第三章 異常性癖者だらけの学園祭
私は音楽を聴く時は、CDプレイヤーかウォークマンを使っている。
今時時代遅れだと思うかもしれないが、特に変える気は無かった。強い思い入れがある訳では無い。元々兄さんが使っていたもので、彼が新しいのを買った際にお古を貰ったのだ。
私のウォークマンには、兄さんの作った曲が幾つも入っている。
兄さんは家を出て行ってからというものの、手紙も、電話の一つも寄越さなかった。でも、何故か差出人不明のCDだけが、何枚も何枚も家に届いた。
兄さんは曲を作る度に、CDに焼いて私達に送り続けた。
父と母は毎度、一度も聴かずに捨てようとしていたけれど、私はなんとなくそれをこっそりゴミ箱から拾い上げてウォークマンに入れて聴いていた。
当時は何故兄さんがこんな事をするのかが分からなかったけれど、今ならなんとなく分かる。
自分が作った曲で、父と母に伝えたかったんだと思う。
家を飛び出した理由を。
音楽をやる理由を。
前を向いて、生きる為の理由を。
兄さんの曲は叫んでいた。分かって欲しいと言っていた。
当時の私はそれを理解していなかったけれど、今なら分かってあげられる。
それを今更兄さんに伝える事は出来ないけれど、両親には伝えられるんじゃないだろうか。
とは言っても、それで兄が浮かばれるかどうかは、もう分からないのだけれど。
……………
学祭当日の朝が訪れた。
昨日の宵に掛かって来た卑猥電話で、掛川君から両親の承諾が得られた事を聞いて、とりあえずは一安心だ。
後は、全力で聴かせてやるだけだ。全力でぶん殴れば良いだけだ。
支度を済ませて、玄関から外へ出ると肌寒い風が私の身体を通り抜けた。一度部屋へと戻り、黒いカーデガンをクローゼットから引っ張り出して羽織り、今度こそ家を出る。
予報では晴れだったけれど、空を見上げると灰色の雲が散らすように浮いていた。学祭の特設ステージは校庭に設置されるから、急な雨で中止にならない事を祈る。
軒先にてるてる坊主でもぶら下げておけば良かったかな、なんて柄にもない事を考えてしまった。
通学鞄のポケットからウォークマンを取り出し、それに繋がれたイヤフォンを耳に付ける。
今日演奏する曲を流そうかと思ったが、今更聴き返さなくても頭と体で覚えている……土壇場でジタバタしててもしょうがない。アーティスト欄から篠嵜恵の名前を選択して再生ボタンを押した。
兄さんの曲は、ヘヴィメタルや、ハードロック、プログレッシブ等のジャンルが殆どだ。だけどそんな中に、一つだけバラードの曲がある。
曲名は『Grace Child』……graceは恵、childは子供……私の恵子という名前を文字った曲名だと気が付いたのは実はここ最近の話だ。
歌詞は英語で書かれているが、ざっくり訳すと私が産まれて来た時の事を表現しているようだった。
捻くれた、極端な事ばっかり言うあの人らしくない実直で優しさに溢れた歌詞だった。
いつかの兄が私に伝えたかった事は、時を経て音に乗せて私に届いた。
面と向かって言えなくても、音楽なら伝えられる。そんな思いが……やり方があっても良い。
そんな曲に耳を委ねながら歩いていると、不意に背後から肩を叩かれた。こんな気安いのはエイミーだろう。
「おは〜」
イヤホンを外しながら振り返ると、私とは対照的にピンクの派手なカーデガンを羽織ったエイミーが手を振りながら立っていた。
秋めいて来たからか、いつものアンクル丈のソックスではなく、ルーズソックスでその白い脚を包んでいる。
「おはよう」
「いや〜、ようやく学祭だねえ」
「そうだね」
「ケーコちゃんほんとに準備ひとつも手伝わなかったねえ」
「そうだね」
並んで通学路を歩きながら、いつも通りの他愛もない会話の応酬を繰り返す。
「てか音楽聴いてるなんてレアだね。何聴いてたん?」
「あー……ブラックサバス」
「なんそれ」
「知らないならいいよ」
「ふーん」
兄が作った曲だと説明するのも面倒だったので、普段一番聴いているバンドで誤魔化す事にした。
そう言えば、このバンドのボーカルもついこの間亡くなってしまったんだっけ。
