第一章 露出女子高生と私の放課後
それから一週間、私は流石に興味が湧いて彼女を観察するようになっていた。
注意して噂話などにも噂を傾けていると、彼女の事がある程度見えてきた。容姿端麗、スポーツ万能、社交的で友人も多く、教師からの信頼も厚いようだ。
その赤毛や性格の明るさも相まって、ギャルっぽい雰囲気の美少女女子高生って感じだ。
若干気になったのは、特定の誰かと連んでいる訳では無さそうな点だった。誰とでも分け隔てなく浅く広くって感じだ。
まぁ、関わる事の無いような人種だな。
と思っていたのだが、困った事に何故かこの一週間件の薔薇園さんにやたら話しかけられるのである。
どうやらあの会話で話す気かっ掛けが掴めたとでも思ったのだろう。おまけに彼女も帰宅部で、帰る方向も殆ど同じな為に下校も一緒にするようになってしまったのだ。
「篠嵜さ〜ん、いっしょかえらん?」
ホームルームが終わり、毎度律儀に彼女が声を掛けて来る。
「……別に良いけど」
「いえ〜い。そんじゃいこー」
私の返事に嬉しそうにした彼女は、カバンを肩に掛けて歩き出す。
そういえばこの一週間旧校舎へは近付いていないが……まだ露出行為を続けているのだろうか。
こうして接している彼女があんな性癖を持っているとは、事前に知っていなければ思い付きもしないだろう。
そんなことを考えながら、私達は教室から出て下駄箱に向かい靴を履き替えて学校を出る。
「最近暑くなってきたねー」
「うん」
「あ、そういえばこの間駅前に新しいケーキ屋さんが出来たらしいよ」
「へぇ」
「ケーキと言えば、この間家でさ〜……」
こんな感じで、下校中の殆どは彼女が喋って私が適当に相槌を打っている感じだ。よくもまぁこれだけ話す事が尽きないなと思う。そして我ながらつまらない人間だなとも思う。
「薔薇園さん」
「ん?なーに?」
「私といてつまらなくない?」
「え?楽しいよ〜」
なんでだよ。
「なんでだよ」
あ、声に出てしまった。
「だって篠嵜さん、そっけないじゃん」
「はぁ?」
彼女の口から出て来たのは、そんな意外な回答だった。
「如何にもあたしに興味なさげだし、遊びに誘ってくれないし、あたしが声掛けないと当たり前のように一人で帰ろうとするし」
「いや、それ楽しくないでしょ」
「んー?楽しいよ〜」
しかし、ニコニコしながら彼女は答える。
「訳が分からない」
「そだねぇ……自分で言うのもアレなんだけどさ……その、アタシこんな見た目でじゃん?だから人に覚えられ易いってゆーか、よく人が寄って来るってゆーか」
「ああ、かわいいから…… 」
「えへへ、ありがとー。……でもそじゃなくて、アタシハーフだからさー」
「……」
それとこれとがどう繋がって来るんだ?
「小学生の頃から、物珍しさ?でよく声を掛けられたりする事が多かったんだよねー。こんな名前だから人に覚えられ易いのに、篠嵜さん、もう六月だってのにアタシの名前も覚えてないなんてビビった」
「……そっちからすると私が珍しかったってこと?」
「うん、そんなかんじ」
「ふーん……」
「篠嵜さんみたいな人初めてだったからさー、なんか興味湧いちゃって……それになんかウチで飼っている猫に似てるし」
「猫って……」
「つれない感じがちょーかわいーの。篠嵜さんにもいつか振り向いてもらえるようにこうして話しかけてるってこころみー」
「あっそう……」
ハーフだからってだけではないだろう。この人は誰の目から見ても私に負けず劣らずの可愛さだし。
まぁ前途の通り、私も見てくれだけは良いので、男女問わず良く人に話しかけられる事が多かった。
恋愛に疎いので私に気がある男子の相手は面倒臭いし、何故かグループの輪に入れようと企んでいる一軍女子もかったるいし、鬱陶しく思う気持ちもわかる。
詰まる所……話し相手になってくれるが、何か思惑や下心がある訳でもないし余計な事も言って来ない私といるのが落ち着くって事だろうか。まぁ前向きに捉えていいだろう。
「だからさー、今から駅前のシン・ケーキ屋さんいかん?」
「シン・ウルトラマンみたいに言うなよ……ていうか、だからも何も繋がってないでしょ」
手を叩いて笑顔で誘って来る彼女に私は思わずツッコミを入れる。
「餌付け的な」
「野良猫じゃないんだから」
「猫に人間用のケーキをあげんのよくないらしーよ?」
「そんな話してねーよ」
「あ、よかったらおごろっか?」
「別に金には困ってないから」
「じゃワリカンでいこ」
「いや、今日アルバイトだから」
「アルバイトは月火金じゃなかったっけ?今日は木曜日じゃんね」
「なんで知ってんの」
「ちょっと前に篠嵜さんが話してたよ?」
あれ?……ああ、そういえば会話の流れでそんな事話しをしたような覚えがある。
「チッ……」
「え?今舌打ちした?」
「してない。まぁ別に良いよ暇だし」
「ねえ、今舌打ちしたよね?ねえ」
食い下がる彼女を他所に、私は駅前へと進行方向を変えて歩き出す。
最近アルバイトが刺激的なだけに、それ以外の日常がより退屈に感じられるのだ。
母に怪しまれるかと思ったが、ほぼ毎日帰りが遅いからあまり関係もない。そのうちシフトを増やしてみようか。
それか、アルバイトのない日はこの薔薇園さんと放課後暇を潰してみるのも悪くはないかも知れない。
私達が住む町の最寄駅は、瑞江駅という名前だ。ほぼ東京の外れにあって、都心に行くより千葉に行く方が断然速い上に、基本的に女子高生が遊ぶような町ではない為我が校の生徒はあまり見掛けられない。何故かでかいドン・キホーテがあるのでそれだけ重宝されている感じだ。
「なんか店内でそのまま食べたりできるらしいよ〜」
「へえ」
件のケーキ屋は駅から若干外れたところにあった。駅前という表現は語弊があるのではないだろうか?
