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第一章 露出女子高生との邂逅

 あれから二日経っての火曜日。

 ホームルームが退屈で隠れて本でも読んでやろうかとブレザーのポケットを弄っていると、不意にある事を思い出した。

 あ、そういえば『屋根裏の散歩者』……。

 例の薔薇園さんを目撃した日の昼休み、慌てて旧校舎から戻った為に、あの部屋に本を置き忘れてしまっていた事にたった今気が付いたのだ。

 あれは借り物だし、面倒だけど放課後にでも取りに行くか。

 見つからないので今日の放課後にでも買って返そうと思っていたから、思い出せてよかった。

 普段よりもやや長めのホームルームが終わり、皆それぞれの道に行く。

 私は旧校舎へと向かう為に立ち上がったが、突然担任から呼び止められた。

 「あ〜篠嵜、ちょっと職員室まで来なさい」

 「え?……はい」

 「大丈夫、別に説教とかじゃないから」

 「はぁ」

 「篠嵜さん、今日はむりそ?」

 と、隣の席から薔薇園さんが声を掛けてきた。

 「あー……うん。先帰ってて」

 「りょー」

 そう言って彼女は鞄をもって教室から出て行ってしまった。教卓の方を見やると、担任は教室を出て行こうとするので、私は鞄を取ってその後をやや足早に追い掛ける。

 「……何か用ですか」

 「いや、進路希望調査票出してないのお前だけだからさぁ」

 「あぁ……」

 なんだそんな話か。

 そういえば何を書いたら良いかわからず、出すのを忘れていたな。

 担任のこの美術教師と一対一で話すのは初めてだ。確か一年時もこの人だったが、特に私は授業以外でまともには話した事は無い。

 「あの、別に職員室じゃなくても構いませんが」

 「いや、結構プライベートな話だろ。他の生徒に聞かれるの嫌じゃないの?」

 「特には」

 「そっか」

 丸いメガネと、鳥の巣のようなボサボサの髪の毛が特徴的なこの先生は、やる気のない目をしながらやる気のなさそうな声でそう言った。

 程なくして職員室に辿り着き、彼は自分のデスクに着いて、隣のデスクのキャスター付きの椅子を私の方に引き出した。

 「山中先生居ないっぽいから座って良いぞ」

 「どうも」

 山中……はて、何の科目の教師だっただろうか。まぁいいや。

 「そんで?なんか行きたい大学とかあんの?」

 机の上に置かれた飲み残しのコーヒーカップに口を付けながら担任が尋ねてきた。

 「いえ、特には」

 「じゃあやりたい事とか」

 「特には」

 もう適当な大学名第三希望まで書いて出せば良いかなあ。

 「そっか……今調査票持ってる?」

 「あります」

 鞄に入れっぱなしだった。

 「ここに大学総合ガイドって本がある」

 先生は机の上に無造作に積まれた書類などの山から一冊の本を取り出して渡して来た。

 「はい」

 「そっから適当に三つ選んで書いて出して」

 「……そんな適当でいいんですか?」

 大丈夫かこの教師は。私と同じ事言い出したぞ?

