第三章 確認
翌日、私は学校に行くと、やたらとクラスメイトに話し掛けられた。顔も名前も知らない彼等が何故わざわざ私の側に寄ってくるのか。その理由は勿論体育祭の借り物競走での一件だろう。
借り物競争の後、私は速攻サボり場にしけ込み、終わった後も即帰宅したのであの日は何事もなかったが、今日はそうも行かないようだった。
彼等が投げかけて来る質問内容は……。
「ねえ!掛川君といつから付き合ってんの?」
「どっちから告ったの?」
「掛川君イケメンだよねえ、いいなあ」
「うらやましー」
「ねえもうキスした?」
「彼とどこまでいってんの?」
と、こんな感じだ。
エイミーの件で大立ち回りをかました私は以降クラスで浮きまくっていたが(元々浮いていたけど)、流石は色恋沙汰至上主義の今時の高校生達だ、その手の話になるとこうしてやたらと絡んでくる。対して私の回答はこうだ。
「この間」
「掛川君」
「ね」
「ね」
「してない」
「駄菓子屋まで」
と、こんな感じだ。正直とても面倒臭い。よくもまあこんな話した事もない相手の恋バナに興味津々でいられるものだ。とは言え、彼ら彼女らの発言から私と違って掛川君は有名人であり、人気者である事が分かった。
成績は学内トップは疎か、全国模試でも上位十位程度にはいつも食い込んでおり、なんでこの都立高校に通っているのか分からないとか。運動も出来て人当たりも良く誰からも好かれているとか。とにかく眼鏡イケメンでヤバいだとか。彼の周囲の評価はとても高い。
確かに彼はとてもイケメンだ。おでこってとてもセクシーなんだなという事が掛川君の真ん中分けの髪型を見ていて最近分かった。
授業の合間合間の小休憩の時間になる度に話し掛けられるので、鬱陶しくなってきた私は昼休みになったと同時に早々に姿を消す事にした。
エイミーは私のクラスで唯一の友人という事もあり、連中は私から満足に惚気が聞き出せないと知るや否や、その火の粉を彼女にまで及ばせていた。すまないエイミー、後は頼んだ。
さて、旧校舎で身を隠そうかな。等と考えて歩いていると、道中の校舎裏で件の掛川君と鉢合わせた。
「……あれ、こんにちは篠嵜さん」
彼はお弁当が入っていると思われる小振りな手提げ袋を片手に、私に気が付いて挨拶をする。
「こんにちは」
「篠嵜さんも逃げてきたんですか?」
逃げてきた……成る程、彼もか。私同様朝からクラスメイトから質問責めに遭い、落ち着いて昼食を食べられる場所を探しに撤退して来たのだろう。
「まぁ、そんなところですね」
「お互い大変だ」
「そうですね」
「……抜け出して来たは良いものの、何処で食べたらいいものやら……篠嵜さん、何処かお勧めはありますか?」
普段私は旧校舎で昼食を取っているのだが、一応あそこは立ち入り禁止だ。勝手に忍び込んでいるに過ぎない。掛川君は私の彼氏と言えど生徒会長なのだし、教えてしまったら取締められてしまうのではなかろうか。
でもこうなってしまったのは私が軽率にバラしてしまったせいだしなあ……。まあいいか。
「まぁ、ある事にはありますが……一緒に来ますか?」
「ええ、是非」
笑顔で頷く彼を連れて、私はそのまま歩き出す。
校舎裏を抜けてそのまま旧校舎裏へ、そして普段侵入経路として利用している美術準備室へと辿り着く。
「篠嵜さん……此処って」
「旧校舎です」
「……立ち入り禁止の筈ですよね?」
「……そうですね」
老朽化した嘗ての学舎を前に、苦笑いを浮かべる掛川君。さて、怒られるかなあ?