「もっとKPOP聴きなよ。アガるよ?」
「何が上がるの」
「テンション」
「あーね」
「うっわてきとー」
軽く流すような私の態度に、唇を尖らせるエイミー。そんな表情でさえ可愛らしくて堪らない。ほんと何百回見ても顔が良いなこいつは。
「で、どうなん?」
「何が」
「学ステ」
「何それ」
「学園祭スターライトステージ」
「何その学マスとデレステの混ぜ物」
「何それ?」
思わずツッコミを入れてしまった私に対し、エイミーは不思議そうな顔をしながらスクールバッグから一枚の冊子を取り出してこちらに手渡して来た。どうやら学祭のプログラムのようだ。開かれたページを見てみると、確かに校内マップの校庭の位置に『学園祭スターライトステージ』と記載されている。どうやら正式名称のようだ。
「バカじゃないの?」
「どして?」
「いや、分かんないならいい」
「ふーん」
説明しても知らないだろうし、しょうがない。ままならないね……。
因みに私は篠澤広が一番好きだ。おもしれー女はおもしれーから好きだ。顔も良いしね。
しかし体育祭の時もそうだったが、うちの学校は行事の時に悪ノリする奴が多いようだ。
「そんで?どうなん?」
ああ、即席ユニットの出来栄えを聞いて来たんだったな……。
「どうだろ、人前で演るのは初めてだしね」
「そっか……きんちょーしてる?」
「別に、聴かせたい相手は二人だけだし」
「……あたしと椅子の人?」
「ちげーよ。掛川君のご両親だよ」
ステージ二出る理由は前もってきちんと説明した筈なんだがな。
そんなくだらないやり取りを続けながら、程なくして学校へと辿り着いた。
正門には木材で組み立て、ペンキで塗装され、装飾が施されたアーチが建てられていた。
あちこちに出店が立ち並び、早くに来て開店の準備をしている者も多くいる。
皆んな気合い入ってるなあ。
さて、泣いても笑っても今日で決まる。
掛川君が自由を得て私と別れるか、理解を得られず二人で駆け落ちか。
でも、兄から貰った音楽がある。積み上げて来た彼の音色がある。
これで心が動かない者なんて、いる気がしない。
………………
「らっしゃっせー、しゃっせー」
学園祭実行委員長より、学祭の開催宣言がされてから早一時間。私はメイドさんになっていた。
……私がおかしくなった訳じゃない。今現在メイド服を着せられているからメイドさんになっていると表現したのだ。私は大丈夫だ。
朝礼前、教室に入ってすぐにクラスメイトに囲まれた。掛川君との練習でクラスの催しの準備をすっぽかし続けていた私は、せめて当日くらいはメイド服を着て手伝ってくれと頼まれてしまった。適当に躱して学祭開始直後に旧校舎に逃げ込もうと思ったのだが、私のメイド服姿が見たいと言い出したエイミーに駄々を捏ねられ、渋々引き受けたのだった。
面倒臭い事この上ない。
正直言って飾り付けられたこの教室と、メイド服に身を包むクラスメイトの姿を見るまで、このクラスがメイド喫茶をやる事すら忘れていた。
現在私は教室前に建てられた『萌え萌え♡メイド喫茶☆にねんびいぐみ』と書かれている看板の横で客引きをしていた。
「しゃっせー、らっしゃっせー」
「ちょっとケーコちゃん!ラーメン屋じゃないんだからちゃんとして!」
しゃっせしゃっせ言っていたら、教室内で給仕していたエイミーが扉から顔を出して苦言を呈して来た。
「エイミー、こういう接客的な事は私に向いていないんだよ」
「グダグダもんく言わない!」
「はいはい」
再び引っ込んで行ったエイミーに適当に返事をしてから、私は無表情で客引きを継続する。
「はい安いよ安いよー、お買い得だよー」
しかしアレだな。スカートが短すぎるなこのメイド服。フリルがふんだんにあしらわれたエプロンに、これまたフリルの白いカフス。カチューシャやらワンピースの裾の至る所がフリフリで仕立て上げられている。これはこれでアキバ系の拘りがあって可愛らしくて良いのだが、私の好みは普段嘉靖さんが着ているようなクラシカルなメイド服だ。
そうそう、今目の前に居る人みたいな感じで、ロング丈のスカートに飾りは最小限の……って、この人嘉靖さんじゃないか。
