第114話 一件落着?
斎藤さんを己の物とすべく玃が彼女に手を伸ばす。それは己の本能に根差すものなのか、それとも彼自身の想いによるものなのかは知る術はない。
だが、その玃の瞳に映っていたのは、ヤツから斎藤さんを守るように自分を盾にするかの如く、彼女を抱きしめていた部長さんであった。
その姿に一瞬だけ、玃の動きが止まる。
「もう止めろ……。この刀、鞘に納められた状態でも、お前を祓うのは訳ないくらいの代物だ。頼むからもう動くな。でないと斬り捨てなきゃならなくなる」
俺はというと藤本が持っていた竹刀袋を奪い取り、鞘に納められたままの霊刀をヤツの喉元へと突き立てながら、小声で警告を発していた。
このままでも結界を破壊するくらいの物なのだ。俺が少し神気を込めれば言った通りになるはず。
(見えなかった……)
(兄様……。いつの間に!?)
ローラと羽衣の二人は目を見開いて動けなくなっていた。
当の玃も先程までとは全くの違う俺の雰囲気に微動だにできなくなっている。
そんな中、傍観者に徹していた夜刀神は威厳に満ちた声で玃に対して語り掛けていた。
「そこの。あれを見るといい。どうだ? 貴様より圧倒的に弱い人間が、女を守るために身を挺しているのだ。貴様にそれが出来るか? この小童が先程の貴様と同じことをしたとして、自分の伴侶を守れるか?」
夜刀神の声は、この場では俺と玃にしか聞こえていないはず。
「よいか? 確かに貴様は強かろう。しかし! 自分の大切なものを守る強さではない。それを持たん貴様は、心の強さではあの部長にも劣る!」
「ウ……ウウウ……」
そのまま玃は、大粒の涙を零しながら泣き出してしまった。それだけでなく、背を向けてもう諦めたとばかりに何処かへと消えて行ってしまった。
「とりあえず……、イエティはどっか行ったから、もう大丈夫そうだぞ」
「そ……そうか。咄嗟に彼女を庇ってしまったが、何事もなくて良かった……。ははは……」
安心してしまったのか部長さんは腰を抜かして座り込んでしまっていた。
「ふむ。これにて一件落着――」
「いい感じに締めようとするなよ。元はと言えば、お前がこの場に来たのが、ややこしくした原因だからな?」
「我としては、良いものを見せてもらったので大満足なのだが?」
「お前……、やっぱわざとここに来たんじゃないだろうな?」
その指摘に夜刀神は目を逸らしていた。どうやら図星らしい。男女の尊い姿を見る為に人間社会に潜伏していた奴なのだ。このくらいはやりかねない。
そうして、戦闘態勢を解くと今度は藤本が、俺の肩に手を置きながら話しかけてきていた。
「坂城、とりあえず刀を返してくれないか?」
「あっ……。すまん、咄嗟にやっちゃった。てへぺろ!」
「てへぺろ! じゃない。何事も無かったから良かったが……、やっぱり警察に届けた方が良くないか?」
「だな~。一応届けるか。イエティ出たって。流石に動いてくれるかは怪しいけど」
遠い眼をしながら、そんな受け答えをして、一緒に近所の交番に向かったのだが、結果は予想通りで相手にはされなかった。
誰もスマホで撮影していたわけでなく、証拠となる物も存在しなかったのも大きかったのだ。
そこから数日後、今回の一件に関わった俺達三人は、対策室へと呼び出されている。
「町中でUMAが出たと噂になっているが……、経緯を説明してもらおうか?」
対策室トップである神屋師匠、いつも柔和な表情を崩すことは少ないが、今回ばかりは顔が引きつっている。
「色んな人間や怪異の事情が交錯した結果です。あそこまで不運な状況が重なったのは初めてかもしれません」
実際、俺は最善を尽くした。人とも怪異とも余計なトラブルを起こさないように、話し合いでどうにかしようとしていたのは事実だ。
その経緯を懇切丁寧に報告すると、師匠は溜息をつきながらも、いつもの雰囲気に戻ってくれていた。
