第一章 露出女子高生と私の休日
あの後帰宅して、『屋根裏の散歩者』を探したが何故か見当たらなかった。
学校の机に入れっぱなしにしていたのかもしれない。
彼はああ言っていたけど、失くしたとあっては申し訳が立たないので、月曜に学校に行って無かったら買って返すか。
現在は日曜日、今日も今日とて暇を潰している。九時頃に起床した時点で母は家に居らず、書き置きの内容から察するに、どうやら知人と出掛けているらしかった。
リビングでテレビをぼうっと流し見していると、スマートフォンが着信音を鳴らし始めた。
母だろうか。
しかし、表示されているのは『薔薇園エイミー』の文字だった。
そういえば、この間連絡先を交換したんだっけ。彼女にせがまれて、特に断る理由もないから応じたが、これが中々に面倒だった。
彼女がやたらとメッセージを送って来るので、それを一々返すのが億劫なのだ。
内容はほぼ雑談。どうせ学校で会って話すというのに、この女と来たら話す事が尽きないのか何通もメッセージを送って来る。
返信をすると数秒で返事が返って来てしまう為、私は一日一回か二回程度の応対で終わらせる事にしたのだ。
しかし今回は電話と来た。これは流石に出てやるかな。
「もしもし」
『あ、篠嵜さんおはよ〜。起きてた?』
スピーカーから彼女の元気な声が響く。
「起きてるよ、もう十時だし」
『だよね〜。ねえねえ、今暇?』
「……まあ暇だけど」
『遊ばん?』
「……まあいいけど」
『おっしゃ!何処行く?』
「任せる」
事前に決めておけよ。ほんと突発的だなこの人は。
『じゃあさじゃあさ〜、篠嵜さん普段何処で遊んでんの?』
「いや、遊んでないけど」
『ん?どゆこと?』
「小さい頃公園で遊んでた記憶はあるけど、特に目的持って誰かと何処かに出掛けた事はないよ。なんならこの間のケーキ屋が初めて」
『え?マジ?ヤバ』
「ヤバくねーよ」
『篠嵜さんだいじょぶそ?』
「何がだよ、別に大丈夫だよ」
失礼だなこの人。
『えっじゃあ初デートじゃんね!うっわどうしよ。これは気合い入れてかないとダメだわ』
「なんでデートになるの」
時折薔薇園さんの言ってる事が分からなくなる。ギャルの言葉と思考は読めん。
『とりま十三時に瑞江集合おけ?』
「おけー」
『え?どしたん篠嵜さん。だいじょぶそ?』
「……もう二度と言わない」
『うそうそごめんて!怒んないで!』
「別に怒ってないけど」
『うん知ってる』
なんだこいつは。
『そんじゃお洒落してきてね〜!ぜったいだよ?ではのちほど〜』
やかましかったので私は返事の代わりに通話を切り、スマートフォンを放り投げる。
お洒落ねえ。服は母が買って来るものを適当に着ているからよく分からないんだよな。
土曜のアルバイトとか服考えるのが面倒だから制服着て行ってるし。
今日も制服で行こうか?いや、なんか薔薇園さんに怒られそうだな。
そんな事を考えながら十二時頃に昼食を取り、自室に戻った。箪笥を開いて適当に上下を選んで袖を通す。
実家を出た兄のお下がりのTシャツと、適当なジーンズだ。まぁこれでいいだろう。
因みに、要所要所で私の口が悪くなるのは兄の影響である。兄はとんでもなく口が悪かったので、気が付くと部分的に移ってしまったのだ。
まあ、そんな事はどうでもいい。
約束の時刻が近づいてきたので、私はスニーカーを履いて家を出る。
私の家から瑞江駅までは徒歩十五分程度だ。若干の余裕を持って出たから遅れたりはしないだろう。
しかし暑くなってきたな。最近春と秋の存在感がどんどんと薄まっている気がする。
程なくして瑞江駅に辿り着くと、駅前の広場にある時計の下で薔薇園さんが待っていた。
「おまたせ」
方向的に後ろを向いていた彼女に私は声をかける。
「あ、篠嵜さん!全然待ってないよ〜……ってダサッ」
は?なんだいきなり。
私の方を向くなり薔薇園さんはドン引きしている。
「え?待って?ダサッ何それ?」
「何が」
「いや服」
「私服だけど」
「え?なに?コンビニ行く時の格好で来た感じ?」
「適当に引っ掴んで着て来ただけだけど」
「なんでよ!お洒落して来てってゆったじゃん!」
「いや、よくわからないし」
「ひど〜い!何そのヨレヨレのTシャツ!」
