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第三章 薔薇園家

 翌日、サロンでのアルバイトを終えてから、私とエイミーは帰路に着いていた。

 九月も半ばだがまだまだ気温は高く、蒸し暑い日々が続いている。

 「そういえばケーコちゃん、初デートの行き先決まったん?」

 隣を歩く彼女が、そんな事を尋ねて来た。

 そういえばエイミーに報告しろとか言われてたな。

 「ああ、決まったよ」

 「何処?」

 「松江の方にあるバッセン」

 「はぁ?ばっせんって何?」

 私の言葉に首を傾げるエイミー。なんだよ、この子やたらとなんでも略したがるからわざわざ合わせてやったのに、分からないのか。

 「バッティングセンターだよ」

 「あ〜バッティングセンターね……え?バッティングセンター?」

 何故か怪訝な表情を浮かべて私の顔を見る彼女。

 「なに」

 「いや、カケカワ君野球好きなん?」

 「知らない」

 「じゃあなんで?」

 「なんか私が普段行ってる所に行きたいんだってさ」

 「へぇ〜……ってケーコちゃんバッセンとか行くんだ、意外」

 「そう?」

 「運動が得意なだけで、好きなわけじゃないじゃん?」

 ふむ、流石はエイミーだ。私の事を良く見ているな。確かに私は運動神経は良いが運動は嫌いだ。疲れるし汗をかく。なので……。

 「別に、バッティングしに行くわけじゃないからね」

 「え?じゃあ何すんの?」

 「インベーダーゲーム」

 「いんべ〜だ〜?」

 なんだこの女。インベーダーゲームも知らないのか。

 「やったことない?こういうやつ」

 私はスマホの画像検索で調べたページをエイミーに見せてやる。

 「……あ〜……見たことあるかも?」

 「まぁ古いゲームだからね、知らなくても無理ないかも」

 「それで?これがなんなん?」

 「いや、これバッセンに置いてあるから暇潰しにやりに行くの」

 「ええ……」

 私の発言に、分かりやすく眉を顰める彼女。

 そのバッティングセンターはなかなか年季が入っており、通路に古いゲームの筐体が幾つも置いてあるのだ。場末という言葉が似合う閑散とした場所で、客足も非常に疎だ。なのに筐体をフル稼働させているのでどう考えても赤字な気がするのだが……何故か今日に至るまで健在している。

 小学生の頃に兄に連れて行かれてそこを知ったのだが、私は体を動かしたくなかったのでひたすらゲームで遊んでいた。今でも偶に訪れてはゲームだけして暇を潰したりしている。

 「いや、もちょっとムードある感じの場所ないわけ?今そのバッセン調べたけどこれはちょっとさあ」

 どうやら写真や口コミを投稿するサイトを見ている様で、顔を顰めながらそんな事を言って来る。

 「失礼な。今時こんなレトロゲームが揃ってる場所も珍しいんだぞ。インベーダーだけじゃ無くマッピーとか、ストファイⅡとかアストロシティとか。おすすめはドラゴンニンジャで……」

