第103話 剣道部へ
昼休みに藤本と約束した通り、剣道部へと向かう。うちの学校は剣道部と柔道部用の練習場もあり、その場所の半分に畳が敷かれており、そちらは柔道部用。もう半分の床面のみの部分は剣道部用となっている。
「羽衣? 別についてこなくて良かったんだぞ。ローラも」
「わたしに勧誘を断られたからと言って……、兄様のところにまで押しかけるとは思いませんでしたから。兄様の実力を知って吠えづ……、驚くところくらいは見ないと溜飲が下がりません!」
去年の祭りで再会した時は、随分と女の子らしくなったと思っていたが、吠え面とか言いそうにある辺り、もしかしなくても子供の頃の男勝り的な部分は変わっていないのかもしれない。
「わたしも……、コウに振っちゃたから……。ごめんなさい」
「まあいいけど。困ってそう言っちゃったんだろ?」
三人で剣道場に向かう廊下を歩きながら、そんな会話をしていた。その間、噂になっている女子二人を連れている俺へ奇異の視線が向けられている。仕方ないとはいえ、いい気分じゃない。
数分後、剣道場に到着すると藤本が俺らを見つけて笑顔で歓迎してくれた。
「おう! よく来てくれた。神屋も」
「約束だからな。俺らは見学で――」
隅っこで正座していようと思っていたのだが、他の部員から違う提案が飛び出ていた。
「せっかく来たんだから、練習に参加してもらったらどうだ?」
「そうよ。見学だけだと勿体ないわ」
剣道部の数名からそんな言葉が出ている。さてどうするかといったところで部長らしき人物が近づいてきた。
「どうだ? 練習に参加してみたら?」
「あ……。俺はちょっと……。道具一式も持って来てませんし」
その答えに数名が突っかかって来る。
「何だよ。そっちの新入生が強いって言うくらいなんだろ? 防具も竹刀も貸してやるからやってみろよ」
藤本の家にあるらしい日本刀見たさにこの場にいるだけの人間なのだが、この場に来ている以上はそうもいかないらしい。ただ、藤本のみ俺の事情を考えてくれているらしく、反論していた。
「こいつな……。バイトしないと生活がきついらしいんだよ……。入部は無理そうだし、無理強いするのも……な?」
「でもよ。実際やってみたら考えが変わるかもしれないだろ」
その受け答えに、腕を組んで難しい顔をしてしまった藤本であった。
「いいよ。あんまり困らせちゃ悪いし。済まないけど、道着と防具と竹刀貸して欲しい」
更衣のためのスペースに入り、道着に着替える。そのまま剣道場に戻り、部員に混じって正座をする。
「なんだ……。思ってたより堂に入ってるじゃないか」
「未経験じゃないからな? 一通りはできるって」
藤本も少し意外と言った感じだ。
「じゃあ始めるか」
「だな。こういうのは久々だから、至らない点があったら指摘してくれ」
部員に混じって素振りを行う。踏み込みながらの振り下ろし。基本的な動作の一つではあるのだが――
「えっ……?」
「嘘……」
俺の素振りに息を飲む部員達と得意げな顔をしていた羽衣の姿があった。
「兄様の動作の違いが分かるみたいですね。当然と言えば当然ですが」
「なんて言うか……、コウが剣を振るってるのを見るのは初めてじゃないけど……、凄く綺麗……」
そうこうしているうちに稽古進み、俺もいるという事で試合形式での練習をすることとなった。
相手は俺をここに誘った藤本。彼と向かい合い、一礼して開始の号令を待つ。
「はじめ!」
審判役の生徒からの一言で、竹刀を正眼に構える。そのまま藤本へと真っ直ぐに向かって面を打つ。
「えっ……?」
彼は一歩も動けずにそのまま面打ちを喰らってしまう。あちらからすれば、俺がいつ移動したのかすら定かではないはずだ。
「今の……そんなに早く動いてないけど……、何か違和感が?」
見学していたローラもおかしな感じがしたらしい。
「あれはですね、昔の武術では割とポピュラーなのですけど、自分の体勢をできるだけ崩さずに移動する歩き方です。相手から見たら、一瞬で近づいてきたように感じるはずです」