「あと、夜刀神はこの通り捕獲しましたので、後で先日行った場所に引き渡しますね」
俺の足元には結界付きの籠に入れた夜刀神が、ここから出せと騒ぎ立てている。
「わたしの初仕事……、散々でした。変なのにプロポーズまで……」
「まあまあ。今回は不確定要素が多かったしなあ……。 部長さんのイエティ出た発言が良い隠れ蓑になってくれた」
うまいこと怪異の存在を隠せたことに関してだけは安堵していたのだが、今度はローラが困ったような雰囲気を出していた。
「でも……、わたし……学校で大変。イエティってどんなだったとか。部長さんが色んなとこで言いふらして、部活勧誘でも大声で宣伝してたから……」
「おう。俺もだ。俺のクラス評価が曲がりくねったカーブみたいに、おかしな方向に行ってる」
曰く、今度はUMAに遭遇したラッキーボーイだとか、そのUMAに膝蹴りくれて黙らせたとか。生物研究部の二人だけでなく、無関係な剣道部の藤本も証人となっているのが、その話題が拡大するのに一役買っていたのだ。
大体が真実なので否定もできない。そして、そのおかげか生物研究部にも入部希望が殺到しているらしい。
「こういった場合もあるか……。霊刀も手に入れられなかったし……」
「その件なのだが、その刀の持ち主が、それについての詳細を知りたがっていたらしい。刀剣の鑑定や神社に持ち込んでいるようだ」
それはまた何でだ?
その疑問を察してか、師匠が説明してくれた。
「その80年前と今回。おかしなのに出会ってしまっているから、何かしらの縁起が悪いものかもと思ってしまったらしい。持ち込まれた神社から情報があった」
「そりゃ不安にもなりますか。それで、鑑定の結果は?」
「ふむ……。こんなところだ」
師匠が差し出してくれたメモを確認する。
「鎌倉時代の古刀で……、鑑定額は……がっ!?」
「コウ? どうしたの?」
訝し気なローラに対して、すっとそのメモを見せてみる。数字を見るくらいなら普通に理解してくれるはず。
「この値段……。こないだコウが見せてくれたのより凄い……」
あの霊刀のお値段、俺の想定よりも桁が一つ多いのだ。るーばあにお金を借りても、とてもじゃないが支払えるものじゃない。
「鑑定額が出ちゃったなら、格安で譲ってもらうのも無理か……」
「まあ、そう言うな。その刀だがな……、持ち込んだ神社に奉納されることになったらしい。元々、刀を見つけたのは無人の神社だったらしいが、戦後に別の場所に立て直されていたようで、持ち込んだ神社が偶然にも……」
「その立て直された所だったと?」
「持ち主としても、そうするのが筋といったところなのだろう。あとは高額過ぎて家に置いておくのを躊躇ってしまったかだな」
その説明を耳にして、ちょっとだけ悪い事を考えてしまう。
「功、一つ言っておくが、その神社と交渉しようとかは考えないように」
「緊急時にレンタルとか……」
「それでまた折ったりしたら、弁償できんぞ。この金額」
影ながら怪異と人間の間を取り持っている組織の一員なのに、凄まじく世知辛い。というか、師匠には俺の考えていることは、お見通しらしい。
「予備用の他に、できれば羽衣の刀にでも……、と思っていたのですけどね」
「兄様!? そうだったのですか!?」
実際、怪異相手に効果のある武装はあった方が良いし、俺と組むことになったので、そのくらいはしてあげたいのだ。
「あともう少し待ってくれ。刀はどうにかする」
「はーい」
少しばかり気の抜けた返事をしてしまったのだが、その後は確保した夜刀神を元の場所に戻してやった。
すると地元の怪異達からは凄まじく感謝された。しかしながら放浪していた夜刀神としては戻りたいと思っていなかったらしく、俺達が帰るまで、たらたらと文句を言い続けていたのでした。