淡いピンク色の壁に、可愛らしいネズミのイラストが描かれたオシャレな看板のお店だ。
扉を潜り、中へとはいる。
店員に持ち帰りか店内で食べるかを問われ、薔薇園さんが「店内で〜」と答え、私達は席へと案内された。
広さは……かなり小さめの喫茶店と言ったくらいか。二人掛けのテーブルが三つある程度だ。外装、店内共に随分とガーリーな雰囲気が漂っている。
ふと、奥の席に座っている先客が目に入った。
ツーブロックが入った短めの金髪に、赤い革ジャンを羽織った長身で鋭い目をした強面の男だ。何故か顔には絆創膏を幾つも貼っており、日々喧嘩に明け暮れるヤンキーって雰囲気だ。
普段だったら気にもしないのだが、そのテーブルに並べられたケーキの量を見て流石に気になってしまったのだ。
「わ、すごい量だねあの人」
と薔薇園さんが小声で耳打ちして来る。
その男性客の目の前には、七つ程のケーキが並べられており、それをバクバクと食べているのだ。
余程の甘党なのだろう。まぁ、ジロジロ見るのも失礼だな。
「おっ、フルーツケーキおいしそー」
私の目の前の席に着いた薔薇園さんも、男性客からメニューに視線を移して楽しそうにしている。
「どれにしよっかな……篠嵜さん何にする?」
「薔薇園さんと同じもので」
「え?お揃いにしたいかんじ?」
「いや、どれでもいいから」
「ちぇっ……つまんないのー」
私の態度に、彼女は可愛らしく頬を膨らませる。一々仕草が可愛い女だな。
「うーん……でも今日はチーズの気分かな……よし!すいませーん!」
手を挙げて店員を呼ぶ薔薇園さん。程なくして店員が注文を受けに来た。
「いちごタルトとミルクティー、二つずつください」
「チーズどこ行ったの」
「どっか行っちゃった」
「あっそう……」
「ほら、いちごって目にいいじゃん?」
「それブルーベリーでしょ、ストロベリーじゃなくて」
「そうじゃなくて、見た目的な意味で。苺オンリーのケーキとかお菓子って可愛いじゃん?」
そういうことね。
「メロンクリームソーダも目に良いよね。見るからにきっつい緑色したやつが好き。体に悪そーなやつ。でもサクランボ乗ってないのは認めない」
「なんのこだわりだよ」
自由だなあこの人。
そんなくだらないやり取りをしていると、後ろにいた男性客が驚くべき早さでケーキを平らげ、会計を済ませて出て行ってしまった。
「……篠嵜さんさー」
ここで、薔薇園さんが声を掛けて来る。いつも通りの表情に見えるのだが、やや神妙な面持ちに見えなくもない、なんとも微妙な顔をしていた。なんだろう。
「今の男の人、どー思った?」
突然投げ掛けられた質問の意図が見えずに、私は少し考えてしまう。結局それが汲み取れないので、安直に思った事を言う事にした。
「いっぱい食べてた」
「他には?」
「胸焼けしないのかな」
「後は?」
「ヤンキーっぽい」
「……じゃあさ、ああいう男の人がケーキ屋でケーキ食べてるのってどー思う?」
ああ、そういう質問か。
確かに、客観的に見ればあの男はこの店の雰囲気に合っていない。一般論からすれば可愛いらしいケーキに似つかわしくないと言ってもいいが……。
「どうでもいいかな」
「どーでもいい?」
小首を傾げて、彼女は私の答えを繰り返した。
「食べ物に限らず何が好きかとか、趣味とかその辺はその人の自由でしょう。老若男女善良不良は関係ない」
「……そっか」
私の言葉を聞いて、彼女はニコリと笑った。満足のいく答えが聞けたって事だろうか?
まぁこの人は私みたいな人間と連もうとする変な人だし、何を考えているかは分からないが。
「お待たせしました」
「おっ!うまそ〜!」
このタイミングでタルトとミルクティーが運ばれてきた。自然とこの会話は流れ、いつもの非建設的なくだらない会話へとシフトする。
そういえば、放課後にクラスメイトとお出掛けだなんて初めての経験だな。
あのアルバイトがきっかけで少しずつ、私も変わり始めているのだろうか?
この時の彼女の質問の意図は、少し後になって分かる事となる。天真爛漫に見えた彼女にだって、悩みや不安や葛藤が渦巻いている。そんな当たり前の事を、人付き合いの苦手な私は知らなかったのだ。