 「いや知らんけど……とにかく別のないの?」

 「む……他だったら……釣り堀銀ちゃんかな」

 「は?つりぼり?」

 「釣り堀っていうのは釣りを楽しむ為に人工的に区画された水場で……「いや!流石に釣り堀の意味くらいは分かるから!「はぁ?釣り堀は無くない?」の「はぁ?」だから!」

 なんだ流石に知っていたか。とは言えこの子、偶に常識に欠ける所があるからな。時々こうして言葉の意味を説明してあげる必要がある。

 「釣り堀……釣り堀はさぁ、ムードとそーゆーのとは真逆じゃん?てかこの辺にあったっけ?」

 「あるよ、篠崎の方に」

 そこも偶に私が通っている場所だ。釣れる時は釣れるが、釣れない時はマジで釣れない。

 「てかケーコちゃん釣り堀なんか行くん?つまんなくない?」

 「つまんなくねーよ。水の音聞きながら釣り糸垂らしてるだけで物凄い勢いで時間流れてくんだよ?一週間くらい前に行った時は一日中居たけど?」

 「うわっ……おじさんの時間の潰し方じゃんね……」

 度々失礼だなこの娘は。

 「他ないの他!」

 「うーん……名主屋敷かな」

 「はぁ?名主屋敷って……春江にあるやつ?」

 「そう、春江にあるやつ」

 名主屋敷というのは、春江町にある歴史的文化財だ。詳しくはよく分からないが、江戸時代にこの辺りで水田を開いた偉い人のお屋敷なんだそうだ。

 「ケーコちゃんって歴女なん?」

 「いや全然。あそこ中学生までなら入場料無料だし、将棋盤とかメンコとか置いてあるからよくそれで暇潰してただけ」

 「うわっ……ジジくさ……」

 おいさっきから本当に失礼だぞ。

 名主屋敷は本当に歴史的に価値のある建造物なのだが、正直あまりそういうのに興味のない私からするとただの大きな日本家屋にしか見えないが、中学生以上も入場料はなんと百円で、しかも遊び道具がやたらと置いてあるから暇潰しには打って付けなのだ。

 「しょーぎなんて誰と打つん?」

 「いつも縁側に座ってる知らないお爺さんと打ってる」

 「え、マジで誰なんそれ」

 「いや、知らない。小学生の頃から一言も喋らないけど将棋盤と駒持って来ると無言で相手してくれる謎のお爺さん」

 「ヤバ」

 本当あの人何者なんだろうなあ。屋敷の人が言うには別にあの建物の関係者ではないらしいけど。とにかく朝から晩までずっと居るんだよなあ。

 「で、ケーコちゃん……カケカワ君連れてその知らんおじーちゃんとしょーぎ打つん?」

 「え?ダメなの?」

 「いや、別にダメじゃないけどさぁ……」

 何やら私の出した案に不満というか異議があるらしく、エイミーはその整った顔を歪ませた。

 正直慎也さんや紗奈さんの案よりはずっとマシというかなんなら良いんじゃないかとすら思っていたのだが……。

 「まぁほら、掛川君が普段私が行ってる所に行きたいって言ったんだからさ」

 「いや、そりゃそーなんだろーけどね?せっかくの初デなのにさぁ」

 「私エイミーが普段行く様な洒落た場所なんて知らないし、ていうかそもそも江戸川区に洒落た場所なんかそうそうないでしょ」

 「いや、それは言い過ぎじゃね?まぁ確かにこの辺りだとあんま思い付かんけど」

 私達が住んでいるこの街で洒落た所と言えばエイミーと時折訪れるケーキ屋か喫茶店くらいのものだ。

 「もうちょい喋ってこ。時間ある?」

 丁度帰り道にある公園に差し掛かった所で、彼女はそこを指刺してそんな事を提案して来る。ベンチやそこらでお話ししようって事か。

 「暑いから嫌だけど」

 「はぁ?うーん……じゃあうちくる?」

 「エイミーの家?」

 「うん」

 あー……場所は知っているが、入った事は無かったなあ。その逆も然りでエイミーがうちに来た事もない。

 「ほら、この間ママがケーコちゃん連れて来いって言ってたしさあ」

 「そんな話もあったね……迷惑じゃないの?」

 「ぜーんぜん。早く連れて来いってよく言われてるから」

 「そう……ならまぁ、お邪魔しようかな」

 「けって〜い」

 私の返事を聞いて、意気揚々と歩き出すエイミー。少し遅れて私はその後を着いて行く。

 思えば、人の家に行くなんて初めての経験だな。なんだかんだでこの子は私の初めての友人だからな。

 初めてのアルバイト、初めての友人、初めての性交渉、初めての彼氏に、初めてのデート……今年はつくづく初めて尽くしの年になったな。

 暫く歩くと、彼女の家に到着する。この辺りには余り来ないので、記憶が正しければエイミーとの屋上での一悶着があった日以来になるだろう。

 あれから三ヶ月くらいか?もう随分前の事のように思える。

 エイミーは鞄の中から取り出した鍵で扉を開ける。

 「どうぞ〜」

 「……おじゃまします」

 手招きしながら中に入る彼女に続いて、私も扉を潜った。

 なんていうか、小洒落た雰囲気だなあ。殺風景な私も家とは玄関から大違いだ。

 薔薇模様の玄関マットや、お洒落なブーツや革靴。下駄箱の上に並ぶ雑貨や小物の数々。アロマディヒューザーと言うのか?なんかよく分からないが良い匂いまでする。

 「お、ルナただいま〜」

 先に靴を脱いで上がったエイミーが、何者かに挨拶をする。

 む?聞いた事がない名前だ。まだ家族が居たのか?名前的に妹か?

