第105話 霊刀拝見
この高校二年生の春。外では春一番が吹き、桜舞い散るこの季節。新たな生活に胸を躍らせている者がいる一方で、俺は思い悩むこととなった。
「……部員勧誘の手伝いを引き受けたはいいものの……、どうしよう!?」
「詳細はローラから聞いておったが、全くのノープランであったとはの」
「最初はな? ローラに可愛い着ぐるみ着用させて勧誘を……とか考えてたんだけどね? なんか……ローラに下らない事を考えてるって思われた……」
「そりゃあの。それで部員を確保できたとしても、ローラ目当ての連中が目的がいないと分かれば、すぐに退部するじゃろ」
偽ロリさん、俺の考えを真っ向から否定。確かに言う通りではあるのだ。
「そっちもだが……、るーばあ。もしも新しい刀を手に入れられる算段が付いたとして……、いくらかお金借りていい?」
「そっちも聞いてはおったが、お主……貯金は無いのか?」
「あるよ。けどな! 俺の『キラ☆撫娘』、推し活資金でもあるんだ。それを考えたら少し多めに確保しておきたい!」
そんな俺と偽ロリの会話を聞いていた外野から、呆れた様な視線を感じる。
「アイドルのために頑張って稼いだお金をつぎ込んでるって……、そういえばこないだローラを追って来た怪異と戦った時のは結構多く振り込まれていたはず……」
「ねーさん、それを差し引いても刀は高価なんだ! 駄蛇刀の前に使ってた奴だって、かなり値が張ったんだよ」
「何て言うか……、早めに距離を置いた方が良い気がするけど? あの娘を追いかけてたって色々と報われないのに……」
「あのな……、愛というのは必ずしも報われるとは限らないんだ」
自分的には格好良いセリフを放ったつもりだったのだが、周りは痛い者を見る目である。そんな中、ローラが首を傾げていた。
「そういえば……刀ってどのくらいするの? 蛇さんは特別に作って貰ったけど……」
「ものによるけど大体この位」
そう言いながらスマホで刀剣の相場を見せてみると、ローラさんが固まってしまった。子供には信じられない額が画面に映し出されているのだ。
「ちなみに彌永や神屋が持っとるのも、出す所に出せばかなりの値が付くからの」
「ふ……ふええ!?」
そんなわけで対魔・対霊戦闘用装備を調達するのは一苦労なのだ。効果は劣るが月村さんが開発した専用の金属製ナイフとかもあるが、霊刀と比較するとどうしても劣ってしまっている。
「とりあえず藤本の家の刀を見せて貰えることになったから、お宅にお邪魔してみよう」
そうして数日後、休日に彼の家へと赴く事となった。
学校で藤本に教えてもらった住所へと向かい、そこにあったのは、見た目は周辺とそう変わらない一軒家であった。閑静な住宅街に立つその家の門に取りつけられているインターホンを鳴らす。
今日はローラと羽衣も一緒だ。
「はーい。どちら様ですか?」
そこから聞こえて来たのは女性の声だった。おそらくは藤本の母親だろう。
「あの……、私は藤本君の同級生で……」
「あらあら。司から聞いてるわよ。どうぞ入って」
少しばかりのんびりした口調のお母さんの言葉に従い、お宅へとお邪魔させてもらう。玄関のドアを開くなり藤本が出迎えてくれた。
「よう、よく来てくれたな。爺さんも待ってるからこっちに来てくれ」
お邪魔しますと挨拶をして家に上げさせてもらう。その家の奥の部屋に通されると、如何にも古風な男といった感じの70代後半くらいの老人が正座している。
彼は俺達、というより俺を一目して低い声色で言葉を放つ。
「司……、その子か? 刀を見たいって言ってたのは?」
「お、おう。済まんな、坂城。爺さん少し気難しくてさ……」
確かに目の前の老人はかなり頑固そうな印象を受ける。とはいえ、怖気づく訳にもいかない。
意を決してその老人と面を向かうように正座をする。
「ふむ……。ちょっと手ぇ見せてみろ」
「は……はあ」
その指示に従い、お爺さんに自分の利き手の掌を指し出してみる。
「……ほう。相当やってるな、これは。しかも普通の鍛え方じゃない……」
掌を一目しただけで何やら納得してしまったような表情を浮かべるお爺さんであった。