「兄のお下がり」
「そんなのダメだよ!あとそのプリントされてるキャラなに⁈」
「えどちゃんだよ。知らないの?江戸川区オフィシャルキャラクターだよ」
「知らん!」
なんだこの女。江戸川区に住んでる癖にえどちゃんを知らないのか。
この様子だと『江戸川元気!パラダイス』も観てないかもしれないな。因みに私はげんき〜ずのたつや推し。まあ偶にしか観てないけどね。
「あとそのサイズ感も丈も合ってないジーンズもダメ!」
「ええ……薔薇園さんもTシャツにジーパンじゃん。なんかブカブカだし」
よく見てみれば、彼女も白いTシャツにジーパンという出で立ちだ。私と変わらないじゃないか。彼女には大き過ぎる気もするし。
「これはオーバーサイズって言うの!大きめを可愛く着るやつなの!」
「あっそう」
よくわからない。
「もぉ〜!とりま服買いに行こ!」
「別にいいけど」
プリプリと怒りながら彼女は歩き出す。
何処に連れて行かれるのだろうか。
「都心に行くのと千葉行くのどっちがいい?」
「近いから千葉」
「じゃコルトンいこっか」
この瑞江駅は都営新宿線が通っており、二駅先にある本八幡駅で降りるとなんとそこはもう千葉なのである。
コルトンというのはその本八幡にある複合商業施設の名前だ。食品、アパレル、雑貨、家具、楽器屋、本屋、映画館となんでもござれで、正直都心に行って何かを買う必要がないのである。
とは言うものの、最近の女子高生は新宿やら渋谷やら原宿やらで服を買いたがるものだとばかり思っていたが、薔薇園さんはそういう訳でもないらしい。
駅に入り、地下へと続くエスカレーターに乗りながら、彼女の服装を改めて見やる。
薔薇園さんはもっと露出過多な服装で来ると思っていたが、見るからに普通の夏服だ。流石に偏見が過ぎただろうか。露出嗜好があるからと言って、常日頃からその様な格好をしたがるとも限らないし。
改札を通って電車に乗り込み、五分程で本八幡に辿り着く。駅前にはコルトン専用無料送迎バスが出ているのだが、歩いても十分掛からない程度の場所にあるので徒歩で向かう。
「篠嵜さんはどんな系統の服すき?きれー目?」
道中隣を歩く彼女がそんな事を尋ねて来た。
は?切れ目?
「何、分かんない」
「綺麗目だよ綺麗目。シャツとかタック入りのパンツとかでちょい清潔感高めな、なんか上品なイメージ」
「ああ、成る程」
オフィスとかでも着て行ける系って事かな?
「じゃあ今日の薔薇園さんは汚ねえ目?」
「違うよ!ストリート寄りのカジュアルとかそっち系だよ!……え?何?小汚い感じする?やだ……えーん……」
「ダボダボのTシャツとジーパンだし」
「だからそういうファッションなんだってば!」
またもやくだらないやり取りを交わしながら、目的地へと到着する。
「よし!篠嵜さんオシャかわ作戦開始だ!」
「うるせえ」
「なんでそんなテンション低いの?だいじょぶそ?」
「だいじょぶだいじょぶ」
なんかこの子といると偏差値とかIQとか下がった感じするな。
私は薔薇園さんに手を引かれ、とりあえず手近なアパレルショップへと連れて行かれる。
「篠嵜さん激マブだからねー。なんでも似合うよ」
「激マブって……」
「やっぱ黒かな、雰囲気的に」
スタンドに掛かった黒いワンピースや、ブラウス等をあれこれ私に翳しながら彼女は楽しそうにしている。
「楽しそうだね」
「ん?たのしーよー?服すきだし」
この子はいつもニコニコしていて眩しいな。
「篠嵜さんはたのしくないかんじ?」
「別に……」
退屈凌ぎには丁度良いかな。
「なんか篠嵜さんって沢尻エリカみたいだよねー。「別に……」って連発するし。ファンとか?」
「意識した事ない」
「じゃあ純正沢尻エリカだ!」
「それはもうただの沢尻エリカそのものだろ」
それにそんなに「別に」連発してなかっただろ私もエリカも。いや、私はよく言ってるか。
「ていうか、篠嵜さんも選んでよ!篠嵜さんの服だよ?」
ガチャガチャ服を手に取っては戻してを繰り返す彼女が、そんな事を言ってくる。
「いや、だからよく分かんないし」
「ファッションなんて好きなもの好きなように着れば良いんだよ。じゆーじゆー」
「じゃあ私のこれダサいとか言うな」
