第三章 初デート会議
放課後になり、エイミーと共にサロンに向かうと今日は慎也さんがビルの前に待機していた。昨日は居なかったから、恐らくバイトだったのだろう。今は真っ当にフリーターをさせているのだが、勤め先でしょっちゅう何かやらかしてクビになり、転々としているそうだ。
「お嬢。お勤め、ご苦労様です」
「はいはい」
「シンヤさんこんちは〜」
「おうよ」
私を見るなりビシッと腰を折る彼に適当に返事をしながら私とエイミーは地下へと続く階段を降りる。
「お嬢、その……恋人が出来たというのは、本当ですかい」
私の後ろに着いて来る彼が、不意にそんな事を尋ねて来た。
「本当だけど」
「……そいつぁめでてぇ話ですが、大丈夫ですかい?」
「何が?」
「男ってのは狼でさぁ。お嬢は大変な美人だ、胸はあんまりねえがスタイルも良い。無愛想だしあんまり気も使えねえし積極的に話すタイプじゃねえから性格で惚れたとは思えねえ。どう考えても体目当てですぜ、あの男……ッ!ワォーンッ!!!」
褒めてるのか貶してるのか訳の分からない言葉を述べ連ねる彼の股間を思わず蹴り上げてしまった。
「なんだお前、いきなり失礼な」
「シンヤさんだいじょぶそ?」
蹲り、ちょっと嬉しそうにしている慎也さんを見下ろす私と、心配してあげている心優しきエイミー。
「ワンッ……いや、俺ぁ心配しているんですよ。確かにお嬢はお優しい方だ。でもそれは高校生のシャバ僧が推し量れる様なもんじゃねえ」
「別に優しくはないけど……とりあえず彼は私の内面も見ていると言っていたし、慎也さんが心配する程何かがっついて来るような人じゃないからそんな心配はいらない」
「……左様ですかい……」
まったく……会うなり失礼かまして来やがって……。こいつ本当に反省しているんだろうな?
「まぁでもあたしもなんとなく思ってたんだー。ケーコちゃんのどこ好きなったんだろうね?」
「エイミーまでいきなり何」
唇の辺りに人差し指を当てながら、彼女まで失礼な事を口にする。
「いや、ケーコちゃんぶっきらぼーだし基本的につっけんどんじゃん?ビジュはめちゃ強いけど普通に考えたらそこ抜いたら好きになんなくない?」
「ビジュ?」
「見た目の事」
「ああ……てかうるせーな」
どいつもこいつも言いたい放題だな。お前も私のこの態度が気に入って近付いてきた口だろうに。
目だけでエイミーに悪態をつきながらサロンのインタフォンを鳴らし、嘉靖さんに出迎えられて私達は最奥の部屋へと入る。
すると、今日は大将を除くメンバーの殆どが揃っていた。
「やっほー恵子女史、エイミーちゃんに桃瀬さん」
「ごきげんようお姉様。そしてエイミーさんと桃瀬さん」
並べられた椅子に腰掛け、紅茶を嗜んでいるのは紗奈さんとジェシーちゃんだった。基本的にすいません大将は店があるので此処に顔を出す事は少ない。
「いやー、ぶったまげたよ恵子女史。カレシ出来たんだって?」
「まったく、わたくしも腰を抜かしましたわ。何故一言も仰ってくれなかったんですの?」
「いや、別にわざわざ言う事でもないかと思って」
私は椅子の彼に座りながら答える。いつの間にか横に控えていた嘉靖さんが、用意されたサイドテーブルにお茶と菓子を準備してくれている。
「皆、恵子君に恋人が出来たという話で持ちきりなのだよ」
「はあ、そのようですね」
椅子の彼がそんな事を言うので、私は少し呆れた口調で返す。学校だけでなく此処でもか。
「で?恵子女史。あのメガネ君の何処が好きになったの?」
煙草に火を付けて、紫煙を燻らせながら紗奈さんが尋ねて来る。
「いや、好きになったと言うか……単純に告白されたから付き合ってみただけです」
「ほう」
眼鏡をくいっと上げながら、彼女はやや前のめりになって私の話を聞く。
「恋愛とはどんなものだろうなって気になっていた所、タイミングが良かったのでとりあえずお付き合いをしてみる事にしました」
「……その事は生徒会長はご存知ですの?」
と、今度はジェシーちゃんが問い掛けてくる。
「うん。貴方の事を好きになるかも分からないし、急に別れ話を切り出すかも知れないけどそれでもいいならって聞いた。そしたらそれでも良いって」
「……お姉様も会長もぶっ飛んでますわねぇ」
「じゃあそのメガネ会長君は恵子女史の何処を好きになったって?」
「ええと……自由な所だと言っていました」
「じゆー?」
ここで、エイミーが私の返答に首を傾げる。
「体育祭や学祭をサボったり、周囲の目を無視してやりたい放題やってる私が何故か彼には好意的に映ったそうですね」
「あー、確かにお嬢は結構自分本位っすからねえ」
「おい慎也さん。お前さっきから失礼が過ぎるぞ」
「うす、すいやせん」
椅子から立ち上がり、私の元まで近付いて足を開いて首を垂れる慎也さん。こいつ、蹴られたくて煽ってんのか?
