第117話 沖縄へ
美里さんの家からの帰宅後、俺を含む戦闘要員である対策室若手メンバーが室長室へ招集されていた。
「俺らが全員で呼び出されるってのは珍しいな……。心当たりある?」
「全然。あたしも忍達だって、何かミスしたとかないし、コウと羽衣だってそうでしょ?」
基本的に見習い三人に関して、ねーさんが忍と美里さん。俺が羽衣に付いて仕事を行っている。ローラに関しては俺が実地で色々と教えている状態だ。
新学期から数回仕事をこなしてはいるが、目立ったミス等は無かったはずなのだ。
「全員集合したか。……どうした?」
「あ、いや。こうして集合するのは珍しいな……と」
室長室に足を踏み入れた師匠が、俺達のおかしな雰囲気を感じ取ったらしく、不思議そうな表情を浮かべていた。
「今回の案件には、全員で当たった方が良いと判断しただけだ。おかしな心配をしなくていい」
「それって……、俺とねーさんを揃えるべきという判断をしたって事でもありますよね? もしかして、かなり厄介な案件では?」
新学期が始まる前、地方で大量に出現した土蜘蛛の退治のために俺達が派遣された。その際には問題なく任務を終えたのだが、それは俺とねーさんの二人が揃っていたからだ。どちらか一方だけなら、手こずっていた可能性もある。
「そう焦るな。これから説明をする」
いつもの様に自分の席にかけて、今回の案件の説明をしてくれた師匠だった。
「沖縄……ですか?」
「ああ。とあるホテル……、今はもう営業していない廃ホテルなのだが、そこに多数の霊が出るという事でな。それらを祓って欲しいというのが今回の案件だ。もうすぐゴールデンウイークも始まるから、丁度いいだろう」
「対策室に依頼が来るってことは、地元の人達で解決できなかったって事でしょうけど……、わざわざ廃ホテルをどうにかって……?」
あまり良い予感のする案件じゃないような……。
俺が怪訝な表情を浮かべていると、それを察してくれたのか追加で説明をしてくれた。
「功、考えている通りだ。そのホテル、大手ホテルチェーンが土地を買い取り、修繕と改装をする予定なのだが、霊のせいでそうもいかないらしくてな。それで、その会社から献金を受けている――」
「政治家の先生から直々に対策室へ依頼が来たって訳ですか?」
「ああ。お前としては、あまり気乗りしないかもしれんが。ただ今回は、その先生とも関わるとかではないからな?」
非公式とはいえ国の一機関である対策室だ。そういったしがらみもあるので、この年になっていちいち気にしても仕方がない。
「了解しました。万が一があってはならないので、こうして全員を集めたんですね?」
「そういうことだ。幸い、金城君は沖縄出身で、その辺りにも覚えがあるらしい。案内役も必要になるだろう?」
「わたしで良ければ……構いません」
美里さんは快諾してくれてたのだが、もう一つ問いたださなければならないことがある。
「師匠……、いえ室長。そういった重要な案件であれば、俺達若手だけじゃなく、月村さんか美弥さんも同行するんですか? それなりに実績のある人間も必要になりますよね?」
「それについては、お前がいる。中学入りたてから今まで。そして先日の正月での実績はこの業界では十分すぎる。先方も納得しているよ」
むかーし、前室長に言われた事が実を結んでいるのは、正直嬉しい。とはいえ、もうすぐ二十歳になるレイチェルねーさん以外は未成年で当たることとなるのか。
「では今回のリーダーは兄様ですか?」
「誰が先導役をするかは、お前達で決めればいい。若手だけでも任務をこなす経験も必要になるだろ。問題はないな?」
この場に集まった全員が顔を見合せてアイコンタクトをする。どうやら考えは一致しているようだ。
「了解しました。では連休が始まり次第、現地へ出発します」
「ああ。済まないが頼んだ」
そうして俺達若手メンバーの沖縄行きが決定したのであった。
「ワーシーもーいーくーのーじゃー!」
「本来は部外者だろ、この偽ロリ!」