「で? そっちの娘達は?」
「再従姉妹と自分がお世話になってる方の娘さんです。一人は剣道をやってます」
「そうかそうか。司から剣道部に誘いたい奴がいるとは聞いていたが、お前さん達か。刀が見たんだろ? 構わねえよ」
さっきまでとはうって変わり、少しばかり口元を緩めてニヒルな笑みを見せている。
そうしてお爺さんが押し入れから長い箱を取り出す。その中には白木の鞘の中に納まっていた刀が収められていた。
……ビンゴ! 鞘に包まれていても分かる。間違いなく魔力を纏っている霊刀だ。
藤本のお爺さんが少しばかり鞘から刀を抜いている。その刀身の輝きは衰えておらず、手入れを欠かさずに大事にされているのがすぐに理解できた。
「大事にされているようですけど……、何か曰く付きだったりするのですか?」
「これはな……、元々は俺の親父のモンでな……。まあ、親父が運よく太平洋戦争の戦地から帰って来た後、信じられないモノを見たと酔った時はよく話していた……」
信じられないモノ……ね。多分、怪異だとは思うが……。
「近所の人間も角が生えた蛇みたいのがいたって噂になったらしくてな。そんな折、おふくろがそれに襲われたんだそうだ」
「坂城、聞き流して良いからな。ちょっとありえない奴だから」
藤本はこう言っているが、これは貴重な証言となる。一言一句を聞き逃さないようにしなくては。
「そのおふくろの手を引いて一心不乱に逃げたんだそうだ。んで、逃げた先には神社があってな。と言っても戦争が終わってすぐだ。そこを管理してる者もなく、ほったらかしになっていたらしい。ただ、この刀が御神刀として捧げられていたらしくてな」
成程。怪異に襲われた際に偶然見つけた刀だったのか。
「もう逃げられないと悟った親父は、一か八かでこの刀でそのバケモンと戦って、息も絶え絶えで退けたとさ」
「随分と覚悟が決まった方ですね……。訳分からないのと咄嗟に戦うとか」
「親父もよく言ってたよ。戦争で生き延びて、せっかく女房の元に帰ってきてこれからって時に、バケモンにやられてたまるか! ってな。こちとら戦地でいいだけ死にそうな目に合って来たんだ! かかってこい! なーんて気合入れて相手したらしい」
戦争経験者って……怖いけど、すげえ……。
「それからこの刀はウチの家宝みたいな扱いになってんだよ。見つけた当時は錆もあったって話だが、親父が手入れと修復を頑張ったみたいで、この通りだ。ま、化物じゃないんだろうが、治安も悪かったろうし暴漢に襲われたってとこだろう」
確かに大事にされているのが見て取れる刀身だ。それだけ思い入れのある刀なのだろう。
「あと、そん時に言われてたのが……、自分の惚れた女は守り抜け。何があってもなって……自慢げに口にしてたな」
「ご両親は仲がよろしかったのですね……」
「時代もあったんだろうよ。戦争に召集されるってことは、もう二度と会えない可能性の方が高かったろうしな。それで、よく息子の俺に惚気てたよ」
一通り話し終わったらしく、数秒程の静寂が辺りを支配していた。その後で、こちらから礼を言わせてもらった。
「今日は突然の訪問にも関わらず、お相手していただき、ありがとうございました」
一礼し、立ち上がってその場を去る。俺に続くようにローラと羽衣も藤本家を後にした。その帰り道――
「兄様? 刀を譲ってもらう件はどうするのですか?」
「流石にあんな話を聞かされたらなあ……。交渉するのも申し訳ない」
「ですね。あの刀、かなりの業物に見えましたけど、仕方ないです」
俺と羽衣があの刀の逸話を聞いてしまい、手にするのを諦めていた一方、ローラは少しばかり嬉しそうであった。
「でも、これで蛇さんの機嫌が直るね。コウが刀の話をしてから、浮気だヘビとか蛇以上の刀はないヘビとか、わたしに愚痴ってたから」
「予備持つのそんなに悪いことかなあ?」
「やっぱり自分をちゃんと見て欲しいんだと思うよ。蛇さんだって長い間、一人っきりだったんだし」
自称八岐大蛇なあの駄蛇も何だかんだで我が家に馴染んでしまっているのだろうなあ……と考えながら家路に着いたのであった。