「……」
「……ええと……らっしゃっせー……」
いつの間にか私の目の前に立っていた嘉靖さんに対して、私はご挨拶をしておく。
「……成ておりません」
「はい?」
いつもの無表情なのだが、彼は普段より少しキツめの雰囲気で以って話しかけて来た。
「恵子様、それではメイドとは言えません。まず背筋を伸ばして下さい」
うおっ……急に側に寄って来て私の背中に触れて来やがった。
「脚は閉じ、踵を付け爪先はV字に開きます。肘は九十度曲げて臍の辺りで組んでください……多くの人の利き手である右手は左手で隠して……そう、そうです。らしくなって来ました」
私の手や肩に触れながら、姿勢を正していく嘉靖さん。この人、エイミーと並んで意外と距離感近いからドキドキしちゃうんだよな。うーん……顔が良いし、なんか良い匂いがするぞ。
「では恵子様、とびっきりの笑顔で……「お帰りなさいませ、ご主人様」……語先後礼で、角度は四十五度の最敬礼で、はいどうぞ」
「……い、いらっしゃいませ……ご主人様……」
言われるがままに、私は精一杯の笑顔を作って挨拶をやり直す。が、前に言ったかもしれないが私の作り笑いはかなり酷いらしい。たぶん今も相当引き攣った顔をしている筈だ。
だが、嘉靖さんはそんな私に対して眉一つ動かさなかった。動かさなかったのだが……
「……笑顔は諦めましょう」
などと言って来やがった。なんだよ失礼だな、嘉靖さんだって普段ミリ単位も笑ってないじゃないか……って
「なんでいるんですか、嘉靖さん」
私は今更になって沸いた疑問をぶつけてみた。
「エイミー様より、学園祭にてメイド喫茶を催すとのお話を伺ったので、見学に参りました」
参ってんじゃねーよ。いや、体育祭の時もなんも言わずに来たからか来るんじゃないかなとは思っていたけれど。まぁこの人がいるって事は……
「やあ恵子女史」
そんな呼び方をする人は一人しかいない。アニマルセ⚫︎クス博士の紗奈さんだ。
「紗奈さんも来てたんですね……残念ですがこの祭りでは動物の交尾は見られませんよ」
「うん、それは非常に残念な事だけれど、今日私は恵子女史を観察しに来たんだよ」
観察しに来てんじゃねーよ。
「それに、生物部の演し物の中に動物の交尾に関するものが無いとも限らない。前途ある若人の発掘も、私の楽しみの一つなんだよ」
「相変わらずですね」
眼鏡のテンプルを摘んでちょいと持ち上げながら、紗奈さんはニヤリと笑ってそう言った。
まぁ生物に取って交尾は重要な行動だからな。そこについて調べている学生も居るかもしれない。
そして、そんな彼女のいつも通りの白衣姿の後ろに控えているのは……
「お嬢、御勤めご苦労様です」
はい出た。チンピラマゾヒストの百瀬慎也。
「来るなって言った筈だけど?」
こいつにだけは事前に来るなと伝えていたのだが、馬鹿だから頭からすっ飛んで行ってしまったのかもしれない。
「お嬢がメイドやるって聞いたもんで……居ても立っても居られず……お嬢、ここは俺が代わりに……「出来るわけねーだろ」
ふざけた事を抜かす慎也さんに思わずツッコミを入れる。メイド服を着たチンピラなんてなんの冗談だ。いや、それはそれでアリなのかもしれないけどこんな怖い人置いておけるわけないだろ。私は傷を残すようなお仕置きはこいつには行っていないから、最近は生傷が減って来たが、相変わらず古傷が彼の肌のあちこちに目立つ。とりあえずは後でお尻ぺんぺんの刑だな。
「お姉様!」
とここで、そう呼びながら私に抱き付いて来たのは匂いフェチのメスガキTCGお嬢様のジェシーちゃんだった。なんでこいつらといるんだよ……って
「お姉様、メイド服もとってもお似合いですわ!」
「ありがとうジェシーちゃん……ジェシーちゃんは……それ私服だよね?」
私の胸で深呼吸した後、顔を上げた彼女の姿を見ると普段学校以外で会う時のゴスロリ服だった。私には見慣れた装いである。
「いいえお姉様、これは戦闘服ですわ」
しかし、いつもと全く変わらないように見えるぞ。
「なんの衣装なの」
「美術部の衣装ですわ」
この子美術部なんだっけ?