 「だって決まってないんだろ?」

 「そうですが」

 「じゃあしょうがないだろ。まぁまだ二年のこの時期だしな。三年なるまでに考えりゃいいんじゃ無いの」

 「はぁ」

 相談に乗る前に丸投げか……教師によっては「受験は二年生の頃から既に始まっている!」とか熱く語り出す奴もそれなりにいるのに……まぁ長引くよりは良いか。

 「先生もなあ、今の篠嵜くらいの頃には進路なんて思い付かなかったよ」

 懐かしむような声色で担任が言う。

 「そういうものですか」

 「おう、先生は高校生の頃ラーメンが好きだったからな、進路調査票に『ラーメン大学』って書いてすげー怒られたよ」

 「そりゃそうでしょう」

 真顔で何言ってんだこの人は。

 「因みに第二希望は『スーパーおっぱい大学』な」

 「何言ってるんですか?」

 本当に。

 「先生は高校生の頃おっぱいが好きだったからな」

 「今は好きじゃ無いみたいな」

 「もちろん今も好きだが」

 「セクハラですよ」

 「すいませんでした親御さんや他の先生達には内緒にして下さい……」

 サシで話してみるとこんな適当な人だったのかこの教師……。真面目で厳格な人よりはやり易いけれど。

 「まぁ、その内なんか見つかるだろ。見つかんなかったら行けそうな所行けばいいよ」

 「……わかりました」

 彼の話を聞きながら、私は適当にガイドのページを捲って大学を三つ選び取り、用紙に書き込んでいく。

 「書けました」

 「はいよ。もう帰って良いぞ」

 「はい……失礼します」

 調査票を担任に渡して、私は彼に一礼して職員室を後にする。

 進路か……まぁまだ先の話だ。担任の言うように、頭の片隅でゆっくり考えていけば良いだろう。とりあえずどう転んでも良いように、例の高時給アルバイトで貯金だけはしておこう。


