第7話『しかたねえ、アドリブで乗り切るぜ!』
マルシャナと俺の旅が始まってずいぶんと経った。
魔王の根城まであと少し。人間が住む街も、次が最後らしい。そこから先は、完全に魔王とモンスターの本拠地ということだろう。
その証拠に、近頃はモンスターもずいぶんと強いやつらが出没するようになった。
今も、俺の目の前でマルシャナがこれまでに遭遇したことのないモンスターと戦っている。
そいつは、マルシャナの攻撃を何度も受けているにもかかわらず、なかなか倒れない。
一番の理由は硬そうな装甲に体の大部分が包まれていることだろう。
巨大な虫の姿をしたその魔物は己の装甲で攻撃を防ぐことに長けており、マルシャナの腕をもってしてもなかなか致命傷を与えられないのだ。
キィィィィン……!!
その時、聞こえてはならない音が、響いた。
マルシャナの振った剣がまたもモンスターの装甲で弾かれた時、なんと刀身が折れちまったんだ!
「……!」
さすがにマルシャナの顔に緊張が走る。遠くで見守っている俺の顔にも同じような表情が浮かんでいることだろう。
まずいな、このあたりの敵の強さが俺の想定をはるかに上回ってやがった!
慌てる俺の前でマルシャナはすぐに体勢を立て直し、剣を投げ捨てるとすばやくサブウェポンを引き抜いて間合いをとる。
襲い来る巨大虫の攻撃をかわすと、カウンターで装甲の隙間を突き刺した。ようやくモンスターは力尽きたのか、しばらくもがいた後に動かなくなった。
あ、あぶなかった……この前、万が一を考えてサブウェポンも売りつけておいて正解だったぜ……。
俺が胸をなでおろしている間に、マルシャナはさきほど手放した剣を拾い上げた。真ん中あたりからぽっきりと折れた刀身を、悲しそうな瞳で見つめている。
くっ……そんなしょぼくれた顔をしないでくれ……しかたない、最終手段だ。
俺は急ぎ、地べたに敷物をしいてその上に品物を並べた。
そして、敷物のそばに座り込むと、えへん、えへんとわざとらしく咳払いする。
マルシャナは体をびくんとさせてこちらに振り向いた。みるみるうちに顔が驚きで染まっていく。
まあ、先ほどまで何もなかった場所に、いきなり露店のようなものが生まれてるんだからな。普通はそうなる。
それでも好奇心が勝ったのか、マルシャナはゆっくりと近づいてきた。よしよし、良い子だ。
目の前に来たマルシャナを見上げ、俺はアドリブで口上を述べた。
「い、いらっしゃい、武器の行商をしていてね。良かったら見ていってくれ」
「……行商?」
う、さすがに怪しすぎたか? 俺の背中に冷や汗が流れる。
それでもマルシャナは俺が並べている武器に惹かれたのか、敷物の前でしゃがみこんで商品を吟味しはじめた。
……ご、ごまかせたんだよな? ふう……まったく、びびらせやがって……。
心の内で安堵のため息をついた俺のことを知ってか知らずか、マルシャナは熱心に敷物上のアイテムをためつすがめつチェックしている。
セールストークでもしようかと思ったが、とある予感がして俺は口を真一文字に結んだままだった。
やがてマルシャナは並んでいる品物の一つを手に取った。以心伝心というやつだろうか。それこそ、俺がお前に買ってほしい一番の自信作だ。
「この剣、なんだか特別な力が宿ってる……?」
「お目が高いな、お嬢ちゃん! それはいわゆる魔力剣ってやつでね。硬い装甲を持つ相手なんかにうってつけだ」
ついに先日完成した魔力のこもった剣。
素材なども最高級のものを使った、俺の最高傑作だと言っても間違いない剣だ。
本当は最後の街でお披露目する予定だったんだが……これも何かの導きかもしれないな。
俺の説明を聞いたマルシャナの顔がみるみる輝いていく。
「……すごい……これさえあれば、さっきみたいな奴にもあっさり勝てそう……」
……折られた剣を売りつけた俺に刺さるからやめて。
「い、今はサービス期間中でね。特別に9000ゴールドで売ってあげよう」
はっきり言って大赤字なんだが、しかたない。剣が折れたのは俺の見通しの甘さもあったからな……。
「……わかった、じゃあこれ買う」
「まいどあり」
折れた剣の下取りも済ませてやり、代金と引き換えに新しい武器を手渡した。この剣ならきっと、さっきみたいに折れることもないし、魔王にだって通用するはずだ……!
魔王を倒して、この旅を終わらせてくれよ、マルシャナ!
「……」
用事はすべて済んだはずのマルシャナが、なぜか俺の顔をじっと見つめてくる。先日も似たようなことがあった気がするが、今回はずいぶんと時間が長い。
……な、なんだ? やっぱり行商人を名乗るのは怪しかったか?
「ど、どうかしたのかな?」
「……ううん、なんでもない。素晴らしい剣を売ってくれてありがとう……行商のおじさん」
マルシャナはにっこり笑ってそう言うと立ち上がり、歩き去っていった。
ふう、やれやれ……まさかとは思ったが、さすがに勘違いだったか。まあそんなこと、あるわけないしな。
俺は一抹の寂しさを覚えながらも、彼女を見失う前に追いかけるため、撤収の準備をしはじめた。