あ〜……なんかそう言えば前にそれっぽい事夏休みの時言ってたなあ。美術部とは名ばかりでデュエバばっかりやってるって。
「そっか」
ゴスロリ衣装とデュエバ美術部がどう関係してくるのかさっぱり分からないが、とりあえず適当に相槌を打つ。
「お姉様も後程来てくださるんですのよね?」
「うん、行く」
おっと、上目遣いで尋ねて来るジェシーちゃんがあんまり可愛過ぎたので思わず即答してしまった。今日もパッチリお目目と吸血鬼めいた八重歯がかんわい〜な。
「やった!美術室にてお待ちしておりますわ!」
私の腕から離れて、ピョンと飛び跳ねて喜ぶジェシーちゃんは今日も元気で何よりだ。
しかしこうして眺めてみると、メイド服に白衣、そしてヤクザスーツとゴスロリいう頓珍漢な出立の彼らだが、この文化祭の雰囲気で幾らか緩和され、そこまで違和感がない。背景に救われたな。
「おや、本当に給仕服を着ているんだね……私の君」
まぁ、当然この人もいるよな。
声のした方を見やると、まだ秋口だというのに黒いタートルネックにカシミヤのベージュ色のロングコートを羽織った椅子の彼が、私のメイド服姿を眼鏡のレンズ越しに眺めていた。
「メイド喫茶の歴史というのは意外に古くてね……明治末期に銀座で開かれた『カフェー・ライオン』が発祥であるとされている。昨今世間的に認知されている秋葉原系のメイド喫茶は二千一年が初だそうだよ。嘉靖が着ているクラシカルなものも趣があって良いが、秋葉原を彷彿とさせるそれもよく似合っているよ、恵子君」
「それはどーも」
相変わらずの勿体振った口調で褒めてくる彼に適当に返事をしておく。しかし相変わらず博識だなこの男は。いつも聞けばなんでも答えてくれる。
「さて、今日の我々はお客様……いや、ご主人様なのだから、是非とも給仕して頂きたい所だね」
うわっ……なんか面倒な事言い出しやがったぞこの男。
「いや、私は顔が良いので客引き係に任命されたので、それを全うしなくては……」
「あ!みんな来てくれたんですね!」
ここはやり過ごそうかと思ったが、再び教室からエイミーが顔を出してしまった。
「やあエイミー君、君も良く似合っているね。異国を思わせる赤毛と、今や日本の文化とも言えるメイド喫茶の衣装もこれまたマッチしていて素晴らしい」
「えへへ、あざっす」
開口一番褒めちぎる椅子の彼に対し、ニコリと笑うエイミーも、改めて見ると確かにメイド服がよく似合っている。
「ほら、ケーコちゃん!客引きはもう良いからご案内」
「えー」
この流れで姿を眩まそうと思っていた私に対して、目敏く指示を出して来るエイミー。
まったくこの子は面倒な事をしてくれるな。
まぁこの際仕方がない。私もやる時はやる女だ。篠嵜流接待術の真髄を見せてやるとするか。そんなものないけど。
私は溜息を一つ溢してから、扉を潜って教室の中へと入りくるりと振り返って異常癖達と向き合う。先程嘉靖さんに教わった姿勢で以て、御挨拶をくれてやる。
「お帰りなさいませ……ご主人様方、お嬢様方」
「ふむ……いつも私の上に座っている君が、こうして接待してくれるというのもなかなかどうして悪くないね」
無表情で分儀礼をする私に対し、特に椅子の彼はご満悦な様子だ。だけどあんまり学校でその手の話はしないで欲しかった。バレたらどうするんだよまったく。
「ではどうぞこちらへ」
