第一章 発露
翌日、学校へ行くと薔薇園さんは学校を休んでいた。
露出が祟って風邪でも引いたかな?特にあれからメッセージも来てないし……まあいいか。
この日の私は普段通りに過ごして、一人で下校した。
次の日も薔薇園さんは学校を休んだ。風邪を拗らせているのかもしれなかった。特に連絡は寄越してこないので、大きく問題はないだろう。
その次の日、ようやく薔薇園さんは学校に来た。
他の学友に囲まれ、「心配してたよ〜」とか「大丈夫だった?」とかの言葉を受け取っている薔薇園さんは、まだ本調子ではなさそうだった。顔色も悪いし、私の方に寄ってこない。
まだ残っているかもしれない風邪を感染すまいとしているのだろうか。まあ、体調が良くなるまで放っておくか。
その後薔薇園さんは、休んでいた時の授業に関してなのか何か分からないが、担任に呼び出されていた。
その次の日もやはり、彼女は話しかけてはこなかった。どうにしろ木曜と金曜はアルバイトがあるので一緒に帰れないから、あまり気にも留めていなかったのだ。
この時の私は本当に莫迦で……今までに友人が碌に居なかったからとか、そんな事は言い訳にならない程の愚昧だった。
本や、テレビや、映画の物語の中で、友人とはなんたるものか、私は知っている筈だったのだ。
しかし、私には当てはまらないと、頭の片隅に追いやっていた。
他人に興味がないだのなんだのと、格好を付けていた事が仇になった。
薔薇園エイミーの身の回りが、どんな事になっていたのかを私は知らなかった。
週末を跨ぎ、月曜、火曜と学校に来ていた薔薇園さんは、水曜にまた学校を休んだ。
風邪がぶり返したのだろうか?
とこの時の私はまた莫迦な事を頭に浮かべては適当に隅の方に追いやっていた。
昼休みになり、何処で昼食を取ろうかと考えながら立ち上がった時、進行方向からやってきたクラスメイトの女子にぶつかってしまい、薔薇園さんの席に手を付いた。
「あ、ごめんね〜」
「……いえ」
適当にやり過ごし、その場を去ろうとしたのだが、薔薇園さんの机の引き出し部分からハラリと床に落ちた紙が目に入り立ち止まった。
しゃがんで拾い上げ、書いてある文言に目を通した私は目を丸くして硬直してしまった。
『変態露出狂女』
その六文字が、紙一杯に大きく殴り書かれていた。
背筋が凍り、吐き気と震えが来た。なのに心臓が激しく暴れ回り、熱い血液を身体に循環させていく。その温度差がくっきりとしてなんだか眩暈を覚えた。
何故だ?何故こんなものが……?
いつだ?いつから?誰に?バレたのか?誰がこんな事を?どうなっている?薔薇園さんは?今どうしてる?体調不良が原因じゃない?最後に言葉を交わしたのはいつだ?誰が?いつだ?なんで?なんで?なんで?なんで?
様々な思考が頭を物凄い勢いで過ぎていった。ふと、彼女の机の引き出しが目に入った。
グシャグシャになったプリントで一杯だった。
恐る恐る手を伸ばし、それらを掴んで広げて見る。
『変態』『キモい』『露出狂』『裸見せろ』『変態』『露出魔』『キモい』『キモい』『変態』『キモい』『学校来んな』『ヤらせろ』『アバズレ』『露出変態人間』『変態』『キモい』キモいキモいキモい変態変態変態露出露出露出…………
悪意が広がっていた。
幾つもの、何枚もの、悪意という悪意が一面に広がっていた。
それは落ちない染みのようで、ジワジワと私の中にまで根を張り始めた。凍て付いて離れなかった。黒い感情に満たされていった。
「あ、それやばいよね」
女子生徒の声がした。
クラスメイトか?分からない。分からない。
「ラインで回ってきたの見た?……あれ、篠嵜さんってグループ入ってないんだっけ?」
こいつは何を言っている?分からない。分からない。
「どしたん?」
「アレだよアレ、薔薇園の」
「あーアレね、やっばいよね」
「超変態」
「男子にモテてたのにね」
「男とヤリ過ぎて普通のじゃ満足出来なくなったんじゃね?」
「それある〜」
「やば〜」
「あ、あったあった!これこれ」
視界に強引に入ってきた物は、スマートフォンだった。
街灯に照らし出された夜道で、顔を手で隠した、裸にコートを羽織っただけの女性が写っていた。
クラスメイトなら……誰だかすぐに分かる。
薔薇園エイミーだった。
気が付くと、反射的にその女を殴っていた。
殴って、殴って、殴った。
もう何年も怒っていなかったので、自分が怒っているのかどうかも分かっていなかった。
何故だか涙が出ていた。
もう何年も泣いていなかったので、泣き方を忘れたみたいに声も出さずに涙を流した。
生まれて初めて人に暴力を振るった。
殴る方も痛いんだと、初めて知った。
そう思ったその時、周りの奴らが全員化け物に見えた。