第116話 師の指摘
自身の師から告げられた絶望的な一言。周りで耳にしていた俺達でさえ、固まってしまっていたのに、当の本人にはそれ以上に絶句してしまっているのが、忍の顔を見ただけでまざまざと理解できてしまう。
「し……師匠……それ……」
何とか言葉を捻り出そうとしていた忍であったが、それ以上はどう言えば良いか、そんな状態であった。
「あー……。すまん。やっぱ俺は口下手だな。じゃあ言い方を変える。お前と彼では格闘家としてのタイプが違いすぎる。彼を参考にしても、お前では同じ様には動けないだろう」
仁悦氏からの指摘で少しばかり冷静になれたらしく、深呼吸してから、真っ直ぐに自分の師を見据え、言葉を返していた忍であった。
「そのタイプが違うって言うのは……?」
「坂城君だったか。彼と立ち合って分かったが、相手の攻撃を見極めて、捌きながら隙を見つけて攻めに転じる。要は後の先を得意としている」
確かにその通りだ。これまで格闘技能を身に着けるにあたり、格上と組手をすることが多かったのもあるが、そういった戦い方が自分には合っている自覚はある。
「だが、お前は自身から攻めて相手の隙を作り、渾身の一撃を放つ先の先が合っているだろう?」
「それは……そうだけどよ……」
「だというのに、彼の様に見に回った挙句、そこからの攻めを一瞬だけだが頭で考えてしまっている。その一瞬、お前の動きが悪くなってしまっていたんだよ」
その指摘に忍は目を逸らしてしまう。
「そうなった原因は……、本人には心当たりがあるようだから、敢えて言わないでおく。あとはお前次第だ」
「お父さん? もう少しちゃんと指南しても良いんじゃ……」
言いたいように言って、それで終わろうとする自身の父親に苦言を呈している美里さんに、仁悦氏は溜息をつきながら立ち上がる。
「はあ……。忍、お前に向いてるのは、真っ直ぐに貫き通すことだ。それを突き詰めて見せろ。坂城君、済まないが、防御のための構えを取ってくれないか?」
その指示に従い、捌くでも避けるでもなく、攻撃に堪えるため両足を広げ、彼の拳を受けるため両腕を十字に組む。
「忍。よく視ておけ」
その一言と共に、仁悦氏は正拳突きの構えを取る。
「ふぅううう……」
そのまま独特の呼吸と共に視えたのは、彼の拳に集まっていく魔力だった。
……ちょ!? 何だコレ!?
驚愕しつつも自身も収斂を行い、神気を防御のために組んでいた腕へと全て集中させる。
「はっ!!」
裂帛の気合と共に放たれた正拳突きは、俺の腕に触れるだけに留まっていた。外見上は……だが。
その攻撃を間近で視てしまった俺は思わず彼に対して、質問を飛ばしてしまう。
「美里さんのお父さん……、術者だったんですね?」
「「「えっ……!? ええっ!?」」」
その一言に、俺と仁悦氏以外の人間から驚愕の声が上がっていた。実の娘である美里さんですら、その事実は知らなかったらしい。
「正確には少し違う。術者は俺の親父の代で店仕舞いしている。とはいえ、その親父にガキの頃から色々と仕込まれてな」
「おじぃ……が? そうだったの!?」
「言う必要もないと考えていたんだが……な。美里と忍が色々とやっているのは勘づいていた。何事も無いようなら、黙っていようとも」
実の娘にすら明かしていなかったらしく、彼女も困惑していた。
「何で……おじぃは辞めちゃったの?」
その疑問に仁悦氏はチラッと俺の方を向いていた。おそらく、こちらに気を使っているのかもしれない。
「俺らの事は気になさらず。大体は予想できますから」
その言葉に頷き、仁悦氏は答えを口にする。
「有体に言えば……、術者ってのは儲からん。大多数は表で普通の仕事をしながら、裏でやってんだ。ウチもそうだった」
「それって……、じゃあこいつらは!? 普通に生活してるぜ?」
忍の言い分ももっともだ。少なくとも俺達は生活に困窮しているとか、そういった事は今のところはない。
「ウチらって、国のお抱えなんだよ。要は公務員と同じ立場だから、生活に困るような事は基本的にない」
「その分、メンバーに加わるためには、それ相応の実力が必要になるってわけだね~」
俺の受け答えに、ねーさんも追加で解説をする。