顔を上げた私は彼らを客席へと案内する。学習机を幾つも並べてテーブルクロスを敷いた複数人掛けのテーブルにそれぞれを座らせ、メニューを手渡そうとするが……
「恵子女史、私はハブ酒と蝗の佃煮」
「俺ぁ大生とアタリメ」
「わたくしはハーブティーをお願い致しますわ。ローズヒップはバカみたいに多めで」
「私はマリアージュフレールのアレクサンドラダヴィッドネールを」
「では私は玉露と薯蕷饅頭を頂こうか」
「そんなもんありません」
どいつもこいつも滅茶苦茶な注文しやがって。高校の文化祭で酒なんか出せる訳ないだろ。嘉靖さんの注文に至っては飲み物か食べ物かどうかも分からないぞ。
「恵子様、言葉遣いが乱れております」
「はいはい……申し訳ありませんがどれもご用意が御座いませんので、こちらからお選びください」
嘉靖さんからご指摘を頂いだので口調を直しつつ今度こそメニューを手渡す。
一頻り眺めた後、結局皆んな萌え萌えコーラ(ドンキで買ったただのコーラ)やら萌え萌えティー(ドンキで買ったただの午後ティー)やらに落ち着いた。
「恵子君、あと私にはこの『萌え萌えオムライス魔法付き』とやらをお願いするよ」
「あ、それ売り切れなんで無理です」
最後の最後に一番余計な注文をしようとする椅子の彼に対し、私は即座にそれを回避しようとする。
これあれだろ、提供する食べ物に「おいしくなあれ♡」とか言いながら可愛らしいポーズを取るメイド喫茶の文化だろ?私には向かないし恥ずかしいから絶対にやりたくない。
「じゃあ、料金は支払うので魔法とやらだけでも頂こうかな」
「あ、今MP足りないんで無理です」
しかし、尚も食い下がって来た椅子の彼。私は作り笑いが苦手なんだから、悲惨な事になるのは目に見えている。こんな所で恥をかかされてたまるかよ。
「どしました〜?」
が、ここでシルバートレイを片手に持ったエイミーがやって来てしまった。
「エイミー君、この魔法付きオムライスとやらを食してみたいのだけれど、恵子君曰く品切れ且つマジックポイントが足りないとの事なのだが、実際の所はどうなのだろう」
「ポイント?いや、ふつーにオムラはまだあるしまほーも出来ますよ?」
おい余計な事言うなエイミー。て言うかオムライスをオムラって略す奴初めて見たぞ。
「どうやら恥じらっているようだね。では改めてこのオムライス魔法付きを二つお願いするよ。折角なのでエイミー君にもやって貰おう」
「はい、かしこま〜」
なんだお前、らぁらちゃんかよ。
ていうか嘉靖さん、なんでエイミーの言葉遣いには指導しないんだよ。メイド感皆無じゃないか。
しかし……結局やる事になってしまった。こうなったら腹を括るしかない。エイミーは後で叱って置かないとな。
私は一度ドリンクカウンターに行って、クラスメイトに柄付きの紙コップにコーラやら午後ティーを注いで貰う。その間に電子レンジで温めた冷食のオムライスが出来上がったようだ。
それらをシルバートレイに乗せて彼らの元に戻る。
「お待たせ致しました」
「おまたで〜す」
エイミーと手分けしながらそれぞれの注文したドリンクとオムライスを卓に並べる。
「さて、では魔法とやらを拝見しようか」
「ちっ……」
「え、恵子君今僕に舌打ちしたかな?」
「いえ、気のせいです」
おっと……心底楽しそうに言う椅子の彼にムカついたので、思わず舌打ちをしてしまった。