「だってそれはこだわって着てるわけじゃないっしょ?」
私が着ているえどちゃんTシャツを指差して彼女はそう言った。
「こだわり持って着てたらダサいなんて言わないよ。首元とかヨレヨレだしサイズも合ってないし、ちゃんと選んで大事に着てるわけじゃないじゃん?」
「……まあそうだね」
この子は、よく人の事を見ているな。世渡りが上手そうだ。
「その人の好きなものはバカにしないよ。でも見た目はとっても大事。服装一つで人の目は良い方にも悪い方にも転んじゃうの。たったの服一枚で損も得もするんだよ。だから篠嵜さんのその適当に引っ掴んで来たぜコーデはダメ」
彼女は冗談めかしでダサいと言って来たが、あくまで主観的な否定ではなく余計なお世話だが私の為の助言的な意味合いって事か。
「もちろん、中身もだいじだけどねっ」
そう言って子供っぽく舌を出す彼女は、私なんかよりよっぽど大人に見えた。
まあ、第一印象は見た目が六割とか聞いたことあるしな。わざわざ自ら悪い方に向かうのも馬鹿な話か。
「わかった……でもやっぱり服の事は分かんないからもう薔薇園さんに任せる」
「おっけい〜。じゃ、これ着てみよ!そんでおそろっちしよ!」
「おそろっち?」
「おそろい!」
「あー……はいはい」
その後、三、四着程服を選んで貰ってアパレルショップを後にする。因みにそのうち一着の黒いワンピースは着たままで購入という形になった。
次は靴やらサンダルを買うんだそうだ。女子高生は大変だなあ。
「あれ?恵子ちゃん?」
ABCマートに向かう道中、突然何者かに声を掛かられる。
誰だろう。
そちらの方を見やると、茶髪のクール系イケメンが立っていた。
黒いスキニーパンツに白いTシャツを着た姿が、スタイルの良さを際立たせている。やや長めの髪は後ろで軽く結ばれており、スーツなんか着させたらNo. 1ホスト待ったなしって雰囲気だ。
え?マジで誰だろう。
「へえ、私服も可愛いね。今日はお買い物?」
そこらに居る女性を十人は殺せそうな顔と声で男性はそう言った。
「え?篠嵜さんこのイケメンだれ…?彼氏?」
「え、いや……彼氏とか居ないけど……」
薔薇園さんは、私の腕を掴んでそう尋ねるが、全く身に覚えがない。何者だこの人。
「ん?ああそっか……仕事以外で会うのは初めてだったね。僕だよ、嘉靖だ」
とここで、この男の口からとんでもない言葉が発せられた。
は?このイケメン嘉靖さん⁈
「かせ……嘉靖さん?」
「そうだよ。ごめんね、驚かせて」
そう言って謝りながらも一切表情を崩さないその顔立ちは、確かによく見れば嘉靖さんそのものだった。あんまり知識がないから気が付かなかったが、メイド服を着ている時はメイクしてたんだなこの人。
「あ、いえ……気が付かなくてすいません」
「いや、気にしないで……そっちの子は友達?」
「ど、ども……薔薇園エイミーです」
オフバージョンの嘉靖さんのイケメンオーラに当てられて緊張しているのか、薔薇園さんは辿々しい口調で挨拶をする。
「どーも、嘉靖っていいます。恵子ちゃんとは……バイト仲間、かな」
「そう、なりますね」
まぁ一応同じ場所で同じ人物に雇われているって点では間違いではないしね。
ていうか嘉靖さんにけいこちゃんって呼ばれんの恥ずかしいな。むず痒い。
「へぇ〜……そういえば篠嵜さんって何のバイトしてるの?」
げ、まずい。大それと人に話せる内容ではないのだ、私達のアルバイトは。
しかし流石は嘉靖さん。どう誤魔化そうかと頭を悩ませる私に、一切の違和感も見せずにフォローを入れる。
「僕と恵子ちゃんの共通の知り合いが居てね、彼は椅子職人なんだけど……そこでお手伝いというか、働かせてもらってるんだ」
おお、まったく嘘を付かずに誤魔化した。助かります。
「へえ〜そうだったんだあ」
よし、薔薇園さんは信じてくれたようだ。
「それじゃあ僕は行くよ、また今度」
これ以上深掘りされるとまずいからか、嘉靖さんはそう言いながら私達とは別方向へ去って行ってしまった。
「あ、お疲れ様でした」
「さよなら〜」
ふう、焦った。あんな違法バイトバレたらヤバいからなあ。いや、でも薔薇園さんも異常性癖者だし、サロンに迎え入れても良いのではないか?