 と思っていたら、エイミーはその場でしゃがんで何かを撫で始めたと思ったら……黒猫だった。

 そう言えば前に猫を飼っているとかなんとか言っていたな。

 「あ、この子はルナ。前に話したでしょ?ケーコちゃんに似てるウチの猫」

 そんな事も言っていたっけ。

 なんていうか……目付きの悪い黒猫だなあ。細身で毛並みも美しく凛々しいのだが、なんていうか迫力がある。

 「言う程私に似てる?」

 「似てるよ〜。目付き悪いしそっけないし」

 悪いとこばっかじゃんか。

 「たま〜にデレる所もそっくり」

 「いや、私デレてないから」

 とりあえず私も靴を脱いで揃えた後、玄関に上がる。すると、エイミーに撫でられても無反応だったルナが、立ち上がって私の足元に寄って来た。

 「おお……なんだお前」

 動物の交尾はここ数ヶ月で何回も見て来たが、撫でたり持ち上げたり等の扱いには長けていないので少し困惑してしまう。ルナは私の足首の辺りに己の顔を擦り合わせ始めた。

 「おお〜めっちゃ懐いてんね。家族にすら殆ど懐かないのに」

 その様子を見たエイミーは目を丸くしながら驚いているようだ。

 「名前呼んだげて?」

 「……る、ルナ」

 私が名前を呼んでやると、返事をするように可愛らしい声で一鳴きした。可愛いけど……踏んじゃったら怖いな。足元をウロチョロする動物はそこが心配だ。

 「黒猫でルナ……セーラームーンから取ったの?」

 「いや?パパが付けたの。カナダじゃメスの犬とか猫に多い名前らしいよ」

 「へぇ」

 そうだったんだ。初めて知った。

 そう言いながらすぐ左側にある扉を開けて進むエイミー。私もルナを踏まないように後に続いた。

 「ただいま〜」

 「おかえりエイミー……ってあら!恵子ちゃん!」

 私を見るなりソファから立ち上がって驚いたのは瑞稀さんだ。Tシャツにジーンズとラフな格好だが、スタイルが良いしおまけに美人なので良く似合っている。

 「おじゃましてます」

 「ようやく来てくれたのね、嬉しいわ」

 そう言って近付いて来た瑞稀さんは、いきなり私にハグをした。

 う〜ん……やはり薔薇園家の人間は距離の詰め方がおかしいな……全然嫌じゃないんだけどね。なんか良い匂いもするし。

 「あ、ずるい!あたしもやる!」

 普段は暑いからという理由で私に拒否され続けて来たエイミーも、ここぞとばかりに加わって来ようとする。

 「あれ、ケーコおねーさんじゃん」

 すると、ガチャリと背後の扉が開いた。リビングに入って来るなりそう言ったのは、エイミーの弟のジョージだ。体育祭で初めて会った以来だな。

 ふむ……改めて見ると背も高いし、結構がっしりしているな。タンクトップから出ている腕が筋肉質だ。

 「俺もハグしようかな」

 「ジョージはダメ!」

 手を広げて近付いて来る彼をエイミーが制止する。

 「へぇ、私服も可愛いじゃん」

 薔薇園母子のハグから解放された私を眺めながら、ジョージがそんな事を口にする。プレイボーイだなこいつ。なんか女慣れしてる雰囲気だ。

 「どーも」

 「反応薄っ。もしかして照れてる?」

 「いや、照れてない。言われ慣れてるし」

 「はははっ姉貴の言う通りだ。マジでルナにそっくり」

 ジョージまでそんな事を言いながら笑い出す。

 そんなに似てるのか?彼は私の足元にいたルナを抱き上げるが、直ぐに嫌そうにして飛び降りてしまう。私はあんなに態度悪くないぞ?