「今は面倒臭いからお預け。お座り」
「ワンッ」
私の言葉に鳴いて返事をした彼はおとなしく席へと戻る。
「もうデートはしたんですの?」
「いや、それっぽい事はしてないかな。彼は忙しいみたいだから」
「まぁ、お付き合いしているのにデートにも行っていないなんて、いけませんわお姉様」
何がいけないんだよ妹よ。
「正直どうしたら良いかよく分かってないから、とりあえずは流れに任せてるだけ。デートって言われても何処に行ったら良いか分からないし」
「それじゃあこの場にいる皆さんで候補をあげてみません事?」
と、ジェシーちゃんがそんな提案をして来る。
ふむ、それもアリだな。
「そうだね、私一人じゃよく分かんないから、皆の意見も聞いてみたいです」
私がそう言うと、まずは慎也さんが手を挙げた。一応飯島さんとそれっぽい事をしていた経験があるし、意外と参考になるかも知れない。
「俺のオススメは断然、ボートレース場っすね。江戸川区民ならあそこに行かねえ手はねえですよ」
「却下」
思いっきりギャンブルじゃないか。私達はまだ未成年なんだぞ?
「いやいやお嬢、俺が着いてりゃあ代わりに賭ける事だって出来ますぜ?一旦俺に預けてくだせえ」
「ふざけんな。しかも着いて来る気か」
「じゃあ、ハイハイ!」
と、今度は紗奈さんが手を挙げる。この人も一応男性との交際経験がある。このメンバーの中なら一番頼もしいかも知れない。
「池袋の水族館はどうだろう恵子女史。なんと今、『性いっぱい展♡』が開かれているんだ」
「精一杯?」
「そう!魚からその他動物の性に関する事柄をテーマにした期間限定イベントだ!カモの螺旋チ●チン模型!チ●チンの形をしたヒトデ!セイウチのチ●チン骨!その他様々なチ●チンが……」
「却下」
ふざけるなバカ。精一杯じゃなくて性一杯かよ。付き合って数年経って気が置けない仲になってマンネリしてるカップルならまだしも、いきなりそんな所行ける訳ないだろ。やはりこの人は動物の性行動に頭を支配されているようだ。
「とりあえず、今度一緒に行ってあげますから落ち着いて下さい」
「おお、それは楽しみだ!」
嬉しそうに笑う紗奈さんを他所に、この中では一番まともそうな嘉靖さんに目を向ける。
「嘉靖さん、何か案はありますか?」
私が問い掛けると、彼は暫し黙って思案するような仕草を見せる。
「……お相手の方の事は存じ上げませんが、恵子様は静かで落ち着いた場所を好む方だと認識しております。そのような場所を選ばれるのが良いかと」
「静かで……落ち着いた場所」
確かに、あんまり人が居てガヤガヤしている場所は得意ではない。掛川君もそういうタイプには見えないし、その線で考えてみるか。
「本屋はどうだろうか。相手がどのような本を手に取るかどうかで、内面が見えて来る事もある。静かで落ち着いた雰囲気もぴったりではないだろうか」
と、椅子の中の彼が助言してくれるが。
「えー、つまんなさそう」
今度はエイミーが心無い意見を述べる。
おい、なんて事言うんだ。
「えっ……」
ほら見ろ、椅子の彼が珍しく狼狽えて感情を露わにしている。
「それ本屋見終わったら終わっちゃうじゃんね。ふつーに都心でショッピングがいいんじゃない?」
「いや、特に買う物ないし……出来れば近場で済ませたいんだけど」
「「済ませたい」って発言がもうおわだよ」
「おわ?」
「終わりってこと。恋について知りたいんでしょ?もちょっと前向きになろーよ」
「うーん……」
まぁそれもそうだな。私が思い至って始めた事なのだから、しっかりしなければ。
先程のエイミーの発言を受けて落ち込む彼の上で、私は顎に手を当てながらジェシーちゃんの方に視線をやる。