「ふぇええ……。そんなのもできるの?」
「ローラさんも凛堂流を教わっているのなら、そのうちできるようになりますよ」
まだ武術に関しては俺達には及ばないローラに羽衣が分かりやすく解説していた。その間にも、藤本の次、そのまた次の試合相手の志願者が俺と対峙して一本も取れない状態が続いていた。
そうして30分程経った頃には、対戦相手の志願者は誰もいなくなっていた。最後の相手に一礼すると、部長と思しき人物が目を輝かせて近づいてくる。
「藤本も勧誘していたみたいだが……、本当に剣道部には入らないのか? それだけの実力があって」
「彼にも言いましたけど、親がいないのでバイトしないと生活が苦しんです」
「むむむ……。そう言われては無理強いは出来ないが……。今日はまた何で?」
その一言に藤本が答える。
「こいつ、俺んちにある日本刀が見たいってことで、交換条件で来てもらったんです」
それを聞いて部長は俺の方を向くが、少しばかり恥ずかしくなってしまい目を逸らしてしまう。
「なんというか……、結構現金だな?」
「……よく言われます」
部内からクスクスといった笑い声が零れている。そこから部長さんが俺の肩をバンと叩きながら確認をしていた。
「けど今日は大丈夫なんだろ? もう少し稽古にも参加して欲しい。それと……、さっきの歩き方、どうやったんだ?」
「ああ……、それはですね……」
その後、羽衣も稽古に混ざり、楽しい時間を過ごすこととなった。
帰宅後、駄蛇刀の手入れのため、打粉を行っていた。よく時代劇で刀をポンポンとしているアレである。刀身には錆止めのために油を塗布してあるが、その油も放置しておくと錆の原因となるので、定期的に打粉等で除去して新しい油を塗る作業が必要となる。
油の除去に関してはエタノールでもできるようなのだが、刀に宿っている駄蛇がそれを拒否っている。曰く――
「酒精なら飲む方が良いヘビ。刀身にかけるなヘビ」
だそうだ。
刀身を柄から外し、打粉をしている最中の駄蛇は恍惚な表情を見せることが多い。
「あ~。小僧、そこそこヘビ。もっと心を込めてポンポンするヘビ」
「ふふへえほ!(うるさいぞ!)」
現在、俺は刀身に唾が付くことを防ぐためにハンカチを咥えているので、うまく喋れない状態だ。
この駄蛇、刀身の手入れの際はマッサージを受けているような感覚となるらしく、いつも口うるさく注文を付けてくる。
「ところで小僧、上機嫌ヘビね? 良い事でもあったヘビ?」
「えっとね。学校の同級生のお家の刀を見せてもらえることになったの。できれば予備の刀にしたいって」
俺が喋れないのを察してか駄蛇の質問にローラが答えている。しかし、それを聞いた駄蛇はいきなり泣き出してしまった。
「おーいおいおいおいヘビ!? 小僧は蛇を捨てる気ヘビか!? 雨の日も風の日も小僧に無理矢理連れまわされて、怪異と戦ったこの蛇を!? 一緒に落雷まで受けたこの蛇を……新しい刀を手に入れてポイっとする気ヘビ!?」
「ひほひひのはふいほほ、ひっへんはへえ!?(人聞きの悪い事言ってんじゃねえ!?)」
知らない人が聞いたら凄まじく勘違いされそうなセリフを言い放つ駄蛇であった。
「大丈夫だよ。コウは蛇さんを捨てたしないって。ね?」
ローラが俺に同意を求めている。その前に刀身に油を塗布して、柄を取り付けて鞘に納める。
「お前みたいな駄蛇を引き取ってくれる物好きがどこにいるってんだ。こき使ってやるから覚悟しろ」
「なら小僧、蛇的に待遇の改善を求めるヘビ! もっといい酒飲みたいヘビ!」
「ほぼ家で食っちゃ寝してる奴が何を抜かす」
「戦いに備えて、えねるぎいを貯めてるヘビ! これも一つの備えヘビ」
コイツの場合、食事なんてもんは本来は必要ない。絶対にコイツが飲み食いしたいってだけの理由なのだ。
「……何でこんなのができてしまったんだろう……」
「その片棒を担いだのは小僧ヘビ。だから面倒見るのは小僧の役目ヘビ」
実際その通りので反論できない。そんなやりとりをしていた俺達をローラは苦笑いしながら見守っていた。




