第108話 怪異の回収
現在、平日深夜。先日の怪異達との会談で得た情報に従って、通っている高校の生物研究部の部室へと足を運んでいた。もちろん深夜なので無断での侵入なのだ。
守衛さんをうまいこと掻い潜り、施錠されている扉を開けて部室内へと足を踏み入れる。
「本当に夜刀神がいるのか?」
夜という事で、部室内の生物たちは静まり返っているようだ。部内には俺、ローラ、羽衣がおり、足音を立てないように静かに歩く。
「へびさんも何匹かいるね?」
「どこから調達したんだか。ここの部員も変わったのが揃ってるしなあ……」
相手は蛇の怪異という事で、おそらくは蛇に化けてはいると思うのだが、他の生き物達と同じ様な気配でしかないため、混同してしまっているようだ。
その夜刀神にしても、そういった狙いがあってここに潜伏しているのかもしれない。
「兄様? とりあえず蛇全部かっさらいますか?」
「その微妙に力ずくな言い分は止めような、羽衣」
「とはいえ、うまいこと溶け込んでるなあ……。たしか奈良時代の文献に出る怪異だから、それだけ隠れるのもうまいかもしれない」
仕方ない。あんまりやりたい手段ではないけど、背に腹は代えられない。羽衣の言う通りに部室の蛇を全て持って行ったら明日は事件になってしまう。
「はあ……。すまん、二人共。もし俺が歩くのもおぼつかなくなるようなら、肩貸してくれ」
「兄様?」
「コウ?」
二人が俺の言葉を聞いて顔を見合わせている。どういったことなのかと考えているはずだ。
一方の俺は目を閉じで自分の認識を意識の内へ内へと沈み込ませていく。その中で頭の中に浮かぶのは遠い日の叱責。
――止めなさい! お願いだから止めて!
――■■■! 何でそんなことばかり言うの!!
その記憶を越えて、あの魔女と同等の能力を一時的に開放する。
「ΘωЗπλ……」
「λΔЯ!」
「ИφΛЖШ?」
この部屋で飼われている生物達の理解できない声が聞こえる。大半が寝静まっているとはいえ、夜行性らしい数匹が俺達を見ながら、何かを話している様にも取れる。
「…………」
その生物達の中にあって、じっとこちらを観察している個体が見受られる。見た目は小さな蛇そのものだ。
そいつに向かって言葉を飛ばす。
「おい!」
「…………」
こちらの声を聞いても無言。普通なら聞き取れなくても何かしらの反応があるはずなのだ。
その核心のもと、目の前の蛇の首を握り籠から引っ張り出す。
「きさ……!? 何をする!?」
「人語を喋れるんなら、最初っからそうしろよ。でないとこうなる。……つぅ!?」
夜刀神の首を握りながら、奴を結界で閉じ込める。その間、激しい頭痛に見舞われていた。
「……とりあえず、家に帰るぞ……」
「兄様、掴まってください!」
「どうしたの!? とりあえず、わたしに掴まって!」
羽衣とローラの二人に助けられて、なんとか自宅に辿り着き、居間のソファに寝そべっている。
「あ~た~ま~い~た~い~……。ぐわんぐわんする~」
その様子を心配そうに見詰めるローラ達であったが、何故こうなっているのか理解できていないようで、少しばかりアタフタしている。
それを見かねて偽ロリが説明を行っていた。
「あー。そう心配するでない。人語を喋れぬ生き物に対して耳を傾けようとすると、こうなるのじゃ。そのうち落ち着くでな」
「それって……?」
ローラが不安そうな表情を浮かべながら、首を傾げている。
「子供の頃はここまで酷くなかったんだけどなあ……。割とすんなり動物とかの訴えが分かる感じだったのに……」
「それは仕方あるまい。それだけお主が大人になったという事じゃよ」
その解説に俺だけでなく、学校に同行した二人とレイチェルねーさんも真剣に聞き入っていた。
「子供のうちはまだ感覚的に物事を理解しようとするじゃろ? 功に限らず、なんとなく分かる……といった感じにの。皆もそういった覚えは無いかの?」
「確かに……。頭で理解しなくても、雰囲気とかで察する感じですね」