 「恵子ちゃん。今日はお夕飯食べて行くでしょう?」

 「え、ご迷惑じゃないですか」

 「ぜんぜん。旦那も恵子ちゃんに会いたがっていたから、帰って来たら喜ぶわ」

 いや、ブレイデンさんは大将の店でしょっちゅう顔合わせてるけどな?この間の瑞稀さんの忠告を全く聞いていない様子だったけど……まぁこれは黙っておこう。

 「はぁ、じゃあ……お願いします」

 「よし、じゃあご馳走用意しておくから、エイミーの部屋でゆっくりしてて」

 そう言いながら瑞稀さんは部屋の隅に置いてあるポールスタンドに掛かっているエプロンを着始める。

 「あ、手伝います」

 「いいから、いいから。ゆっくりしてて」

 しかし、肩を掴まれて制止させられてしまう。

 「はぁ……じゃあ、すいません」

 ここはお言葉に甘えるとするか。

 「ケーコちゃん行こっか」

 「ケーコおねーさん、ゲームやろうぜゲーム」

 「ちょっとジョージ、邪魔してないでよ」

 「邪魔ってなんだよ」

 「言っとくけどケーコちゃん彼氏いるんだからね」

 「そんなの知ってるって」

 リビングを出ながら言い合いをする姉弟。仲がよろしいようで何よりだ。私は瑞稀さんに軽く会釈をしてからそれに続いた。

 廊下右手側にある階段を上り二階へ。エイミーの言う通りルナは何故か本当に懐いているようで、私にピッタリと付く様に後を着いて来る。歩きにくい……。

 「ここ、俺の部屋ね」

 階段を上がって右手側の部屋を開けて、ジョージが中を見せて来る。

 「いや、あたしの部屋でお話しするんだってば」

 眉を顰めながらエイミーが苦言を呈するが、私はチラッと見えたあるものが気になって中へと入ってしまう。

 「ちょいちょい、ケーコちゃん話聞いてる?」

 そんな私に対して彼女は困惑気味だが、一旦置いておこう。

 ジョージの部屋はまぁ普通だ。シングルサイズのベットや姿見。壁際の本棚には数冊の教科書と数冊の漫画本、箪笥の上には指輪やピアス、ネックレス等のアクセサリーが置いてある。一つ特徴的なのはデスクだ。良くある学習机ではなくスチールの骨組みのシックなデスクで、上にはゲーミングパソコンと手前にはゲーミングチェアがある。

 私が目に付いたのはそのパソコンの画面に表示されているゲームのタイトルだった。

 「ホットラインマイアミじゃん」

 ホットラインマイアミはインディーゲームの中では有名な見下ろし型2Dバイオレンスアクションゲームだ。サイケデリックな色調で構成されたドット絵による画面と、シンセウェーブなBGMが特徴的だ。「このゲームは最高にクールだからお前もやれ」と兄に言われて一時期私もどハマりしていたものだ。