「では、ケチャップで何をお書きしましょうか」
何故かは分からないが、魔法付きを頼まれたらオムライスにケチャップで何か書かなければならないらしいと先程クラスメイトから説明を受けた。
「ふむ……ではお任せしよう」
「かしこまりました」
さて、お任せされてしまったとは言えこういうのは何を書くのが適当なのだろうか。チラリと別卓を見やると、クラスメイトはウサギの絵やら「萌え♡」とかメッセージを書いている様だ。なるほどな。とりあえず適当に思いついた絵やメッセージを書けば良い訳だ。よし、じゃあ……
「…………はい、どうぞ」
私はパッと思い付いた絵をケチャップを用いてオムライスに描き上げる。
よし、上手に描けたぞ。私は美術の成績はそれなりのものなのだ。
「は?ケーコちゃんなんそれ?は?なんで急におっさんの顔描いたの?」
と、ここで何故か首を傾げたエイミーがそんな事を尋ねて来た。
「は?エルネスト・ゲバラだけど?は?何?知らないのエイミー」
「は?知らんけど?」
「は?あー、本名だからわかんないか。チェ・ゲバラだよ」
「はあ?やっぱ知らんけど?」
「は?」
「はあ?」
エイミーがふざけた事を抜かすので、私は思わずま眉を顰めてしまう。
ゲバラも知らんのかこのバカ。相変わらず不勉強な子だなあ。
「エルネスト・ゲバラ……彼はキューバ革命の指導者としてあまりに有名だね。チェ・ゲバラの愛称で広く親しまれていた……本当になんでいきなり恵子君が彼の顔を描いたのかは私にも分からないのだけれど」
「パッと思い浮かんだのがこれだったので」
私は説明をしてくれた椅子の彼にそう答えた。
「ええ……絶対もっとかわいいのあったじゃん……まぁいいけどさ」
ゲンナリとするエイミーを他所に、私は魔法とやらの準備を始める。こんな事はとっとと終わらせた方がいい。
「はい、じゃあ魔法?……おまじない?……とやら行きますよ……エイミー、私が萌えと言ったら「萌え」と続いて、キュンと言ったら「キュン」と続けて」
「え?一緒にやんの?おけ」
「では……喫茶にねんびいぐみ……オリジナルオムライスお二つ、一撃……二千円頂きましたよいしょー」
「は?え?は?」
オムライスに魔法を掛ける為の助走を始めた私に何故かエイミーが困惑している。あれ?これじゃないのか?まぁいい、続けるしかない。
「今日は、我が校の、文 化 祭 。オムライス、美味しく、しちゃ いま しょ」
「え?コール?ホスト?なんで?」
なんだこいつうるさいな、ちゃんと合わせろよ?
「萌え」「も、萌え!」「萌え」「萌え!」「萌え」「萌え!」「萌え」「萌え!」「キュン」「キュン!」「キュン」「キュン!」「キュン」「キュン!」「キュン」「キュン!」「美味 しく なあれっ」「「よいしょー」!!!」
よし、表情とテンションはともかく完璧に出来た。エイミーも最初は何故か慌てていたけれど、ぶっつけでよく合わせてくれた。偉いぞ。
「なんか流れで合わせちゃったけど、これメイドのおまじないじゃなくてホストのコールじゃね?」
「え?」
そうだっけ?
エイミーの指摘を受けてよくよく考えてみたら確かにそうだったかもしれない。サロンのメンバーもキョトンとしていたり苦笑いを浮かべていたりしているし。
「まぁでも大して変わんないでしょ」
「ぜんぜんちがうっしょ……」
そうなのか?
