第三章 デートの相談
翌日になり、私は昼休みに彼をまた旧校舎へと呼び出した。昨日サロンのメンバーと話していた初デートについてのご相談の為だ。
先に旧美術準備室に着いた私は、本を読みながら彼を待つ。
暫し活字を目でなぞっていると、窓がカラリと開いて掛川君が顔を出した。
「お、今日は『グミ・チョコレート・パイン』ですか」
中に入るなり私が持っている本の表紙に目を向けて、タイトルを口にする掛川君。
「知ってるんですか?」
「ええ、去年の夏頃に篠嵜さんが読んでるのを見て興味を持ったので」
「ああ……」
確かに去年も読んだ記憶があるな。
「良い作品というのは、何度も触れたくなりますよね」
私の向かいにある椅子に座りながら彼は言う。
「そうですね……触れ直す度に発見があるので、面白いです」
例えば映画でもそうだ。初見の時を踏まえて観ることによって伏線となっていた部分や、見落としていた部分に気が付いたり、様々な気付きがあって理解が深まる。『ファイト・クラブ』なんて良い例だろう。あの作品を楽しむのなら少なくとも二回は観る必要がある。
「これ、お弁当です」
彼は持っていた袋の中から弁当箱を二つ取り出すと、片方を手渡してくれる。
「ありがとうございます」
「いえ」
昨日約束していたお弁当だ。どうやら律儀に作って来てくれたようだ。
「好き嫌いが分からなかったので、とりあえず有り物を詰めただけのものなんですが……」
「いえ、嫌いな物はないので大丈夫です」
蓋を開けると、昨日同様美味しそうな食べ物達が顔を覗かせる。メインは焼き鮭で、胡瓜や白菜の糠漬けに、金平牛蒡と卵焼き。やはり緑や赤、黄と色もあって見た目も綺麗で食欲をそそる。
「それは良かった」
そう言って笑いながら、彼も弁当の蓋を開いて手を付ける。いただきますと言ってから私も舌鼓を打った。
味も美味い。ほんとよく出来た人だなこの男は。
「あ、そうだ掛川君」
「はい?なんでしょう」
「デートをしたいと思ってるんですが、何処か行きたい場所とかありますか」
私の突然の問い掛けに、彼は何故か驚いた様で咽せてしまった。
「大丈夫ですか?」
「……ああ、いえ、大丈夫です」
私は弁当の礼にと予め買っておいたお茶のペットボトルを手渡す。それを飲み下し落ち着いた彼は再度私と向かい合う。
「失礼しました。あんまり直球で尋ねられたので驚いちゃいました」
少しはにかんで彼はそう言った。
ああ、こんなストレートに聞くことでもないのか。もう少しムードとかを考えた方が良いのだろうか。
「すいません。よく分からなくて」
「いえ、分からないから……僕とお付き合いしてくれてるんですもんね?」
そう、この関係の出発点はそこだ。彼は好感の持てる人だが、まだ恋愛感情かどうかと聞かれるとさっぱりだ。だからとりあえずの足掛かりとしてデートなのだ。
「まぁ、そうですね……デート……うーん……」
なかなか思い当たらないのか、彼は顎に手を当てて考え込む。
「あ、篠嵜さんが普段行っている所に行きたいですかね」
暫し唸った後、手を叩いて彼はそんな事を口にした。
「私が普段行っている所?」
「はい、篠嵜さんが普段何処でどう過ごしているのか知りたいので」
そう言って笑顔を向けて来る掛川君。
うーん……普段行ってる所ねぇ……。
サロンでアルバイトを始める以前は、暇を潰す為に夏場を除いてそれなりに出歩く事もあった。しかし、電車を利用して都心に出向く様な事は無く徒歩や自転車で行ける範囲に限られている。
「近所でいいのなら、まぁ案内できますが」
「じゃあそうしてくれると助かります」
「日時は?」
「そうですね……明後日はどうでしょうか?」
明後日……日曜日か。特に予定もないし良いだろう。
「大丈夫です」
「良かった。と言っても、夕飯までには帰らないと行けないんですが……」
苦笑いを浮かべながら、彼は少し申し訳なさそうにそう言った。
ああ、なんか両親が過保護だとか言っていたな。今時男子高校生で門限を設けているとは珍しい。
「分かりました。じゃあ昼前に集まって昼食を取ってからってイメージで」
「了解です」
ふむ。トントン拍子で決まったな。やはり最初から相談すべきだった。流石は嘉靖さんだな。
とりあえずは私がよく行く場所をピックアップしておこう。