 「え、ケーコおねーさん知ってんの?」

 まさか私が知っているとは思わなかったのか、ジョージは目を丸くして驚いている。

 こっちだってそうだ。最近わかった事だが兄が勧めて来る物は大抵最近の若者が触れている物では無い。このゲームだってそうなので年下である彼が知っている事に驚いている。

 「知ってる。前にやってた。2もやったし、それぞれ十周以上してる」

 「やば、ガチ勢じゃん」

 「全然ガチってない。暇潰しにやってただけ」

 「うわっ面倒くさいオタクみたいな事言うじゃん」

 「全然オタクじゃない」

 「暇潰しって理由だけで何周も出来るゲームじゃ無いでしょ……おねーさんちょっとやってみてよ」

 「いいだろう」

 「ちょいちょいちょいちょい!何勝手に始めようとしてんの二人とも!」

 淡々と会話を進める私達に対して、エイミーが止めに入って来る。

 「何エイミー」

 「どしたん姉貴」

 「いやいやいや!ケーコちゃんはあたしの部屋であたしと遊ぶの!ゲームやるにしてもマリパとか桃鉄とかにしようよ!」

 へぇ、エイミーも一応ゲームとかやるんだな。挙げて来たゲームが二つともパーティゲームだから、友達とか家族でやったりするのだろうか。

 「ごめんエイミー、マリパとマリカと桃鉄とスマブラはとある事情で出来ない」

 「はぁ⁈なんで⁈」

 「それらをやると兄さんがブチギレて家の壁にパンチやキックで穴を開けるから篠嵜家では禁止されている」

 「こわっ!いやでもケーコちゃんはそんな事しないでしょ!」

 「そんな事ない。桃鉄やスマブラが原因で兄さんと何度も取っ組み合いの喧嘩になったことがある」

 「ええ……もぉなんなの……」

 「これらの事を踏まえて、兄さんと一緒にさっき言ったソフトを全て売りに行って停戦条約を結んだのでごめんだけど出来ない」

 以降それぞれ対戦とかをしない一人ゲームをやるのがうちの習わしだ。

 「ああもう、勝手にすれば!」

 もう知らない、とばかりに腕を組んで頬を膨らませるエイミー。怒った顔も可愛いので迫力がないな。

 「おねーさんおもしれー」

 隣で聞いていたジョージがクツクツ笑っている。そんなに面白い事を言っただろうか?このイケメンその内「おもしれー女」とか言い出しそうで怖いな。

 「じゃあ借りるよ」

 私は一言断って椅子に座ってパソコンを操作する。

 マウスとキーボードで操作をし、チュートリアルをすっ飛ばして一面から始めて行く。このゲームは各ステージ各フロアにいる敵を殴殺、斬殺、銃殺して全滅を目指すのが基本だ。他のゲームと違うのはHPの概念が無く、自分も敵も攻撃一発で死んでしまうという事、死んだ時点で即スタート地点に戻されて無傷で全滅させるまでそれを繰り返すというスタイルだ。一種の「死に覚えゲー」と言うやつだ。

 「うわっ……おねーさんめっちうま。全然死なないじゃん」

 「まだ序盤だからね、こんなもんでしょ」

 このゲームは敵の数と基本的な配置は固定されているが、どう行動するかというのは割とランダムで、毎回同じ動きをしてくれるわけじゃない。どれだけ繰り返しても一度も死なずにクリアする事はほぼ不可能だ。

 「ジョージはこの手のインディーゲームが好きなの?」

 ゲームをプレイしながら、彼に尋ねてみる。

 「まぁね。勿論普通に話題になってるゲームとかも手ぇ出すけど基本はインディーゲームかな。マイアミ以外ならKatana ZEROとかも良かった。有名どころじゃアンダテ、リトルナイトメアとかもやったなあ。最近やった中じゃそろ寿司が面白かったかな」

