第106話 お仕事開始
藤本の家を訪れてから数日後、俺と羽衣は対策室室長である師匠に呼び出されていた。
室長室に入室すると、神妙な面持ちで師匠が書類仕事をこなしていた。
「失礼します。今日はどういった件ですか?」
「お父様、兄様と呼び出されるという事は……」
「ああ。二人共、仕事だ」
師匠が真剣な眼差しでこちらを向く。
「わたしの初仕事です。しかも二人の共同作業ですね!」
「あー。誤解されるような発言は止めような?」
やんわりと羽衣に注意を促していると、師匠はコホンと咳払いして説明を始めていた。
「二人共……、夜刀神というのは知っているか?」
「かなり古い文献に記述されている角の生えた蛇ですよね。姿を見た者は一族ごと根絶やしになるとか……」
自室にある資料の記述を掻い摘んで言葉にする。
「蛇の怪異なら蛇が一喝すればいいヘビ。任せるヘビ」
一応、連れてきていた駄蛇がそんな楽観的な物言いをしていたが、この姿に凄まれたところで、はいそうですかと納得する奴はそうはいないはず。
「――と、うちの駄蛇が言ってますが、気にしないでください」
「それで済めば御の字だがな。正確にはその夜刀神の行方を捜して欲しいのだよ」
「……? 悪さしてるとかではなく……ですか?」
「ああ。元々は別の地域にいる存在なのだが、長いこと行方不明になっているせいで、怪異同士の縄張り争いになっているらしくてな。周辺にもおかしな現象が多発。何とか原因を突き止めた地元の術者では仲裁もできずに、こちらに泣きついてきたらしい」
「あの? こういったのって……、怪異を祓えば済むとかではないのですか?」
羽衣さん、力で解決したがるのはマズいのです。
そう考えていると、師匠が俺の方を向きながら説明をするように促している。
「えっとな。怪異には怪異なりの不文律みたいのもあって、基本的にはそこの地域の実力者の縄張りには手を出さないとかあるんだよ。ただ、今回はそれが崩れたのと、羽衣が言ったみたいに全部祓ったりしても、今度は別のが来てまた縄張り争いを始めてしまう。そうなると、堂々巡りになるわけだ」
「そういうことだ。力が必要な場面はあるが、それに頼り過ぎてはならない。でなければ、どこかに歪みが出てしまうものだよ」
そう説明すると、今後の方針についての打ち合わせとなった。
「まずは……、その諍いを起こしている連中の仲裁からですかね」
「ああ。こういった場合はお前に一任するのがスマートに行くからな。よろしく頼む。それと……」
「何か不安が?」
「いや……、これはルーシーさんからの要請なのだが、ローラちゃんにも可能な限りウチの仕事に同行させてほしい……と」
偽ロリからのそんな要請があったのは初耳だ。おそらく、あの娘の修業の一環でもあるのだろうが、俺やねーさんの時とは教育方針を変えたのだろうかと考えてしまう。
「俺らの時は自分でシゴキまくってたのに、どういった風の吹き回しですかね?」
「まあ……、あの人にも何か考えがあってのことだろう。ローラちゃんの同行は可能か?」
「そこは大丈夫ですよ。なあ……?」
羽衣の方を向きながら確認すると、彼女は少しばかり微妙な表情となっているが、すぐに同意してくれた。
「二人っきりかと思っていましたので……、少しだけ意外だっただけですから!」
そんな力一杯不定しなくても良いんだけどなあ……。
そんなやり取りがあった後、まずは週末に怪異達の仲裁へと赴くこととなった。
朝から電車とバスを乗り継いで、夜刀神が元々存在していたとされる地域へと辿り着いた。とはいっても関東なので前に任務で行った北海道や北東北、九州よりは身近に感じる。
「さて、地元の術者とも待ち合わせのはずだけど……、あの人かな?」
バス停の近くで待っていたらしい四十代くらいの男性に声を掛けてみる。
「すいませーん。この辺で、おけらとか、もちあわ売ってるとこにはどう行けばいいですか?」
「そうですね……。私がご案内しますよ」
