんだ?
「旅行の営業みたいな言い方で良いの?」
「美里さん、違う場所に送るのは間違ってはいないし、良いんじゃないかな」
そうして神葬祭用に持って来ていた簡易的な道具一式を準備しながら待つこと数分。
俺達の前には50人をゆうに超える幽霊たちが姿を現していた。
「こ……こんなにいたんだ……」
「ここまでなら、このホテルを買い取った会社も困るわけですね……」
ローラと羽衣もこの数は予想以上だったらしく、少しばかり顔が引きつっている。
ふうっと息と少しだけ吐き、羽衣の方を向く。
「じゃ、やろうか。羽衣、手伝って」
「は、はい!」
その呼び声に合わせて、俺と羽衣が霊の前に並んで立つ。
「俺に合わせて『風』を起こして、とびっきり心地いい奴を」
こくんと頷き、俺が祭詞を唱える。それと同時に、羽衣は肌を撫でる様な優しい『風』を辺り一面に満たしていく。
「何だろ? すっごく安心するような、そんな空気」
美里さんも、その薫風を感じ取り、そんな感想を漏らしている。
祭詞と羽衣が起こした『風』。その両方が重なり合い、閉ざされていた『道』を形作る。
「みんな……、安らかな顔をして消えてる」
ローラの言う通り、俺達が彼らを送り始めてから十分ほどで廃ホテルで迷っていた幽霊さん達は全て消えていった。
「とりあえず……、こんなとこか。応急処置はこれで良いけど……」
これからの対応について頭を悩ませていると、忍から質問が飛び出していた。
「今のって、葬式みたいなもんだろ? どんな感じでやったんだ?」
「んっと……。美里さんのお祖父さんの話だと元々ここにあった社に祀られていたのって、伊邪那岐、伊邪那美、須佐之男だったらしい」
その説明にうんうんと頷く者、はてなマークを浮かべている者と別れている。
「あれ? スサノオって、ヘビさんを倒した……?」
「おっ。ちゃんと覚えてたか。偉い偉い。その須佐之男は、あの世……、『根の国』の支配者って伝承がある。それでもって、その根の国は沖縄でいうとこの死者の魂が還る場所、『ニライカナイ』と同一視されたりもしてる」
ローラもちゃんと勉強をしていたらしく、少し嬉しくなってしまい解説にも熱が入ってしまう。
「で、羽衣が使う風薙斎祓は、須佐之男が伝えたとされる戦闘法だ。この繋がりは駄蛇のお墨付きでもある」
風薙斎祓の基礎は俺も使えるがそこは割愛。続きの解説を口にしていく。
「俺の祭詞、羽衣の『風』。その両方で、あっち側にお目通りを願ったわけだ。何せ、あちら側のお偉いさんとも関連のある技だからな。おかげですんなり道が開けた」
本来ならあの人数を俺一人で送るとなると、かなりの時間を要するのだが、羽衣様様といったところだろう。
「やっぱりコウって戦うとかより、こういった死者を送ったりする方が得意だよねー。昔っから」
「ガキん時から霊の話を聞いたりしてたからなあ……。聞くだけで済まなかったことも多かったけど」
ねーさんも一連の流れを振り返って感心しているようだった。
「でも、コウってすっごく強いでしょ。お正月だって……」
「戦えば、そこのねーさんの方がおそらくは強い」
一同、その発言で俺とレイチェルねーさんを見比べながら不思議そうな表情を浮かべている。
「ねーさんの場合、霊体霧散の能力もそうだけど、魔力そのものが戦闘向きなのも大きいからなあ……」
「……? 魔力って、みんな同じじゃないの?」
「そういや、その辺はまだ教えてなかったっけか。ローラも魔力糸を使うのに慣れて来たし、丁度良いからお勉強タイムにしようか」
そうして、俺&ねーさんによる魔力性質の講義が廃ホテル内にて開催されたのだった。