 「良い趣味してるじゃん」

 ゲームの趣味が兄さんと似通っているな。生きていれば気の合う友人になれたかもしれない。

 その後、数回ミスをしながら三十分程で私はゲームクリアした。

 「いやぁやっばいねおねーさん。JKでマイアミ知ってるだけでやばいのにこんなに上手いとなると最早ドン引き」

 と、ジョージが失礼な事を言って来る。

 「こっちだって、面の良いイケイケ男子高校生がこんなインディーゲーばっかりやってるって知ってドン引きだよ」

 「ははは、確かに」

 「そういえばジョージ、学年は?」

 「俺?高一だよ。小松高校」

 年後か……ていうか小松高校だったのか。小松高校はこの辺りの高校の中ではかなり偏差値が高い方だ。小松高校は六十五程度、私達が通う江戸川第一高校は五十程度だ。

 「頭良いんだ」

 「まぁ俺は姉貴と違って要領良いからね」

 自信満々で何よりだ。

 「ねー終わった?」

 ここで、ジョージのベットに寝っ転がりながら退屈そうにしていたエイミーが声を掛けてくる。そろそろ構ってあげないと癇癪を起こしそうだな。

 「うん、お待たせエイミー」

 「もー、早くあたしの部屋行こ」

 起き上がって、私の手を取る彼女はそのまま自室へと連れて行こうとする。

 「そんじゃ俺も」

 「ジョージはママのりょーり手伝って来て」

 再び着いて来るジョージを制止するエイミー。それに対して彼は肩をすくめて笑った。

 「はいはい、じゃあちょっと手伝ってくるよ。おねーさん、またあとでね」

 そう言いながら華麗なウィンクをかまして来たジョージは、そのまま階段を降りてリビングへと向かった。

 「……仲良いね」

 「そう?普通じゃない?」

 私の言葉に対して、コテンと首を傾げるエイミーは隣の自室の扉を開く。

 エイミーの部屋は全体的にガーリーな印象だ。あまり整理整頓が得意では無いのか、物が多く乱雑に散らばっている。かと言って不衛生な印象は無く、極端に埃とかが溜まっている訳では無さそうだ。

 ピンクのチェック柄のカーテン。中央にはピンクのローテーブル。ハンガースタンドや大きなタンスとクローゼットからはみ出した衣服、そして大きな姿見。壁際にある机には勉強道具では無く漫画本やファッション雑誌、メイク道具等が見受けられる。

 「物が多いね」

 「そう?ふつーじゃね?」

 率直な感想を述べた私に対し、彼女はピンク色のクッションを一つ手渡しながらローテーブル座らせる。

 「さて、ケーコちゃん。話の続き」

 「……話の続き?」

 「初デート」

 「ああ……」

 そう言えばその話の最中にエイミーの家に来る事になったのだった。ホットラインマイアミに夢中になって忘れていた。

 とは言ってもなあ。

 「正直あと行く場所と言ったらワングーとかすいませんとかしか思い付かないんだけど」

 「ん〜、じゃあせめてご飯食べる場所はいい感じの所にしようよ」

 顎に指を当てながらエイミーがそんな提案をして来る。

 ふむ……食事をする店か。

 「なんかよく行く場所ない?すいませんとサイゼ以外で」

 「なんでサイゼを除外する」

 「いや、あたしもデートでサイゼはナシじゃないんだけどね?初デだし……もっとこう……あるだろう的な」

 「ウルトラマンティガかお前は」

 「え?」

 「あ、いやなんでもない」

 いかんいかん、変な癖が出てしまった。

 「まぁ確かに、サイゼはイタリアの家庭料理をイメージしていて、普段の食事の延長線を想定しているから初デートに利用するのは「ちょっと違うかも」と会長も仰っていたから、特別な日にサイゼを利用するのはちょっと……っていうエイミーの意見も一理あるかな」

 「急にめっちゃ早口じゃん」

 いかんいかん、サイゼ愛が出てしまった。

 「他よく行く店ないの?」

 「……『串ニ郎』とか」

 「串ニ郎?」

 「うん、ヤマハタ電気の近くにある居酒屋」

 「居酒屋かぁ……どんな雰囲気?」

 「めっちゃ汚い」

 「却下で」

 おいなんでだよ。あそこめちゃくちゃ美味いんだぞ。

 「いや、汚いけど凄い美味しいから。店主のお爺ちゃんが元々帝国ホテルのシェフやってて、その人が一人で切り盛りしてるんだけど、値段は驚く程安いし、メニューにないものでも適当に頼むとなんでも作ってくれる」

 「へぇ〜」

 「居酒屋っぽいメニューも美味しいけど、鮭のムニエルとか、パスタとか、ビーフシチューとかが格安でとんでもないクオリティで出てくるからオススメ」

 「でも汚いんでしょ?」

 「うん、汚い。あと店主のお爺ちゃんが無限に話し掛けて来る」

 「う〜ん、却下で」

 なんでだよ。汚いって言っても年季の入った店なんて何処もそうだろ。下町感あって落ち着くし、店主が「キャベツが無くなっちまったからから買ってくらぁ!」とか言って客の私一人残して出掛けたりしちゃうけどいい店なんだぞ。

 「他には?」

 「う〜ん……『きん割』かな」

 「……どんな店?」

 「うちの近くにある居酒屋。節電してんのか店内の照明が半分くらい点いて無くて暗いのと、客が来ないと店主が客席で寝っ転がってたりする。味は美味しいけど提供時間が超遅い。米とか私が注文してから炊いたりしてるから四、五十分待たされる事もよくある」