「ジェシーちゃんは?なんかない?」
「そうですわねぇ」
私と同じ仕草を取りながら……可愛いな……考えるジェシーちゃんは、指をパチンと鳴らして口を開いた。
「ワングーはいかがでしょう。男の子は皆んなTCGが大好きですから、お喜びになるのでは?」
「いや、皆んなが皆んなじゃないでしょ」
「いえいえお姉様。男子はドラゴンやロボットが大好きで、それをテーマに扱うTCGは全男子共通の趣味……いえ、生きる道であるとお兄様も仰っていましたわ」
いや、絶対やった事ない人いるだろ。なんだったら最近のTCGは美少女イラストが描いてあるやつが重宝されているイメージもあるし。
うーん……人の事は言えないが、あんまり良い意見が出てこないな?強いて言えば嘉靖さんとエイミーくらいか。
よくよく考えてみればまともな交際経験のある人は紗奈さんだけで、それにしたって彼女は碌な案を出さない始末だ。
その後、終始紗奈さんと慎也さんが「田んぼはどうだろう!田んぼには様々なエロい生き物が……」とか、「動物に限らねえで、秘宝館とかも良いんじゃねえか?」とか、頓珍漢な事を言い出すので、結局その後は答えが出ないまま時間が過ぎる。頼むからエロい事から離れてくれよ。まだ付き合いたてのピュアピュアなんだこちとら。
「……恵子様」
ここで、黙っていた嘉靖さんが口を開く。
「大変心苦しいのですが、私を含め此処にいる方々ではお役に立てないかと存じます。故に、お相手とご相談してみるのは如何でしょう」
「てめー、失礼だぞ嘉靖」
「桃瀬は黙っていなさい」
彼の言葉に対して、慎也さんが噛み付くが凍て付く視線と言葉で黙らせている。
しかし、そうか……その手があったか。
わざわざ一人で考える必要はない。彼に聞いてみれば良いのだ。彼の予定や、お家の事もあるだろうから、その方が場所も日時も決めやすいだろう。
「そうですね……明日聞いてみる事にします」
「それが宜しいかと」
流石は嘉靖さん。一番まともな事を言ってくれるなあ。
結局それでこの会話は流れて、その後はいつも通りの雑談に移行していった。
退勤時間になり、私とエイミーとジェシーちゃんは帰路に着く事にした。大人四人組はこれから飲みに行くんだそうだ。楽しそうで大変結構だ。
「とりあえず、初デートの場所決めたら連絡してよね」
と、隣を歩くエイミーがそんな事を口にして来た。
「え?なんで?」
「いや、ケーコちゃんの事だからわけわかんないとこ行きそーだし」
「そうかな」
「一理ありますわね」
と何故かジェシーちゃんもエイミーの発言に同意する。
「お姉様はわたくし達を眺めながら「私はまともだなあ」とか思っていそうですが決してそんな事はありません。結構ズレた感性をお持ちであるという事を自覚した方が宜しいですわ」
「なに、ジェシーちゃんまで」
「わかるわかる。ケーコちゃん時々ヤバいからね……この間どっか遊びいこーよって言ったら「あー……じゃあ釣り堀でも行く?」とか言い出したじゃん。マジヤバい」
「いや、ヤバくないから。釣り堀めっちゃ楽しいから」
「普通の女子高校生は釣り堀なんか行きませんわ」
「普通の女子高校生はデュエルスペースにも行かないと思うよ」
まあ彼女達の言う通りで、私もどっこいどっこい感覚が平均とズレているので、「これだ!」と思い付いた案が頓珍漢な物だったりもするのは何となく分かってきた。それでも紗奈さんや慎也さんよりは随分まともだと思うけれどね。
だからこそ、彼と話し合って決めれば良い。
とりあえずは明日会って相談してみよう。そして初デートとやらに洒落込もうじゃないか。