 職員室を出た私は、人目に付かぬように旧校舎へと向かった。

 例の窓から侵入し、美術準備室に安置されている胸像の裏から文庫本を回収する。

 さてアルバイトへと向かおうか、と窓の方に近づいた時、私は人影を視認して直様しゃがみ込んだ。

 まずい……。

 さっき見たばかりのあの鳥の巣頭……担任教師だ。

 恐る恐る少しだけ顔を出し、外の様子を覗き見る。

 彼は新校舎の方角から此方の旧校舎へと向かって来ており、何か荷物の入ったダンボール箱を抱えている。

 箱からはみ出て見えるのはカンバスだ……。目的地は恐らくここだろう。早く逃げなくては。

 この美術準備室の窓は校庭とは反対側、つまり校舎裏に位置して目立ち難いが、職員室から旧校舎に来る為の最短ルートは、新校舎の裏口からここの裏口へ通る道だ。

 今ここで窓から出て行くのは見つかる可能性が高い。

 他の教室で身を隠してやり過ごすか……。

 そう思い立ち、私は廊下へ出る為に引き戸をガラリと開けた。

 「えっ」

 「あっ」

 しまった。廊下の状況を把握していなかった。

 迂闊だった。まさか放課後もここに居たとは……。

 薔薇園エイミー。彼女はまたもや廊下でその裸体を空気に晒していたのだ。

 彼女はほぼ目の前に立っており、私と目が合っているがまだ状況が飲み込めずに放心している。だが、徐々にその異国の血が混じったその白い肌を真っ赤に染め上げ始める。

 まずい……。

 しかし……彼女の性癖、先生の来訪という二つの状況を理解している私の方が行動に移すのは早かった。

 「薔薇園さん」

 「えっ……あ、ああ……」

 声を掛けられると、赤くなっていた彼女は段々とその色を失い青褪めていく。

 「話は後、今ここに担任が向かって来てる」

 「えっ?あ、え?」

 「とりあえず隠れよう」

 私は有無を言わさず彼女の腕を掴んで引っ張って行く。

 「あ、あの篠嵜さん……あたし……!」

 「制服は?」

 「えっ……あ、音楽室……」

 「わかった」

 音楽室はこの美術準備室から程近い場所にある。倉庫代わりに残されたこの旧校舎の一部は、以前は特別棟として使われていたそうだ。

 裏口から美術準備室へ向かうなら、この音楽室の前を通る筈、廊下側の状況も把握できるし好都合だ。

 私達は急足で音楽室へと入って身を隠す。

 彼女の脱いだ制服は綺麗に畳まれて教卓の上に置かれていた。

 「今物音を立てるのはまずいから、制服持って教卓の中に隠れて」

 「う、うん……!」

 外の音が聞こえ易いように、私は壁際にあった机に登り上にあるガラス窓をやや開けておく。そのまま薔薇園さんがいる教卓の中へと身を隠した。

 「狭いけど我慢して」

 「……」

 裏口の鍵を開ける音が廊下から聞こえて来る。担任が旧校舎へと入って来たのだろう。

 足音が徐々に近づいて来る。

 そのまま音楽室を通り過ぎ、美術準備室の扉を開ける音が鳴り、中へと入ったようだ。

 「はぁ……はぁ……」

 隣から薔薇園さんの荒めの息遣いが聞こえる。チラリと横目で彼女の顔を確認すると、恐怖や緊張、また興奮などの様々な感情がごちゃ混ぜになっているように見えた。

 程なくして担任は荷物運びを終えたのか、美術準備室から出て、真っ直ぐに裏口の方へと戻ろうとする。

 これで大丈夫か……。

 そう思った矢先、突如この音楽室の扉が開かれる。

 「ッ……!」

 緊張のあまり小さく悲鳴を上げそうになる彼女の口を、私は勢い良く手で塞ぐ。

 まずい……ここにも用があったのか。

 彼は何やら教室の後ろ側で作業をしているようだ。幸い教卓の方に近付いてくる気配はないが……このままやり過ごせる事を祈ろう。

 数分の時間が過ぎた後、今度こそ担任は教室を出て、旧校舎を後にした。

 「……ふぅ……」

 静寂が旧校舎を満たし、私は安堵の溜息を吐く。

 危なかった……。

 教卓から出て、私は体を伸ばす。

 「先生、行ったみたい」

 やや振り返って、教卓の下で屈み込んでいる薔薇園さんに目をやる。

 その目には、涙が浮かんでいた。

 「あ、あの……」

 恐る恐る、彼女は私に声を掛ける。

 「とりあえず服着たら」

 「あっ……う、うん……!」

 それを遮ると、彼女は慌てた様子で制服に袖を通す。

 話す相手が全裸では私も落ち着かない。いや特にこちらから話すことはそんなに無いんだけれど。

 律儀にリボンまで付けた彼女は、改まって私に向き直る。

 「その、ええと……あの」

 「……」

 「こ、この事は……誰にも……」

 「別に言わないけど」

 「!」

 私の返事が意外だったのか、薔薇園さんは目を大きくした。

 「な、なんで?」

 「なんでって……秘密にしたいからここでこんな事してたんじゃないの」

 「それはっ……そうなんだけど……」

 「じゃあ言わないよ」

 「……」

 私の言葉に、彼女はいまいち確信が持てない様子だ。

 「それに、その……篠嵜さんは、不思議じゃないの?あたしが……なんで裸で……」

 「露出趣味とかじゃないの」

 「ッ」

 露出趣味、と聞いた途端赤くした顔を手で覆う薔薇園さん。

 「それは、その……そう……なんだけど……」

 「別に言いふらしたりしないよ……そんな友達も相手も居ないしね」

 「……」

 「……それじゃあ私行くね」

 そのまま彼女は黙りこくってしまったので、私はアルバイトに向かう事にした。進路の件と今の出来事で思ったより時間を食ってしまった。

 「あっ……」

 教室の扉を開き、外に出る時に彼女が何か言い掛けたが、私は後ろ手に閉めた扉でそれを遮ってしまった。このままでは時間に遅れてしまいそうなので仕方がない。

 念の為辺りに教師や生徒が居ないことを確認した後、私は旧校舎を後にした。


 私はこの時の事を、後悔する事になる。

 もっと彼女の話を聞いておけば良かった。もっと彼女と話をしておけば良かったと。

 こうして立ち去る私の姿が、態度が、彼女の目にはどう映ったか。

 異常性癖を持っている誰もが……いや、もうそんな事は関係ない。この世界の誰もが抱えてる不安や葛藤を……この時の私はちっとも理解できていなかったのだ。

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