 「却下で」

 ええ……落ち着くし美味しいのに……特に急いでなければ遅くても気にならないし、季節によって色々旬の食材を使ったメニューを提供してくれてるからいい店なんだぞ。

 「他に!」

 「『最高鳥』」

 「なんかまた居酒屋っぽいけど……一応聞いとくね、どんな店?」

 「駅前の焼き鳥居酒屋。このご時世に焼き鳥が一本五十円という破格で食べられる良い店」

 「へぇ、凄いじゃん」

 「故にこの町の金を持っていないチンピラみたいな呑兵衛がめちゃくちゃ集まるから治安が悪い。客同士で揉め事起こして警察が来たなんて事も二、三回経験してる」

 「却下に決まってんじゃん」

 そうかぁ……焼き鳥以外に串揚げもやってて、一本九十円と破格な上に変わり種も結構あって楽しいんだけどなあ。

 「もうダメ!行く場所もお店も全部ダメだよケーコちゃん!」

 ローテーブルに両手をバンと置いてエイミーが顔を寄せてくる。面が良いなあこの女。

 「いや、でも掛川君の希望でもあるからさ……私が普段行ってるところに行きたいって」

 「いやそうかも知れんけど……おっさんが好きそうなところしかないじゃん!」

 「ええ……」

 まぁ確かに、何処もかしくも客層はおじさんだらけだ。若い人がいるとしたら最後に挙げた格安焼き鳥居酒屋くらいだろうか。

 「とりあえず他に……」

 と、エイミーが言い掛けた時、ガチャリと扉が開いてジョージが入って来た。

 「姉貴、おねーさん、出来たってさ」

 どうやら料理の支度が終わったようだ。

 「む〜……とりあえず話は後で」

 「了解」

 立ち上がるエイミーに続いて下の階に降りて、再びリビングへと戻る。因みにルナはずっと私に着いて来ていて、エイミーと話してる時も私の膝の上に乗っていた。猫というのはあったかいから冬には良いかも知れないな。

 「オォーウ!ケーコサーン!ゴンバンワ〜」

 リビングに入ると、スーツのジャケットをポールスタンドに掛けていたブレインデンさんが声を掛けてきた。何の仕事をしているのかは知らないが、この暑さでスーツ着用とは恐れ入るな。サラリーマンの努力に敬礼。

 「こんばんは、お邪魔しています」

 「イヤ〜、仕事終わりにキュートなJKがショクタクにいて、ウレシーですネ」

 「はぁ……」

 ブレイデンさんは相変わらずの様子で元気そうだ。何より何より。

 食卓の方を見やると、豪勢な……ちょっと豪勢過ぎるなあ……とにかく多種多様な料理が所狭しと並んでいる。よくあの短時間でこれ作ったな瑞稀さん。

 「さ、座って座って」

 エプロンを付けたままの瑞稀さんが私を促す。

 丁度お誕生日席と呼ばれる位置に用意された椅子に座らされ、眼下の料理を見やる。

サラダとマカロニチーズ、何かソースが塗られた鶏肉、後これはエビ……じゃないな、多分ロブスターだ。ボイルされたロブスターが大量に並んでいる。これらのカナダっぽい料理の他に、何故か唐揚げや肉じゃが、ぶり大根なんてのもある。思い切りの良い和洋折衷だ。カナダ人のブレイデンさんも、日本人の瑞稀さんも楽しめる食卓だな。