「ローラだって行くんじゃろ? だったらワシが同行しても問題なかろうが!」
自宅にて、若手メンバー沖縄行きの話を偽ロリに明かした瞬間、床に転がりジタバタしながら自分も行くと駄々を捏ねている。
「子供か!? アンタは!」
「ワシも沖縄行って、古酒を飲みながら、ミミガーとかアシチビチとかラフテーを食べたいんじゃー! サーターアンダギーだって食べたいのじゃー!」
「結局は酒飲みたいだけじゃねえか!」
解説しよう。古酒とは沖縄の名物、泡盛を三年以上寝かせた酒である。
ミミガーは豚に耳を茹でて千切りにして酢の物にした料理。アシチビチは豚足を大根や昆布等で煮込んで醤油で味と整えたもの。ラフテーは皮付きの豚の角煮である。
「それに沖縄は長寿が多いんじゃ! そういったものを食べているのも要因かもしれんから、ワシも同じのを食べてあやかりたいんじゃ!」
「るーばあ、十分に長寿だろうが!」
どうしたもんかと、困っているとスマホの着信音が鳴り響いていた。画面を見ると、彌永さんの名前が表示されている。
「おーい。こないだ、お前が刀匠に頼んだヤツ、できたって連絡来たぜ。もうすぐ沖縄行くって聞いたが、そっちに送っておくか?」
「ええ。そうして貰えると助かります。丁度よかった。彌永さん、すいませんがゴールデンウイーク中、うちの偽ロリ引き取ってもらえませんか? ついてくるって駄々捏ねてて」
「彌永! きっぱりと断るのじゃ! 沖縄がワシを呼んでおるのじゃああああ!」
「彌永さん! 今からでも良いですから、迎えに――」
――ピッ!
「この偽ロリ、通話切りやがった!?」
そんな騒動が自宅にて繰り広げられている中、電話に応えていた彌永さんも困惑していたらしい。
(あいつら……、何やってんだ?)
通話が終わり、ツーツーとなっている音を聞きながら、どうしたら良いか分からずに立ち尽くしていたようだ。
「それにの……。お主もワシの事を言えんじゃろ?」
偽ロリが指差した方向には、沖縄の名物や名所が記されたパンフレットや仕舞っておいた水泳用の道具一式を入れたバッグだった。
「……仕事が終わった後の指定はないからな」
目を逸らしながら、そんな言い訳をしていた一方で女子達はというと、これまた色々と相談をしている。
「水着は夏が近づいたら新調しようと思ってたんだけどなー。胸がきっつくなってた!」
「わたしも買いたいので、一緒に行きましょうか。ローラさんも行きましょう」
「うん。……でも、お仕事だけど……良いの?」
「いいのいいの! せっかく南国に行くんだからね!」
はい。女の子チームも沖縄に発つ前に水着を調達する話でまとまったようだ。
「コウも行く? お姉ちゃんの水着選び手伝って!」
「いや……。俺は色々と調べたい事があるから遠慮する」
「ちぇー。ま、いいや。三人……、美里も誘って四人で行こー!」
もうウッキウッキになってしまっているレイチェルねーさんを止めることはできないだろう。
とはいえ、少しばかり釘を刺しておくのも悪くはない。
「……一応、ねーさんが一番の年上……、駄々捏ねロリは除くが、そういった立場だからな?」
「コウもでしょ? あたし、日本での実績はそこまでじゃないから、そういった意味だとコウ頼りだからね」
これでも対策室の一員として、日本中を周っていたこともあるのだから自分もしっかりしなくてはいけない。
ねーさんとの会話でそう考えてしまう。
「ふむ……。やはりお主をあやつらに預けたのは正解だったの。良い顔をするようになった」
「……褒めても連れていくとは限らないぞ? 経費だって限りがあってだな……」
「別に良いぞ。ワシは勝手に行くだけじゃ! そういった事も考慮して金を稼いでおるからの!」
偽ロリさん、もう同行は決定事項らしい。
「分かった。分かったから、おかしな事はしないでくれよ?」
「ワシは口も手も出す気はないからの。沖縄を楽しむだけじゃ!」
こうしてゴールデンウイークが始まると同時に、俺達は沖縄へと旅立つこととなった。




