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第三章 卑猥電話の彼と

 「……どうして、言ってくれなかったんですか……」

 私は、彼に問い掛ける。

 「……僕も、途中までは半信半疑だったので……あの電話の相手が、本当に篠嵜さんだとは思っていませんでしたから……」

 彼は上体を起こして、ベッドに腰掛け直した。

 「篠嵜さんの番号に繋がったのは、単なる偶然です。いつも適当に押した番号でやっていただけなので」

 なるほど……本当にただの偶然だったのか……。

 「あの電話を掛ける前から篠嵜さんを見ていたという話も本当で……ただ恋愛感情とかそう言うのじゃないとは思います。……前に言ったように、ただ憧れていただけです」

 「……」

 「でも、あの電話が繋がって、本当に嬉しかった。貴方は初めてこんな僕に寄り添ってくれた人で……とても優しい女性だった……」

 卑猥電話に対し通話を切る事もせず、正直に全裸であると答えた私に、好意的な感情を抱いたと……そういう訳か。

 「……私は最後の電話の後、電話の彼……貴方の事を案じていました。凄く追い詰められていたような雰囲気だったので……早まった行動に出るのではないかと」

 私も彼の隣に座り直し、その横顔を見つめながら語りかける。

 肩と肩が触れて、そこだけが暖かい。

 「……あの後、両親と話してみたんです。「やっぱりピアノを続けたい」って。「成績は絶対に落とさないから」って……。でもダメでした。あの人達は聞く耳を持たなかった」

 望まぬ目標を押し付けられ、好きな事を取り上げられた彼は……以降私に電話を掛けて来る事は無かった。

 「……すいませんでした。軽率な提案をして」

 私はあの時彼に「両親と話し合ってみては」と提案したが、上手くいかなかった……私の発言が招いた失態だ。

 「いえ、篠嵜さんのせいじゃありませんよ。……僕としても、あの時話しておいて良かった……背中を押してもらえて……結果はダメだったけど、踏ん切りが付きました」

 そう言って彼は、凄く寂しそうに笑って見せた。

 私の嫌いな笑顔だ。無理して笑う人間の顔は、どうしてこうも私の心を抉るのだろう。

 共感なんてしない癖に、満足に理解も及んでない癖に、上っ面の悲哀だけが私の中身を支配する。

 「もういいんです。言う通りにしていれば、両親もいつもニコニコ笑ってくれていますから。僕だけが我儘を通しても、家族仲が悪くなるだけです……だからこれでもう……」

 彼の様子から察するに、暴力を振るわれている雰囲気ではないが、精神的に追い詰められているのは確かだ。両親の顔色を伺いながら、機嫌を取る為に言う通りにしているなんて、居心地が悪くてしょうがないだろう。互いに共感も理解もしていないのに、どちらかの意見に当て嵌めて、その通りの関係を保てればそれでいいと……でも……。

 「掛川君……私は貴方に話し合ってみればと偉そうに言ってみたけど、私自身両親とそういうことをした経験はないんです」

 「……」

 私の言葉に、彼は黙って耳を傾ける。

 「母は私の交友関係にやたらと口を出して来る人で……「あの子と遊ぶのはやめなさい」とか、「もっと普通の子と関わりなさい」とか仕切りに言って来ましたが、私はそれが理解出来なかった……。理解できないまま、尋ねる事もしないままに私は、友達を作る事を辞めたんです」

 「……」

 「でも多分、話し合ったって私は理解も共感も出来ないと思いました。だって、母の言う「普通の友達」とやらの枠組みの中でしか身動きが取れないのなら、その時まで私が友達だったと思っていた人達を、否定してしまう事になる。でも……子供心に……親に反発しながら生きていく勇気も、気概も私には無かった。納得した振りをしていただけです……。でもせめてもの抵抗にと、友人を一切作らなくなったのかも知れません」

 私が中学くらいの時の母の様子を見るに、全く交友関係のない私を今度は「普通じゃない」と思い、「そろそろ友達でも連れてくれば」と言って来た。対しては私は「別にいないから」と答えて、それ以降母はその話はしなくなった。

 変な人間と連むよりは、誰とも連んでいない方がマシだと思ったのか、それとも自分が言い出した事で私がこうなった事に思うところがあったのかは分からないけれど。

 「だから全部ではないけど、掛川君の気持ちも少しは分かります」

 考えない振りを、感じてない振りをしていたって、自分は騙せない。

 私は多分悲しかったから、ああやって抵抗にもなっていない下らない駄々を何年間も捏ね続けてきた。

 でも、真面目で温厚な彼は、満足な抵抗も、駄々を捏ねる事も出来ずに、こうやって苦しんでいる。

 「だから、一発ぶん殴って見ませんか」

 「え?」

 立ち上がってそんな事を言い出した私を、彼は目を丸くして見つめて来る。

 互いに一糸纏わぬ姿で、なんでこんな話をしているんだろう。でも、構わない。今はそんな事はどうでも良い。

 「殴ると言っても、実際に拳を上げる訳ではありませんよ。音で殴るんです」

 「音?」

 これはさっき思い付いた事だ。私は考えが足らないので、いつも出たとこ勝負。エイミーの時も、慎也さんの時も、感情に身を任せて突っ走っていただけ、多分今回もそうだ。

 「学祭のステージで、一曲披露してやりましょう」

 今月の後半にある、学園祭のステージで、両親にピアノを披露するのだ。

 「言葉で分かってもらえないなら、音で伝えてみるのも良いかも知れません。御両親にそれを聴いてもらって納得して貰う。勿論私も手伝いますが」

 「……でも、それでダメだったら……」

 「そうですね。それでダメだったら、一緒に逃げましょうか」

 「え……?」

 私の発言に、また彼は不意を突かれた様な顔をする。

 私は彼に向き直って、その手を取る。

 「今はもう、電話越しでもない。顔も名前も年齢も知っている。こうして手の届く距離にいる。だから、家出でも、駆け落ちでもなんでも……一緒に逃げてあげます」

 「……どうしてそこまで言ってくれるんですか……どうしてそこまで……してくれるんですか……?」

 彼は顔を伏せながら、私に尋ねる。

 「……今まで……生きていくだけでも苦しそうな人を何人か見て来ました。誰も彼も下手くそな顔で笑って、自分を騙して誤魔化して……そんなのはあんまりです。せめて私の友人には笑っていて欲しいんです……それに……」

 今回は、もっと単純な理由がある。

 だって……。


 「掛川君は私の恋人ですから」


 恋愛感情は無いのかも知れない。上っ面の、条件付きの恋人。でも、彼は優しくて、趣味の合う素敵な人だ。

 だから後悔に塗れて死んで欲しく無いのだ。


 私の言葉に彼は、言葉も頷きも無かった。

 ただ、手を握り返して来た。

 ただそれだけ。

 私の手の甲に、彼の頬を伝う雫が一粒落ちた。

 彼は私の手を引いて、ゆっくりと抱きしめた。

 そのまま、互いにベッドに倒れ込む。

 ただそれだけ。

 抱き合って、ただ眠りに着いた。

 触れた肌の温度が溶け合う。

 ただそうして、少しの間眠りに着いた。

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