いや、そもそも私は彼女の性癖について何も知らない体で接してるからそれは無理か。
「いやぁ、篠嵜さんあんなイケメンと一緒にバイトしてたんだ〜。やるね〜」
と調子を取り戻した薔薇園さんが私を肘で突いて茶化してくる。
「別に何もないよ」
この間まで女の人だと思ってたしね。
あの様子を見るに、彼は性同一性障害という訳ではないのかな。単なる女装趣味ってやつか。いや、単なるって言葉で片付けるのは失礼だな。
「薔薇園さんは?」
そういえばこの女こそ恋人とかいないのか?普通に学外の年上とかと付き合ってそうなイメージだが。
「ん?」
「彼氏くらいいるんでしょ?そっちは最近の女子高生なんだし」
「自分も最近の女子高生っしょ?何言ってんの?」
「まあそれもそうなんだけど」
「居ないよ」
いつもの通りの軽いトーンの返事に、少し違和感を覚えた。この間のケーキ屋の時と同じだ。恐らくこれは……。
「居ないって言うか、たぶん出来ない」
それだけ言って、彼女は靴屋に向かって歩き出す。
彼氏を作らないのではなく、作れない。
それは、貴方の露出趣味のせい?
なんて事、聞けるはずもなかった。
私だって、彼ら彼女らの話を理解する事は出来るけど、共感してあげる事は出来ない。
ましてや好きになった人が、自分に理解を示してくれるとは、限らないのだから。
「いやあ買った買った!」
「重いんだけど……」
現在私達は本八幡駅に向かって歩いている。
あの後、靴やらサンダルやらを幾つか購入し、ゲーセンに連れて行かれてクレーンゲームをやらされたり、メイク道具を買わされたりと言った具合で行動していたら、大荷物になってしまった。
「そういや勢いで買いまくっちゃったけど、篠嵜さん、お財布だいじょぶそ?」
「ああ、うん。お年玉もお小遣いもまともに手付けたことないから」
「えっヤバ。めちゃ偉いね」
「別に」
「おっ沢尻エリカ」
「ちげーよ」
使い道が無かっただけだ。
普通だったらいきなりこんな量の買い物をして来たら「あんたこんなに買えるお金、どうやって手に入れたの⁈」って親に怪しまれる所だが、私が今の今まで本以外でまともな買い物をして来なかったことは親も知る所だ。問題ない。
それに、高校に上がってから「そろそろお洒落したら?」とか小五月蝿い事を母に言われるようになったから丁度良い機会だ。
「てかお腹へったね〜。夜いっしょたべん?」
「あー……まぁいいよ」
夕飯は適当に済ませろって書き置きにあったし。
「なんか食べたいのある?」
「サイゼ」
「サイゼすきなんだ?」
「まあ、好きかな」
「おけ〜」
食べ物にあまりこだわりは無いが方だけど、サイゼはそこそこ好きだ。安いし美味しい。私の家から少し離れた所にも店舗が一つあり、母が食事を用意できない時はよくそこで済ませている。
もちろんここの駅前にもサイゼはある。
店内に入ると、日曜の夜だけあって少々混雑していたが、空席待ちがいる程ではなかったのですぐに通される。
「いや〜お腹すいた!何食べよっかな〜」
席に付いてメニューを開く薔薇園さんを他所に、私は注文票に番号を書き込んでいく。
商品にはそれぞれ番号が割り当てられており、該当する数字をこの表に書き込んで店員に渡す事で注文が出来るのだ。数年前に感染症が流行ってからというものの、サイゼはこの注文方式を採用している。
私は自分が食べたい物の番号は全て覚えているので、新商品が出たりしない限りメニューを見る必要はない。
「え?待ってやだ。篠嵜さん番号おぼえてるかんじ?」
「覚えてる感じだけど?」
「えっきも」
「いちいち失礼だなあ」
エスカルゴはAA05。小エビのサラダはSA02。カルボナーラはPA05といった風にいつも頼んでいるものは記憶している。
いや待てよ?今月貰った給料は既にかなりのものだったし、今日の買い物分を差っ引いてもまだかなりの余裕がある。サイゼならもっと豪遊出来るのでは?
