第112話 下校時の遭遇
これは何があったのだろう? 昨日は羽衣がローラの部屋に泊まっていった。
現在、朝食真っ最中なんだが二人とも普通だ。昨日の雰囲気からは考えられない程、普通なのだ。
「ごちそうさま。登校の準備してくるね」
「では、わたしも鞄を取りに」
二人が席を立ち、ローラの部屋へと向かって行った後で偽ロリとレイチェルねーさんが興味津々といった感じで口を開いていた。
「何があったんじゃ? あの二人、自然体を振舞っていたが、ずっと牽制しあっておったぞ」
「そうだねー。でもお互い嫌いって感じじゃないから……どうしたの?」
俺の方を向きながら、そんな疑問を投げかけている。
仕方ないので、昨日のあらましを説明すると、ねーさんが困ったような表情を見せていた。
「あたしもその場にいればよかったー。今度は三人でお話しよ」
「そうじゃなあ……。ワシは中立だからの。各々頑張れとしか言えん」
そうしてねーさんは出勤のための準備をして、仕事場へと向かって行った。
「功、その……、玃とかいう怪異については大丈夫かの?」
「まあ、何とかするさ。狙っている人間が分かってるならどうにでもできる」
とはいえ昨日、接敵して一撃入れたので俺の方を狙ってくれると手間がなくて良いのだが。
ヤツは昼間は斎藤さんの監視をして夜に狙ってくるはず。
十分ほどのち、制服姿の二人が居間に来たので、そのまま登校することとなった。その途中に剣道部の藤本、そして生物研究部の斎藤さんと出会った。
「よう、相変わらず両手に花だな」
「他の人が聞いたら勘違いするような言い方やめい!」
にやけながら、からかうようなセリフを言い放つ藤本であったが、もう一人の斎藤さんの方は上機嫌であった。
「先輩! 昨日のチラシ、ありがとうございました。あの後、部長と夜遅くまで通話しながらどれにするか悩んでました~。ふぁあ……」
どうやらかなりの夜更かしをしてしまったらしく、可愛らしく欠伸をしている。
「どれが良いか決まったのか?」
「ですね。今日は沢山印刷して、みんなに配りましょう!」
どうやら作成したチラシは好評であるらしく、今日から本格的に始める部員勧誘への気合を入れているようだった。
「そういや藤本? その竹刀袋……、お祖父さんが持ってた……?」
「ん? ああ。今日な、ウチの顧問が新入生相手に居合の実演するんだよ。ただ、刀の手入れを頼んでたのが遅れているらしくてな。で、ウチにあるのを貸してくれってさ」
「そりゃまた。そっちも勧誘頑張れ。俺は生物研究部の手伝いだよ」
「なんだ。最近はそっちに行ってるのか」
簡単に事情を説明しながら歩いていると、学校の校門が見えてきていたので、そこで中等部のローラ達とは別の校舎へと向かう。
その後は放課後までは普通に授業を受けて、俺達は生物研究部の部室へと集合した。
「さーて。チラシ配りと可能なら部室に来てもらって、色々と見てもらおうか。そして入部届をさりげなーく差し出してサインを!」
部長さんもテンションが高いらしく、何としても部員を確保するといった気合が感じられる。
「そんな悪徳勧誘みたいな事はしちゃだめですよ!」
斎藤さん、あの人の扱いは慣れているらしく、やんわりと注意してくれている。そして、部室にいる夜刀神が俺に向かって語り掛ける。
「小童。監視の目がお主に向いておるが何があった?」
部内を見回すふりをしながら、ヤツの近くまで行き、小声で昨日の経緯を説明する。
「ふむ……。玃だったか。というか……、あの娘を狙うなぞ我が許さん!」
「だったら、お前さんが相手してくれないですか~。そうすれば俺が楽できる」
「この町中で怪異同士の戦いなんぞしたら、貴様ら以外の術者にも気取られて面倒だ。それは遠慮したい」
今の我は傍観者だ。カップリング観察を邪魔すんなとばかりに、俺の提案をスルーしていた夜刀神さんでした。
「まあ、俺とやり合う気なら好都合だ。とりあえず、全身拘束して指の一本すら動かせない状態にしてから、誠心誠意説得をするとしよう」
「小童? 先日見かけた時から感じておったが、貴様は割と容赦ないの……」
何で奈良時代から存在が確認されてる怪異にまでドン引きされなければならないのか。俺は自分にできることを頑張ってやろうとしているだけなのに。
