第104話 生物研究部
今日も今日とて、勧誘に来ていた中等部の斎藤さんが所属する生物研究部へと足を運んでいた俺とローラであった。
その部室の扉にはでかでかと『生物研究部』の看板が掲げられている。
思わず俺達は息をのみ、互いに視線を合わせた後で意を決して扉を開く。すると、部員らしき生徒が薄暗い教室から俺達を一目していた。
「いらっしゃ~い……。斎藤さんから話は聞いているよ……」
少しばかりやせ型で髪を後ろで束ねている男子生徒がそこにはいた。怪しい雰囲気とただ者とは思えない眼光をこちらに向けている。
「よし、逃げよう!」
「何で!?」
「アレは月村さんと同じオーラをまとってる! 絶対に一筋縄じゃいかない人だ! 幸い、部室に来る約束は果たしたから大丈夫」
「ダメでしょ! ちゃんと見学しないと!」
逃走しそうとする俺の制服の袖を力いっぱい握って、踏ん張っているローラさんであった。
「くっ!? ローラ……、いつの間にそんな重心が安定して動かなくなった!? 岩みたいだぞ!」
「これでもちゃんと道場に通って稽古してるもん! それと、わたしが重いみたいな言い方はやめて!」
少しばかりむくれっ面になったローラがであったが、そのまま俺を部室に引っ張ていく。傍目には女子中学生にズルズルと引きずられる男子高校生の図である。
部室に入ると鳥用の籠や爬虫類用のガラスケース等が所狭しと並べられており、それぞれに部活で飼育している生き物が収められている。
思っていたよりは本格的な活動をしているのが見て取れるその部室の様子に、俺もローラも呆気に取られてしまった。
その様子を見ていた部長らしき生徒が口を開く。
「斎藤さんが言っていた通り、面白い人みたいだねぇ。どうだい? 中学高校の青春をこの子達と共に過ごすのは?」
「遠慮します。多分あの娘から聞いているとは思いますが、バイトをしなければなりませんので」
「そのバイト代を! この生物達に捧げてみないか!」
「絶対に嫌です! 俺の生活が成り立たなくなります!」
この部長らしき人、直感の通り月村さんの同類っぽい。勢いと言動がそっくりなのだ。その態度でローラも俺の後ろに隠れてしまっている。
「ローラさん? 俺を引っ張って来ておいて隠れるのはどうかと思うぞ」
「この人……、お化けより怖い……」
小声で呟いていたローラさん、最近は怪異より怖い人間も存在するのだと理解してくれたらしい。
「一応、斎藤さんとの約束でここに来ただけです」
「どうだい? このニホントカゲのとっきー君は。つぶらな瞳がチャーミングだろう?」
話聞いてねえよ、この人。とりあえず逃げるか……。
その思考に至ってしまい、そろ~っと足音を立てずに部室から立ち去ろうと試みる。しかし、その行動が成就することは無かった。
「坂城せんぱーい……。逃がしませんよー……」
部室に隠れていたらしい斎藤さんがドアの鍵を施錠してしまう。
「どこにいた!? おかしいだろ!?」
「カメレオンのレオ君の真似をして壁の色と同じ布に包まって隠れてました。保護色ですよ保護色」
「お前さん、人類だろ!」
思わず大声でツッコんでしまったのだが、こうなったら窓から飛び降りるかと頭の中でシミュレーションしてしまう。だが俺一人ならまだしもローラがいる。彼女を置き去りにはできない。
「まあまあ……、取って食おうとかじゃないから……。久々のお客さんでテンションが上がってしまってね……。ふふふ……。とりあえず座って」
部長はそう言いながら、部室の中にあるコーヒーメーカーでコーヒーを入れてくれた。
それを受け取りながら椅子へと座る。
「俺達をどうする気ですか!? まさか俺達二人揃って生物と触れ合わせて懐柔しようと!? 動物番組みたいに! 動物番組みたいに! 俺は犬猫は好きだが変温動物は苦手なんです!」
「君……、噂の通り面白い生徒だねえ……」
「俺の噂って何ですか!?」
と、部長に対して問いただしたところ、横にいたローラがすまし顔で解説しだしていた。
「えっとね。休日とか夏休みとか冬休みになると全国各地に旅に出て、色んなお土産買ってくるとか。アイドル大好きでクラス中に熱く語ってるとか……」
俺の評価……、そんなのだったの!?
