第109話 生物研究部のお手伝い
「俺としては、彼の言い分は無視して元の場所に戻せばいいと思う!」
蛇の怪異である夜刀神の処遇について俺の意見を述べると、みんな困ったような表情を浮かべていた。
その中でローラが口を開く。
「でも……、別に悪い事してるわけじゃないでしょ?」
「姿を見た者の一族を根絶やしにする怪異がカプ厨とか何の冗談だよ」
現在、夜刀神は、生物研究部部長と部員である斎藤さんの行く末を温かい目で見守りたいから帰りたくないなどと宣っているのだ。
「それは誤解だ。見届けた後は人知れず去るつもりだ。その80年前に出会った夫婦も子宝には恵まれておっただろ。まあ……、あの時は夫の方に退治されかけて、力を失っていたのも大きいがな」
「退治……されかけた!? アンタほどの古くから存在してるのが!? 普通の人間に? 少し傷を負って退いたとばかり……」
「ああ。あの刀、どんな曰くがあるのかまでは分からんが……、相当強力な霊刀だ。我もあそこまでの傷を負うのは想定外だったのだ」
夜刀神は奈良時代の文献にも登場するくらいの古い怪異だ。そんなのがただの人間にやられそうになるなんて、意外も意外だった。
「それとな……。あの部室とやらにいる女の方、おかしなのに監視されておるぞ。どこかの怪異にな」
「……マジ?」
「部室にいる時には、あの娘に対しておかしな視線を感じるのよ。お前らとて四六時中あの娘と共にいるわけではないから知らんかっただろ?」
夜刀神の言葉は俺達にとっても寝耳に水であった。
「情報感謝します。そっちの件も兼ねて、師匠に報告しに行くか……」
「術者の小童、我はその部室にいた方が良いだろう? 我も娘の見守ることにするからな」
「むー。そちらを見つけて解決って思ったけど、一筋縄じゃいかなそうだなあ……。夜刀神さん。すいませんが彼女が部室にいる間だけでも、斎藤さんの見張りをお願いします」
「あい分かった。しかし小童、お前さんは珍しい人間だな。その五感のあり方は我らに近しい。そのような者は久しく見ておらん」
物珍しい者を見る目で、俺をまじまじと観察している夜刀神であった。
「それ言ったら、そこの偽ロリだってそうだぞ。何百年ごとには産まれてくるんじゃないのか?」
「うーむ……。我の見立てでは……、お前さんの感覚はまた別のための物ではないのかと感じるが……。どうなのだ?」
そう言いながら偽ロリの方を向き、夜刀神は質問を投げかける。
「……三人に遺伝した能力に関しては、最早こやつらの物じゃ。ワシがどうこう言うつもりはない。というより、説明したところで意味は無いしの」
「何だそれ? ルーシー……、三人ってことは俺だけじゃなくて、ねーさんやローラの能力にも関係してるのか? この五感は」
思わずいつもの呼び方ではなく、ルーシーと呼んでしまった。その当人は俺の指摘を聞いて、バツの悪そうな顔をしている。何か失言してしまったような雰囲気だ。
「そのうち……、もし必要となったのならば話してやる。じゃから、今は勘弁してくれんか?」
「……分かった。それより今は斎藤さんを狙ってるってやつを調べる方が先決か」
気持ちを切り替えて、対策室の師匠へと連絡を入れ、そちらへと赴くこととなった。
対策室にて、夜刀神から得た情報を責任者である師匠へと報告する。
「成程……。すまないが、その女の子を監視しているという存在についても目を光らせてくれ。場合によっては戦闘も視野に入れる様にな」
「了解しました。丁度、その部活の部員集めを手伝う約束もしてますし、近くにいれば何か分かるかもしれません」
「まさか怪異探しの依頼がこうなるとは思わなかったが、よろしく頼む」
師匠にとっても意外だったようだ。そして今度は羽衣が困りごとがあるらしく、口を開く。
「あの……。できればですけど……、わたしにも霊刀があれば、戦闘がしやすくなるのですが……」
「それについても色々と当たっている最中だ。悪いがそれまでは実家で使っていた木刀で妥協してくれ。風薙斎祓があれば、それでも十分なはずだからな」
とか言ってはいるが、その木刀にしても御神木の一部を使って作った物らしいので、怪異に対してもかなりの効果があったりする。
「はーい。分かりました。兄様、明日から放課後はそのお手伝いですか?」
