第113話 玃(やまこ)の捕獲
ローラが絡みつかせた『糸』を辿って、玃を追跡する。武器になりそうな物が欲しいところではあるのだが、下手に毎日来られると厄介どころの話ではないので、今夜、決着をつけるのが最善だろう。
歩いている最中、ふと隣を歩いているローラに目を向けてしまう。
格闘系の技能はともかく、修行を始めてまだ半年。それで魔力糸の構築から維持まで一人でこなしている……か。俺もレイチェルねーさんも半年でどこまでできた?
少なくとも、ここまでは無理だったはず。
「どうしたの?」
「いやー……。ローラも度胸がついたなあ……と。感心してた」
「だって……。色々あったし……」
あんな事件の渦中にいたのだから、そうなっても不思議ではない。とはいえ、本心を口にできないでいた。
「ま、とりあえず近いな。もうすぐ奴さんとも会えるはずだ」
歩くこと十数分。人気のない高い木がそびえ立つ公園へと到着した。おそらくはここに姿を隠していたのだろう。
俺らが足を踏み入れると同時に、剣呑な気配でこちらに姿を現した玃がいたのだ。
念のため、人除けの結界を構築して人目につかないようにする。
「なあ……。人語が分かるなら、話しをしないか? 俺的には争いたいわけじゃないからな?」
「…………」
それに対して相手は無言。ただただ俺を睨み返すだけであった。
今度は羽衣がヤツに語り掛ける。
「わたし達も鬼ではありませんから、斎藤さんを狙うのを止めていただければ、これ以上は何もしませんよ」
「オデ……」
羽衣が話した途端、反応を示している。俺は蹴ったりしたので気に食わない存在なのかもしれない。
「ナラ……。ドチラカ、オデノヨメニナレ」
「「は?」」
羽衣とローラが同時に素っ頓狂な声を出して、ぽかんとしてしまった。
玃さん、出会って二度目で二人に対してプロポーズ。一目会ったその日から……なんて事ではないだろうが、一応は話し合いに応じてくれると安心していると、ローラは俺の右腕、羽衣は左腕をそれぞれ組んでいた。
「それは絶対にダメです。見ての通りですので」
「ごめんなさい。わたしとコウは親同士……、ルーシーは親? にはならないかもだけど、将来の約束をしているから」
二人共、いきなり何してますか!?
二人の答えを耳にした玃さんは、先ほどとは比べ物にならない怒気を発して捲し立ててくる。
「オマエカ……! オマエノセイカ!!」
ねえ? これって俺が悪いの?
「ヒトリクレタッテ、イイダロウガアアアアアア!」
もう許さんとばかりに、咆哮を上げながら玃は俺へと突進する。
「とりあえず、二人共離してくれ! 腕組まれたままだと迎撃できないから!」
二人にそう懇願すると、目を見合わせながら示し合わせたように、こくんと頷くと俺から離れて一歩だけ足を前に進める。
ローラは篭手に更なる魔力を込めて数多の『糸』を作り出して、それを実体化させながら、周りの木々へと括り付けて玃の進行方向に蜘蛛の巣のように張り巡らせる。
そして羽衣は、持参していた木刀を構える。
「ガッ……!?」
玃はローラの糸によって四肢を拘束され、身動きできない状態となってしまっている。
……『糸』の強度……、ヤバくない? 玃の腕と足に食い込んでるよ!?
