第118話 沖縄到着からのお迎え
ゴールデンウィーク初日。連休という事もあり、観光で沖縄を訪れる人間も多いらしく、現地の空港には他県から来たと思われる方々で、ごった返していた。
「やっぱり時期が時期だけに人が凄いなあ……」
「仕方あるまい。この時期にちゃんと航空機のチケット取れただけでも感謝するのじゃな」
「俺らはともかく、るーばあはよく取れたな?」
仕事で沖縄行きを手配してもらった俺らとは違い、偽ロリは個人でチケットを入手したはずだ。連休入る直前で、よく入手できたもんだと感心していた。
「そこはの。ワシにだって色々と伝手があるでな」
追及すると、とても面倒な話になりそうなのでスルー推奨といったところだろう。
こうして沖縄に足を踏み入れた俺達一行を出迎えてくれていた人物と合流する。
「おじぃ! おっひさー!」
「美里、でっかくなったなあ!」
「今日は時間通りだねえ!」
「仁悦のヤツから沖縄時間禁止されてしまったよ……。東京の客が来るから止めろとな」
久々の祖父と孫娘の対面である。今日はってことは、帰省時はいつも遅れて迎えに来てたんだろうか? そんな疑問が頭を過る。
美里さんのお祖父さん、つまりは仁悦氏の父親でもある目の前の老人。ぱっと見では日焼けしているその辺のお爺さんといった雰囲気だ。とはいえ、先日の話では彼の代までは術者としての仕事もこなしていたらしいので、その辺も含めて色々と情報を聞きたいところである。
その彼が俺達へと視線を向ける。その中にあって、偽ロリの姿を確認する際に目を細めていた。
「変わったのがいるなあ……。まあいい。そっちが美里の友達かい?」
どうやら彼には偽ロリの幻覚と暗示が効いていないらしい。とはいえ、敵視するつもりは無いようで、俺らの方を向き愛想のよい笑顔をしてくれていた。
「初めまして。こちらにいる間はお世話になります」
「いやいや。美里がこんなにも友達を連れてくるなんてなあ……。仁悦が東京に行くことになった時は心配したもんだ。ところで……」
穏やかな雰囲気で挨拶をしながら、彼は俺と忍を交互に見ている。何か気になる事があるらしい。
「どっちが美里の旦那さんになるんかな? できれば自分が生きてるうちに曾孫の顔を見せてくれんか?」
「おじぃ!? いきなり何言って!」
「自分も老い先短いんだぁ。おばぁも楽しみにしてるさー」
美里さん、空港という公共の場であるにも関わらず大慌て。ここは面白……ではなく、おかしな話にならないようにきっちり忍を紹介しておくべきだろう。
「彼が仁悦さんの弟子の成田忍です! 俺はただの仕事上での知人ですので、絶対に間違わないようにしてください!!」
「おい!? いきなり何する!?」
俺が忍をズイーっと前に出し、気合を入れて紹介している様子を見ていた後ろの面々は苦笑している。
「絶対にわっるい笑顔してやってるねー」
「こうやって茶化すのルーシーそっくり」
お家の女子達は俺の行動に対して、ちょっとばかり批判的であったらしい。
その後すぐに、仁悦さんの生家。つまりは沖縄の金城家へと赴くこととなった。
前もって予約していたレンタカーにて金城家へと移動すると、美里さんのお祖母さんも出迎えてくれていた。その他には――
「あっ……。荷物も届いてる!」
「色々とすいません。こういった事まで世話をしていただいて……」
ペコリと頭を下げながら老夫婦に対して礼を述べる。
「構わんよ。現地で活動する時の拠点は大事だろう? 自分の若い時を思い出すねえ」
「事情を知っている方だと、色々と融通が利いて助かります」
荷物を確認すると、自分達用の武器やお祓い、神葬祭等を行うための道具一式が入っている、その中にあって箱を開けた瞬間に文句を飛ばしてきた駄蛇が一匹。
「小僧! 窮屈だったヘビ! 早くこの地の酒飲みてーヘビ! つまみも旨いの寄越すヘビ!!」
「おや、変わった人がいるかと思ったが……、変わった武器も持ってるねぇ。こんな器物は言い伝えでしか聞いたことないさー」
「紆余曲折で偶然できた刀です……。こいつはいいや。羽衣、これ」
羽衣に渡したのは、俺が持っている刀を入れる竹刀袋より一回り小さい物だ。ちゃんと中には刀が入っている。
「これ……、少し刃渡りが短いですけど……、霊刀ですね?」
「ローラが日本に来たばっかりの頃だったか。真神っていう狼の怪異とやり合った時に、折れた刀なんだけどな。刀の先の方が折れたんで、研いでもらう形で修復をお願いしてたんだ。なんだかんだで霊刀はあった方がいいだろ?」