「うむ。じゃが、成長するにつれ、頭で物事を理解しようと無意識のうちにしてしまう。すると抽象的な概念を言語化してしまおうとするわけじゃ。普通ではできないことを、功の能力で無理矢理にやろうとすると脳に負担がかかってしまいこの通りじゃ」
それを聞いて一同、困ったような雰囲気となってしまっている。その中にあって、ローラが疑問を持ったようだ。
「あれ? でも……、普段のコウって動物の言ってる事は分からないよね?」
「それの……。こやつ、レイチェルやローラの様に自分の能力をコントロールできん。じゃから、普段は制限をかけるような形にしておるのよ。それを一時的に開放ししたのじゃよ」
その解説に続いて、俺も口を開く。
「ってか、るーばあは前に犬の言いたい事を理解しても平気だったよな? 何で?」
「ワシがどれだけ生きとると思っとる。もう慣れたわ」
「慣れでどうにかなるのか。この頭痛は」
「ふつーの人間でいる限りは無理と考えい。それよりもあまり多用するでないぞ? 動物達というのは言葉を話さぬ分、訴えが激しいからの。それを受取ろうとすればこの通りじゃ」
「へーい」
しばらく話して頭痛が落ち着いてきたので、起き上がり捕まえた夜刀神へと向き直る。
「さーて。俺達はお前を探すように依頼を受けた者だが……、元の場所に帰ってくれるな?」
「断る。こちらには見届けねばならぬことがある」
見届けなければならないこと?
「何か……、怪異の長としての務めですか? もし厄介な事なら手伝いますよ。そういったのも仕事の内だし」
夜刀神の言葉をみんなに伝えつつ、羽衣を始めたとしたメンバーに目配せすると、頷いてくれた。
「いや……、世話になっている者達の行く末を見届けたいだけだ。断じて三食昼寝付きの生活が良いとかではないので、勘違いしないように」
「誰もそんなこと言ってねえよ! ……って世話になってるって、生物研究の二人か?」
「ああ。あの二人がどうなるのかを近くで見守っていたいのだ」
それはまた……、ここまで人間の生活に興味を持つ奴も……、最近じゃ珍しくもないか。天狗氏とかいるし。
「あの部員の二人、お前さんが興味を持つ何かがあるのか?」
「ありふれた事だよ。だが、今の我には何よりも大切なのだ」
懐かしむように、小さな蛇に化けている夜刀神は思い出話を語りだしていた。
「あれは……、もう80年ほども前になるか……。この辺りも人間達の戦争でボロボロになてしまってな……。それでも何とか日々の生活を送っていた者達を、この姿で見ておったよ。特に意味もなかったのだが他にやることも無くてな」
先の大戦の終戦あたりか……。
「そんな折、一人の女が……、おそらくは自分の伴侶を出迎えているのを偶然見かけた。その数日後、その女に我の本来の姿を見られてしまってな……。叫び声をあげられてしまったのだ。このままだと術者が来て面倒事になりかねんと、逃げるそやつを説得しようと追いかけたのだ」
……あれ? どっかで聞いた話だな?
「その女の伴侶が手を引いて、社のある場所まで逃げてな。偶然そこにあった霊刀でざっくり斬られて傷を癒すのに時間が掛かってしまった。それで我が元居た場所に戻るのができなくなっていたのだ」
「見たところ、傷は癒えているようですが? それ以外にも何か気になることが?」
夜刀神の説明に対して、質問を返す。
「ふむ。それで、斬られた時に見た夫婦の姿があまりにも尊く感じてしまってな……。必死に伴侶を守る男の姿は胸に来るものがあった……。それで思ったのだ。もっと人間の番の尊い姿が見たい……と!」
「……は?」
ヤツの言い分に開いた口が塞がらなくなってしまう。
「つまり、お前さんはアレか? カップルとか、友達以上恋人未満な男女を観察して楽しんでると?」
「ああ! アレは素晴らしいものだ。もっと色々な人間達を見守っていたいのだ……!」
「つーか、今の話、藤本のひい爺さん達の話じゃねえか! その人達を襲ったのは、お前か!」
「襲ったとは人聞きが悪い。80年前とはいえ我々の存在も忘れられてしまっていたのでな。不幸な事故だ」
やつの言い分と、この近辺に残っていた理由を知り、頭を抱えてしまっていた俺達であった。