「はっ!!」
羽衣は裂帛の気合と共に、奴の脇の下に木刀による一撃を叩きつける。
「ウウウッ……」
玃さん、痛いというより悲しい感じがする声を漏らしてしまっていた。その一方、彼を相手していた女子二人は静かに近づいていた。
「一つ言いたいのですが……、わたしは物ではありませんよ……。くれるとか……、そんな事を言う様な方は、例え人間でも容赦はしませんからね?」
「そうだよ。そんな言い方されたら、誰だって嫌なんだからね。そんなのだと誰からも相手にされなくなるよ……」
彼女らの背中しか見えていない俺には、二人の表情を伺い知る術はない。しかし、静かながらも威圧感のある声色で何となく察しがついてしまう。
その証拠に玃さんも、恐怖からか小刻みに震えている。
「おーい。とりあえず、これに懲りたら――」
「ぺっ!」
俺も玃さんの近くに行き、説得を試みようとしたのだが、俺の顔を見た途端、ヤツは唾を飛ばしてきていた。
「……」
無言のまま、拳をゴキゴキと鳴らして奴の顔目掛けてアイアンクローを繰り出すと、呻き声をあげている。
四肢を固定されている奴には抵抗の手段が存在せず、なすがままにされているのだ。
「ウガガガガガッ!?」
「うん。とりあえず、気絶させてから簀巻きにして山に放り出そう」
無表情でそう口にすると、女子二人はドン引きしている。
「ズルイゾ……。オデハ、ヒドイコトスルキハナイノニ……」
「いや、さらって無理矢理、婚姻しようとしてる時点で割と――」
「ぺっ!!」
またしても唾を飛ばしたヤツに対して、肘の裏にあるツボに親指を思いっきりめりませてやる。
「イダッ!? イダダダダダダダ!?」
「猿の怪異だけあって、急所は人体とそう変わらないのかな? 去勢すれば諦めもつくか?」
「きょ……せ!?」
「コウって……やっぱり容赦ない……」
俺の一言にて、女の子達は後退ってしまっている。
「……っ!?」
その時、公園に張った結界が何者かに解かれた感触があった。人除け程度なのでそこまで強力にしてはいなかったはずだが、想定外も良いところだ。
「……二人共、警戒しろ。誰かが結界を壊した」
警戒して声のトーンが低くなっていたのを聞き取ったらしく、羽衣とローラも真剣な表情となっていた。
そうして姿を現したのは、見知った人物達であった。
「ツチノコォ! どこだーーーー!!」
「部長……、そんな大声出さなくても……」
「そうだ。今日は何なんだ? イエティだのツチノコだの……」
えー……。何でいるのさ。生物研究部の二人と藤本……。ってか常人に結界を破壊できるはずはない。誰かが術者なのか……?
「そこにいるのは坂城君達じゃないか! ツチノコは……? いや、そこにいるのはさっきのイエティ!?」
「おわ!? マジだ!?」
どーしよ。これ……。どうやって誤魔化す……。いっそ全員気絶させて夢と思わせるか。
これからの対処を思案していると、下の方からまたまた知った声が聞こえてきていた。
「小童。あの玃……、何故に悲し気な雰囲気となっておる?」
目だけ動かし、下方に視線を向けると胴の部分が平たい蛇のような姿の何かが這いずっている。おそらく、部長さんはこの夜刀神の化けた姿をツチノコと勘違いしてしまったらしい。
「……何しに来た!? しかもあいつらまで連れて。しかも結界を解いたのはテメエか!?」
「それは誤解だ。夜の散歩に出ていたところ、部長とやらが化けている我を見つけて、逃げた先にお前達がいただけだ。しかも結界は、もう一人の男の持っていた霊刀で無効化されてしまったようだ!」
「ようだ! じゃねえよ! どうする気だコレ!?」
思わず夜刀神に対して叫んでしまう。そうしているうちにも彼らは俺らの傍まで近づいていた。
「坂城君。何故、イエティがここに!? しかも落胆したように俯いているじゃあないか!」
「坂城先輩、もしかしてイエティの探索を!?」
斎藤さんの予想は当たらずとも遠からずといったところではある。そして彼女が玃の目の前に来てしまったのが仇となった。
「ヨメニナレエエエエエ!」
その咆哮と共に玃の全身の筋肉が隆起し一回り大きく肥大化している。それに耐えられなくなったローラの『糸』が弾け飛んでしまっていた。
「えっ!?」
玃は、悲痛な叫びと共に彼女を連れ去ろうと斎藤さんに向かって一直線に腕を伸ばしていたのだった。