鞘から取り出して刀身全てをその瞳で確認している羽衣であった。
「俺のお下がりのうえ、修復品で悪いけど――」
「いえ! ありがとうございます! この刀がいいです!!」
めっさ気合が入ったお声でお礼をしてくれている。
「まあ……風薙斎祓があれば刀身の短さは補填が効くだろ?」
「ですね。ふふふっ……」
刀を舐めるように見回して、うっとりとする女子高生。これだけ聞くと危ない言葉でしかないのだが、気に入ってくれて何よりだ。
そんな中、少しばかり俺を責めるような視線を送るレイチェルねーさんが、こちら文句を言ってくる。
「ローラには羽織、羽衣には刀……。あたしにはないの?」
「ねーさん強いだろ? そのトンファーだって、るーばあが術式刻んで作った特製品だし……」
「そうだけど……。むー。じゃあ最初の調査は、あたしと行くこと! 分かった?」
ちょっとばかり拗ねてしまったらしいレイチェルねーさんのお願いの通り、件の廃ホテルの周辺調査に二人で赴くこととなった。
レイチェルねーさんと共に、依頼があった廃ホテルがある砂浜を歩く。5月にも関わらず真夏の様な日差しと暑さ。潮の香りを感じるビーチにてお隣には、黒いビキニをまとったレイチェルねーさんが、俺と腕を組み、ぴったりとくっついて歩いている。
「ねーさん? 水着で、しかも何で腕を組んでいるんでしょうか?」
「どっちか一人だけより、カップルを装った方が面倒事がなくて良いの。例えば――」
さっきから俺ら……というより、ねーさんに対して周囲の人間が視線を向けている。
沖縄には在日米軍関係者が多いとはいえ、連休中の観光客にとっては、ねーさんの様なスタイルの良い外国人の美女に目を奪われてしまうらしい。
ヒソヒソ話の中にはモデルさんなのかとか聞こえてくれる。
その中にあって、どう見ても日本人な俺に対して、羨望と嫉妬が混じり合ったような視線と声がチラホラと投げられていた。
「……最近、こういったのが多い気が……。学校でもだし……」
「仕方ないよね~。学校だと羽衣とローラだって一緒だから、今日くらいは良いでしょ。あたしだけだとナンパされてめんどそうなの」
「遠目からなら俺一人でも良かった気がする」
「不測の事態があった時のために、二人で行動。何があるか分からないからね」
とりあえず、遠目から依頼のあった廃ホテルを眺めてみる。
「砂浜に視線を向けているの霊が何人かいるな……。こっちを見てるってより、見張ってる感じか……」
「それだと集落みたいになってそうだし、中にもかなりの数がいそうだね。どうする?」
「とりあえず……、夜になってから行ってみるか……。話ができるかどうかを試したい」
ねーさんは俺の答えを聞いてにっこりと笑い、今度は飲み物が欲しいなどと言い出したので買いに行くことになった。
ジュースを二人分持って合流したその時、ねーさんが数人の男に囲まれていた。
「ねーさん? ジュース買って来たぞー」
「あっ。ごめんね。あたしはこの子と一緒に回ってるから、ね?」
少しばかり申し訳なさそうに、男達に対して謝罪するねーさんであったが、逃がさないとばかりにその中の一人が強引に腕を掴んでいた。
「もう少しくらい良いだろ? せっかくだから一緒に遊ぼうぜ」
にやにやしながらナンパしている男達であったが、ねーさんの眼が鋭くなっているのは気が付かないようだ。
ちょっとヤバいかもしんない。大事になる前に止めるか。
そんな考えでいたのだが、ねーさん、俺が来ていたTシャツを捲し上げてしまった。
現在、海に入るつもりは無かったので、シャツに半ズボンで足にはサンダルだったのだが、そのシャツの下から昔の古傷を覗かせてしまう。
七年前に兇魔にやられた傷だ。
その傷は腹から胸にかけての巨大な爪で抉られた様なもので、男達は一目でドン引きしているのが分かる。
「あたしと一緒に……、ならさ。この子みたくグリズリーから守ってくれる?」
その一言で怖くなってしまったらしく、連中は退散していった。
「……何がグリズリーだ、何が?」
「似たようなものでしょ? ね? ああいった手合いが来るから単独行動はダメでしょ?」
「あいつらに喧嘩売るかもって冷や冷やしたぞ」
「あたしだって、そこまで短気じゃないよ。とりあえず、美里のお祖父さんの家に戻って夜を待とっか」
その意見に賛成し、沖縄の金城家へ向かって夜までの時間を潰すことになった。