よしAA01とAA10、MT02も追加しておこう。
「DB01はどうする?薔薇園さんも頼む?」
「ごめんなに?わかんないんだけど」
「ドリンクバー」
「やばっ……うん頼みます……」
「はいはい」
本当に失礼な小娘だ。サイゼに通ってれば普通覚えるだろうに。
店員を呼んで注文を済ませて二人でドリンクバーへと向かう。
「てか頼み過ぎじゃね?」
「お腹空いてたから」
「食いしん坊じゃんね?かわい〜」
食いしん坊は可愛いのか?まあ女子高生って箸が転んでも「かわいい〜」って言う生き物らしいからなあ。
私はコーヒーを、薔薇園さんはメロンソーダをそれぞれ注ぐ。
「苦いの好きなんだ?」
「いや別に、そんなこだわりはない。家にペットボトルのやつがあるからいつも飲んでるだけ」
「そっか〜」
互いに席に戻り、料理が来るまで子供用の間違い探しをしながら待つ。
因みに私は前に来た時に全て見つけ、既に答えを知っている為眺めているだけだったが。
「……そういえば、日曜に私なんかと居て良かったの?」
「え?なんで?」
ふと気になった疑問を薔薇園さんにぶつけて見る。彼女は間違い探しに目を落としたままで返事をした。
「他に遊ぶ子居たんじゃないの?」
「別に居ないよ〜」
前も気になったが、この子は誰か特定のグループと連んでいる訳ではないのだ。かと言って私と違って全く遊んだ事が無い訳ではないだろう。
「断られたとか?」
「違うよ〜」
私の言葉に、顔を上げた彼女は可愛らしい笑顔でこう答えた。
「篠嵜さんがすきだからだよ、前にも言ったでしょ?」
「……」
面と向かってそんな事を言うので、私は思わず顔を背けてしまった。
「楽しいとは言ってたけど、好きとまでは言われてない」
「あっ照れた」
「別に照れてない」
調子が狂うな……なんだってこの女は私なんかに構うのだろう。
「クラスのみんなはさあ……」
ふと、また彼女の声のトーンが落ちた気がした。
「誰が可愛いとか可愛くないとか、ウザいとか面白くないとか……あっちのグループがどうのとかこっちのグループならどうのとか…。疲れちゃうんだよねえ」
ここで初めて、目に見えて彼女の表情に少しだけ影が落ちる。思えば、この子がここまでハッキリとした負の感情を言葉の中でチラつかせたのは初めてだった。
その容姿や、ハーフという生い立ちから、思うところがあったのだろう。
「でも、篠嵜さんはそーゆーのないじゃん」
「……」
「だから落ち着くの」
「…………違うよ……」
そう、違う。彼女は間違ってる。私はそんな人間ではないのだ。
ただ、空っぽなだけなのだ。
「貴方は何か、勘違いをしている。私はただ……」
「きょーみがないだけなんでしょ?」
「!」
続く言葉を言い当てられて、私は押し黙ってしまった。
「わかってるよ。篠嵜さんがあたしに興味ない事くらい。でもそれで良いんだよ」
そう言ってまた彼女は笑った。いつもの笑顔だった。
「それにさ」
「お待たせしました〜」
彼女の言葉を遮るように、注文した商品が運ばれて来た。
店員は手慣れた手付きでそれをテーブルに並べて、厨房へと戻って行く。
「サイゼと同じくらいには、あたしのこと好きなんでしょ?」
「は?」
彼女の口から出た意外な言葉に、私は首を傾げる。何を言ってるんだ?この子は。
「私の名前、覚えてくれたじゃん?」
初めて話した時は、確かに私は彼女の名前も、クラスメイトの誰の名前も覚えていなかった。だからと言って、何故そんな話になるのか。
そんな彼女は、私が注文したエスカルゴの皿をカトラリーでコツンと鳴らしてこう言った。
「AA05と同じくらいには、私のこと好きってことじゃんね?」
「…………ふっ」
あまりにこじ付けの過ぎる彼女の言葉に、私は思わず笑ってしまった。
「あっ篠嵜さんわらったのはじめてみた!」
「ふっ…ふふっ…馬鹿じゃないの?」
「かわいい〜!写真撮っていー?」
「やだ」
調子に乗ってスマホを取り出す彼女を手で制する。
まあ、そうだな。確かにそうだ。
きっかけは彼女の性癖を盗み見てしまったことだったが、それが無くとも私は彼女にサイゼ程度の興味を抱いていたに違いない。
「ま、そのうちサイゼより好きになってもらうからさ」
そう言って彼女は美味しそうにピザを頬張った。
「勝手にすれば?」
と私もエスカルゴに舌鼓を打ちながら返してやった。
多分、生まれて初めての友人が出来たような、そんな気がした。
友人なんて居ても居なくてもどうでもいいと思っていたけれど、なかなかどうして悪くない。暇潰しにはもってこいだ。これも刺激の一つだろう。
普通の女子高生なら、友人と買い食いしたり、服を買いに行く事も必要だ。
まぁ、私もこの子もどうやらあんまり普通じゃないのだけれど。