と、その男性の後をついて行くこととなった。先ほどの会話を聞いて、頭の上にはてなマークが浮かんでいたような雰囲気になっていたローラであった。
「ウイさん? さっきのってどういう……?」
「『術』の字を分解すると『朮』……、これは薬草ですね。あとは古い意味では穀物のもちあわの意味がある字と、『行』くの字になります。なので、自分は術者ですよ。というのを明かすのと相手方が同じなのかを確かめる際の暗号の様なものです」
「はえー……。漢字だとわたしにはどうすれば良いかまだ分かんない……」
「古い歴史のある国だと、似たような事をしているらしいですから、帰国した時にでも調べてみるといいかもしれませんね」
そんな説明を女子両名がしている最中、こちらは迎えに来てくれた男性と現状の確認を行っていた。
「今回の件は貴方が担当されたのですか? 聞けば、縄張り争いで怪異同士の喧嘩になっているとか」
「ええ……。私共が仲裁に入ろうとしたのですが、碌に意思の疎通もできずに火に油を注ぐ結果となってしまいまして……」
「怪異達は人間に迷惑をかけようとか、そんな感じではないのですよね?」
「おそらくは……。ただ、その争いが激化の一途を辿っていまして、周辺住民……、特に霊感のある人間がおかしな気配を感じたり、物音や叫び声等も聞いていると」
人に敵対する気がないらしいのは分かったのだが、それはそれとして喧嘩を止めて貰わないとどうしようもない。
歩くこと30分程、普段は人が寄り付かなそうな森の中へと足を踏み入れることとなった。
「あれ? 変な感じ……。小学校の幻の四階に入った時みたいな?」
「怪異達が普段隠れている場所に踏み入ったようですね。ちょっとした異界の様になっている場合が多いのです」
「そうそう。こうしてお互いがみだりに出会わないようにしているのが大体だな」
ローラも修行を始めて半年とちょっと。人ならざるモノに対する感度も高くなっている。
「ところで……、そちらの二人は……? 坂城君は、私達も存じていますが?」
案内役の男性が女子二人に対して、少しばかり視線を向けながら疑問を口にしていた。
「あちらは見習いです。ウチの室長の一人娘ですが。もう一人は自分の血縁者でして、日本で修行中なんです」
「神屋さんの娘さんしたか。確かに少しばかり面影がある」
そんな会話をしながら足を進めていると、俺達の前に数体の怪異らしき存在が姿を現してきた。
狐や狸のような獣型や人型だが羽根を持つモノなどが、こちらをまじまじと観察している。
「貴様……、また来たのか……。お前なんぞ話にならん。さっさと――」
「まあまあ、そう言わずに。この辺を仕切っていた夜刀神を探せば良いのかな?」
「お前……、我らの声が聞こえるのか!? それに代わった気配が……。我らよりも古きモノの気配だ」
目の前の巨大な狐の怪異は、この場に来た俺ら人間以外の気配を察知したらしい。それに合わせて竹刀袋に入れていた駄蛇刀から駄蛇がにょきっと顔を出す。
「ふ……。蛇に気付くとは、なかなかやるヘビね。この八岐大蛇の分御霊たる高貴なる気配を隠しきることはできなかったヘビ」
……高貴とは?
変な疑問が頭の中に浮かんだのだが、怪異達は最初、怪訝な表情を浮かべていた。しかし、すぐさま驚愕の顔色となってしまっていた。
「確かに……、力は相当落ちてはいるが……、その気配は山神であり水神、雷神に連なる存在!?」
「止すヘビ。神代に比べたら木っ端に等しい蛇に、そこまで畏まる必要は無いヘビ」
ニヒルな笑みを浮かべながら、自分に対して緊張する必要は無いとの言葉を発している駄蛇だが、その実、嬉しくて仕方ないといった雰囲気だ。
普段の俺の扱いがぞんざいなので、偉そうにさせてくれるのが新鮮なのかもしれない。
「さて、お互い顔合わせは終わりましたから、本題に入りましょうか」
そう宣言して、俺達は怪異達との話し合いを開始した。