「さっき美里さんのお父さんは儲からないって言ってたけど……、例外は一応ある」
「それってどんなの?」
ローラも興味が出て来たらしく、話に加わっていた。
「お金持ち……、財界とか政界のお偉いさんに個人的に雇われるとかかな? そういった人達だと場合によっては対策室より収入は多いかも。それにしたって、やっぱりそれなりの実力が必要になる」
「コウは……そっちには興味ないの? すごく強いのに?」
「あっち系はなあ……。戦闘より、政敵とかライバル企業からの術的干渉の防御が主で……。それは良いんだけど、何て言うか……内部がドロドロし過ぎていて、ぶっちゃけ戦闘とは違う意味で怖い」
目を背け、吐き捨てるように説明をしてしまったのだが、その様子で特に大人の仁悦氏は色々と察したらしく、優しく声を掛けてくれた。
「坂城君も……、色々と経験してんなあ……。大変だったろ?」
「その辺は……、うちの師匠とか前室長が、あまり関わらせないように気を使ってくれたみたいです。子供に見せるもんじゃないみたいな感じでした」
「とはいえ……だ。さっきの言い方だと全く関わらなかったわけじゃないんだろ?」
「ですね~。あんなのやるくらいなら、現場で戦闘だの霊や怪異のお悩み解決してる方が気が楽ですね」
俺の得意技は防御や捕縛系なので、実際は今まで依頼された中にそういったのが無かったわけじゃない。
そこはさっき説明した通り、師匠達がうまくやってくれていた部分も大きいのだ。
「それよりもさっきの打撃……。『裏当て』ですか? 名前だけは聞いたことがありますけど、実物は初めて見ました」
「本来の裏当てとは別物だがな。ウチの流派に伝わっている対妖怪用の秘伝みたいなもんさ」
『裏当て』――拳が触れた部分から衝撃が突き抜けると言われる打撃。達人が行えば瓦割りで一番下の瓦のみを破壊したり、人体でもその衝撃が貫通し、拳を受けた部分ではなく、背中側に痛みが走ると聞いたことがある。
確かに衝撃は貫通しなかったが……、おそらく本来の用途は……。
先ほどの打撃に関する考察を行っていた傍らで、仁悦氏は忍に対して鋭い視線を向けていた。
「さて、忍。さっきのは視たな?」
「は、はい。しっかりと!」
「お前の実力なら、さっきのを修得するのは難しくは無いはずだ。目に焼き付けたなら、常にそのイメージを持って稽古に当たれ」
「押忍!」
今まで知らなかったとはいえ、この世の中にはまだまだ自分には及ばない方々がいるのに驚嘆していた。
「今日はありがとうございました。身が引き締まる思いです」
「こちらこそ良い経験をさせてもらった。いつでも遊びに来な。美里が小学校で宣伝して入門したチビッ子達に柔術を教えたっていいぜ」
「俺はまだそこまでじゃないですから」
などなど、和気あいあいと世間話をしている一方、レイチェルねーさんも仁悦氏に対して興味津々の様だった。
「美里のお父さんも凄いねー。術者でもないのに、ここまで鍛え上げるってなかなかできるものじゃないよ」
「まだ若いのには負けられないからな。それに……」
何やら事情がありそうな雰囲気の仁悦氏は更に続ける。
「俺を倒せる男でなければ美里は嫁にやらん! その時のために鍛錬を怠るわけにはいかんのだ!」
「お父さん!? いきなり何言ってるの!?」
突然の宣言に美里さんは大慌て。俺はというと、忍の肩をポンっと叩きにっこりとしながら、彼へと語り掛ける。
「だってさ。頑張れよ」
「おい!? 何でこっちに振る!?」
だってなあ……。どう見てもそうだろうなあ……と。
男二人でわいわいやっていると、今度は羽衣が美里さんに、アドバイスをしている。
「美里さん? もし倒せなくても既成事実を作れば大丈夫ですよ。認めざるを得ませんから」
「羽衣さんも何言ってるの!?」
俺の方に視線を向けながら、とんでもない発言をしていた羽衣であったのだが、一応注意を促す。
「あのな? そういった発言は慎んでな? はしたない娘だと思われるぞ?」
「はあい。気を付けまーす」
俺だって対策室ではこの娘の指導役でもあるので、このくらいの注意はしておくべきだろう。
それから少しばかり金城家で過ごした後に帰宅した。自宅に着いてすぐ、師匠から呼び出しが掛かったのであった。