「ふむ、なんだか想像と違ったが……恵子君の普段とは違う一面が見れたので良しとしようか」
ほら見ろ、椅子の彼だってご満悦だ。
皆んなそれぞれ分け合いながらオムライスに舌鼓を打っている。まあ、ただの冷食だしおまじないとやらで味は変わらないと思うが。
「そう言えば恵子女史、ステージに立つんでしょ?何時なの?」
ケチャップを右頬に付けながら、紗奈さんが尋ねて来た。
「ああ、十五時くらいですかね」
「お姉様の演奏……楽しみですわ」
口元にケチャップを付けたジェシーちゃんがそう言ってくれる。
「お嬢は余り人前に立つこたぁ苦手じゃありませんでしたか?ここは代わりに俺が……「出来るわけねーだろ」
左頬にケチャップを付けた慎也さんが意味のわからない事を言うのでまたツッコミを入れてしまった。
「それまではあちこちを回って時間を潰すとしようか」
眼鏡の端の方にケチャップを付けた椅子の彼が……ってなんだそれどうやって付けた。こいつら飯食うの下手過ぎるだろ。
嘉靖さんがハンカチを取り出して無表情で皆んなの顔を拭いてあげている……慎也さん以外の。
そんなくだらない事をしていると、教室の入り口から掛川君が入って来た。
書類を幾つか挟んだバインダーを片手に、右腕には生徒会の腕章を付けている。恐らく申請された演し物と実際のものに相違が無いか見回りに来たのだろう。会長も大変だな。
「あ、皆さんも来てくださったんですね」
あれからサロンのメンバーと頻繁に顔を合わせている彼は慣れた様子で会釈をしながら笑顔でこちらに近付いて来た。
「やあ学君、本日のステージはとても楽しみにしているよ」
片手を上げながらそう答えた椅子の体が、対して掛川君は少し考え込む仕草を取った。
「えっと……すいません、何処かでお会いしましたか?ちょっと記憶になくて……」
え?何言ってんだ練習がてら毎日顔を合わせて……ないや。うん、顔合わせてない。だってこの椅子の人文字通り椅子の人だからな。椅子から出て来てないもんね。
「おや、これは困ったね。恵子君の素晴らしさについてあれ程語り合ったと言うのに。彼女が如何に我々の様な者達の救いになっているかどうかを……」
「ええと……」
この人たぶん面白がっているな?意外とお茶目な面があるんだよな椅子の彼。
「掛川君、この人は椅子の彼」
困惑している掛川君が可哀想なので私が説明してあげる事にした。
「えっ……議長さん?椅子から出られるんですか?」
目を見開いて驚く掛川君。
まぁ驚くよね。こんな文豪の若い頃めいたイケメンだとは私も思わなかったし。
「勿論、出られるとも。しかし、かと言ってやたらと出たい訳ではないんだけれどもね。残暑も鳴りを潜めて、秋風と落葉が擦れ合う音が心地の良い季節になって来たから、薄暗い洞穴から這い出て来たというだけさ」
また勿体ぶった様な話し方の彼だが、詰まる所外が涼しくなって来たから外に出やすくなったというだけの事だ。
「それに、若人達の学園生活に触れられる機会と言うのもそうある事じゃあないしね。学君、エイミー君、ジェシー嬢……そして恵子君の催す物に興味があったのだよ」
そう言えば最悪の日の時もそんな事言っていたっけなあ。恥ずかしいから見にこなくてもいいのに。その内授業参観とかにまで出て来そうで嫌だな。いや、親族じゃないと入れないんっだっけ?まあいいや。
「いやあ、失礼しました。皆さん、来て頂いてありがとうございます」
すぐに表情を改めた掛川君は、サロンのメンバーにお礼を言う。
「礼には及ばないさ、我々はただ君達のステージを見に来ただけに過ぎない。楽しみにしているよ」
「はい」
返事をした彼は、私に向き直る。
「それじゃあ、また後で」
「うん」
掛川君はそれだけ告げると、再度お辞儀をした後教室を後にした。
私達の出番は十五時半だ。時間はまだまだあるが、遅れないようにしないとな。