「普段から此処を?」
「ええ、まあ」
正直に答えると、彼はクツクツと笑い出す。
「ふふっ……いけない人ですね」
「まぁ、悪い事をしている自覚はありますよ」
大体立ち入り禁止区域以外にこの学校に落ち着いて食事が出来る空間など無い事が問題なのだ。新校舎屋上前の踊り場も、中庭のベンチも、体育館前の踊り場も、特別棟に至るまで生徒がひしめき合って食事をしているのだから、私が人混みを避けて旧校舎を利用するのは仕方がない事である。
まぁ、適当な言い訳だけれど。
「まぁ、偶にはいいでしょう。こういうのも悪くはない」
「いいんですか?生徒会長さん」
「意地悪言わないで下さい。生徒会長なんて押し付けられただけですから」
「……そうだったんですか」
「ええ、他にやりたい人が居なくて、推薦されてなし崩し的に……」
まぁ、生徒会なんて面倒な事は基本的に誰もやりたがらないだろう。
「バレたらその時はその時で……それに……立ち入り禁止の旧校舎で逢引なんて、少しドキドキしませんか?」
予め鍵を開けておいた窓を開く私に、彼は笑顔でそう尋ねて来る。
「まぁ、悪くはないかもしれませんね」
対して私はそう返して、窓枠に足を掛けて中に入り込む。それに続いて掛川君も中に入り、辺りを警戒しながら窓を閉めた。
彼は思っているより、真面目な人ではないのかも知れないな。真面目な振りをしているだけ……そんな感じだ。
「結構綺麗なんですね」
部屋の中をキョロキョロと見渡しながら、彼はそう言った。
「まあ、この辺りは定期的に掃除しているので」
「成る程」
私は美術室で良く使われる木製の工作椅子を四つ隅から持って来る。私達は互いにそれに腰掛けて、昼食を広げる。
私はいつも通りサンドイッチとコーヒー。彼は手作り弁当。卵焼きと小松菜のお浸し、プチトマトとレタスに鶏肉の照り焼き等が主な具材だ。彩も豊かで美味しそうだ。
「お弁当、手作りなんですね」
「ええ、自分で作ってます」
おお、掛川君の手作りか。やるなあ。
「偉いですね」
私なんて面倒だからいつも購買やコンビニでの買い食いだ。
「いえ、殆ど夕飯の残りを詰めて来ただけですよ」
謙遜する彼は、気恥ずかしそうにお弁当に手を付け始める。
「良かったら篠嵜さんのも作りましょうか?」
顔を上げた彼は、そんな事を提案して来る。
「いや、迷惑なので」
「いえ、一人分も二人分も大して手間は変わりませんよ」
ふむ……漫画やその他の創作物でありがちな展開だな。まぁ基本的に彼女の方が作って来るパターンが多い気もするが……これも恋人感があっていいのかも知れない。
「それじゃあ、お願いします」
「では、明日から用意して来ますね」
あ、そうだ。
「その前に、少し話があって」
「なんでしょう」
昨日椅子の彼に言われた話だ。しっかりと話しておかなければならない。
「えっと……そうですね」
言葉を選んで話さなければ。とりあえずはサロンの事は伏せておくのが得策だろう。
「掛川君に告白された日に言い忘れていた事がありまして……」
「……はい」
「なんていうか、現在私には定期的に性交渉を行なっている相手がいまして」
「えっ……あ、はい」
突然私の口から飛び出して来た言葉に、流石の彼も面食らっているようだ。
「それと言うのも、一人だけではなく複数人……恋愛とは関係なくコミュニケーションでやってると言いますか」
「……コミュニケーション……」
「まぁ一人例を挙げると、エイミーがそうです。彼女の下着や裸を定期的に見てあげる関係を続けてます」
「ああ、成る程」
なるほどなのか?何故か彼は少し納得のいった顔をし始める。
「その他にもドMの男性の股間を蹴り上げたり、他の男性の上に座ったりと、そんな感じの関係を持っています」
個人を特定されない程度に、濁して説明をする。
「私は彼らとの関係を断つ事を望みません。貴方とお付き合いをしている身ですが、このままでありたいと考えています」
随分と身勝手な話しだ。それを彼は、どう受け止めるのか。
「掛川君は、どう思いますか」
問い掛ける私に対して、彼は手を顎の所にやって、少し考える仕草を取る。
「……特に恋愛感情がある訳ではないと?」
「そうですね、ありません」
「……そうですか。じゃあ、僕からは特に何も」
おお……マジか。なんか受け入れてくれそうな雰囲気だぞこれ。
いつも通りの笑顔を浮かべて、私に目を合わせる彼に逆に少し困惑してしまう。
「……話しておいてなんですけれど、結構滅茶苦茶な事言ってますよ、私」
「まぁそうですね、世間的に見たら少しおかしいのかも知れないですが、僕としては構いません。そこに恋愛感情があったら僕が振られちゃうので悲しいけれど、今のところそれは無いようなので」
「はあ」
懐が大きいと言うかなんと言うか。まさかこうもあっさり受け入れられちゃうとはなあ。掛川学生徒会長、恐れ入った。
「篠嵜さんは素敵な友人が多いんですね」
なんて気遣いまでして来る始末だ。なんだか少し申し訳なくなって来るが、まぁ仕方がない。これが私の選んだ道なのだから。
「ええ、皆んな素敵な人達です。一風変わってますけど」
「まぁ、人間誰しも変な所の一つや二つはあるものじゃないですか?」
「……そうかも知れませんね」
私がそうだった様に、彼も人のあるがままを受け止める人間なのだろうか。人間椅子を目の前にして、露出女子高生を目の前にして、異性装メイドを目の前にして、こうしてなんでもなさそうに笑うのだろうか。
「なんであれ、話してくれてありがとうございます」
彼は私に向き直って、そんな事を口にして来た。
「お礼を言われるのはおかしい気がするんですが」
「いえ、篠嵜さんが自身の事を話してくれたのが嬉しかったので」
「はあ」
そういうものか?
「それに、篠嵜さんは優しい人だって改めてわかったので」
「はい?」
優しい?今の話の何処に優しさなどあっただろうか。アバズレクソビッチと罵られてもおかしくない内容だったぞ?貴方の事はキープしながら他の人と性的関係を持ち続けたいって言ってるんだから。
「僕の話も、そのうちさせてもらいますね」
なんて事を言って、彼はヒョイと卵焼きを口に放り込んだ。
とりあえずは、今まで通りだと言う訳だ。