第107話 お話合いでの手がかり
駄蛇がここにいる怪異達との挨拶を終え、少しは打ち解けてくれたおかげで、スムーズに話し合いができそうと考えていると、その駄蛇から実体化をして欲しいとの要請があった。
「小僧、蛇の実体化を娘っ子に頼むヘビ。通訳にもその方が良いと思うヘビ」
「はいよ。ローラ、駄蛇の実体化を頼む」
ローラがこくりと頷き、駄蛇に触れると刀に絡みついている蛇が普通の人間にも見えるよに実体化を果たす。この場にいるのは術者のみではあるのだが、怪異の声を聞きとれるのは俺だけなので、自分で通訳をする必要がないだけ、ありがたい。
「こ……これは……!?」
「この娘、この能力のせいで郷里の怪異に狙われていたんです。んで、正月に――」
「もしかして……、先日、対策室が出撃したというのは……!?」
「この娘を追って100体超える外国の怪異が来ちゃいましてねえ。ついでに兇魔まで出ちゃって死にかけました! はははっ!」
「そ……そうでしたか……。はっ……ははは……」
俺があっけらかんと事情を説明しているその横で、ドン引きしている地元術者の男性であった。
その様子を目の当たりにしていたローラと羽衣、特にローラは不思議そうな表情を浮かべていた。
「あの……、あの人……凄く顔が引きつってるけど……何で?」
「ええと……ですね。実は……、ローラさんを狙っていた怪異も後から出た兇魔も、現代の並の術者では持て余す存在なんです。それを兄様達で鎮圧したので……」
「びっくりして引いちゃった?」
うんうんと肯定を示す羽衣を見て、過去の自分の状況を飲み込んでいたローラであった。
「では、皆さんは夜刀神に、この地へ戻ってきて欲しい方々という事でよろしいですか?」
怪異達へと語りかけると、俺と同じくらいの大きさの狸らしき怪異から返答される。
「うむ。我々は比較的古株でしてな。その年代のモノ達はその意見でまとまっているのだが、若い者達は自分達でこの地の新たな生活を模索すべきと意見しているのだ」
「世代間での意見の対立ですか。ちなみにそれだと何か不都合でも?」
「我々は古い存在ゆえ、今まで通り人と関わらずに隠れ住むのが良いと考えている。ただ、若者はそう考えておりませんでな。もう少し人間の事を学び、必要なら人の文化に触れていく方が良いなどど……。それで何かあったら、祓われる可能性もあるというに」
「俺的には人に迷惑かけなきゃどっちでも……ってとこだけどな。どっちみち、話しをまとめるには長の号令が欲しいってとこか?」
「ですな。ところで……、貴様とそちらの少女から、夜刀神の気を感じるのだが、覚えは無いのか?」
その指摘に俺とローラは目を合わせ、同時に首を傾げていた。彼の言い分には何の心当たりもないからだ。
「俺らの近くにいる蛇の怪異は、この駄蛇だけの……はず」
「駄蛇……。大蛇殿、こう呼ばせておいてよろしいので?」
一応、元八岐大蛇である駄蛇はこの国の怪異からすると、古株中の古株な存在がいい加減に扱われているのにはご不満なようだ。
その様子を察してか、駄蛇が口を開く。
「蛇は駄蛇と呼ばれても仕方ないくらい弱体化しているヘビ。だが、怨念まみれだった蛇は、この小僧によって神格が強く表れて、刀に宿っている状態となったヘビ。そのおかげで楽しく暮らせているので、結果おーらいヘビ」
「ふうむ……。見たところ、今の神格に転じるには相当な神気が必要となるはず。それほどの使い手なのですか……」
狸さん、目を見開いて驚いているようだ。
「そういえば……、へびさんが現れる前に見た骨……、真っ黒な感じがしてた……」
駄蛇が駄蛇刀になる前に、出雲で見つかったと報告があった八岐大蛇の骨の欠片には、地元の術者が祓えない程の怨念がこびり付いていた。
そのことをローラは思い出したのだろう。
「ほんっとに浄化するのに骨が折れたよ、お前は! 割と全開でやってたんだからな」
「蛇の骨は折れてねーヘビ。刀と一体化して新たな体となったヘビ。そしてそのおかげで、あの変なヤツにも一矢報いたのだから、それでいいヘビ」
そんな会話の後で、とりあえず今後の方針を決めることとなった。
「しかし……、そっちの話がほんとなら、俺らの生活圏内に夜刀神がいるって事か……。そっちから当たってみるか」
「ですね……。兄様とローラさんに、その夜刀神の気がついてるってことは、自宅周辺でしょうか?」
「うーむ……。そんな気配があるなら、いくらなんでも気付くしなあ……。俺んちには結界を張ってあるから、不審なのが来れば動けなくなるし……」
俺とローラが困った顔をしていると、駄蛇からも意見が飛び出ていた。
「蛇にはソレがついていないという事は、小僧と娘っ子しか行っていない場所ということヘビ。覚えは無いヘビ?」
基本的に駄蛇は仕事では俺と一緒。自宅ではローラといる事が多い。なので、そういった推測になったのだろう。
俺ら二人は顔を見合わせて考えること、数分。
「……生物研究部か!?」
「サイトウ先輩のところ?」
その予想が一致してしまい、思わず声に出してしまう。学校ではクラスも違う。もしも剣道部に関連しているなら羽衣も該当する。
よって俺とローラが二人で訪れたウチの高校の生物研究部という事になる。
「もしそうなら、なんつー灯台下暗しだよ。しかも何も察知できなかったなんて、とんだ赤っ恥じゃないか」
「兄様? その生物研究部にはどんな生き物が?」
「ああ……。爬虫類、両生類、鳥類と高校生の部活とは思えないくらいの多様な生き物たちが飼われてたな。そこの人達もかなり強烈でさ……」
遠い眼をしていると、羽衣さんは何があったのだろうと怪訝な表情をうかべている。
「でもさ。その……、ここの……、やとへびさん? がいるんだったら、もう一回行ってみようよ」
「ですね……。次はわたしも同行しましょう。今回の件はわたしのお仕事でもありますから」
俺的には、あの人達と顔を合わせるのは遠慮したいので夜に部室へと潜入することとなった。
その一方で――
「ところで、そこの人間の術者。さっきから固まっているヘビが、どうしたヘビ?」
「あ……。そのですね……。分かってはいましたが、対策室の面々は……術者の常識すら通用しないと言いますか……。あなたもですが」
「蛇的には、現代で初めて会った術者はコイツらヘビ。やっぱコイツらおかしいヘビ?」
「怪異とあそこまで普通にコミュニケーションを取れる時点で、我々とは一線を画していますので。夜刀神の名前を聞き出すまでに私達ではボディランゲージで確認しながら、怪異の名前を一体ずつ紙に書いて確認した次第です……」
「あの小僧、こういったのにはめちゃ役に立つヘビ。蛇が許すのでこき使うヘビ」
などなど、地元の術者さんが実体化した駄蛇と呆れながら雑談をしていたらしい。