「だな。とりあえず……、どうやって部員勧誘しよう!? 何にも考えてない……」
こうなったら、その場のノリで出たとこ勝負するしかないなんて考えながら、次の日の放課後に生物研究部へと顔を出す事となった。
「やあ、君達。よく来てくれたね。そちらの女子は、もしかして入部希望者かな?」
「違います。俺の幼馴染で今年から高等部に通う事になった娘です。部員勧誘を手伝ってくれるそうですよ」
部室に行くと、羽衣の姿を見た部長さんが嬉々として近づいて来る。見ない顔が部室に来てくれたのが余程嬉しいようだ。
「しかし……、どうやって勧誘しようかなあ。この部活って普段どんな事してるんですか?」
「えっとね。部室の生物達のお世話をしたり、場合によっては理科の授業で使う資料を作ったり、山とか川に行って色んな生物の観察もしたりするって」
隣にいたローラが、おそらくは新入生オリエンテーションの部活紹介で説明された事を思い出して喋ってくれていた。
思っていたよりずっと本格的な部活動だったようだ。俺も去年、説明を受けた筈だがろくに覚えていない。というか部活には入る気が無かったので聞き流していた。
「よし、まずは去年の活動をまとめてみるか。チラシを作って分かりやすくして配ってみようかな。そうしれば、あやし……、興味を持ってくれるかもしれない」
「坂城君、怪しげとか言いそうになったね?」
「気のせいです」
そんな部長さんのツッコミを余所にチラシ制作を始める事となった。
「この写真、山の中で撮った物ですか?」
「そうです。意外に思うかもしれませんが、フィールドワークも多いんですよ。この部活」
「わたしの実家にも裏山があります。子供の頃は虫取りとかでよく行ってました」
「良いなあ……。この辺だと遠出しないといけないから羨ましいです」
斎藤さんと羽衣がチラシに使えそうな写真を選びながら、そんな雑談をしている。
「そういったのを前面に出してみるのも良いんじゃないか? 運動部に入りたいとは思ってないけど、適度に運動もしたい……とか。自然と触れ合えるとか」
「坂城君、思っていたよりもちゃんとやってくれているね? もっといい加減な感じになるかと思ってたけど。このチラシにしても、作成途中でもアピールポイントがすぐに分かる」
「こういったのは、細々と書くより、大事なのをバーンと押し出した方が良いんです。色彩も派手過ぎず、それでいて重要な部分は目を引くように……」
何でかこういった事まで、そこそこできるようになっているのは、小学生の頃の月村さん教育のおかげでもある。
あの人のお勉強は一般的な学校のものと、実生活でも使えそうなのを事細かに教えられたのだ。
「兄様、使う写真はこの辺でどうですか?」
羽衣が差し出した写真には、斎藤さんが木の幹にいる虫を真剣に観察している様子が写されていた。
「私の写真を使うんですか!? そこは部長の方が……」
「済まない……。客寄せパンダじゃないけど、女の子の方が見栄えする! 部長さんの写真をざっと見たけど、怪しさの方が勝る!」
その熱弁に部長さんは少しばかり暗い雰囲気になってしまっていたが、実際に斎藤さんの写真を使った方がウケは良いだろう。
そいうった作業をしていると、部室のケースの中に戻していた夜刀神の声が聞こえて来た。
『小童、分かるか? ジッとこちらを見続けているモノの視線が』
その言葉でチラシ作りをしながら、周囲へと意識を向けてみる。確かに、窓の外から何かがこちら観察している様な視線を感じるのだ。
当の俺は何事も無かったように、チラシの草案を作り続けていた。
「さて……、チラシはこんなところか。明日から配ってみようかな。それと斎藤さん、部長さんも、いくつか候補を作ったから明日までにどれが良いか決めて下さい」
そう言いながら、配るチラシの候補を数枚、彼らへと手渡す。
「分かった。明日までには決めておくよ。家でじっくり選ばせてもらおうかな」
部長さんと斎藤さんもその提案を了承してくれたので、部室から退室したのだが、その帰り道に羽衣とローラへと先ほど感じた視線を説明する。
「二人共、夜は探索に出るぞ。やっぱりあの娘、何かに狙われてる」
その一言に二人は頷き、その夜に視線が感じた辺りへと向かう事となった。