「坂城先輩は中等部でも有名人ですよ。そのうえ、今年の新入生で話題になってる二人と知り合いだったりで結構話題に上がってます」
「その話題ってのは?」
「大和撫子な女子とフランス人美少女の両手に花で、羨望と嫉妬が混じり合った雰囲気です。主に男子の間で」
「親戚と幼馴染ってだけなのに理不尽すぎない?」
「ぱっと見ではそうなってしまうというだけです。人の噂も七十五日と言いますし、そのうち収まりますよ。多分」
そうなって欲しいもんだ。何も悪いことしてないんだし。
会話だけで疲れてしまったような感覚に襲われたのだが、今度は部長さんがコーヒーを飲みながら一言。
「それで……ね? 幽霊部員――」
「だから部活には入りませんって」
「頑なだなあ……」
あちらも困ったような表情となってしまっていたのだが、俺としてもその辺を譲る気はない。
「俺は本当に生活費を稼がなきゃならないのです。部活でその時間が削られるのは困ります。それに幽霊部員でも良いって言っても、何かしらしなきゃいけない時はありますよね」
「まあね……。このままだと、ぼくが部活を引退したら後任がいなくて困る。なので――」
「俺をここに来させたのは部長候補にするためでしたか!? やりませんってば」
「だが! そうしなければうちの子達が捨てられて路頭に迷うことになる! いいのかい? 捨てられて野生化した挙句、人を恨んで襲う様になっても!」
「どんな脅しですか!? そこはちゃんと飼い主見つけるのが筋でしょう!」
この部の存続に関して、おかしな思惑が交差している気がする。
「そんな折、君が爬虫類を愛してやまないという噂を聞いてどうにかと思ったんだけど……」
「うちには人語を話して酒大好きな蛇みたいのがいますが、別に大好きではないですよ」
「ははは! 面白い冗談を言うねえ」
(冗談じゃないんだけどなあ……)
ローラが俺達の会話を聞いて、微妙な表情を浮かべていた。おそらくは駄蛇の事を考えているはず。
「つまりは……、この部の後任がいれば解決というわけですね。あとは数人入部すればいいと」
その言葉に部長さんが意外そうな表情を浮かべていた。
「もしかして部員勧誘を手伝ってくれるのかい?」
「これ以上は話しても平行線でしょうし、それなら勧誘を手伝った方が建設的でしょう」
「具体的には?」
これに関しては、確かに今この場で思いついたのでまだ何も考えていない。ふとローラの方を向いてしまう。
その時、頭の中にデフォルメ蜥蜴の着ぐるみを着たローラが勧誘すればいいのでは? と思い浮かんでしまう。斎藤さんも一緒に恐竜みたいなのでもいいので、がおーと鳴く仕草をしながらの姿を想像する。
外国人美少女新入生が可愛らしい着ぐるみと愛らしい仕草で勧誘。うまくすれば部員ガッポガッポのはずだ。
その思考をしている最中、俺の右足に激痛が走る。足元に目をやるとローラが俺の足を力いっぱい踏んずけていた。
「っう……!?」
「どうしたんだい?」
部長さんが俺の様子がおかしいのに気が付いたらしく、心配そうにこちらを見ている。
「気にしないでください。コウって下らない事を考えている時はこんな顔になるんです」
にっこりと部長さんに説明するローラさんであったのだが、俺としては何で思考が読まれてしまったのかが不可解だ。
「でも……、勧誘のお手伝いなら、わたしもします。コウもするんだよね」
「ま、まあな」
にっこりと生物研究部の二人にそう提案していたローラが俺の方を見詰めていた。こちらもコクリと頷く。
「じゃあよろしく頼むよ。こちらも手伝うからね」
「はい。お願いします」
今日の話し合いはこれで終了となり、退室してローラと廊下を歩いていた。
「ねえ? さっきどんな事を考えてたの?」
おそらく、足を踏んづけられる前に俺が思い浮かんでいたことが気になっていたらしい。
「ローラと斎藤さんが爬虫類の可愛い着ぐるみ着て勧誘すれば、愛らしさで部員ウハウハかなって」
それを聞いた途端、頭を抱えていたローラさんであった。