 「恵子ちゃんはよく食べるっていうから、一杯作っちゃった。遠慮なく食べてね」

 席に着いた瑞稀さんがそう言いながら優しく微笑み掛けてくる。エイミーから聞いたのだろう。

 「どうも、ありがとうございます」

 「いや、でも作り過ぎじゃね?流石に食べきれないっしょ」

 と、エイミーの横に座ったジョージが苦笑いを浮かべている。

 「ケーコちゃんを舐めない方がいーよ、これくらいだったら多分ペロリといっちゃう」

 何故かそれにエイミーが得意げに答える。

 「まぁ、普通に食べきれますね」

 「流石ケーコサン。すいませんでのフードファイトはマサニ圧巻デス」

 別にフードファイトなんてしてるつもりは無いんだけどなあ。

 私達はそれぞれ「いただきます」と言ってから食事に手を付ける。

 まずはサラダ。メインのレタスの他に、ラディッシュやパプリカ、トマトやアーリーレッドにコーンも入っていて色鮮やかだ。ドレッシングは……なんだろう、白っぽいけどシーザードレッシングでは無いな。バターとミルクっぽいコクの中に、ヨーグルトとかそっち系の酸味とエシャロットっぽい風味も感じられる。……偶にカルディーとかで見掛けるランチドレッシングってやつかな、たぶん。美味しい。

 グリルされた鶏肉は流石はカナダ、メープルの風味がしている。粒マスタードやニンニクと胡椒のパンチがアクセントになっていて美味しい。

 ロブスターは備え付けられているソースっぽい物に付けて食べるようだ。これは……溶かした有塩バターに軽くレモン汁を入れた物だろう。シンプルだが肉厚で食べ応えがあって美味しい。初めて食べたがやはりエビに似ていて食べやすい。

 その他和食の数々も絶品だった。

 「美味しいです」

 一通り口にしてから顔を上げると、瑞稀さんとジョージが目を丸くしてこちらを見ていた。

 「本当によく食べるのね……ま、気に入ってくれて良かった。嬉しいわ」

 「やっぱおねーさんおもしれー」

 まぁ流石に私ももう自分が大食いである自覚はある。私がパクパクと食べる量に驚いていたのだろう。エイミーなんかそんなんで足りるのか?って量しか取ってないし。

 「ミズキが作るリョーリは、いつもゼッピンデス!セカイイチ」

 「ママりょーり上手だもんね、あたしはなんで似なかったんかなー」

 「料理しないからでしょ、偶には手伝ってくれたっていいのよ」

 「やめとけよ、姉貴にやらせたら折角のお袋の飯が台無しになるだろ」

 「はぁ?そこまでヘタじゃないから!」

 「嘘付けよ、野菜もろくに切れないじゃんか」

 「なに〜⁈」

 食卓を囲みながら、お喋りに興じる薔薇園一家を眺める。

 私の家には無い光景だ。幼い頃は一応みんなで食事をしていた記憶はあるけれど、それも極偶にだ。父は殆ど居なかったし、私が一人で留守番出来る様になるとそういう機会もめっきりなくなった。

 別に寂しいとか羨ましいとかそういうのじゃない。一人で食事するのは気楽で良いし、嫌いじゃ無い。

 だけど、こういうのも良い物だなと何となく思ったのだ。幸せな家族というものは、こう言った光景を指すんだろう。

 良い家族だな。


 夕食をご馳走になり、遠慮されたが流石に気が引けるので強引に皿洗いを手伝ってから私は薔薇園家を後にする。

 「また来て頂戴ね、楽しかったから」

 「おねーさん今度俺の部屋であそぼーぜ」

 「マタキテ下さい、ミンナで食べると、もっとオイシーネ?」

 玄関先で、薔薇園家が見送ってくれる。

 「……また来ます。お邪魔しました」

 ペコリと頭を下げると、瑞稀さんが側に寄って来て耳打ちをした。

 「エイミーの事、これからもよろしくね」

 顔を上げると、瑞稀さんは優しく微笑んでいた。

 「……はい」

 それに対して、私は頷きながら返事をする。

 「そんじゃケーコちゃん、また学校で」

 「うん、また」

 挨拶を交わしながら、ギリギリまで私にくっついていたルナを一撫でしてから私は帰路に着いた。


 エイミーが露出嗜好の持ち主であることを、あの家族は知っている。その話題は上がらなかったけど、意図的に触れない様にしている訳ではなさそうだった。ただ単純に、あるがままを受け止めて今まで通りに「家族」ってものをやっているのだろう。

 みんな良い人で良かった。エイミーが笑っていて良かった。まぁ、ジョージはちょっとチャラ過ぎる気もするけど……。

 ああ言ってくれていたし、誘われたらまたお邪魔するかな。


 あれ、なんか忘れている気がするな……まぁいいか。

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