その後、部員勧誘でチラシ配りや興味を持った生徒には、部室に来てもらって色々と説明したりと色々とやってみていた。
そうして下校時刻が近くなり日も沈みかけていた頃、俺達に声を掛けて来た生徒の姿があった。
「よう、そっちも勧誘お疲れさん」
「藤本か。剣道部の居合の実演はどうだった?」
「おかげさんで盛況だったよ。ウチの顧問も毎年これはノリノリでな」
今、彼が竹刀袋に入れている刀で実演をしていたらしいのだが、やっぱり実際に目にすると、あの霊刀を欲しくなってしまう。
術者でもないはずの藤本の曽祖父ですら、夜刀神を退けることができたくらいの業物なのだ。
とはいえ、一度諦めたのをまたとやかく言うもんじゃないか。
「さて、暗くなってきたし、俺らもそろそろ帰るか」
「今日はありがとう! おかげで興味を持ってくれた生徒もいたし、このままいけば部員確保もできそうだ」
部長さんも手ごたえを感じてくれたらしく、上機嫌となっている。
その場に揃った全員で下校しようと、薄暗くなっていた校舎の外へと出てすぐに人影の様なモノが俺達の目の前に現れた。
それは人間よりも一回りほどは大きく、それでいて筋肉質な体格の全身は体毛で覆われている存在であった。
おいおい……、俺だけを狙ってくれば良かっただろうが……!? このタイミングで出てくるか!? 随分と焦ってやがるか。
「こ……これは……!?」
部長さんも奴が見えているというより、伝承からすると実体を持っていてもおかしくはない存在なのだ。
「まさか!? イエティか!? ヒマラヤ山脈だけでなく日本にもいたとは!?」
部長さん大興奮。どうすればいいんだろ、これ。ちなみにイエティとは先ほど部長さんが言っていた通りのヒマラヤ山脈に生息すると言われている雪男だ。
この人も肝が据わってるわー。ツッコみたいけど、それどころじゃないよね。
「ええと、とりあえず下がった方が良いです。めっちゃこっちを……というより、俺を睨んでますから」
昨日、脇腹に蹴りをくれてやったのを恨んでいるのだろう。完全に俺に対して敵意を剥き出しにしているのが見て取れる。
人目のある場所で一戦交えなければならないとか、絶対にやりたくないが、こうなってしまっては仕方ないのだ。
結界や縛魔を使わずにどうにかするしかない。
「兄様、どうします?」
「とりあえず、素手でどうにかするか……。ふう……」
小声で羽衣に受け答えしながら静かに息を吐き、思考を戦闘状態へと切り替える。
それと同時にローラにも耳打ちをして準備をしてもらう。
「…………!!」
玃は一直線に俺へと向かって右手の爪を突き立てて突進していた。自分に対して一直線に来てくれるのはありがたい。
ぱっと見だと、猿の怪異だけに人体と構造は似ている。なら重心の位置も酷似しているはず。
その考えから、ヤツが右手を突き出した勢いを殺さないように受け流しながら、足を払って地面に向いた顔面に膝蹴りを繰り出す。
膝が顔面に激突した鈍い音が周囲に聞こえ、そのままヤツは倒れ掛かる。
一瞬だけ俺を睨み、立ち上がった後で凄まじい脚力で走り去っていった。
「なんだ……今の!?」
「だからイエティだって! 坂城君! 人類代表として戦った感想は?」
「いつの間に俺が人類代表になってるんですか!?」
藤本が目の前の光景に驚愕しているその隣で何故か部長さんと俺のコントが開催されている状態になってしまった。
「コウ、言われたとおりにしたから追えるよ?」
「さんきゅ。ローラも糸の使い方に慣れて来たな」
「コウもレイチェルも『糸』の使い方を色々教えてくれるから」
ウチの偽ロリが昔やってたのを教えていただけなのだが、去年の夏に修業を始めた時から比べたら見違えるようになった。
俺と戦っている隙に玃へと魔力糸を絡みつかせていた。その糸はまだローラとヤツを繋いでいる状態だ。
「しかし……、こういったのって警察に駆け込んだ方が良いのか?」
藤本はこの状況で割と冷静にどうするかを提案していたが、それを却下させてもらう。
「んー。部長さんじゃないけど、イエティ出たって警察に言って信じるか? まあ、今日のところは大丈夫じゃないかな?」
なんて適当な受け答えをしながら、ウチの娘達に目配せをすると、これからどうするかを察してくれたようだ。
「俺らはもう帰るわー。じゃあな!」
そう言いながら、俺達は先ほど遭遇した玃を追跡することにしたのだった。




