第1話『武器屋、勇者を追って旅立つ』
――まさか、あの娘が勇者に選ばれるなんて……。
――この村では確かに一番強い。でもあの娘は……。
――大丈夫かしら……あのことが原因で酷い目にあったりしなければいいけど……。
周りからはそんなヒソヒソ話が聞こえてくる。
今は、勇者として旅立つ少女――マルシャナを見送るために全員が広場に集まっているところだ。
村の皆は一様に不安の表情を浮かべている。
村で武器屋を営んでいる俺としても複雑な気分だ。
たしかにあの娘はこの村で最強だ。小さい頃から頭角を現し、すぐに村の大人では太刀打ちできなくなった。
モンスター相手にもそれは変わらず、この村が長く安全だったのも彼女の力によるところが大きいだろう。
そして俺もあの娘の力が最大限引き出せるよう、その時の俺に出来得る限り最強の武器を作ってきた。
……武器を作れるという言葉からも分かる通り、俺は鍛冶屋でもあるのだが、普段は武器屋を自称している。あの娘も俺が店に立っている時は「武器屋のおじさん」と呼んでくれるしな。
俺の店で買った武器でマルシャナがモンスターを倒し、得た報酬でまた俺の作った武器を買ってさらなる強敵を倒す……まさに二人で切磋琢磨してきたと言えよう。
そのおかげで俺の鍛冶の腕も大きく上がったし、旅立ちに際してマルシャナが身に着けている剣も、俺の店で彼女が買ったものだ。武器屋として、こんなに光栄なことはない。
彼女が勇者として選ばれたのは、武器屋である俺にとってすごく喜ばしいことではあるのだが……。
しかし現実的な問題として、彼女がこの村で一番のお得意様なんだ。このままでは商売あがったりになっちまう。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、マルシャナは俺を含めた村の皆をぐるりと見まわした。親交のある者もそうでない者も同様の速度で彼女の視線が通り過ぎていく。
やがてマルシャナは誰に対してでもなく小さく一礼すると、そのまますたすたと村の入口に向かって歩きだした。
去っていく背中に応援の言葉が投げかけられるものの、やはりまだ戸惑いが抜けきらないのか、それらの声援はどことなく力がない。
村の皆が言うようにあの娘には独自の不安要素がある。そのことで道中トラブルに巻き込まれるかもしれないし、果たして無事に帰ってこれるかどうか……待てよ?
そうだ。俺も旅に出よう。そしてあの娘をサポートするんだ。
あの娘が子供のころからずっと専用の武器をカスタマイズしていたんだ。あの娘のクセは俺が一番よく分かってる。
市販品なんぞ使わせてたまるか。俺がお前専用の武器をコーディネートしてやるぜ。
そう決意した俺はすぐに旅立つ準備を始めた。
この村の安全については、このごろ近くのモンスターの巣を一掃したばかりだし、俺が今まで作った武器を大量に残しておくからなんとかなるだろう。
あの娘が魔王を倒すのを見届けたら、俺も帰ってくるからな。あとは頼んだぜ!
村を一人旅立った彼女の後ろ姿を見失わないように、そして彼女から気づかれないように、俺はこっそりと村を出た。