第110話 遭遇のち、二人の時間
斎藤さんを見張っていたと思われる怪異の視線が感じた方へと向かう。何が目的で彼女を監視していたのか。ただの興味本位なら良いなあ、などと考えながら夜道を歩いていた。
「コウ? サイトウさんをそのまま帰してよかったの? 監視されてるって……」
「それなら大丈夫。さっきのチラシの見本、うまく隠すようにして魔除けのお札と同じ効果を持つように作ったから」
その説明をすると、ローラは目を見開いて驚いている。
「まあ、この程度はな。それでもって、斎藤さんを狙えないとなると……」
監視していた方角と、対策室で事前に調査していてもらっていた彼女の住所の中間地点あたりに向かう。公園の人に見つからない木の上で、魔除けを作った俺を忌々しい雰囲気を出して睨んでいるモノがいた。
「おーい! そこの怪異。ウチの学校の生徒を監視してた奴か? とりあえず降りてきて話さん?」
危害を加えようとしているかは、まだ分からない状態なので、まずは話し合いから入ってみる。
しかし、こちらに向ける視線から感じるのは明確な敵意。特に俺に対しては今にも襲いかかってくる気配だ。
……戦闘態勢に入るか。学校帰りだから刀はないが……。
気持ちを切り替え、素手で対応すべく構えを取る。その様子を察してか、羽衣も木刀を取り出し、ローラは一歩下がって魔力糸発動用の篭手を身に着けている。
ローラも元旦での怪異襲来から、どことなく度胸が身に付いた感じがする。俺が相手を見据える方を確認して対応をしようとしている。
「とりあえず、三対一の状態だ。大人しく降りてき――」
説得を続けようとしていると、瞬足と例えても違和感がないほどのスピードで俺の目の前へ飛び降りると、無造作にその剛腕の先にある拳を顔面目掛けて叩きつけてきていた。
俺はそれを紙一重で躱し、相手の腕を取りながらヤツが拳を繰り出した勢いを利用して転ばせながら、脇腹に蹴りをくれてやる。
……いきなり俺目掛けて来たか。あの魔除け作ったのは俺と判断したのか、それとも……。
「あれ……? おっきいお猿さん?」
怪異の姿を垣間見たローラが、思わず声を上げている。彼女の言う通り、人間よりも一回りは大きい猿の様な怪異が俺を睨みつけている。
「…………」
その猿の怪異は俺を警戒しながらも、羽衣とローラの双方を交互に観察しているようだった。俺に敵意を向けるのとはまた別のおかしな感じがする。
「おーい。蹴ったのは謝るから、とりあえずお話しない?」
「…………!」
こちらの問いかけには無言。というより、更に怒らせてしまったらしく、鬼の形相で睨みつけられた。
そうしてヤツはそのまま一言も発することなく、闇の中へと消えていったのだった。
一度、帰宅して自室にて先ほど遭遇した猿の怪異について、関係しそうな文献を漁る。
「これだ。狒々、それとも玃か……」
該当しそうな猿の怪異を調べたのは良いものの、ある一文を目にしてしまう。
その様子を察してか、羽衣とローラが口を開く。
「どうしたの? 何か困った事とか……」
「いや……。その……な?」
「兄様?」
二人が困った顔をしている。というか、何でこんな時に限って俺の周りには女の子しかいないのか。
「こいつはさっき見た通り、猿の怪異だ。元は中国から来たとかの話もあるが……。共通するのは、女性をさらうってとこだ」
資料に関しては漢字も多いので、ローラにも分かるように掻い摘んで説明を行っていく。
「でもってな? ……先に注意しとく。セクハラとか言い出さないでくれよ?」
その一言で同時に首を傾げる二人であった。いきなりこんな事を言い出したので、どうしたのだろうといった感じだ。
「でな、奴らにはメスがいないから、そうするらしいんだが……。まあ、なんだ。女性をさらう理由ってのは子供を産ませる為だそうだ」
その言葉を二人が耳にして、最初はぽかんとしていたのが数秒後、顔を真っ赤にしている。
その後で嫌悪感が押し寄せたらしく、ゴミを見るような視線となっていた。
どんなことをされるのかを想像してしまったらしい。
「つまり女の敵ですね、アレ。今からボコりに行きましょう!」
「サイトウ先輩が狙われたのって……」
ローラさん、羽衣と違って冷静なので話しやすくて助かる。
「多分……、部活で山に行った時に、見染られちゃったんじゃないかなあ……。ヤツからすれば俺ら、もしかしたら俺だけかもだけど、自分の恋路を邪魔する不届き者ってとこだろ」
あの怪異がローラと羽衣に対しても、何かを見定めるような視線を送っていたのは黙っておく。
そんなのを口にすると羽衣がこの場から飛び出して行きそうなのだ。
「とりあえず……、羽衣は落ち着いて。追いかけようにも何処にいるかも分からないからな?」
「だって……。その、兄様ならいつでも良いですからね?」
にっこりとしてそう言い放つ羽衣さんであったのだが、とんでもない発言している自覚があるのか疑問だ。
「子供の前で、そういったこと言わない! 流石にどうかと思う」
先ほど言い放ったセリフをローラが耳にした途端、少しばかり……むっとした表情となってしまう。
すると彼女は俺の腕に取って組み付きながら、羽衣に対抗するような視線を送っていた。
「あら。そういったつもりでしたら、今日はローラさんのお部屋に泊まっても良いですか? 色々とお話をしません?」
「うん。そうして。わたしも話したいことがあるから」
そのやりとりをすると、二人はすっと立ち上がり、おやすみの挨拶をしながら部屋から出て行ってしまった。
俺が先ほどの二人の雰囲気に戦々恐々としている一方で、ローラの部屋では二人がベッドに腰掛けながら向き合っていた。
「提案を飲んでいただいて、ありがとうございます」
「ううん。ウイさん、コウをあんまり困らせないで」
ローラが放った言葉に一瞬だけ目を丸くしていた羽衣だったが、すぐさま反論を開始する。
「困るのはローラさんの方ですよね。兄様は困ってませんよ?」
少しばかり言葉に詰まって無言になってしまったローラであったが、羽衣はにっこりと微笑みながら、更に続ける。
「ちょっと意地悪でしたね。わたしはローラさんが嫌いというわけではないですよ。ただ自分が優位なうちに攻めておきたいだけです」
「優位って……」
「だって……、一緒にお仕事することになりましたし、それにローラさんが……数年後、わたしと同い年になると敵わないくらいに美女になりそうですので」
「ふぇ!?」
そんなのを言われてしまい、おかしな声が出てしまったローラであった。
「それにローラさんが狙われる理由も無くなりましたし、許婚だって解消されますよね?」
「それは、まだそのまま。パパとママに絶対に解消しないでってお願いしたから」
今度は羽衣が目を見開いて驚くような表情となっていた。
「本気ですね。兄様なら、こうなっても仕方ないとは思いますが……。昔からそうですし……」
「昔から?」
「ええ。七年前もでしたから」
『七年前』。その単語を耳にして、何を言っているのかを察したローラであった。
「前にあの、凄く怖いお化け……。きょうま? が出た時?」
「はい。あの頃のわたしは……、本当に甘えていただけの子供でした……」
そうして、自分と彼が出会った時のことを語りだしていたのだった。




